第11話
鳥居前公園は救急車と警察車両と人だかりで騒然としていた。
植え込み辺りには規制線が張られ、白い防護服を着込んだ数名の捜査員たちが遺体周辺と車内のサンプリングを行っている。
頼光、香澄、田中のおじさんは参考人として事情聴取された後、解放された。
社務所の客間はバイト巫女さん達と和楽団の団員さん達の控室として両方塞がっていたため、美波と凛音と美幸は頼光の自宅の客間で待機していた。
玄関の引き戸の開く音がして、二人分の足音が聞こえて来た。
「開けるよ、良い?」
客間からの返事を受けると、襖を開けて頼光が顔を覗かせた。その後ろに香澄も続く。
「お待たせ。気分はどう?」
「大丈夫? 落ち着いた? 何だったら、飲み物取ってこようか? ライコウ、麦茶、冷蔵庫にストックしてあるわよね。」
「ああ、ドアのラックに2リットル入りの水差しが立ってるから。」
「分かった。適当にコップも持ってくる。」
「うん。ありがと。香澄。」
頼光と香澄が息ぴったりの会話をしているのを美幸は羨ましそうに眺めた。
「大丈夫? 見た目、外傷は無いみたいだけど、ショックは大きんじゃない?」
頼光は客間に入って、美波と凛音の傍に座った。
「うん。多分今晩、夢に見ると思うけど大丈夫。トラウマとかにはなっていないはず。」
「しっかり美幸ちゃんがケアしてくれたから、もう平気。」
美波と凛音はにっこりとして答えた。
「逆に、美幸ちゃんがそわそわして落ち着かなかったみたいだけど。」
「ちょっと、凛音ちゃんっ!」
美幸が赤くなって目を見開いた。
「ああ、事情聴取で美幸ちゃん放りっぱなしだったからね。心配かけてゴメンね。」
「あ・・・いや。その・・・」
美幸はバツ悪そうに口ごもり、美波と凛音は顔を見合わせてニヤっと笑った。
開け放たれた襖から、お盆に水差しと五個のガラスコップを乗せた香澄が姿を現した。
「か、香澄ちゃんは皆本くんの家って慣れてるんだね。何だか普通に配置とか解ってるみたいだし。」
美幸が客間のテーブルにコップを並べている香澄を見上げた。
「うん。小学校の頃はよく遊びに来てたから。あれからライコウのトコほとんど模様替えしてないんだもん。『勝手知ったる他人(ひと)の家』ってやつ。」
香澄が左手で浴衣の右袖口を押さえて麦茶を注いでゆく。
麦茶を五人分配り終えた香澄の視線が客間の入り口にくぎ付けになった。
「みけねこっ?」
「ああ、この前言った禎茂さんから貰った子。まだ写真は送って無かったっけ。」
三毛猫は懐っこく鳴いて部屋に入って来た。
「かっ、かわいいっ。」
香澄は他に人が居るのもお構いなしに、その猫を撫でくり回した。
「ん~。ふるふる言ってる。この子、名前は?」
「ミケコって呼んでる。」
「きゃぁ~。みけこちゃんふわふわ~。」
でれでれに可愛がる香澄を見ながら頼光は麦茶をすすった。
「どうだったの? あの暴走車。昨今問題になってる高齢ドライバーってヤツ?」
美波が頼光を覗き込んだ。
「いや、運転してたのは大学生だそうだよ。免許書から20歳の玄磐市の人だって。運転中に・・・何かあって、意識を無くしたっていうのが今の見解。」
直に遺体の様子を見た頼光は、表現をぼやかした。
「その人は?」
「・・・残念ながら。」
美波の質問に頼光は首を振った。
「そっか。でも皆本くん。あの時急に前に飛び出したわよね。目を閉じてたんだけどものすごい衝撃音だったよ。ホントにケガとかしてないの?」
「あ・・・車が目の前で横に跳ねて行ったと言うか・・・その辺は あまりつつかないでいただけると有難いな。」
頼光は苦笑いを浮かべて、ごまかす様に麦茶をあおった。
「それじゃ悪いけど、僕はそろそろ運営の方に回らなくちゃだから。香澄、ウチの鍵渡しておくから、帰る時に鍵閉めたら社務所に顔覗かせてくれる?」
頼光は懐から黒い革製のキーケースを取り出して、香澄に手渡した。
「うん。分かった。ちょっとくつろいだら退出させてもらうね。」
「皆本くん、ごくろうさま。今日はいろいろありがと。」
「いえいえ。美幸ちゃんもおつかれさま。帰ったらゆっくり休んで。」
銘々が挨拶を述べて、頼光が客間を後にする。
引き戸が一度開いて、また閉まる音がした。
「う~ん。まだお昼なのに、何だか今日中の体力使い果たした感じ。」
凛音が正座を崩して両脚を投げ出し、大きく伸びをした。
「この後、みんなでお昼食べに行こうよ。ショッピング・モールに。屋台めぐりもこの騒動で落ち着かないし、りんごあめも落っことしちゃったし。」
美波が肩をすくめて笑顔を向けた。
「そうだね。またクレープ屋さんの時みたいにはしゃごうよ。」
香澄は傍らのミケコを撫でながらみんなを見た。
「よっと。それじゃ、行きますか?」
凛音がちょっと体を起こした。
「あ、もうちょっと凛音ちゃんたちはゆっくりしてて。せっかくだから私、探検してから。」
香澄がニヤリと笑った。
「探検?」
「そう、ライコウの部屋。四年ぶりに。」
「ええ? それって・・・」
美幸は目を見開いた。
「あ、抵抗あるなら美幸ちゃんは来なくて良いよ。私一人で堪能して来るから。」
ニカッと笑うと香澄は腰を上げた。
襖の方に向かった香澄の袖がくいっと引っ張られた。
「美幸ちゃん?」
「・・・行く。」
美幸は顔を赤くして、うつむいたまま小さく言った。
社務所先でバイト巫女さん達に混じって、ご祈祷受付や御守り、御神札の下賜を行っていた。
「やっほ。ライコウおつかれっ。」
にこにこしながら香澄たち一行が顔を覗かせた。
「やあ、ゴキゲンだね。ゆっくりできたかい?」
頼光は香澄から渡されたキーケースを懐に収めると、みんなを見回した。
「藤本さんも岡崎さんも、顔色が良くなったね。回復したみたいで良かった。」
「うん、ありがと。私たちもミケコちゃん、随分と もふらせてもらったわ。」
「うん、ふわふわだった。あの子、懐っこいのね。」
美波と凛音が上機嫌で答えた。
「美幸ちゃんも随分顔のツヤが良いね。リラックス出来た?」
「えっ? 顔に出てる?」
頼光の声に美幸はあわてて両手を頬に当て、その横で美波と凛音は袖口で口元を隠した。
「これから私たち、ショッピング・モールでランチして来るんだ。」
凛音が嬉しそうに微笑む。
「うん。クレープ女子の会、再びって感じ。」
香澄も上機嫌で答える。
「そうか。あんなことの後だからしっかり鬱憤(うっぷん)晴らしてくれよ。こっちは、今日は長丁場になるから連絡くれても返せないかも。」
「そっか。そうだね。ライコウふぁいとっ。」
「おつかれさま、皆本くん、がんばってね。」
「それじゃ、おつからさまで~す。」
「おつかれさま。また~。」
香澄たちは社務所先で手を振って朱の鳥居の方へと歩いて行った。
午後7時。神楽壇の脇にかがり火が灯され、幻想的な光景の中で夜の部の奉納舞が始まった。
画像的にも『映える』ので、TVカメラクルーたちが斜め正面の位置に三脚を据えて、リポーターの女子アナがコメントをしている。
お客さん達も浴衣姿のカップルが多く目に付き、薄暗がりの境内にスマートフォンの四角い光があちこちで光っていた。
和楽団の生演奏に乗せて三人の巫女がシンクロする『巫女舞』、頼光の妖艶なメイクでの『蘭陵王』は今年も盛大に盛り上がった。
午後8時を回り神楽壇のかがり火が消えると、屋台が徐々に撤収して行く。
お客さんも神社からショッピング・モールの方へと流れが変わって行く。
社務所で着替えを済ませた頼光は、自室のベッドにひっくり返った。
「ふう~。今年も無事に終わった~。」
大きく息をつきながら、ぐううっと大きく伸びをした。
「あれ、制服ってそこの壁のハンガーラックに掛けてたかな? ま、いいか。」
部屋の中の配置が若干変わっているような気がしたが、まあ疲れてるからだろうと自分で納得して、充電器に置いてある携帯電話を手に取った。
「あ、結構メールが入ってるな。それに着信・・・禎茂さんからだ。」
頼光は留守録を再生させた。
『もしもし禎茂です。お昼に頼くんが遭遇した事故のことで話が聞きたいんだ。早速で悪いんだが、明日の10時にそちらにうかがいます。よろしくお願いします。』
「なんだか禎茂さんにしては落ち着きが無いな。まあ、こっちも聞きたいコトがあるし、丁度良いや。」
頼光はメールのチェックを始めた。
健明からは、保昌との懇談を承知する旨の内容で、昼休み時間なら教育大学事務局前の玄関ロビーで話が出来るので、合流の日にちを連絡して欲しいと伝えてくれと言う内容だった。
美幸からは労(ねぎら)いの言葉と、今度は一緒にクレープ食べに行こうというお誘い。
香澄からは陵王の感想と誉め言葉、事故の心配と『また、連絡するね。』の文字が躍っていた。
そこまで読んだ時に着信を知らせるメロディーが鳴り、ディスプレイに『吉田 香澄』が表示された。
「もしもし。」
『もしもし、ライコウ。もう終わった?』
「すごい良いタイミングだな。隠しカメラでも仕掛けてたのか?」
『えっ、そこまではして・・・いや、大体毎年八時回ったら終わってるからさ、もう着替えて部屋に居るかなって。』
ちょっと慌てた口調で香澄が答えた。
「良い勘してるな。あの後の女子会は盛り上がったかい?」
『うん。あの二人、すっごくノリが良いんだよ。話しててたのしいっ。』
「香澄は友達作るの上手いからな。西崎高校の新しい友達、僕があとお会い出来てないのはバスケ部のエースだっけ?」
『そうそう。沢井加奈ちゃんて言うの。すっごいハンサム・ガールなんだよ。背も健明ぐらいあるんじゃないかな。』
「わ、それは高いな。185センチぐらいか。そんなの相手に香澄、よく戦ったな。」
『でしょ、もっと褒めて。そうそう、加奈ちゃんクレープの会からの帰り道にね。玄磐教育大のお姉さんとぶつかってその人の荷物を間違って取り込んじゃったんだって。』
「へぇ、TVドラマなシチュエーションだな。そこから恋が芽生えたりするヤツ。」
『荷物の中身検(あらた)めてたら、その人の荷物の中に大きなサファイヤが有ったんだって、写真も送ってくれた。』
「そんなもの持ち歩いてる学生ってすごい・・・まてよ、宝石・・・教育大の学生・・・香澄、悪いけどそのサファイヤの写真、僕の携帯に転送してくれない?」
『どうしたの?』
「禎茂さんが今回追っている事件に妙にファクターがかぶるんだ。明日10時にウチに来るそうなんで、情報として役に立つかも。」
『ああ、ライコウのとこの馴染みの探偵さんよね。それじゃあさ、私も同席して良い?』
「僕は構わないけど、せっかくの休み、ゆっくりしなくて良いのか?」
頼光はベッドに座り直した。
『私はいいの。それにライコウの健康状態も気になるし。』
「別にケガはしてないよ。」
額から前髪にかけて、手のひらですっと撫でる。
『でも、この前の教会の件で大分失血してるでしょ? 今回も額切っちゃったみたいだし。貧血の兆候は無い?』
「う・・・ん。そう言われれば、かがり火舞の時、最後の方はちょっとめまいがした。」
『ほら、やっぱり。それに、昼間。あの突っ込んで来た車。目の前で跳ねて木立ちへ突っ込んだって言ってたけど、あれ、ライコウが弾き飛ばしたんでしょ?』
「う・・・見えた?」
頼光は妙に縮こまって声を潜めた。
『例の高速移動したのは見たわよ。隣に居たんだから。その後のことは衝撃的過ぎてはっきり思い出せないけど。』
「・・・この事は内緒にしててくれよ。この世界の関係筋以外では香澄にしか『この力』のコト教えてないんだ。」
真剣なトーンで頼光が話す。
『へへ。じゃあ私は「特別」なんだ。』
「ああ、香澄は特別だよ。」
『・・・』
耳元で響く言葉に心臓が跳ねた。
「香澄?」
『じゃ、じゃあさ。特別な香澄ちゃんは明日の同席を希望しますっ。』
香澄は元気に「普通」を装った。
「ははは、わかりました。それじゃ、いつものように大鳥居のトコで待ち合わせで良い? 朝9時半。」
『うん。よろしく。』
一通り香澄との電話が終わってメール画面に戻る。そこには「白石麗奈」と表示されていた。
『頼くんおつかれさま。このメールを見てる頃はもう、夜だろうね。初めて頼くんの舞、少し遠くからだけど見させてもらいました。かっこよかったって言うよりはキレイだったが素直な感想かな。火曜日はママと弁護士さんと一緒に財産分与の再編手続きに鴻池市に行くんだ。放課後、会えそう? 会えるなら都合の良い時間教えてね。では、おやすみなさい。』
「麗奈さん・・・」
頼光は呟いて返信メールをカチカチと打ち込んだ。
DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」 藤乃宮 雅之 @Masayuki-Fujinomiya
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