第9話 城下町サトウ 参
城下町というからには、
当然そこになくてはならないものがある。
城、である。
伊の国を治める領主の住む城、
その天守閣は、サトウの町のほぼ中央に位置し、
煌びやかな天守の飾りが、町と人々を見守っている。
その城から、北東に位置する場所。
外郭間近ともいえる場所にそびえ立つ紅い鳥居は、
鬼門と呼ばれる方角を守護する神聖な存在の象徴だ。
広い敷地を持つ神社の一角。
あまり人気のない、
柳の木のそばに、その女性は一人で立っていた。
白を基調とした着物に濃緑の袴。
艶やかで美しい髪は、肩口で切りそろえられ、
柔らかく吹く風に、それを揺らしていた。
齢、二十代後半ほどであろうか。
切れ長の瞳をもつ、大人びた印象の美女は、
物憂げな表情を浮かべたまま、
じっと柳の葉が流れるさまを見つめていた。
その顔に色濃くうつるは、
悲しみや憂いというよりも緊張と不安。
彼女は、
そんな想いを抱きながらの待ち人であった。
そしてようやく、
!
気配が彼女のもとへ届けられる。
そして、
「ただいま戻ったでござるよ、
その主から、そんな声も。
明るさを含んだ声に少しホッとしながら、
彼女はこう応える。
「おかえりなさいませ、
美女は桔梗と呼ばれ、
姿見せぬ気配の主は虎空と呼ばれた。
それぞれの名である。
「…そばには誰もおりませぬ故、
お姿をお見せいただいてもかまわないかと思いますが?」
「いやいや、拙者、この神社専属といってもいいほどに
大変世話になっておるが、一応部外者の忍びでござる。
なにより、ここは男子禁制でござろう?
万が一にも、人目に触れぬほうがよいでござるよ。
あと、こうして
「まぁ、それでは、
わたくしは練習相手ということでございますか?」
小さく微笑みながらいう桔梗に、
「はは、そうなるでござるな。
どうか、お付き合いくだされ」
ポリポリと頭を掻いて、
そんな様子が目に浮かぶような返事が返ってきた。
それにしても…
姿が見えないというのに、
会話の声はハッキリと聞こえる。
大きな声を出さなくても、
彼には届いている。
…流石は手練れの御方。
虎空という忍者の力量に
桔梗は心の中で賛辞を送っていた。
「さて、報告でござる。
先ほど、姫様は町にもどられた。
もちろん、無事でござるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「いやいや、拙者は何もしてござらぬ」
ホッと胸をなでおろす桔梗の礼に、
虎空は首を振って…るような声で言う。
「ちょっと、色々と色々があってでござるよ…」
その後、簡潔に山での一件が、
桔梗へと伝えられた。
真白との出会い。
薬草の採取。
魔物との遭遇。
そして、その魔物を、
姫巫女の術で倒したこと。
この虎空という忍者。
実は姫巫女が町を出て山に向かった時から
町に戻ってくるまで、ずっと隠れて見守っていたのだそうだ。
その依頼者が、こちらの桔梗。
この感じだと、
「大丈夫!姫様にはバレておらぬでござるよ」
どうやら、尾行は彼女にナイショのことらしい。
「何やら、朝方にコッソリと神社を出ていかれたので、
何か良からぬことか、
無茶なことを企んでらっしゃるかと思いましたが、
まさか、山に薬草を取りにいかれたとは…」
「理由まではわからないでござるが、な」
「それについては、後ほど伺ってみましょう。
それで、魔物とは?」
桔梗の声に、緊張がみえる。
「どこで生じたものか知れぬが、
間違いなく魔物でござった。
あの山に、あのような危険な輩がいるとは
聞いたことがないでござるがな。
今後、少し調べてみるでござるよ」
「お願いいたします」
「心得たでござる」
芸が細かい。
トン、と胸をたたく音が聞こえてきた。
「拙者も助太刀するか迷ってる間に、
姫様と真白という娘の二人で倒してしまったでござる。
いやあ、姫様はもちろんでござるが、
あの娘、なかなかの力でござるよ。
その戦いぶりに、
拙者も思わず見入ってしまったでござる」
「それほど、ですか…」
「あ、でも、あれでござるか?
姫様の助けがあったからでござるかな?」
「いえ…お話を伺うに、お二人はまだ、
『仮契約』しかしていないようです。
『
はお渡しになったようですけど」
「姫様の『力』を分け与えたわけではない、と?」
「はい」
「それで、あの動き、か。
将来楽しみな逸材でござるな、真白どの」
「とにかく、ご無事に戻られたのはなにより。
虎空様、本当にありがとうございました」
見えぬ相手に、
桔梗は深々と頭を下げて言った。
「なんの、なんの。お安い御用でござる。
姫様の唄も綺麗で心地よかったでござるしな。
さてと、朝から何も食べてない故、
お腹ぺっこぺこでござる。
拙者、ごはん食べに行くのでこれにて…」
御免、と去ろうとする虎空を、
「お待ちください!」
桔梗の慌てた声が引き留めた。
「虎空様!今、姫様の唄、と仰いましたか?」
「え?」
「笛ではなく、
唄を歌われたのかとお聞きしているのです」
ほわん、ほわん、ほわわわーん、と
記憶をたどる虎空。
「そうでござるよ。間違いなく、歌ってたでござる」
「そう、ですか…
どうしてまた笛ではなく唄を?」
それを聞いた桔梗はこめかみを手で押さえながら、
大きくため息をつく。
が、すぐに顔を上げると、
「いえ、言っていても仕方ありません。
すぐに行動しなくては」
凛とした表情を見せて頷いた。
「き、桔梗どの?いかがなされた?」
おずおずと尋ねる虎空に、
桔梗が説明するには、
「姫様の唄の『力』は大変お強く、
いつもは笛を介して力を弱めるようにしているのです。
なぜ、今回笛を吹かなかったのかはわかりませんが、
今頃、その一帯は姫様のお力で清められているはず」
「なにか、問題でござるか?
キレイになって万々歳では?」
「お強すぎる、のです。
おそらく、そこは神佑を得たかの如く、
清らかな場所となっています。
局地的に神がかった気があふれると、
周囲との調和が崩れ、
良くない歪みが生じてしまうでしょう。
数人を向かわせて、
気を散らせて来なくては…」
深刻に話す桔梗の言葉に、
虎空はすっかり押されて、
「そ、それはまた大変でござるな。
拙者は門外漢ゆえ、お力になれず申し訳な…」
そう謝り、とんずらしようとしたところを、
「お待ちください」
桔梗に再び止められる。
「な、なんでござろう?」
「なんでござろう、ではございません!
その場所は、虎空様しかご存じないのですから、
ご案内していただきませんと困ります」
「ええ?!」
「すぐに人を集めます。
門前に向かわせますので、
その者たちを連れて行ってくださいませ。
あ、山の木こりが案内すると言っておきますので、
変装していただけますか?おできになりますわよね?」
「出来るでござるが、拙者、ごはん…」
「どうぞ、よろしくお願いいたしますわね、虎空様」
サクッと矢のように突き刺された桔梗の言葉に、
虎空は、
「あ、はい…」
と、答えるのがやっとであったという。
「はぁ…はぁ、んっく、は、はぁはぁ…」
可愛らしくも、すこし刺激的な吐息が、
姫巫女の唇から漏れる。
上気した頬、
露のような汗を額に浮かべ、
「ひ、姫、もう、ダメ…」
と、その場にペタリと座り込んだ。
肩を上下させ、
苦しそうに息をする彼女の顔を、
「大丈夫?姫ちゃん」
と、真白が心配そうにのぞき込んだ。
薄く片目を開けた姫巫女は、
小さくうなずくと、
「ダメじゃ…もう、これ以上、はしれ、ない…」
と、言った。
ハ…頭部がやんごとない方々に追われた二人は、
全速力であちこちを走り回り、
何とか全員をまいたのだが、
「はぁ、はぁ…もぉ、疲れた…」
とまあ、姫巫女、疲労困憊。
だが、苦しそうな様子の姫巫女とは対照的に、
真白はケロッとしたもので、
「あははっ、いっぱい追いかけっこしたもんね!」
と、息切れもせず、汗一つかいていない。
そんな真白をジトっと見つめて、
「真白…ずるいっ。なんでそんな平気なの?」
姫巫女は言いがかりともいえる、
言いがかり以外の何物でもないことを言う。
「うーん、毎日毎日、山の中駆け回ってたからねぇ。
あれくらいだと、準備運動にもならない、かな」
「…姫も少し運動してみようかの…」
「え、いいねっ。一緒に走ろうか?」
と、真白は満面の笑顔だが、
「いや、やっぱりやめとこ…
悪い予感しかしないのじゃ」
ニコニコ走る真白の後、
ぼろ雑巾のようになる自分を想像して、
姫巫女は首を振った。
えー?なんでー?
と不服そうな真白をなだめながら、
姫巫女はそばの建物を指さして言う。
「なんだかんだあったがの。
目的地にはついたのじゃ」
「え?」
真白が向いた先にある、
大きな瓦葺の建物。
大きく開いた門戸には、
濃紺の
白抜きで『冒』の文字が書かれている。
真白が見つめる前で、
数人の屈強な者たちが出入りするその場所こそ、
「ここが『
『
≪続≫
和ふぅな冒険者たち! 姫巫女 @s_yakumo
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