第27話

 今日のレティシアは平民の格好で、王都を歩いていた。


「レティ様! こっちです!」


 自分の名が呼ばれた方向に視線を向けると、可愛らしい外観のお店に相応しい、レティシアと同じく平民の服装をした可愛らしい少女が立っていた。紫の瞳がキラキラと輝いている。ステラだ。


「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

「いえ、私も今来たばかりです!」


 最近流行っている恋愛小説の、主人公とその恋人がが待ち合わせをしているシーンのような会話になってしまった。そのことに気付いたレティシアがクスリと笑う。レティシアが笑った意味が分からなかったステラは、不思議そうな顔をしている。


「レティ様、どうしたんですか?」

「何でもないわ、早く入りましょう」


 今日は夏休みに入る前に二人で約束していた、カフェに来ている。お忍びで、平民の格好でだ。勿論護衛は付いている。


 最近はいくつかのカフェが点在しているが、レティシア達が来たこのカフェは、王都一人気と名高い。

 その理由の一つとして、平民だけでなく、貴族が来ても問題が無いように予め区分されているからだ。以前訪れたことのある貴族用の席は、個室になっていた。また、心地の良い音楽が流れていて、格調高い家具が使われていたのだ。確かに貴族が来ても問題ないだろう。実際、レティシアも満足だった。


 だが、今日使うのは平民用の席である。

 レティシアは以前までは女性が仕事をすることについて、興味を持っていなかった。自分には関係のないことだとすら思っていた。だが、“彼女”のことが無事に終わった後自分がどうしたいか考えるようになったのだ。アルフォンスから話を聞いて更に。

 女性は子供を産み家庭を守る者。そう言われているため、この国で働いている貴族女性は少数だ。それに、生活に困っていたり夫に先立たれてしまったなどの事情が多い。

 では、王都で暮らしている平民はどうなのか?

 そのことにレティシアは興味を持ち、その目で見てみようと考えた。そしたら、ステラも一緒に行くと言い出したのである。

 お互い親や護衛を説き伏せるのに苦労したが、頑として譲らなかったため最終的には疲れた顔で許可を出してくれた。


「いらっしゃいませ、二名様ですか?」

「はい」

「お席は、室内とテラスどちらがよろしいでしょうか?」

「テラスで」

「かしこまりました、ご案内します」


 この店にしたのは予習してきた参考書王都観光マップに『オススメ』と大きく書かれていたからだ。

 それにしても、従業員の接客が非常に丁寧である。これも人気の一つだろう。平民は、粗野な言葉遣いをする者が多いと思っていたのによく教育されている。レティシアは感心した。


 だが、このカフェが人気である最大の理由は、接客の対応ではない。期間限定のメニューにある。

 此処は、夏限定でアイスクリームがおいてあるのだ。それから、冷たい飲み物も。


「ご注文はお決まりですか?」

「アイスティーと苺のアイスクリームを。ステラは?」

「うーん……私も飲み物はアイスティーで、あとバニラアイスクリームを」

「かしこまりました」


 従業員が去ってから、会話を開始した。


「レティ様、この間のパーティーは欠席してしまい、申し訳ございません」

「いいのよ、気にしないで」

「パーティーでは、何か変わったことはありましたか?」

「……変わったこと。まあ、フィリップ様がね……」

「あの方、今度は何やらかしたんですか?」


 まだ何も話していないのに既に『やらかした』と断言されているフィリップ。普段の行動が行動なのかもしれない。

 レティシアは、ステラが欠席していたパーティーでのフィリップのしたことを話した。お忍びなので、ひそひそと。


「一番目立つところに居たはずなのに私のところに来れたのよ? いつ私の家にも来るかと思ったら……その所為なのか、最近夢見が悪いのよね」

「どんな夢を見るんですか?」

「フィリップ様が家に来る夢よ……」

「うわあ……それは……」


 普通、自分の家に王子が来るとなったら名誉なことだ。だが、二人にとっては夏の風物詩の一つである幽霊の類と同類であった。怪談話かのように話している。

 そんな話をしていると、注文したものが来た。


「あ、来ましたね」

「お待たせしました、アイスティー二つと苺のアイスクリーム、バニラアイスクリームです」

「ありがとう。さ、いただきましょう」


 レティシアが苺、ステラがバニラだ。

綺麗な円形に匙を入れるのが勿体ないと感じるが、そうっと表面を削る。

 口に入れると、甘酸っぱい苺の香りがふわりと広がる。濃厚だが、苺の果肉が所々に入っているので重たくはない。夏にこんなものが食べれるなんて、贅沢の極みではないだろうか。ステラも、至福の表情で食べている。

 ステラと一口ずつ交換で貰ったバニラアイスクリームも、濃厚でいてふわりとバニラの香りがして美味しかった。こういうことは、貴族の集まりなどでは出来ない。少し特別な感じがして嬉しくなった。


「どうやって作っているのかしらね……」

「不思議ですよね。でも、いくら聞いても企業秘密とはぐらかされて、教えてくれないそうですよ」

「そうなのね……家でも作れるようになればいいなと思ったのに……」


 この国では、氷は貴重品である。その為、氷菓は王侯貴族しか食べられるものではなかった。

 ところが、つい最近、とある研究者が雪や氷を使わずに人工的にシャーベットを凍結させる方法を発見したのだ。それから、このカフェができ、平民でも氷菓を楽しめるようになった。とはいえまだまだ値段の張るものだが……。

 そして、アイスクリームはこの店が作ったレシピであり、秘匿されているのだ。


 この国は四季の変化が近隣諸国と比較して明瞭である……そうだ。レティシアは他国に行ったことがないので分からないが。港町のように海が近ければまだ良いのだが、此処、王都リュエンタークは内陸に位置しているのだ。その為、夏は大変暑い。平民は、涼を求めて布の少ない格好をしている。だが、貴族が社交界に出る時には財力を見せなくてはいけないのだから、理不尽だと思う。

 少しでも涼しくなるように、今日のレティシアの格好は、水色にノースリーブのワンピースだ。素材は麻である。ステラも胡桃色の髪に似合う、白地に夏の花がモチーフになっている刺繍のノースリーブのワンピースを着ている。非常に可愛らしい。

 もしこれがサロンや舞踏会、パーティーだったら、見栄を気にしてたっぷりと布を使ったドレスを着ることになっていただろう。想像しただけで暑くなってくる。この国の社交界が夏ではなく冬の方が動きが活発なのは、そういう理由からだ。


「これを食べ終わった後、どこに行きます?」

「市街地に行ってみたいのだけど……いいかしら?」

「勿論! 私も行ってみたいです!」


 貴族は大抵、買い物をする為に街に行くことが無い。自邸に商人や職人を呼びつければ良いだけだからだ。その為、市街に赴いたことのある令嬢はそういない。お互い、好奇心を露わにしている。


 急いで、だけどじっくりと味わって食べた二人は街へと繰り出した。

 大勢の人でガヤガヤ賑わっていて、活気のある様に二人は圧倒されつつある。大声で叫んでいる人や誰彼構わず呼び込みをしている店主など、初めて見たものばかりなので無理もない。

 怒鳴り声にビクリと怯んだり、話しかけられて対応に困りつつも二人は足を進めた。


 途中、貴族御用達のデザイナーが営んでいる服飾店があったので入ってみた。

 いつものオーダーメイドではなく、プレタポルテだったが、可愛らしいデザインに思わず目を奪われてしまう。アクセサリーもいくつか売っていて、二人でお揃いのリボンを購入した。レティシアは、初めて友達とお揃いが出来て嬉しくなった。ステラも大切に使うと嬉しそうに笑っていた。


 お昼ご飯は、屋台に売っていたクレープを買って食べた。買い食いは初めてで、レティシアの心臓がドキドキする。マナーを気にしないで食べるのは久し振りだった。

 二人で、作り立ては美味しいと言いながら食べた。


 昼食を終えた後、またいろんな店を冷やかしながら歩いていたら、二人の前で子供が転んで泣き出してしまった。

 あやしてみたが、一向に泣き止まない。レティシアはその場にあった店の飴を買い、子供の口に入れた。

 徐々に涙が止まってきたので、ステラが持っていたハンカチで涙を拭く。すると、今まで泣いていて分からなかった、その子の顔がよく見えた。

 その子は不思議な顔立ちをしていた。少女のような、少年のような、どちらにも見える中性的な顔である。また、年齢もいくつだかはっきりしない。泣いていた時は、とても幼く見えた。だが、


「ありがとう」

 そう言って笑顔を浮かべると、何故か急に大人っぽく見え出したのだ。

 そして、気付いたらいなくなっていた。レティシアとステラはお互い顔を見合わせて首を傾げたが、よく分からない子供だった。


 それからも、二人は沢山の店を見て回った。沢山の人も見た。

 青果店で加工していない野菜や果物を初めて見たり、花屋で働いている人に花言葉を教えてもらったり、雑貨屋で可愛らしい物を見たりした。どれも、今まではしたことがなかった経験である。特に、レティシアは身体が弱いため、外出したことすら少なかったのだ。『初めて』のことばかりで、少々……いやかなり興奮してしまった。


「今日はありがとうございました。楽しかったです。また遊びましょうね」

「ええ、こちらこそ。楽しかったわ」


 レティシアにとっては、友達と遊んで楽しいと思うことも『初めて』だった。友達と遊ぶ=社交だと思っていたのである。というよりも、社交でしか友達との交流はなかったのだ。

 だが、今日は本当に楽しかった。さよならをするのが寂しいとさえ感じる。これこそが本当の友達と遊ぶことだと思えた。


 初めてのお忍び、初めてのお揃い、初めての市街地……

 はしゃぎ過ぎて翌日熱が出てしまっても、レティシアは幸せだった。

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