ごはんをたべよう

naka-motoo

ごはんごはん

「何食べる?」

「ふふっ。幸せなもの」


 おお・・・

 またまた難問を。


「じゃあ、少し歩こうか」

「うん」


 僕らは典型的な地方都市の住人。

 中っくらいの大きさの会社に勤めて。

 彼女とは付き合って2年になる。

 一応、結婚を前提としてるはず。

 そういうことを口に出したことはなく。

 なんとなく感じ合っている。


蘭人ランティ。わたし、星の下を歩きたいな」

出奈ディナもか。僕も星が見たいと思ってた」

「わあ。以心伝心」


 僕らはデパートのアーケードを出て、クリスマスの時からずっと続いているイルミネーションの並木道を歩いた。

 おいしそうな食べ物屋さんを探しながら。

 幸せなものを出してくれる食べ物屋さんを探しながら。


「わあ・・・いい匂い」

「アヒージョかな。オリーブオイルの匂いが外までしてるね」

「なんか、焼き鳥屋さんみたい」

「ふ。戦略は同じか」


 イタリアンもいいな。


「ねえねえ蘭人ランティ。あのポップかわいい」

「ふうん。T-ボーンステーキか・・・なんでキャラが犬なんだろ」

「かわいいからだよ。決まってるよ」


 キミもかわいいよ。


「あ。鰻かあ・・・」

「高いよ」

「うーん。そうよねえ・・・ボーナスの時まで我慢かな」

「なんかさ。うなぎのタレだけかけたごはんが人気あるってニュースで見たよ」

「うわあ・・・なんか貧乏学生って感じ」

「まさしくどっかの大学の学食のメニューだったはず」

蘭人ランティも大学の時、自炊だって言ってそんなのばっかり食べてたんじゃないの?」

「天ぷら屋さんのお持ち帰りについてる天ツユだけ先輩に恵んでもらってご飯にかけて食べたりはしてたね」

「はっはっはっはっ!同じじゃない!」


 ケラケラ笑ってくれる。

 なんか、嬉しいな。


「あ・・・これなら確率高いかな・・・ブッフェ」

「へえ。普通こういうのって道端にあるような店じゃないけど・・・並んでるよ」

「うん。子供ばっかり」


 待合ブースの中で順番を待つ子連れの家族を彼女はじっと見ている。


「やっぱりかわいいよね」

「子供?」

「うん」

「まあ、そうだよね」

「やだ。蘭人ランティ興味なさそう」

「そんなことないけど」

「けど?」

「責任もって愛せるかな」

「・・・愛って、責任?」

「そういう部分もあるんじゃない?虐待のニュースとか見てると」

「じゃあ、わたしを好きなことも、責任?」


 即答できなかった。肯定するにしても否定するにしても。


 2年経ってるけど、この出奈ディナっていう女の子は僕にとって今でも新鮮な彼女だ。

 20歳過ぎの女性を女の子と表現するのが合ってるかどうかは分からないけど、胸に幼さを抱いた少女というのが彼女の容姿も人柄もひっくるめた僕の想いだ。


 だからこの質問も、子供っぽいゲームのようなものとあしらうつもりだった。


「ねえ。愛って、責任?」

「ごめん。深く考えないで言った言葉だった」

「そう・・・」


 そのあと僕らにしては無口になって並木道を歩いた。

 木は欅もあれば桜も途中で混じってくる大通りで、電飾は紫がかったブルー。

 僕ら、と言ったけど実際は彼女が無口になったという表現が適切で、ふたりの会話の大半はいつも出奈ディナから始まる。


 無言で歩くと風景も途切れて見える。

 本当は和食、イタリアン、フレンチ、インド料理、中華、ラーメン、カフェ、色彩豊かな食材と目に飛び込んでくるポップなお品書きと。

 無限に思えるお店屋さんが連なっているのに。


 週末の夜に行列を作っている風景も楽しげに見えるばかりじゃない。

 それをさっきの彼女のひとことから感じた。


『愛って、責任?』


 わからないよ。

 僕には。


「あ」


 一声彼女が発した。

 それだけでも僕は随分救われた気持ちになったけど、彼女は小躍りさえした。


「空腹過ぎると思考も鈍る」


 たっ、と僕の前に出て、コンビニの自動ドアをくぐった。僕も大股でゆっくりと後から入る。


 戦果は、肉まん。

 それと、ピザまん。


蘭人ランティ、半分こしよ」


 言いながら自分の紙袋に入ったピザまんを半分に割り、袋のままコートの内側の白いセーターの脇のあたりで潰れないような微妙な力加減で挟み、空いた手で僕のピザまんを半分に割る。

 スムースな手順で半分ずつをそれぞれの紙袋に収めた。


「器用だね」

「器用貧乏の女!」


 星が見えるのに雪がチラリと舞っている。

 コンビニの前に並んで肉まんとピザまんをシェアする僕ら。

 はふはふっ、と絵に描いたような食べ方をする彼女の口元が小動物みたいでかわいらしい。


 そうなんだ。

 彼女は、やっぱり、かわいらしいんだよ。


「そうだ!いいアイディア!」

「な、なに。急に大声出して」

「へへへ。蘭人ランティ、持つべきものは親だよ」

「なんの話?」

「お母さんがねえ。乾麺を送ってくれたんだ」

「乾麺?蕎麦?」

「うどん」


 はふはふもしょもしょと最後の一口を食べながら彼女は言った。


「ふほんふひひよう!」

「・・・え?」


 目を閉じて、ごっくんした出奈ディナはもう一度大きな声で元気よく言い直した。


「うどんすきしよう!」


 決断したら早かった。

 大通りが突き当たる先は駅で、僕らは彼女の住まいがある街の駅に着いた後の段取りをもう始めていた。


「駅前のスーパーでお肉と春菊と白滝と白菜と」

「きのこ類は?」

「そうそう!さすが蘭人ランティ。えのきと舞茸と・・・あと、豆腐も!」

「なんか、すき焼きでいいんじゃない?シメをうどんにして」

「ううん!すっごい高級な乾麺だから最初っから主役はうどん!むしろシメが雑炊」

「炭水化物、好きだねえ・・・」

「だってえ。日本人ですからあ」


 少し意味が不明の回答だね。

 でも、かわいいよ。


 好きだよ、出奈ディナ


出奈ディナ。うどんすきは幸せなものかい?」

「一緒に居るのが幸せなの」


 そう言って彼女は僕の手を、きゅっ、と握ってくれた。

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