不器用少女は海軍将校の許嫁〜受け継がれる縁〜

@nagi_821

第1話 ほっこり白魚飯

明治10年。京都、舞鶴市内。


夕暮れ時、街灯がちらほらと街を照らす頃。


海軍の訓練が終わり、帰路に着く兵士達の多くは「すずむら」という料理屋に足を運ぶ。


藍色の暖簾を潜り店内へと進むと、まずは木目の美しい机、長椅子が目に入る。木造建築の立派な建物だ。


厨房に目を向けると、夫婦が忙しなく料理を作っている、訳ではなく。齢10つくらいであろう少女が座椅子の上に立って料理を作っている。


その側には海軍の軍服を脱いでいるワイシャツ姿の男性が少女を暖かく見守っている。


その目は愛しい人を見る目をしており、普段の彼を知る人物からすると信じられないようなものを見ているようだと言われても可笑しくはない。


彼の部下で初めてこの料理屋に足を運んだ者は驚くという。


彼が優しい笑みを浮かべる所など、訓練中や休日の際でも見たことすら無いからだ。


男性は少女の許嫁であることを周りに言っていない。

部下達は男性の許嫁が少女であることを知らない。


少女は部下達が知らない男性を知っていることに優越感を感じている。


料理を作る際の熱で店の中は暖かくて過ごしやすい。

ほかほかとした熱気の中で少女はご飯を作っている。


男性は少女の手伝いをしたり洗い物をしたりと良い夫の模範である。


「えっと、白魚飯出来ましたので皆さんに配りますね?正さん、お願いしますね。」


少女はお客様に完成した御膳を配るようにお盆いっぱいに乗せられた料理を正に手渡した。


白魚飯とは、シラウオ科の硬骨魚、白魚を炊き込んだご飯のことである。お酒、お醤油、味醂などで味を整えて、椎茸や筍、ふき、人参などを一緒に炊き込んだものである。



今日は八百屋さんから沢山の野菜が届けられた為にたっぷりの緑黄色野菜が入っており、栄養も豊富なものになっている。


今日の献立は、白魚飯、椎茸のお吸い物、人参のサラダ。であり、バランスの取れている食事となっている。


訓練後の兵士達や街の人々はお腹を空かせていたのか、はたまた少女の料理の味が良いのか皆ご飯をかきこむように勢いよく食事をしていた。


厨房の奥の方で少女と男性は食事をとっていた。


「ん!美味しく出来てますね、炊き込みご飯!味付けも丁度良い感じですね。しっかりとお醤油がご飯に染み込んでて噛むほどに味が出てきます!やはり千代さんの作る料理は逸品ですね!ご両親の味付けに似ていますから、味付けの具合が染み付いてますね!」


千代は正の言葉に照れくさそうに笑い、正の口の端についていた米粒を取ってあげた。


「ありがとうございます、正さん。そう言って頂けてとても嬉しいです。その、、これからも精進して参りますのでぜひ御賞味くださいな。」


夫婦は今日の出来事をお互いに話していた。

軍隊の訓練の事、町の様子の事、近所の野良猫が可愛かった事、そして明日の献立についての事。



二人の楽しそうな歓談は更に奥の母屋の方にまで届いており、息子夫婦が作った白魚飯を食べながら両家の親達は幸せを噛みしめていた。


「本当にこんな料理上手な娘さんにお嫁に来て頂けて正は幸せもんです。」


鈴村家の大黒柱である鈴村茂は祖父の跡を継いでいる和菓子職人である。練り切りや西洋菓子も手がけており、近所近辺では彼の作った和菓子が飛ぶように売れていく毎日である。

彼の妻である文子は夫の仕事道具を揃えに市場へ行ったり、お店を手伝ったりしている。


「いやぁ、こちらこそ息子さんの作る和菓子はそこらの高級店で買うよりも美味しいですよ。」


武藤家の大黒柱である武藤弘と八重は夫婦で料理屋を営んでいる。素朴で何処か懐かしい味わいが兵士達には人気のようだ。


今日は娘の千代とその許嫁である正の二人だけでの営業にしている。理由は2つ。

1つは、千代に料理屋を継いでもらいたいために味付けや食器の位置、食材の手入れ方法を覚えてもらいたいからである。

2つ目は、料理という共同作業を行うことによって2人の仲が深まっていけば良いなと思う親心である。


二人は厨房の方で楽しそうに談笑しており、少しずつであるが絆を深めていけているのではないかと思い、胸が暖かくなるように感じられて嬉しくなった。


これから先、きっと二人には色々な困難や悩み事が出てくるだろうが、頑張って乗り越えていって欲しい。


そろそろ土手沿いに菜の花が咲き始める季節か、、、。

あぁ、明日は魚屋に旬の鯡が入る頃かな。

じゃあ明日の献立は、ニシンの塩焼きと花菜漬けにしようか。


そうと決まれば千代に献立を伝えに行かなければいけないな。

菜の花は家から近い位置にあるから母さんと千代に頼むか。

俺と正くんは魚屋でニシンを買いに行くか。


明日もお客さんが喜んでくれるように精一杯頑張るか。

正くんには魚の捌き方を教えるか。知らなかったらいざというときに千代の手伝いが出来ないからな。


魚を焼くのも意外と難しいからな、それも教えなければ。


2人の未来に幸あらんことを。

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