第28話

 熱の中、レティシアはうなされていた。悪夢のせいだ。

 ステラにも話したように、フィリップが家に来るという(レティシアにとっての)悪夢を最近よく見る。そのせいか、最近眠りが浅い。ステラと遊んで幸せな気分が台無しだ。


 ある時は正面玄関から堂々と入ってくる夢を、またある時は窓から侵入してくる夢を見る。この間なんて、屋敷の使用人に扮した格好で来る夢だった。その日は思わず使用人達を窺ってしまったのは、仕方のないことだろう。


 これが正夢になりませんように。


 レティシアは確かにそう願った。それなのに、現実とは非情なものである。


「遊びに来たぞ、レティシア!」

「………」


 フィリップが、夜中にやって来たのだ。

勿論その日、レティシアは部屋で眠っていた。レティシアの部屋は二階にある。

 フィリップはどうやったのか分からないが、窓から入ってきた。正夢になってしまったのだ。

最初、警備を呼ぼうと思ったのだが、恋仲だと勘違いされたら困るなど、諸々の理由から黙っている。

だが、今日で来たのが三度目なのだ。やはり、警備を呼んだ方がいいのだろうか。レティシアは真剣にそう思っている。


「眠っているのか?」

「………」


 大体、王宮の警備は厳重なはずだ。この国の王たる人物が暮らす場所であるのだから、厳重でないとおかしい。また、シュトラール家の屋敷である此処も、厳重な警備が敷かれている。フィリップはどうやって抜け出してきているのだろうか。今更ながら考えてしまう。


「おい、起きろ」

「………何の用ですか、フィリップ様」


 寝ていると勘違いして帰ってくれるかもしれない。そんな淡い期待は脆くも打ち砕かれた。

思いきりレティシアの体を揺さぶってくるのだ。これは、相手をした方がマシだろう。


「やっと起きたか、遊びに来たんだ」

「……フィリップ様は外が見えないのですか? 今は夜中ですよ。淑女の部屋を訪問するような時間ではありません」


 少々棘のある言い方になってしまったのはしょうがないことだ。レティシアの安眠を夢だけでなく現実でも妨げているのだから。

 だが、フィリップは全く悪びれる様子がなかった。


「知っているぞ? だが、この時間しか抜け出せないのだから仕方があるまい」

「では、抜け出さなくて結構です。前にいらした時もそう言ったはずなのですが?」


 何度来なくていいと言ってもフィリップは来る。心臓が鋼で出来ているのだろうか。めげない精神というのは少し羨ましい。この場合はめげてほしいが。

 それに、遊びに来たと言ってもフィリップがレティシアに話したいことだけを話して、帰っていくのだ。フィリップにとっては楽しいかもしれないが、レティシアにとってもそうであるとは限らない。


「まあ、そう言うな」


 そう言って、フィリップは今日一日何をしたかについて話し出す。やはりこの男の心臓は鋼だ。

 レティシアはそれを聞き流しながら、考え事をしていた。


 レティシアが、フィリップのことを面倒だと思っていても、追い出さないのには一応理由がある。

 “彼女”のことを聞きたかったからだ。

 以前と同じであるのなら、“彼女”は既に王宮にいる。ならば、“彼女”のことについて話してくれないだろうか。そう考えたから、一応話を聞いているのだ。

 事実、フィリップの話の中には“彼女”と思わしき人物が出てくる。

 勉強を教えた、一緒に庭でお茶をした、等々。

もし弟であるエドワードであるなら、名前で呼んでもいいはずなのに“友達”と言っている。

これは“彼女”のことなのではないかと、レティシアは当たりを付けた。


「それでな……聞いているのか?」

「ええ、聞いていますわ」


 一通り話終わって満足したら、フィリップは帰る。

 その前にレティシアはいつも聞き忘れていたことを今夜こそ聞いてみた。


「そういえばフィリップ様」

「ん? どうした?」

「アルフォンス様はどうしているのですか? フィリップ様の従者ですよね? フィリップ様の行動をご存知なのですか?」


 アルフォンスがこんな夜中に抜け出すのを許可するのだろうかと思っている。だが、フィリップの傍に常にいるはずだ。だとしたら、まさかアルフォンスまで一役買っているのだろうか……。疑いたくはないが、レティシアはついそう思ってしまう。

 フィリップは質問があると言った時は嬉しそうな表情をしたのに、アルフォンスの名前が出た瞬間、濃緑の目に不機嫌な色が浮かんだ。


「……アルフォンスが傍にいなければ、こんな時間に来ることはないんだ。アルフォンスの監視が厳しくなければ……」


 なんと、アルフォンスの目もかい潜っていたのか。これにはさすがに驚いた。

 だが、フィリップは頭が悪いわけではないのだ。毎月行われるテストでも常に首位を守っている。ただ、頭の使い所が間違えているだけである。

驚いていたレティシアは、つい思ったことを洩らしてしまった。


「でしたら、アルフォンス様に協力して貰えばいいのでは? そうしたら、明るい時間に来れるかもしれませんよね」

「ほ、本当か⁉︎」


 不味いと思ったが後の祭り。レティシアはフィリップが来ることを認めてしまったのだ。

 それから、領地に帰るまで頻繁にアルフォンスとフィリップが遊びに来たのは言うまでもない。ただ、アルフォンスのお陰でフィリップの来る頻度が少なくなったのは、お礼を言いまくった。



 公爵領は広大な面積を有している。また、自然豊かで長閑な場所だ。

 レティシアは、領地の本宅より少し距離のある別邸で過ごすのが昔から好きだった。

キラキラと日光を反射する湖やその周りに広がる沢山の種類の花が咲き誇る花畑。

 また、あまり大きくはないが可愛らしい外観をしているところも気に入っていた。この屋敷は、病弱である母がよく使うため、レティシアが幼い頃に母の好みに改装されたのである。

 レティシアもよく此処で過ごしていた。此処には母との思い出が沢山詰まっているのだ。

母が死んでしまった直後は、色々と思い出すのが辛くて足が途絶えたが、時が経ち、今では懐かしいとすら思えるようになった。


 レティシアは別邸で過ごすのも好きだが、領地の教会に向かうのも好きだ。

 王都にも教会はあるが、あそこは人が多いのであまり好きではない。

 それに、教会に隣接する孤児院の子供達が自分を慕ってくれているから、レティシアは此処が好きなのだ。


「あ、お姉ちゃんだ! ひさしぶり!」

「お姉ちゃん、あそぼ!」

「あらあら、皆落ち着いて。レティシア様は今来たばかりなのよ」


 レティシアの服の裾や手を引っ張る子供達をふくふくとした孤児院長のシスターが止める。

 子供達やシスターにレティシアは笑顔を向けた。


「大丈夫です、シスター。いいわよ、遊びましょう。何をするの?」

「このえほんよんで!」

「おにんぎょうあそび!」

「おそとでおさんぽしよう!」


 子供達は可愛い。それにレティシアの体が弱いのに配慮して、体を動かす遊びは提案しない優しさもある。

 レティシアは領地で過ごす間、何度も孤児院へ足を運んだ。

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