本当の自分

結城彼方

本当の自分

「ガシャン!!」


真夜中、重量感のある陶器が砕けるような音が響いた。



翌朝、現場に行かされた鬼頭空刑事は見て驚いた。一見、飛び降り自殺の遺体のようだったが、その遺体らしきモノが異様なのだ。砕けた人間の姿をしているが、その質感は陶器のようだった。そばには遺書らしきものが落ちていて、こう書かれていた


『本当の自分を知りたい』


その後、同様の事件が相次いで起きた。すでに6件。共通点と言えば、陶器人形であること、そして同様の遺書だった。違いといえば陶器人形のデザインだけ。鬼頭は頭を抱えていた。


そんな時、鑑識から例の陶器人形の検査結果が届いた。結果を聞いて鬼頭の背筋に寒気が走った。砕けた陶器人形からは人間のDNAが検出されたというのだ。それも6体とも別人のものが。鬼頭はますます何が起きているのか解らなくなった。上司に息抜きをするよう言われ、その日は帰った。


家に帰ると、息子と妻が待っていた。愛する家族。二人の笑顔を見れば、疲れも吹き飛んだ。お風呂に入り、夕食を済ますと、息子が一緒に遊んでとせがんでくる。やれやれっと思いながらも付き合うことにした。息子が持って来たのは飛行機のジグソーパズルだった。一緒に組み立てていると、鬼頭は閃いた。


慌てて家を飛び出し、署へ戻って砕けた陶器人形を取り出し、組み立て始めた。無我夢中で1体組み立て、気がついたら朝になっていた。

朦朧とした意識で完成した陶器人形を見つめて鬼頭は思った。


(俺、この人知ってる・・・どこかで見た気がする。)


何とか思い出そうとするも、考えても考えても思い出せない。何かヒントになるかもしれないと、もう一体の陶器人形を組み立ててみた。そして気づいてしまった。


(そんな馬鹿な、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な。俺の思った通りだとしたら大変な事だ。)


鬼頭は大慌てで残り4体の陶器人形の顔を創っていく。そして、嫌な予感は確信へと変わった。この6人は、先月行方不明になって捜索願いが出されてた人達だと。


陶器人形から検出されたDNAを行方不明者の親族と比較したところ、一致した。これにより急遽、事件の対策本部が設置された。


事件を捜索していくと、年齢も性別も違う被害者達に一つの共通点が見つかった。それは、行方不明になる数日前、街にある古びた占いの館「Rebirth」に行っていたということだ。


鬼頭はさっそく、その占いの館へ事情聴取へ向かった。中に入ると、異様な空間が広がっており、さながら魔女の様な出で立ちの占い師がいた。


占い師が言う。


「なんのようですかい?刑事さん。」


異様な雰囲気に呑まれつつ鬼頭が尋ねた。


「失礼ですが、この写真の人達に見覚えはありませんか?」


「あるね。実を言うと、刑事さん私はあんたが来るのも分かってたさ。鬼頭刑事。」


占い師はニタリと笑った。


鬼頭が語気を強めて聞いた


「どこで俺のことを調べた!!」


占い師は答えた


「調べたんじゃないさ。私は実は魔女でね。魔法で刑事さんのことなんざお見通しなんだよ。」


占い師はヒッヒッヒッと魔女の真似をしてみせた。


鬼頭は背中に冷や汗を感じつつも聞いた。


「彼らは何を占って貰いにここへ来たんだ?」


占い師は答えた。


「彼らは占いに来たんじゃないんだよ。彼らは、“本当の自分”を探すために、ここに来たのさ。」


鬼頭はよく理解できなかったが、占い師は話を続けた。


「人は生まれた瞬間だけ、ありのままの自分

、所謂“本当の自分”でいられる。そして、成長するにつれ、親の目を気にするようになり、周りの人の目を気にするようになり、終いには社会の目を気にするようになる。その過程で、“本当の自分”はどんどん抑圧されていき、表に出すことができなくなり、自分でも、本当の自分がどの様な人間だったか解らなくなる。そして、人間は知らない事は知りたくなる生き物だ。彼らは、私に“本当の自分”を表に出す“力”があることを噂で聞いて、訪ねてきたのさ。あんたはどうだい?刑事さん。“本当の自分”を知りたくないかい?」



しばらく沈黙が続いた。


生唾を飲み込んで鬼頭が口を開いた。


「その“力”ってのは何だ?」


占い師は少し考える素振りをして言った。


「刑事さんには直接見てもらった方が早いかもねぇ」


占い師はゆっくりと立ち上がり、館の奥へと手招きした。鬼頭は恐る恐るついていった。


「着いたよ」


占い師がそう言った場所にはたくさんの陶器人形があった。それも、生きた陶器人形達が。鬼頭は心底恐ろしくなったが、声がでなかった。走って逃げ出したかったが、体が硬直してる上に出口が分からない。よく見てみると、どうやら、全てが生きた陶器人形では無いみたいだ。生きた人間がシャワー室のような場所に列をなし、そこに入った者が生きた陶器人形になってでてくるようだ。


「刑事さん」


硬直している鬼頭の肩に、占い師が手を置いて声をかけて、こう言った。


「戻りましょうか」


鬼頭はゆっくりと立ち上がり、振り返らずに元の場所へと戻って行った。


まだ何が起きたか解らず混乱している鬼頭に、占い師はコーヒーをもって来て言った。


「何か聞きたいことがあるんじゃないのかい?」


鬼頭はコーヒーを一口呑んで、ゆっくりと口を開いた。


「あんたは一体何者なんだ?」


占い師が


「さっき言ったじゃないか」


と言って、ヒッヒッヒッと、また魔女の真似をした。


鬼頭はさらに聞いた。


「アレは一体なんなんなんだ?」


少し間を置いて占い師は言った。


「刑事さんはなんだと思う?」


鬼頭は答えた。


「人間を陶器人形に魔法か何か?」


占い師が聞く


「仮にそうだとして、陶器人形になりたい人間がいると思うかい?」


鬼頭がしばらく考えていると、占い師が言った。


「あれはね、“本当の自分”になるための魔法だよ。」


鬼頭は続きを聞きこうと前のめりになる。


「さっきも言ったが、人は周りの目を気にするうちに“本当の自分”はどんどん抑圧されていき、表に出すことができなくなる。そして自分でも、本当の自分がどの様な人間だったか解らなくなるのさ。そんな人達から“本当の自分”を解放してやるのがあの魔法さ。あの魔法は周りの目を気にして出来た外側の自分を陶器人形にする。そして勇気を出して飛び降りれば、外側の自分は粉々になり、“本当の自分”が生まれるんだよ。」


それを聞いた鬼頭は事件現場の写真を占い師に見せた。そして、陶器人形の中身は空っぽだった事を伝えた。


占い師は深いため息をついてから言った。


「そうかい。可愛そうに。周りの目を気にして、周りに合わせて自分を抑えてる内に、“本当の自分”は死んでしまってたんだねぇ。」


長い沈黙の後、占い師が再び口を開いた。


「刑事さん。私を逮捕するかい?」


鬼頭は分かっていた。こんなこと立件不可能だし、自分が見たものを証言しても、精神科に行かされるだけだ。


「いいや。逮捕はしない。今日、俺はここで何も見なかった。」


占い師が言った。


「そうかい。刑事さん。あんたまだ若いから考えたこと無いかもしれないが、いつか“本当の自分”が知りたくなったらいつでもおいで。」


鬼頭はコーヒーを飲んで苦笑いした。そして、コーヒーの礼を言って署に帰った。その後、陶器人形事件はパタリと止んだ。占いの館「Rebirth」もいつの間にか無くなって、事件は迷宮入りという扱いになり、そのうち誰も、この件に触れなくなった。













10年後、、、、








古びた街の古びた占いの館「再誕」に、一人の客がやってきた。






「久しぶりだねぇ、、、刑事さん。」








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本当の自分 結城彼方 @yukikanata001

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