第2話

第二話 獅子(シックスティーン)


25XX年、冬。 ポイント581-9の夜。



No,16の顔面を殴り飛ばしたのと同時に、宇佐元の腕が弾け飛び―――

―――その直後、すぐに再生した。


それを、日下部は動揺もせずに見ていた。

まるで、そうなるのが分かってるかのように。 当たり前であるかのように。


事実、日下部は、宇佐元が裏特効薬(ウラトッコー)を使ったのを知っていた。

初めて出会ったあの日も……宇佐元の凄まじい自然治癒力に救われたのだった。


「よし、私も……。 <ダブルバレル>。」


日下部が、そう小さく呟く。

それに呼応して、音声認識システムが作動する。


「―――Double Barrel―――」


重厚感のあるその銃は変形し、元々あった銃身の上に、もう一つ、銃身が現れた。


この銃こそが、日下部の愛用する<チェンジバレルMk-8>……

ちなみに、特注である。

用途に応じて、シングル・ダブル・トリプルと、銃身(バレル)の数を切り替えて

使用している。


隙を伺いつつ、宇佐元と異形<No,16>の戦闘を見守る日下部。


一発殴り飛ばした程度で、鉄の獅子はその動きを止める事は無かった。

そのおぞましい躰からは、まるで血のように、どくどくと潤滑油が零れ落ちる。

 

「思い切り殴り飛ばした……にもかかわらず、凹みひとつナシ、ときたか」

 

そう呟く宇佐元が、前傾姿勢でNo,16に向き直る。

 

「こいつは苦労しそうですね。報酬……覚悟しといてくださいね?日下部さん!」


後ろで銃を構える日下部に言うと、宇佐元は―――――<飛んだ>。

 

正確な情報を伝えるとしたら<跳んだ>、だ。 <駆けだした>のとは少し違う。


一度の跳躍で、数十メートル先に飛ばされたNo,16の目の前まで到達した宇佐元。


跳躍の際に踏ん張った左脚は、先程の腕のように弾け飛んだのだが―――――


―――驚異的な治癒能力をまたも発揮し、No,16の前に降り立った時には、

完全に再生していた。

 


じつは宇佐元は、足には靴ではなくスニーカーの装飾がほどこされた、

所謂、<つっかけ>を履いている。

その理由は、今のように足が弾け飛んでも、その足が治り次第、すぐさま着用できる履物だからだ。


「ふっ―――――!!」


宇佐元が、手首のスナップを効かせたアッパーを、No,16の下顎に喰らわせる。

酷使したのが今度は拳だけだった為、弾け飛んだのは手首までだった。


「吹っ飛びはするが、亀裂すら入らない……一体何の素材で出来てるんだ、

 アイツ?」

 

手首を再生させた宇佐元は、No,16に連続で、軽く飛び蹴りを浴びせる。

大きな躰をうねらせ、異形―――No,16が轟音と共に倒れ込んだ。


(気になる事が多すぎる………!)


頭の中で考えを巡らせる宇佐元。 それは、後方から様子を伺う日下部も同様だった。


(あの化け物は多分、殆どが機械だけど…足の一部が見えてる。金属で覆われてない。)

 

(あいつは、機械と融合させられた―――――合成獣<キメラ>?)

 

(それに、先程の少年が連れ去った、襲われた男性………)


(命を絶ってしまっては、キメラとして機能しないのに……なぜあえて、

 殺したの?)

 

 

―――――キメラ。

日下部の頭の中で、浮かんだ単語。


それは昨今のテロ組織が使用する、動物と機械を混合させた、

イビツで非道な兵器の名。

最新の科学技術を、悪事の為に惜しみなく使った、愚かな人間に生み出されたモノ。


生物に機械を融合させ、持ち主に従順な兵器として、作り替えられるのだ。

しかし、基礎<ベース>となる生物が死んでいたら、キメラを生み出す事は

出来ない。


それなのに、あの少年は化け物にヒトを殺させ、それを回収した。

そこが分からなかった。 なぜ殺した。 死体を回収した理由は何だ。


日下部は、自分の思考が停止しそうになるのを、慌てて阻止する。

今は戦闘の真っ只中だ。 宇佐元も戦っている。

しかし、あの宇佐元の拳を受けても、凹みすらしない化け物。


ただの合成獣<キメラ>でないという事は、この時点で確かだった。



「ちっ。こいつ、<いつもの感じ>と何か違うな………」


ふわりと跳躍し、後方に降り立った宇佐元。

しかしそれは何十メートルという距離で、しかも体に損傷はない。


肉体が弾け飛ぶたび、いつしか宇佐元は、肉体の<酷使具合>……

加減の仕方を覚えていた。


だが、全力で殴り飛ばさなければならない時はある。 それは変わらない。

とはいえ必要以上に体を吹っ飛ばす必要は無い。


宇佐元の戦闘スタイルは、<裏特効薬>使用前提のそれであったものの、

じつに効率的な戦い方だった。


―――というものの、苦戦している事には、何一つ変わりは無かった。

基本的にいつも、合成獣も一発殴ればひしゃげる。 そういう感覚でいた。


しかし今回の<No,16>は、そんな宇佐元の常識を覆そうとする、恐ろしい存在に

なりつつあった。

宇佐元の頭の中で、何度も何度も警鐘が鳴り響く。


「お前なんかのせいで、みすみす"報酬"を逃してたまるか……!」

 

今度は、加減せずに右脚で跳躍。 太腿辺りまでが弾け飛ぶ。


「金属と金属を溶接した跡。そこを狙って、損傷さえさせれば―――――」


そして遥か上空から、勢いを付けた状態で、利き手の左拳で、全力で殴り抜けた。


「―――――倒せる!!」


宇佐元の拳が一瞬だけ、No,16の顔―――金属同士の結合部に、めり込んだ。

そして次の瞬間に、左腕の崩壊が始まる。


驚異的な自然治癒力をまたもや発揮して左腕を修復しつつ、

一旦、異形から距離を取った。


勢いを付けて飛び退くくらいなら、脚の筋が千切れる程度。

一瞬、内出血を起こすものの、すぐに自然治癒で再生するから問題にはならない。


「ようやくその小汚いツラに傷を負わせられたよ……醜いライオンもどきが!!」


宇佐元が異形に向かって吠える。 じつは、これは珍しい事なのであった。

なぜなら、宇佐元が悪態をつくような時は決まって、苦戦している時だけ。

そして彼は、今まであまり苦戦した事が無かったからだ。


「宇佐元君!撃つわ!」


日下部が背後で声をあげる。

その言い方だと、まるで宇佐元を撃ち抜くような物言いだが、そうではない。

 

日下部がそれだけしか言葉を発さなかったのは、たったそれだけで伝わるからだ。


「この状況ならこっちね―――シングルバレル。」


日下部の呟きで、銃の音声認識システムが作動する。


「―――single Barrel―――」


両手で銃を構え、日下部が狙うは、異形の頭に相当するであろう損傷部分。


「―――今っ!」


銃身がほとんどブレる事はなく、銃弾三発が連続で撃ち出され、No,16目掛けて

飛んでゆく。


狙いは非常に正確だった。

異形のひしゃげた頭部に、日下部の放った銃弾・三発全てが、吸い込まれるように

命中した。

No,16が、甲高い金切声のような音を立てる。


「さすがは日下部さん。射撃の腕が署内イチって噂は、ダテじゃないですね」


「私が出来るのはこの程度よぉっ。 <最後の仕上げ>は結局、宇佐元君に

 任せるしかないんだし」


「…それじゃあご期待にお応えして、いきますか―――――」

 

そう言った宇佐元が、両足に力を込め、


「<最後の仕上げ>―――――!!」


その両足で、爆発的な跳躍をやってみせたのだ。


途端に、弾け飛ぶ……両の脚。

しかし今宇佐元は、"そんな些細な事"、気に留める暇など無かった。


遥か上空から、叫び声をあげる異形―――No,16を見据える宇佐元。

脚が治癒で再生してゆくなか、体は急降下するのを始め、両腕を引き絞った。


そして、No,16と ほぼ零距離のところまで降りて来た宇佐元。

力を込めた両腕を―――同時に、全力で、勢い良く。 突き出した。


普通、ヒトが何かを殴る時に出す拳は、片方だけだ。

体を捻じる要領で勢いを付けられるし、仮に両方一緒に出したところで、

力が分散してしまう。


しかし今回の宇佐元は、それでよかった。 いや、それ「が」よかった。


致命傷を負わせる事は出来なかったが、宇佐元の拳が、今一度No,16へ、

今度は二か所に…めり込む。

すぐさま形を保てなくなり崩壊を始める両腕。


その瞬間だった。 宇佐元が、勝負に出たのは。


崩壊の始まる両腕を「上下に重ね」た状態を作り、地面へと着地したのだ。

つっかけはどこかに飛んで行ってしまったが、脚は治癒が済んだ為、彼は今裸足で

アスファルトに立っている。


その宇佐元が再び、跳躍する。

弾け飛ぶ足。


一連の動作が、さっきと同じように見えた。

いや、否―――――ひとつだけ、違う点がある。

先程とは違い、とても歪な、ところがあった。


宇佐元の弾け飛んだ両腕は、治癒力で再生に向かっていた。

―――――しかし。


両方の腕を密着させ過ぎた、ゆえに起こった現象か。

腕の途中から二つの腕は「貼り付」き、その先で…明らかに肥大したと思われる拳が、姿を現した。


これは、宇佐元が戦いの中で覚えた<技>の一つだった。

最初は思い付きだったのだ。

再生力がここまで早いなら、多少の無茶は可能なのではないか、と。


二本の腕を、「裂けた一本の腕」だと<誤認>させれば、その腕の先端には大きな拳が実るのではないか、と。

思い付きは本当に実現し、今では彼の愛用する<トドメ>をさす技となった。


それが、今No,16の眼前に広がる、巨大な拳。


「―――――ミョル、ニルッ!!!」


宇佐元が叫ぶ。

ミョルニル。神話の神トールの持つ鎚。

それが、この歪な拳に、彼が付けた名だった。

深い意味は無く、彼が語感を気に入って そう名付けただけのもの。


しかし、威力は絶大だ。

<リミッター>の外れた宇佐元から繰り出される、超強力な―――まるで岩の如く

そびえ立つ拳。

それが勢いよく振り下ろされる。


耳障りな音を立てながら、ただの鉄屑と肉片になってゆく異形。

今の一発が致命傷になったようで、No,16は肉体を保てなくなり……崩壊が、始まった。


巨大な拳は打ち下ろした衝撃で弾け飛び、元の二本の腕へと戻った。


着地を決め、異形を眺めながら履物を探しに行く宇佐元が、溜め息をつく。

疲れもあった。 しかし、その意味合いの溜め息ではなかった。


先程の拳を―――おぞましいあの姿を、思い出す。

結局"異形"を相手にするには、自分も"異形"になるしか無いのか。


そう思い知らされると、その度に溜め息くらいつきたくなるのだった。



「宇佐元く―――――んっ!!」

千切れそうな勢いで手をブンブン振りながら、日下部が駆け寄って来た。


「うるさいですね相変わらず……。もう夜中ですよ?」


「ごめんごめーんっ。それよりも!やっぱりいつ見てもカッコイイね!」

日下部が言っているのは、宇佐元が先程放った技-ミョルニル-の事だ。


「何言ってるんですか日下部さん。あんなの、どう見てもバケモンの手でしょうが」

宇佐元は吐き捨てるようにそう答える。

しかし、日下部は目を輝かせて、更に続けた。


「そんな事ないよっ!宇佐元君はかっこいいよ? だって私のヒーローだもんっ」

なぜか自分の事のように、控えめな胸を張りエッヘンといった感じの日下部だったが。


「血飛沫やら肉片やらぶち撒けるヒーローなんて、世界中どこ探してもいませんよ……」

宇佐元は相変わらずだった。


「ここに居るよっ! ほらほら!私の目の前~」

楽しそうにそう笑いながら、宇佐元の肩をちょんちょんと突っつく日下部。


そんな日下部を見て、宇佐元は僅かに微笑んだ。



じつは宇佐元にも弱み―――弱点があったのだ。

日下部と初めて会ったあの日から、できた弱点。


「さ、調査に戻んなくっちゃっ。 さっきのキメラを調べよ!ほら早くーっ」


それは、こんな闇夜でも、まばゆいくらい輝く―――――日下部の、笑顔だった。


そう。

宇佐元が、日下部の頼みで厄介事を引き受けた後に待ち望んでいる、

一番の<報酬>。


それも、今まさに寒空の下で光り輝くような彼女の笑顔なのだった。


日下部の笑顔が見たくて、宇佐元は今回も厄介事に付き合ったのだ。

しかしそれを彼女本人は知らない。


恋愛感情は抱いていないものの…宇佐元 龍汰は、日下部の笑顔を見るのが何よりも―――


―――好きだった。



――――――――――――――――――――――――――――――



「これは………?」

先程の異形<No.16>―――の金属片を手に取って、まじまじと見る宇佐元。

「触り心地は……鉄に近い、でしょうか? でもザラザラしていますね…」

(それに、鉄にしては頑丈なうえに軽すぎる……。何なんだ?コイツの材質は……)


「私、あっちに車停めたままだから、ここに移動させておくねっ」

日下部がそう言って立ち上がり、その小さな体でぱたぱたと走って行った。


少しして、エンジン音とともに彼女の車が現れた。

ヘッドライトが、異形の巨体だった残骸を照らし出す。


車から降りて来た日下部は、大きな鞄を抱えている。

鞄を地面に降ろすと、ドズッと重みのある音が聞こえた。


彼女がその鞄のジッパーを開け、中から取り出したのは様々な機材。

「この容器に、残骸の一部をサンプルとして入れておけば、成分を解析してくれる

 んですよ」

そう言って残骸の前でしゃがみ込み、手袋をした日下部。

肉片と金属片を、それぞれ別の容器に分けて詰めてゆく。

 

「あれだけ殴っても堅いのに、こんなにも軽いんです。きっとレアメタルとかじゃ

 ないですか?」

宇佐元が、今知り得る範囲の情報を使って推測を立てる。


「謎がいっぱい、だよね? さっきの子どもも、民間人の命を絶ってたのも、

 わかんないしー」

むぅー、と顎に手を当てて考え込んでしまう日下部。


「あの少年なら、幾らか予想は付きますよ」

宇佐元がそう答えた為、日下部は目を丸くして横に立つ彼の顔を見上げた。


「えっ!わかるのー? なんで?なんでなんでなんでー?」


「出世に必死っすね全く…。いいですか?ヤツは明らかに子どもなのに、

 裏社会の事情を知っていました」

「テロリスト集団の弟や息子。キメラを預けられてたので、もしくは幹部の

 親戚など…可能性は幾らでも」

宇佐元が次々に可能性を挙げていくが、日下部の顔は曇ったままだった。


「ごめんね、宇佐元君。根拠は無いんだけど、なぜかそういうのは……

 違う気がして」


「いや…日下部さんの勘は間違いないですから。 きっと、真相は違うんだと

 思います」

「そうだ、日下部さん。俺、まだ他にもコイツの調べたい所があるんですよ」


「えっ、他にも? サンプルは肉片と金属部分、どっちも採取したよ?」


「調べてほしいのは……コイツが伸ばしてた管の先端ですよ」


宇佐元がそれを言い、日下部もある光景を思い出した。

それは―――初めてこの化け物と遭遇した時、胸を貫かれていた男性。


「俺思うんです。 被害に遭ったあの男は……殺されてないんじゃないかって」

そんな宇佐元の言葉に、ハッとなる日下部。


「人間をキメラにするには、どうしようもないくらい不向きだけど―――――」

「キメラの餌……養分として使う為に、肉体を加工されたのかもっ!」

日下部は言うと、たったったっと異形の管の先まで駆けてゆき、


「よしっ。これでOKだよー」

そこから滴る液体を、容器に入れた。


「ところで日下部さん。今日の調査は、これで切り上げますか?」

んーっ、と伸びをしながら宇佐元が問いかける。


「そうだねー。あれだけ時間が経ってるし、あの男の子を今から見つけ出すのは、

 難しいと思うからー」

「解散―――っ、だね?」


「了解、です……っと。 あ、そうそう日下部さん。一つ言い忘れてました」

「今回の件の<報酬>、なんですけど―――――」


「―――――まだ振り込まないでおいてくださいね?」

顔色一つ変えず、冷静にそう言った宇佐元。


しかし、そんな彼とは対照的に、日下部は驚きを隠せずにいた。




なぜなら、彼が報酬を約束通り受け取るのを断った事は、

今迄――――― 一度たりとも、無かったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

治癒戦士 -リカバリ・ウォーリア- 栄 ロン @SakaiRon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ