仕立屋マディに不満はない

トースター

第1話

=物語の数だけ世界がある。だから人は、空想が無限のものだと錯覚する=



 「カミラ、聞いてほしいことがあるんだ」

 青年はそう言って、意を決したように彼女へと振り返る。


 辺りには草木一つなく、崩れかけた塀だけがここに城があったことを示していた。


 「うん、なに?」

 「えっと、俺……俺は……」


 青年は言葉想いを紡ごうとしているのだろう。青年はやはり誤魔化そうとしているのだろう。


 「その……俺は……」

 「……」


 跡地となった魔王城で、向かい合う主人公とヒロイン。主人公アランが何を言おうとしているのか。それを知らないものはここにはいない。つまり、残るは言葉にするだけなのだ。


 「だから、えっと……」

 「……」


 少女カミラは何でもない風を装い、しかし期待と不安を抱いて彼の言葉を待つ。だがあと一歩、アランには勇気が足りなかった。


 「お、俺……(いいから、さっさと終業さ《終わら》せろ!)……!!?」

 

 アランは背中をポンっと前へ押されたように感じ、振り返る。


 「?どうしたの、アラン?」

 「……いや、なんでもない」


 後ろを振り返るアランと、そこにある亡き友の首飾り。アランには背中を押したのが誰なのかは、わかった気がした。


 「カミラ、俺は……、ぼ、僕は、君のことが好きだ。僕と結婚してほしい」


 そして、アランは告白を果たし―――物語は幕を閉じた。



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 今回の記憶を脳に定着させますか?

  ・YES

  ・NO←

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 「はぁ、疲れた」


 男は目覚めると同時にぼやき、フルダイブVR用にも似たゴーグルを外して起き上がる。長い長い夢を見ていた感覚があるが、どんなものだったのか覚えていない。だが、夢ではないのは確かだった。


 時刻は10時30分。普段通りの終業時間。


 実務者ごとに割り振られた個室を出て、事務所へ向かう。


 「お、マディ。今日もきっかり1時間か」

 「あぁ。チェックを頼む」

 「はいよー。ちょっと待っててね」


 マディと呼ばれた男は応接用のソファーに寝そべりになり、担当事務官のチェックが終わるのを待つ。


 彼がチェックしているのはマディがさっきまで居たであろう物語の内容だ。


―ネットの普及により、厳密には小説投稿サイトの登場により、爆発的に物語の数は増加した。そして、それ以上に途中で投げ出された物語が蔓延る世界になった。


 国は表現の自由を許している手前、大きく規制することはできず、代わりにその物語を終わらせる職業を作り、支援することにした。その職業こそが【仕立屋】。彼らは続きを代筆をするのではなく、物語の世界へ1キャラクターとして介入し、物語を幕切れまで誘導・観測するのが仕事だ。

 与えられた設定材料を駆使して作品へと昇華させる彼らを芸術家という声もあるし、実在しないからと人だって殺す彼らを異常者と呼ぶ声もある。


 異常者と呼ばれるのも仕方がないとマディは思っていた。現に今、事務所の奥の方で、この会社一の異常者がまた女事務官と言い争っていた。


 「佐々木!また主人公を殺しただろう!!」

 「は?覚えていませんね。どうせまた糞みたいな奴だったんでしょう」

 「たしかに我の強い子ではあったけど、少なくとも前回よりはマシだったわ!」

 「どうせ五十歩百歩ですよ」

 「たとえそうだったとしても、だったらマトモになるように育て上げるのがあなたの仕事でしょう!」


 わざわざスーツ着用のインテリ眼鏡風の男、佐々木は、自ら主人公を殺して物語をBADENDさせることで有名な異常者だ。

 確かにBADEND専門の仕立屋だっているのだが、俺たちの会社は会社のブランド力のため、BADENDを実績と見做さない。つまり完全出来高制の仕立屋マディたちにとって、収入を左右する重要な問題となる。自ら進んで、タダ働きする彼を異常者と呼ばずしてなんだというのだろうとマディは常々思っている。彼の担当をしている女事務官には、同情を禁じ得なかった。


 「マディ、確認終わったぞ」

 「どうも」


 担当事務官の完了の声を耳にして、マディは会計窓口へと進む。


 「的場まとば藤次とうじだ。会計を頼む」

 「かしこまりました。……はい、こちら1万円になります。よろしければ、こちらに受領のサインをお願いします」


 物語にもA~Gランクがあり、的場が受けるのはEランク。報酬は1万円だ。彼はこれをきっかり1時間で終わらせるため、時給1万円。なかなかの高級取りだと言えるだろう。


 1万円を財布に納め、受領証にサインをする。


 「作品の「あぁ」かしこまりました」


 窓口の女性を遮って応え、そのまま会社を後にする。


 コンビニによって、酒と食料を買い、家路に就く。会社から徒歩10分。1LDKで家賃5万円。


 エアコン・TV・PCがついたままの家に帰宅するなり、缶チューハイを開ける。時刻は11時の昼間だ。


 PCには、新着メールの通知があった。会社からのものだ。中身は形式化された文章と、URLが1つ。先ほどまでマディがいた物語のURLだ。彼が仕立てた物語は元あった小説投稿サイトへと投稿されている。


 【仕立屋】は基本的に介入中の記憶を覚えていない。倫理観やら価値観やらが揺らいだり、精神崩壊を引き起こす可能性があるのだ。そして、【仕立屋】は既に知っている物語に介入することができない。そのため自身の仕事を見るときは、小説のURLを送ってもらって直接読むのが普通だ。

 余談だが普通とはいうものの、自身の仕立てた作品を読むのは少数派である。既に終わった仕事に時間を取られるし、何より的場のように毎回「マディ」を名前に入れない限り、自分を特定するのは困難だからだ。


 マディは酒をちびちび呑みながら物語を読んでいく。文字数は40万文字程度あるため、ネット小説では短くない方だろう。


 読んでいると、どうやらマディはよくある剣と魔法のファンタジー世界で魔王討伐を目標とする主人公勇者の友人役のドォーマ・ディムウォン・マクノミアをやっていたようである。主人公と切磋琢磨しながら少しずつ強くなりながらも、どこかで主人公を羨む友人。裏切りこそはしないものの、物語の後半で敵幹部に殺されていた。それからも回想やまるで主人公の心の中で生きている的な感じにフォローしながら、最後は主人公のヒロインの告白で背中を押すところまでやっていた。


 「ふむ……」


 読み終わるころには外は暗くなっており、マディの小腹も空いていた。インスタントラーメンを湯がきながら、マディは考える。


 勇者があそこまで恋愛にたいしてヘタレだとは思わなかったなぁ。最後に背中を押したのもアシストというより、想像以上にそこで時間を取られたからではないだろうか。


 ただ、まぁ実際どうだったかなんてわからないため、それ以上考察が進むことはない。


 TVを視ながら、家事を終わらせて寝床に就く。アラームをかけることはない。いつも起きた時間に出勤して1時間働き、1万円をもらって帰る。酒を呑みながら読書して食べて寝る。


 マディは自堕落な生活に不満はなく、上を目指すつもりもなかった。


 月労働時間27時間。月収27万。年齢27歳。


 27という数字が並ぶ年になったが、それは単なる偶然で彼はそのことに気づいてもいない。そのうち年齢が他を超すことになるだけ。


 そうなるはずだった。


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 「輝捺きなつ、おまえ地方の高専に行くって本当なのか」


 下校する二人の学生。はたから見れば男女のカップルに見えるのだろう。冬の夕暮れは早い。


 「うん。前から一人暮らししてみたかったんだ」

 「よくあの両親が許してくれたな。親父さん、おまえに溺愛したただろ」

 「パパの友人に、向こうで会社を興してる人がいるんだけど、その人にお願いして向こうでの環境は整えてもらっていたの。パパも『そこまで輝捺が本気なら、パパが応援しないわけにはいかないじゃないか!』って泣いて喜んでくれたわ」

 「それ、喜んでいたのか?」

 「ふふ、どうだろう。……年が明けたら1ヶ月ほど学校を休んで向こうで入試の勉強をしようと思ってるの」

 「……そっか、クラスのみんなも寂しがるだろうな」

 「真紀ちゃんには『頭いいのに勿体ない!』って言われたわ」

 「まぁ、俺もお前は近所の進学校に行くと思っていたからな」

 「別に高専の偏差値が低いわけでもないんだけどね」 

 「でもお前が行くところは53ぐらいだろう」

 「おお、詳しいね」

 「……まぁね」

 「低いのは仕方がないよ。試験も実技の配点の方が高いんだから」

 「……ほんと、お前が【仕立屋】になりたかったなんて知らなかったわ」

 「誰にも言っていなかったからね」

 「なんでなりたいんだ?」

 「それは……」


 少年の質問に立ち止まる少女。少年には彼女の眼を見て何を思っているのか、知りたくない気持ちが生まれた。

 

 「それは?」

 「……やっぱり内緒!」

 「……なんだよそれ」


 再び歩き出す二人。今は幼馴染の同じ道を歩いているが、それも永遠には続かない。あの坂の向こうには三又路があるはずだ。

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仕立屋マディに不満はない トースター @araisemihito

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