第7話 城下町サトウ 壱

どこかの世界でも、

そうであったらしい。


大きな惑星の中に存在する小さな島国の住人は、

自分たちの住む場所こそ、

唯一無二の『天下』であると信じ、

覇権を争っていたのだという。


とはいえ、

小国に属する者たちは生存こそが第一優先。


大国や野望あふれる者たちが、

覇者『天下人』となるべく、

日々、戦いに明け暮れていたそうだ。



姫巫女と真白は、

小高い丘の上から、城下町『サトウ』を見下ろしながら、

そんなことを話していた。



「ふぅん。じゃあ、あの高い塀は、

そういう敵が来ないようにってつくってあるの?」


城下町をグルリと囲む城壁を指さして、

真白が姫巫女に尋ねた。


「昔はそうであったようじゃの。

敵国の兵が押し寄せてきても大丈夫なように、と。


じゃが、ある時から、事情が変わっての。

戦どころではなくなってしもうたのじゃ」


「どういうこと?」


「戦ばかりしておったら、

世の中に魑魅魍魎が、

うじゃうじゃと現れるようになってしまったのじゃ。


先刻の魔物のような輩も、の。


妖怪変化やら、奇々怪々なるものが、

戦をして疲弊してるところに襲ってくるのじゃ。


たまったものではなかろ?


ケンカしとる場合ではないということで、

しばし休戦…そのまま終戦じゃ。


今は四十七じゃったかの。

それくらいの国が、そこそこ仲良くやっておる」


「へえ…」


「とはいえ、の。

野盗に山賊、人さらい。

悪い奴も中にはおるで、

ああやって、町の中に住む人々を守っておるのじゃよ」


「山にいたとき、

イノシシが突っ込んでこないように、

垣根を作ってたけど、それと同じようなものかな?」


「イノシシ…ま、まあ、そうじゃの」


「あれだけ高いと、

熊でも大丈夫そうだね」


ニッコリと笑う真白に、

姫巫女は苦笑しながらも頷いたのだった。



島国のやや東寄りに位置する

ここ、伊の国。


その城下町のサトウは、

人の行き来も盛んで、

大変賑わいのある町だ。


交易だけでなく、

様々な依頼をこなす、

冒険者たちも多く集まる。


伊の国は、サトウ以外にも、

多数の村や町があり、

そこから依頼が舞い込んでくるそうだ。


うちの規模だと、立派な町だ!

という自尊心あふれる主張や、


うちはちっぽけな村ですだ…

なんていう、つつましい主張があり、


町がいくつか、村がいくつかなんて、

曖昧になっているのが現状であるが…。



戦などしている場合ではない。



人同士の争いがないのは平和な証拠ではないか。

そんな、単純な話ではなかった。


それ以上の脅威の存在、

それ以外の脅威の存在、


なかなかに、世の中は複雑に生きているようだ。



「ま、小難しい話はいいから、

早く町へ行こ!」


「あ。うん!」


姫巫女が手を引き、

パタパタと二人はサトウへと向かう。


さあ、真白、初めての人の町、である。


まずは、


「なんじゃ、いきなり呼び止めて!」


「いやいや、姫様。

俺、一応門番だからさ。


見知らぬ人は確認しなきゃならないわけよ」


初めての検問、か。


プンスカと怒る姫巫女の前には、

簡素な甲冑に身を包んだ、

一人の門兵が立っていた。


槍を肩に立てかけながら、

両手で姫巫女をなだめるようにしながら、

苦笑して話す。


「基本、誰でもようこそなんだけど、

怪しいのとか、見たことないのは、

一言かけないと、上司に怒られるんだよ」


「それにしたって、

そいつはどこのだれだはなかろ?!

姫のお友達じゃぞ?」


「ちょ、ちょっと言い方悪かったのは謝るから…

ほ、ほら、他の人も見てるし、

声を小さく、な?」


たじたじの門兵。

随分と気が小さそうだが、

職務に支障はないのか?


この町の防衛に不安の影あり、かもしれない。


まあ、それはそれとして、

さっそく町に入ろうとした二人であったが、

そこを門兵に止められたのだ。


姫巫女は顔見知りなようだが、

隣の真白が…

町の様子が物珍しいのか、

きょろきょろ、きょろっとした仕草が、

目に留まってしまったのだろう。


あれ?そこそこ、優秀な門兵ではないか。


何か悪いことをしてしまったかと、

不安そうにしている真白をかばう様に、

姫巫女は彼女と門兵の間に仁王立ちだ。


「この子は真白。姫の大事なお友達!

とっても優しいいい子じゃぞ、茂吉!」


「わかった、わかったよ、姫様。

とりあえず、あっちの詰め所に来てもらってさ、

いくつか質問て、すぐ終わるから、な?」


茂吉と呼ばれた門兵。


見たところ、姫巫女よりもずっと年上の男だ。


そんなのを相手に、

この強気の態度。


姫ちゃん、すごいなあ…


自分のことで揉めてるのを放っておいて、

真白はそんなことでビックリであった。


「なんじゃそれは、取り調べみたいな。

冗談では…あっ」


頬を膨らませ、納得のいかない表情の姫巫女であったが、

ふと、口元に笑みが浮かぶ。


ちょっと悪戯っぽい笑みを。


いや、何かを企んでいるような、

怪しげなそれである。


「のう、茂吉?東通りに茶屋があるよの?」


「え?」


身を寄せて、囁くようにいう姫巫女。


その言葉に、

茂吉は肩を不自然にピクつかせ、

目を泳がせながら答える。


「そ、そんなところに茶屋なんかあるっけか?」


「ほぉ…ご存じないか。

どっかの誰かが、

そこに通い詰めてるのを見たことがあっての」


「ええ?!いつのまに?!…いや、そ、そんな奴がいるのか?」


「誰かは知らぬがそうなのじゃよ。

あそこの看板娘のシズは器量よしじゃしの。

まあ、殿方たちには無理のない話じゃの」


「へ、へえ…それは、知らなかったな」


茂吉の眼は泳ぐどころか、

ブクブク、バシャバシャと溺れそうである。


「姫、あそこのお茶好きでの。

良く行くのじゃよ?

で、シズどのとも仲良くなっての」


「え!?まじで?!」


ガバっと姫巫女に向き直る茂吉の前、

姫巫女は変わらぬ不敵な笑みと、

無い胸を張って大変偉そうである。


「ああ、なんじゃっかの…?

シズどのの好きな食べ物…思い出せないのー」


「思い出して!思い出してください!姫様!」


「思い出したら、姫たち行ってもいい?」


ニッコリと笑う姫巫女に、

茂吉は一瞬、刹那の間だけ、

顔を引きつらせたのちに、


「もちろんでございます、姫巫女様」


と、恭しくお辞儀をした。



「真白、真白っ!行ってもいいそうじゃ♪」


コソコソっと、何かを耳打ちをして、

真白は上機嫌で真白へと振り返った。


「え、そ、そうなの?

何か調べるとか言ってたけど?」


姫巫女と、何かをブツブツとつぶやいてる茂吉を交互に見やって、

ずっと置いてけぼりだった真白が言う。


「いいのじゃ♪

もう、それどころじゃなさそうじゃしの」


「そ、そうなんだ。

姫ちゃん、なんかあれだね?」


「ん?」


コテンと首を傾げた姫巫女に、

真白は正直な気持ちをいう。


「なんかすごい…つよい?」


「あはは、なんじゃそれ?

ま、アレ程度に負けはせぬがのっ♪」


エッヘンと腰に手を当てる姫巫女が可笑しくって、

真白にも笑みがこぼれる。


「さ、参ろう。

まずは、冒険者の『寄合所』に行くでの。

つきあってたもれ」


「うん!」



あの建物が何で、これが何々で、


うわあ、人が多いねえ、

あれは何をやってるの?


そんな仲良しのやり取りをしながら

去っていく姫巫女と真白の後方、


茂吉の呟きはこんなものであった。


「そっか…アレが好きなのか。

じゃあ、今度お土産に…

いやいや、いきなりは不自然か?


俺もアレ好きなんですよ…も、ってなんだよ、だめだ。


さらっと、会話の中に持ち出して、うん、そうだな…」


顎に手を当てて、視線は見てもいない地面、

槍は肘に挟まれ、プラプラと立てかかってる状態。


その間、幾人もの人々が門を通り過ぎていく。


門兵、茂吉を怪訝そうに眺めながら。


今、怪しい者どもが、

例えば武器をぎらつかせて歩いていたとしても、

完全に素通りできるであろう。



やはり、この門兵、

少々問題あり、かもしれない。


≪続≫













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