第8話 城下町サトウ 弐
姫巫女は後悔していた。
先に、ある程度は説明をしておくべきだったと。
後悔先に立たずとは言うものの、
まさか、あんなことになるとは誰も思うまい。
「わぁ、すごい!すごいよ、姫ちゃん!人がいっぱい!」
姫巫女の袖を、クイクイと引きながら、
真白は楽しそうに言った。
先に説明した通り、
ここ、サトウの町は多くの人々が住み、
多くの人々が訪れる町である。
となれば、当然人の往来も賑やかなもので、
真白の言葉通り、道行く人は「すごくいっぱい」いたのである。
綺麗な着物を着て歩く町娘や、
肩に荷物をかけて足早に行く商人風の男。
旅装束で回りを見回すものがいれば、
腰に刀、手には槍、背中に弓を背負うなど、
物々しい装備を身に着けた一団までいる。
姫巫女が生まれて会う三人目の人間だと話した真白にとって、
それは刺激的な光景だったのであろう。
目をキラキラさせる彼女に、
姫巫女は微笑ましい気持ちとともに、
笑顔でこう返した。
「そうじゃの。ここは、この町の中心を走る道ゆえ、
お店や施設も沢山あるのじゃ。
当然、人も多くなる…」
「ああ!!」
そんな姫巫女の言葉を、
真白の突然の叫びが遮る。
「姫ちゃん!あれ!あれ!!」
「な、なんじゃ?もう…
いきなり大声をあげるからビックリしたであろ?」
実際、耳元で発せられた声に、
キイイン、という耳鳴りを覚えながら、
姫巫女が顔をしかめた。
周囲の者の中には、
何事かと振り返る者まで。
ばつが悪そうな姫巫女も思いをよそに、
真白は宝物を見つけたかのように、
はしゃいでいた。
あるところを指さしながら。
「ね、ね!見て、あの人!」
「ん?どれじゃ?」
「ほら、あの人!あの人じゃないかな?
雲海さん!」
一瞬だけ浮かんだ、
誰?
という考えを何とか吹き飛ばし、
姫巫女は頭の中で、ポンっと手を打った。
真白の言う
『景山
彼女の探し人である。
どこにいる、どういう人物か、
何者なのかはサッパリわからんちんなのだが、
たった一つの手がかり?が、
『頭に毛が生えていないこと』
いやいやいやいや、
どうか、お気を悪くされないでいただきたい。
文句があるならば、そんな直球の形容をした、
真白の爺さまにお願いしたいものだ。
それを、真正面から受け止めた真白は、
その人を指さし、嬉々として言うのだ。
「ほら、あの人!
頭に髪の毛全然ないでしょう?!
きっと、あの人が雲海さんだよ!」
そう。
ある程度説明しておくべきだったかもしれない。
世の中には、頭髪の寂しいものは、
結構、そこそこ…珍しくないほどにいらっしゃるのだということを。
真白の指さした先には、
それはもう、見事にツルッツルの頭をした男が、
そこを紅く上気させて立っていたからだ。
背中を向けているため、その表情は見えないのだが、
想像に難くなく、想像したくない…
その原因はきっと、
真白の言葉というか、叫びが届いていたから、
いや、絶対にそうであろう。
あえて、こちらを向かないのは大人の対応なのか、
『自分ではない!』
という、わずかばかりの希望?なのか。
「私、ちょっと、あの人に聞いてきていいかな?」
「い、いや、真白?ちょっと、待ってたも…」
どう考えても、まずい。
顔を引きつらせながら、
真白を止めようとするが、
「ああ?!姫ちゃん!あっちにも、毛がない人が!
あ、いや、ちょびっとだけ残ってるかな?
あれ、向こうにも同じような人がいるなあ。
横のほう髪の毛あるけど、
上のほうはツルッツルだ!」
あっちと、こっちのひとも!
止まらぬ真白。
これが遠慮なく大声で発せられているのである。
まさに、暴走、だ。
頭を紅潮させる者が、
ひとり、またひとりと増えていく。
まずいまずいまずいまずい。
慌てた姫巫女は
「真白!や、やめて!いくら何でも無礼じゃろ?!」
真白の腕をグイっと引き寄せ止める。
「え?!」
「ほら、人探しは後でちゃんと手伝ってあげるから!」
「で、でもさ、姫ちゃん。
あんなに毛が少ない人たち、
もしかしたら、もう会えないかも…」
不安そうな顔をして、
おそらくは本気でこんなことをいう真白に、
姫巫女は気が遠くなる思いで答えた。
「大丈夫じゃ。あれくらいは、いくらでもおるから…」
…これも、まあ、失礼な言い方であるが…
「そ、そうかなあ?」
「もう!」
慌てた気持ちがそうさせたか。
ここから先の言葉は結構な音量で、
「あれくらいのツルッツル、珍しくもないのじゃ!
毛の寂しいものは、
この町だけでも数えきれないくらいおるって。
歳を取ると、特に殿方には多いのじゃよ!
毛が抜けていってしまうものが。
そういうものなのじゃ!」
「でも、ほら。あの人とかは結構若い気がするんだけど…」
「シーーーーーーー!
そういう者こそ、気にしてたりするものじゃから、そんな、指さしたりしちゃダメ!
皆、好きでああなった訳じゃないのっ!」
「せ、せめてさ、あの髪の毛ぜんぜんない人だけでも?」
「つるっぱげなら、僧でもおるから!」
「つるっぱげ?」
「毛が全然ないってこと!
…ん?」
と、ここまできて、
ようやく姫巫女は周囲の異変、
不穏な雰囲気に気が付く。
「あ…」
二人の周囲、声が届く範囲にいた、
毛が寂しいことであらせられる御方々が、
ユラリと身体を揺らすように、
こちらを向いていた。
その身に纏うは、怒気か鬼気か、あるいは殺気か。
あるものは、鬼の形相をもち、
またある者は涙ぐんだ悲しげな表情で、
あちらの方は、すべてが無になったかのような、
なんとも神秘的な顔つきまで見える。
結構な大声だったからか、
なかなかの人数である。
ユラユラ、フラっと歩み寄る様は、
黄泉の国を徘徊するといわれる、
死者の群れのようだ。
「あの、その、これは…じゃの?」
顔を引きつらせながら、
なんとか弁明をしようとする姫巫女だが、
「あ、ぅ…」
人の傷口に、
塩と味噌と南蛮を塗り込むかのような
とんでもない言動をしてしまった。
弁明?無理である。
今にも怒鳴りつけてきそうな集団を前に、
姫巫女は一歩、また一歩と後ずさり、
次の瞬間、
「ご、ごめんなさいなのじゃー!!!」
「わっ?!」
隣の真白の手を引き、
脱兎のごとく逃げ出した。
「あ?!この野郎!まちやがれええ!」
「悪かったな?!毛がなくてよおおおお!」
「ワタシのはお洒落なのよ?!取り消しなさああああい!」
「ふんがああああああ!」
そんな怒声を置き去りに、
姫巫女と真白は逃げる逃げる。
「なんであの人たち、怒ってるの?姫ちゃん」
「もおおおお!真白ってば!
つるっぱげとか言うからっ!」
「え、それ言ったの姫ちゃんじゃなかったっけ?」
「うっ…とにかくっ!今は逃げるのじゃ!」
「待てこらあーー!」
「毛の恨み、晴らさでおくべきかああああ!」
「髪の毛ーーーー!よーこーせー!!」
「い、いやぁあああああっ!!」
その日、城下町サトウでは、
おどろおどろしい、ハ…
頭部のすっきりとした集団が、
二人の少女を追いかける珍妙な事件が
発生したとかしないとか…
≪続≫
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