治癒戦士 -リカバリ・ウォーリア-

栄 ロン

第1話

第一話 異形(キメラ)


25XX年。

世界には、仮初の平和が訪れているかのように見えていた時代。


ある冬のことだった。


行方不明事件が発生したのだが、翌日から、その地域周辺で毎日失踪が巻き起こったのだ。



その事件を不審に思った、一人の女刑事。 その女の名前は日下部(くさかべ)。


年齢は、まだ20と若すぎる身でありながら、幾つかの難事件を解決して来た。


容姿も端麗、しかし身長は149で、署内ではマスコット的存在としても人気がある。


そんな日下部が、ある人物に電話を掛ける。数コールの後、電話が繋がった。

 

男の声がした。

声の主は、日下部が何の要件で電話して来たのか分かっているかのようで、不機嫌そうな声を出す。


「…なんですかぁ? また面倒な依頼なら、ブン殴りますよ?」

 

 

「そう露骨にイヤそうにしないで?お願いがあるの。」

 

日下部がなだめるが、電話の向こうの声の機嫌は、一向に良くならない。


「お願いねぇ…。 どうせまた刑事として、名を挙げたいだけじゃないんですかぁ?」

 

「全ては裏でコッチが重労働引き受けてるっていうのに……ねぇ!」

 

「まぁまぁ、抑えて抑えて。 それでね?最近の連続失踪事件、知ってる?」

 

「毎日人消えてるアレですねぇ? 知ってますよぉテレビくらい見ますからねぇ」

 

「…ってまさか! ヒトサライを見つけろっていうんですかぁ!力仕事より納得いかないですよ?」

 

…と、ここで日下部が小さく溜め息をつき、にやりと笑みを浮かべて言い放つ。

 

「お願ぁい!ウチの署まで来て?―――――ウサちゃん?」


語尾にハートマークでも付きそうな言い方で、声の主にそう言った瞬間。

 

「その呼び名は―――――言うなっつったろ!!!」

 

ブチッ、と切れる通話。


そして十数分後。 署の入り口で、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて来た。


「日下部出せコラァ! 許さねえ! 出て来いコラ! おい日下部ェェ!」


そんな怒声に、一ミリも動揺する事なく、日下部はゆっくりと署の入り口へ向かってゆく。


「あらあら。 今回はいつにも増して、随分と熱烈なラブコールね」


―――――十分後。

 

先程のはよくある光景で、刑事達は既にソレを<署の名物>のような感覚で見ているのだ。

 

「ごめんね!こうでもしないと、あなた来てくれないんだもーん」


その<青年>を談話室に引っ張り込んだ日下部。

 

その雰囲気は一変し、無邪気な子どものように、その青年に話しかけた。

 

「当たり前ですよ。さっきの呼び方したヤツラは皆、病院送りにして来たくらいですから」


「例外は、日下部さんくらいなモンですよ。それだけ嫌なんです」


不機嫌そうな声色は相変わらずだが、敬語を崩す事無く、青年はそう言った。


「で?さっきの話ですけど……ヒトサライ捜索ですか?それとも失踪者捜索?」

 

最早自分が逃れる術は無い。青年は分かっていた。それゆえ、自ら本題に入った。

 

「んーとね。その<人攫い>―――なんだけど、何となーくヤな予感がするの」

 

<ヤな予感>と日下部が口にした途端、青年の顔つきが変わった。


「マジですか………」


この女・日下部は、物凄く鋭い勘の持ち主なのだ。


それは、この青年―――宇佐元 龍汰(うさもと りゅうた)が身を以て知っていた。


嫌な予感、変な感じ、勘が働いた……等々。


そういう発言を彼女がした時は、必ずと言っていい程、その事件は厄介だったりするのだ。


「これは失踪じゃなくて、何者かが意図的に起こしている事件。只の勘だけど、そんな気がするの!」


日下部がそういう限り、今回もそうなのだろう。 宇佐元は内心思った。


「えーっと、場所は……? ポイント581-9ですか。ここから結構近いですよね?」


宇佐元は既に冷静さを取り戻し、調査に協力する為、手掛かりを探り始める。


「うん、そうね近いわ。 ねぇ、さっそく今日、この町に行ってみましょ!」


日下部が元気よく意気込むが、それを聞いた宇佐元は驚きを隠せなかった。


「え! 現地に日下部さんも行くんですか!? 危ないですよ!!」


「そうなんだけど、やっぱり私だって刑事だし! それに……」


一呼吸おいて、日下部が更に続ける。

 

「今回ばかりは、自分の目で見ておかなきゃいけない。そんな気がして、ならないの……」


そう言った日下部に、宇佐元は肩を竦めてため息をついた後、答えた。

 

「そこまで言われちゃ仕方ないですねぇ。護衛も引き受けるとしますかぁ。

 ただし―――」

 

「―――そのぶん、報酬は上乗せしてもらいますよ?」

 

ぎらりと光る眼で、宇佐元はそう付け加えたのだった。


――――――――――――――――――――

 

日下部と宇佐元の関係。


表…刑事仲間達からは、仲の良い幼馴染。という認識になっている。


しかしその裏では…依頼者と、厄介事の引受役。


若くして出世をした日下部だが、それは陰で宇佐元の活躍があったからこそなのだ。


当時、何でも屋をやっていた宇佐元は、ある事件の解決を依頼され、現地へ向かった。


そこで遭遇したのが、あと一歩のところで殺されてしまう状況に陥っていた日下部だった。


日下部を窮地から救ってからの宇佐元は、報酬に目を眩まされて体よく彼女にパシらされているのだ。


しかし、依頼している側の日下部も、差し出す報酬のカネが、かなりの痛手だったりする。

 

 

そんな日下部が所属する部署は、<特殊課>。 数年前に新設された部署である。


何専門の部署かというと、特に定められておらず有事に駆り出される増員……

というのが世間一般での情報だ。


その正体は、最新鋭の科学技術で社会の闇に潜むテロリストの排除。

 

仮初の平和が世界に訪れた今でも、悪事をはたらこうとする者は絶えない。


その証拠ともいえるのが、日下部も所属する この部署なのだ。


――――――――――――――――――――

 

テロリストに対抗する為、特殊課の中には秘匿された<対抗兵器開発部門>というものがある。

最新鋭に対抗する為の、最新鋭。


言ってしまえば、只の兵器。

もっと元も子もない言い方をしてしまえば、世界は今でも、全く平和ではなかった。


<エリア581-9>


「すっかり夜ですね。ここが、さっき話してた現場ですか?」


ラフな普段着で、何も武器を持たずに、宇佐元は、日下部の運転で辿り着いた街に

降り立った。

 

「そうよ。何だか閑散としてて、こわいね~……」


「ここ最近、失踪が続いてますからね…そりゃ用心にもなるでしょうよ」


「それは分かってるんだけど、こわいなぁー」


ガシャリ…と音を立てて持ち上がる、少し重そうな銃。


普段、警官が扱うオートマチック銃と明らかに違うソレ――を構えながら、慎重な面持ちで車から降りる日下部。


服装はスーツ。 その上から、寒さを凌ぐ為のコート。

 

二人の出で立ちは、正反対ともいえた。


「日下部さん。一応確認ですけど……<ツートビ>は?」


「もちろん、ちゃんと持って来てるよ? 何があるか分かんないからねー」


会話しながらも、辺りを警戒しつつ市街地の中、歩みを進める二人。


―――――そんな時。


グサッ、だったか。 或いはブスリ、だったか。


<何かが何かを突き刺すような音>が、静まりかえった夜の街に、響いた。


「日下部さん………!」


息を殺しながら緊迫した声色で、宇佐元が音のした方を指さす。


「近付いて、物陰から様子を見ましょう……!」


日下部も銃を構えつつ、足早に、不審な音の出どころへ向かう。


――――――――――――――――――――


再び静寂が訪れた街。


月明かりに照らされた、二つの人影と―――――"異形"。

人影は……"異形"の上に乗った少年と、その"異形"から伸び出た管に、胸を貫かれた、スーツ姿の中年の男性。


しかし、それよりも、なによりも。

その"異形"に、目を惹かれた。


形状は、何に一番似ているかと言われれば……恐らく獅子―――ライオンだろう。

しかし細部は、ライオンには似ても似つかない。

 

全身金属で覆われたソレの身体。その隙間から、濁った色の液体が漏れている。

ギシギシ、ギチギチ、と音を立て。

醜い、その身体が物々しい音を立てて躍動する。


それを見ていた日下部が、小声で宇佐元に耳打ちする。

「あの気持ち悪いのから出てる液体……多分、潤滑油よ」


「えぇ? でもギシギシギシって、思いっきり軋んでる音、鳴ってますけど……?」


「現場、っていうかこの街に、局地的に潤滑油がいっぱい零れてたの…。」


獅子を模したような その異形が、動かなくなった男性をその管で持ち上げ、少年の前に差し出した。


「そうだったんですか。 だったら潤滑油は、あの化け物の―――――」


その時だった。

 

「<化け物>とは心外だね。この僕の傑作の美しさが分からないとは……嘆かわしい!」


大袈裟なリアクションを取りながら、空を見上げて―――その少年は大声で言った。


「どういうこと…!? こっちの声、聞こえてたの…!?」


取り乱す日下部を置いて、宇佐元が物陰から姿を現す。


「成る程な。聴覚強化の薬剤を投与してんのか?」


その口調は、日下部の前の時のそれとは違い、荒っぽいものになっていた。


「キミは、裏世界の薬について知ってるみたいだね……何者かな?」


言いながら少年は、異形の管から男性を抜き取り、いとも簡単に小脇に抱えた。


小柄なその少年には到底抱えきれそうにないような小太りの男性を、片手で持ったのだ。


「加えて筋力強化のクスリもやってんのか…? 何が目的だ、こんな事してよぉ」


そう言ったあと宇佐元が、右手を後ろへと伸ばした。


「日下部さん。<ツートビ>1本………下さい」


「わ、わかったわ」


日下部が若干慌てつつ、宇佐元の右手に<痛覚を極端に鈍らせる>薬品……

通称<ツウトビ>を握らせた。


「やれ、No.16(ナンバー・シックスティーン)!対象はそこの二人だ、生死は問わない!」


そう言い放つ、謎の少年。

巨体を振るわせる異形―――No.16から、回転しながら飛び降りた。

そして凄まじい跳躍力で、息絶えた男性を抱えたまま、夜の闇へと消えて行った。



ガルルルルルルルルルル……!!

 

地の底から唸るような。 それは声なのか音なのか。

発しているのは、異形―――No,16だ。


「しょうがない…やるしかないですね。日下部さんは車で待機しててください」

 

「何言ってるのぉ!私も刑事なんだから、やる時はやるよぉ!」


引け腰で言い返す日下部を見もせず、宇佐元はツカツカとNo,16に歩み寄る。


「オイ。ナンバー十六……とか言ったよな? 俺の言葉、分かるか?」

 

ウォォォオオオオオオン!!!


「言葉が分かるか分からないか、それに関しては不明だけど―――」

 

そう言った宇佐元が、ダウンジャケットを脱ぎ捨て、続けた。


「お前は俺を殺す気だ、ってのは、分かった。 だから、その前に」


注射器の中に入った液体、通称<ツウトビ>。

 

それを乱雑に腕に刺し、勢い良く身体に流し込んでいく宇佐元。


「俺が。 お前を。 倒すわ。」

 

突進を仕掛けて来たNo,16の顔面と思わしき箇所に、利き手である左拳を、宇佐元は叩き込んだ。

吹っ飛ぶ異形、No,16。


じつは<ツウトビ>には、力を無意識に抑えるそのリミッターを外す効能も含まれている。


俗にいう<タガが外れた>状態。

自分の身体への影響を一ミクロンたりとも考慮せずに、凄い勢いで腕を振り抜いた、宇佐元。


その結果としてもたらされたのは、異形―――No,16が殴り飛ばされた。 

だけではなかった。


ピキピキ、バリバリ、ベキベキ。 そんな音を立てながら。

No,16に当たった箇所から、宇佐元の左腕が崩壊してゆく。

まるで水飛沫のように、あっけなく飛び散る、血と骨と筋と皮。


宇佐元がダウンジャケットの下に着ていたのは、Tシャツ一枚だった。

それゆえ、宇佐元の右肩付近までが吹き飛んだのが、後ろに居る日下部から見ても、ハッキリ分かった。


しかし、巻き起こった<異常>は、それだけでは済まなかった。


まるで今さっきの光景を、逆再生で見ているような。


しかし、地面のアスファルトに飛び散った肉片は、そのまま。

間違いなくこれは、今現在起こっている、確かな現象。


簡潔にいうと、吹き飛んだ筈の腕が、手が、全てが、一瞬のうちに再生したのだ。



そう。

彼―――宇佐元 龍汰は、治癒能力を武器にして戦う……

治癒戦士(リカバリ・ウォーリア)その人―――――だったのだ。

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