第6話 二人の少女 六

魔物との戦闘は第二幕へと突入。


太刀を構える真白。


その後方に、

いまだ明かされぬ『秘策』のため、


方陣の光に包まれたまま、

歌声を響かせる姫巫女がいる。


眼前に立ちはだかるのは、

巨大な体躯をもつ、一体の魔物。


そして、

先刻、それが生み出したと思われる、

十数体の闇の獣たちだ。


一言でいえば、多勢に無勢。


それに加えて、

光の中の姫巫女は動くことができない様子。


彼女を守りながらの戦いとなる。


姫巫女の心に、一瞬だけ

焦りが生まれた。


一瞬だけ、である。


言葉のない、

心のやりとり。


その後、


「信じて」


真白は背中を向けたまま

姫巫女にそう言った。


それにより、

払われた姫巫女の憂心。



何より、その後の戦いにおいて

真白は言葉を真実だと証明する。


有言実行。


そう表す他にない。




「ふっ!」


小さく、鋭く息を吐いた後、

真白は地を蹴り、魔物の群れへと疾駆する。


先頭にいた闇の獣を間合いに入れると

真白は一太刀でそれを両断し、

勢いを止めることなく、

弐の太刀、参の太刀を周囲の獣へと打ち込んでいった。


左右から襲い掛かる攻撃をわずかな動きでかわし、

反撃の刃で闇を斬り裂く。


攻防だけではない。


その身の動き、刀の軌跡、

気を込めた視線の流れが、

虚となり、実となり、

獣たちの行動を制している。


もはや、戦いの場は、

真白の掌の上だ。


まさか、これほどとは…


姫巫女が心で感嘆の吐息をもらした。




しかし、

そこは得体のしれない魔物相手。


力の差は歴然であっても、

戦いは終わらせるところまでは至らない。


さきほどの、大狼の傷と同様に、

闇の魔物たちも、斬れば怯むものの、

その身を地に伏せることはなかったからである。


しかし、真白は迷いなく

刀を振るい続ける。


きっとくる、その時を信じて。



そして、今、


『真白!!』


聞こえた。

頭の中に、確かに姫巫女の声が。


一刀、剣閃をひるがえしたのち、

真白は高く後方へと飛び上がる。


身軽な動きで、空中にひねりをいれると、

音もなく、姫巫女のそばの地面へと降り立った。



それに合わせるように、

響き続けていた姫巫女の唄、

その声圧が上がる。


風に乗り、天まで広がるような歌声に呼応して、

地に描かれた方陣が光を放った。


上方へ光の奔流を巻き上げながら、

真白を、魔物たちを包むほどに、

方陣は大きく広がる。


「わっ…」


足元の文様、

身体を撫でるような光の粒を見回しながら、

真白が驚きの声を上げる。


奔流、と現したように、

その流れは勢いよく、

空に昇る滝のようだ。


しかし、

真白の心に抱くのは、

安らぎと清々しい想い。


「なんて、優しい光…」


それが、言葉となってあらわれた。



一方、

逆に身に滅びが訪れているのは、

魔物たちのほう。


闇の獣たちは、

断末魔の声もあげる間もなく、

身を光の中に溶かしていく。


大狼のほうを見れば、


「グッ、ガア…ガッガアアアッ!」


身にまとった黒が、

光によって斬りはがされていく中、

苦悶の叫び声を上げていた。


少し悲し気な表情を浮かべ、

姫巫女が広げた両手を、ゆっくりと魔物へと向ける。


魔物を包む光がより濃さを増し、


「グオオオオッ!」


大きな魔物の身体を飲み込んでいった。



やがて、姫巫女の唄が小さな残響を残して結ばれた。


辺りを照らしていた白い光も、

少しずつ薄れていき、

もとの山中へと景色を戻す。


光の安らぎと、荘厳な余韻に呆ける真白に、


「まっしろ!」


と、勢いよく姫巫女が抱きついてきた。


「おっと、ひ、姫ちゃん?」


胸元に揺れる彼女の髪に戸惑いながら呼びかけると、

姫巫女は満面の笑みで真白を見上げて、


「すごい!すごいのじゃ!真白!」


大変興奮した様子だ。


「とんでもない腕前じゃの!

姫、びっくりしちゃった!」


「あ、はは、そう?

いや、でも姫ちゃんも、なんかよくわからないけどすごかったよ。

なにあれ…魔物消えちゃったけど」


「んと、ちょっとした、お祓いみたいなものじゃよ。

簡単なのは笛を使うのじゃが、いまは手持ちがなくっての。


唄は調整が難しいので、時間がかかっちゃったのじゃ。


にしても、すごかったの。

おまじない、いらなかったかもしれぬの」


ニッコリ笑う姫巫女の顔を見て、

真白は『おまじない』の一場面をあらためて思い出した。


照れ臭さに、頬を紅くしながら、

額に手を当てる。


「う、ううん。あれと、姫ちゃんの唄のおかげで、

浮足立ってた気持ちを立て直せたよ。


…あれ?なんだろ?」


額にもっていった指先に、

何か固いものが触れていた。


「???」


眉間の真ん中に、

小さなものが張り付いている。


そして、左右に広がるように、

なにやら、細いひも状のもの。


「え?あれ?姫ちゃん、なにかついてる?」


「ふふ、ちょっと、待ってての」


困惑している真白に微笑むと、

姫巫女は彼女の額に、細い指を伸ばした。


すこしの間のあと、


「はい。これじゃよ」


白い掌に乗せたものを見せた。


「これは…」


それは、青く輝く小さな宝石。


細長い楕円の青色の横に、

糸くらいに細い金の鎖がひろがっていた。


「これは、姫のおまじないの証、みたいなものかの」


「証?」


「いやでなければ、

御守りだと思ってもらってほしいのじゃが…?」


どんな仕組みか、

あの口づけで生まれたものなのか。


だが、そんなことよりも、


「えっ、いいの?これ、もらっても?」


そこは女の子。


綺麗な装飾品を前に、

気分は天まで昇るほど、


は、言い過ぎであろうか。


「うん。もちろんじゃ。

姫もうれしいもん」


「わあ…ありがとう!

私、こういうのつけたことないから、

すっごく嬉しい!


もう天まで昇っちゃうくらいに!」


おやおや…どうやら

言い過ぎではなかったようである。


「じゃあ、もっかい、着けてあげるでの。

しっとしててたもれ」


姫巫女は真白の額に石を置き、

なぜか、ふうっと優しく息をふきかける。


「んっ」


頬染め、びくっと身体を震わせる真白に、


「よし、と。

うんうん、よく似合っておるの。


とってもかわいいのじゃ♪」


「そ、そう?

えへへ…ありがと、姫ちゃん」


と、

飛び切りの笑顔を交わしあったのだった。




そんな会話の後、

二人は先ほど魔物がいた場所へと歩み寄った。


そこに、あるものが倒れていたからだ。


「これは…」


しばし、無言でそれを見下ろす。


白いものが多く混じった黒の毛皮、

痩せた四肢を投げ出し、

長い尾も地に垂らしたまま。


ピクリとも動かないそれは、

先ほどよりも大分縮んでしまったが、

通常の狼よりも、大きな体を持つ、

年老いた狼であった。


「これ、さっきの…?」


真白の言葉に、姫巫女は無言でうなずき答える。


「大分おじいちゃんの狼じゃの。

もうじき…旅立とうとしたところを、

あれに蝕まれたのじゃろう」


「そう…ねえ、姫ちゃん。


もしかしたら、なんだけど、

この狼、この山のヌシだったかもしれない」


「え?」


「前に見たことのある、他の山のヌシに雰囲気が似てるの」


「そんな…じゃあ、ここのヌシどのはいなくなってしまうの?」


不安そうに言う姫巫女に、

真白は首を振って言う。


「ううん。

ヌシは代替わりをするんだって。


多分だけどね、あっ?!」


突然響いた真白の大声に、

姫巫女が驚き、身をすくめる。


「ど、どうしたのじゃ?真白」


「姫ちゃん、あれ…」


ゆっくりと指さした方向。


少し離れた場所にある木々の間に、

一頭の鹿がたたずんでいた。



大きく、たくましい体に、

雄々しく美しい角。


不思議な光を宿した瞳で、

二人をじっと見つめている。


漂わせる空気が、

通常の獣たちのものではない。


なにか、大きな大きなものを目の前にしているような、

圧倒的な存在感がそこにあった。


二人は悟る。


あの鹿こそが、

この山のヌシなのだと。


代替わりをし、

あとは安らかな眠りを迎えるだけだった老狼。


なんて、残酷で悲しいことだろう。


老狼のそばにしゃがみ込み、

その体をそっと撫でる姫巫女の瞳から、

ぽろぽろと雫が零れ落ちた。


「すまぬ…すまぬの…助けてあげられなくって…」


「姫ちゃん…」


横に屈んだ真白が、

姫巫女の肩をそっと抱いた。


その時、


「…クウ…」


「え?」


息絶えたかと思っていた老狼が、

うっすらと目を開け、

弱弱しい鳴き声を上げた。


「あ、ああ…」


薄く潤んだ瞳で、じっと姫巫女を見つめた後、

老狼はゆっくりと、瞼を閉じ動かなる。


今度こそ、

その生を終え旅立った故に。



両手で顔を覆い、

泣きじゃくる姫巫女に、

真白は優しく囁く。


「最後に、お礼言ってたね。

あんな姿のままでいるなんて、

かわいそうだもの」


涙にぬれる者と、

その涙を拭う者。


身を寄せ合う二人の少女を、

一頭の鹿だけが優しく見つめていたのだった。




「さてと!ご用事も済んだし、町へ帰るとするかの!」


さっき泣いたカラスがなんとやら。


でも、元気なことはよいこと、

気持ちの切り替えも大事である。


狼の埋葬を終えた二人は、

伊の国城下町、サトウを目指して歩き出した。


「楽しみだなあ、初めての町」


「姫がいっぱい案内してあげるのじゃ!

あ、そうじゃ、あと姫のおうちにも来てたも。

みんなに紹介するのじゃ!」


「姫ちゃんのおうち?」


「うん!おっきいけど、ふるーい神社での。

そうじゃ、今日はうちに泊まるとよかろ。

宿など用意してないであろ?」


それはそうだ。


「いいの?」


申し訳なさそうに言う真白に、

姫巫女は飛び切りの笑顔で答える。


「もちろんじゃとも!

だって、姫たち友達だもん!」


「…うん!ありがとう!」


「わぷっ?ちょ、真白、苦しい、くるしっ」


「ふふ、だって、嬉しいんだもの♪

ああ、もう、姫ちゃん大好き!」


「ふあっ?待って、は、恥ずかしっ…」


抱きつかれ、頬ずりされ、

もみくちゃにされる姫巫女。


お返しだ、私だってと、

その後、仲睦まじい様子を見せながら、

二人は町へと向かう。



おかしな喋り方と不思議な力を持つ姫巫女。


無垢な世間知らずで、

類まれなる強さをもつ真白。


はてさて、これから先、

二人にはどんな未来が待っているのか。


ひとつだけ、お教えしよう。


この日のことを思い出す時。

明日より遥か先の二人はこう話すのだ。



『あの時、出逢えて本当によかったね』



≪結≫


次回「城下町サトウ」

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