グロウ・フライ 〜蛍〜

凍龍(とうりゅう)

最後の光

 黎明期のスペースコロニーの姿を想像したかったら、僕ら人類が地球にしか住んでいなかった大昔のバッテリーセルを思い浮かべてみればいい。たしか、〝単三電池タンサン〟とか言ったっけね。

 そして、それを長さ十数キロに拡大すれば、だいたい正しいイメージになる。

 バッテリーセルのプラス側、でっぱりのあるほうが宇宙港で、マイナス側は工業港なんだ。

 その細長い筒の中は空洞で、そこに何十万人もの人が住んでいる。

 そして、プラスからマイナスに向かって、三本のモノトラックと呼ばれる電車モノレールが走っている。

 そう、正確に円筒を三等分する間隔で、陸地の中央をまっすぐに。

 そういえば、モノトラックの事を、コロニーの住人は面白いことに〝地下鉄〟って呼んでたね。

 だが、実際はコロニーの外周を運行している。

 住民から見れば地の底だけど、コロニーに出入りする宇宙船乗りから見るとその逆、コロニーの外壁にしがみつくように行き来するのが遠くからでもよく見える。

 つまり、〝地下鉄〟は宇宙空間にむき出しになった、最も宇宙に近い乗り物なんだ。

 そして、コロニーの陸地のちょうど反対側は窓があって、巨大な反射鏡で集められた太陽光をコロニーの中に導くようになっている。

 長さ十キロを超える巨大な円筒形の内壁を縦に六等分して、ひとつおきに陸地と窓が貼り付いている事になるわけ。

 だから、陸地の端に立って窓の方向を眺めると、まるで岸辺に立って光る海を見ているような感じだ。ハイパーメタクリルで覆われた光輝く巨大な窓が、次第にせりあがりながら立ち上がっていくのが見える。

 そして、そのままずっとずっと遠くに向かって目を移せば、はるか斜め上には隣の陸地がかすかにかすんで見えるんだ。

 うん、考えてみればけっこう凄い眺めだと思うよ。

 でも、そのころはそれが当たり前の眺めだと思っていたから、特に感動もしなかったね。

 え? なんでそんな事をくどくどと説明するのかって?

 ああ、この先の話をわかってもらうためには、まずそれが必要だと思ったからね。

 じゃあ、聞いてくれるかい?


◆◆


 その娘に逢ったのは春。中学二年になったばかりの頃だ。

 彼女は地球から最終引き上げ者の一人として移住してきたばかりで、まだ友達もいなかった。

 だから、その学期、たまたま学級委員だった僕は、何かと彼女の面倒を見ることが多かったんだ。

 彼女は授業中、いつもぼんやりと窓の外を見ているような娘で、クラスメイトともなかなか打ち解けようとしなかった。

 でも、地球っ子らしく運動神経は抜群だったよ。小麦色の日焼けした肌と黒目がちのアーモンド型の瞳、軽快に揺れるポニーテールを僕はいつしかかわいいと思うようになってた。

 いや、もう降りることのできない故郷、地球そのもののイメージと彼女を重ねて勝手に憧れていたのかもしれない。

 そして、憧れが初恋に変わるのにそれほど時間は必要なかった。

 ああ。もちろん僕は彼女にアタックした。

 ま、結果は想像の通り。彼女はコロニー育ちのひょろひょろした青白い男子は好みじゃなかったんだ。

 でも、僕はあきらめなかった。その日から毎晩の日課で五十回の腕立て伏せを始めたし、親父が会員だったスポーツジムにも通い始めた。

 もちろん、彼女にも友人にも秘密でね。

 そんな間にも、何人ものクラスメイトが彼女に次々とアタックした。

 まるで猫科の動物みたいな彼女の孤高さとしなやかな野性味は、いつの間にか男子連中の間ですごい人気になってたんだ。

 僕は、彼女がいつかほかの男子の告白を受け入れるんじゃないかと、気が気じゃなかったよ。

 でも、結果はいつも同じだった。

 もちろん、僕も果敢に挑んでは撃墜される、その繰り返しだったけどね。


◆◆


 そのうちに二年目の春が来た。

 そのころになると無謀なチャレンジを続けているのはついに僕ひとりになっていた。

 さすがに彼女も哀れに思ったのか、十何回目の挑戦で、ついに苦笑いしながら僕の気持ちを受け入れてくれた。

 もちろん、天にも昇るほど嬉しかったさ。

 最初のデートは動物園、次が水族館、その次が森林公園だったね。

 もちろん全部彼女のリクエストだよ。

 実のところ、彼女は地球の香りがするものを切実に求めてたんだ。

 ずいぶん後になって話してくれたんだけど、地球から来た彼女はコロニーの無機的な人工環境になじめなくてひどく苦しんでいたんだ。

 孤高だったわけじゃない。本当の意味で孤独だったんだよ。

 凄く寂しかったんだって言ってた。

 僕はそんな彼女を少しでも慰めてあげたくて、傷ついた心を癒してあげたくて、出来ることはなんでもするつもりだった。

 でも、それは長く続かなかった。

 「進行性神経索壊死症候群」

 その年の夏、彼女が宣告された病気の名前さ。

 全身の神経が急激に壊死して使い物にならなくなるひどい病気だ。

 治療法は、ないんだ。


◆◆


 彼女はすぐに隣の陸地、第4シリンダーにある総合病院に移された。

 窓を一つ隔てた頭上の陸地だ。

 もちろん僕は見舞いに行ったよ。毎日のように電話もかけた。

 でも、彼女はだんだんと電話に出てくれなくなり、見舞いに行っても会ってくれなくなった。

 悩んだあげく、僕はメールを書いた。何通も、何通も、心をこめて。

 で、ずいぶんたってやっぱりだめかとあきらめかけた頃、一通の手紙が届いたんだ。


〝ごめんなさい〟


 便箋一杯に崩れた大きな文字でそう書いてあった。

 いっしょに彼女のお母さんからの手紙が同封されていた。


〝娘は残念ながら、もう歩くことも笑うこともできません。

 あなたには決してみっともない姿を見せたくないと申しまして、先日来、電話も面会もすべてお断りさせていただいておりました。

 ですが、あなたのメールを読んで涙を流し、震える右手にペンをしばりつけ、必死に書いたのが同封の手紙です。

 夜になれば病室の窓からあなたの街の灯を見上げるのが現在の娘の唯一の心の慰めとなっております。

 どうか、お気を悪くなさらず、これまで以上にあたたかく見守っていただきたいと……〟


 僕はその手紙を読むやいなや、発作的に電器店に走ると、店長に相談して手に入る一番強力なLED投光器を取り寄せてもらった。

 彼女が退院したらお祝いのプレゼントを買おうと貯金してた小遣いをぜんぶつぎこんだ。

 すぐにうちの屋根にセットすると、その日から毎日点灯することにして、早速手紙で彼女に知らせた。

 意外なほど早く返事は届いた。お母さんの代筆で。


〝見えました。娘も喜んでおります。

 こちらも病院にお願いして、そちらにライトを向けました。

 娘にもなんとか操作できるようにスイッチも取り付けました〟


 僕は飛び上がった。慌ててベランダに出ると、陸地を見上げて目をこらした。

 暮れなずむ街、ちょうど病院のあるあたりにひときわ明るい光点が浮かんでいた。

 僕はおもわず鼻の奥がジーンとしてしまい、光が一瞬ぼんやりとにじんだのを憶えてる。

 その日から、毎晩8時になると僕らは光で信号を送りあった。

 一回点滅で〝元気ですか?〟

 二回点滅で〝私は元気です〟

 といった具合にね。原始的な光通信さ。

 

◆◆


 そんな頃、僕も人生の最初の転機を迎えていた。

 このまま普通科で高校に進学するのか、五年制の宇宙技術高専に進むのか、その選択をせまられてたんだ。

 でも、僕の気持ちはとうに決まっていた。

 高専に進んで、少しでも早く地球に降りられる技師エンジニアになるつもりだった。

 そのころはもう地球再生プロジェクトが開始されていて、一握りの限られた技術者とその配偶者や家族しか地球に降りることを許されなくなっていたからね。


 僕は、彼女にもう一度地球の風と匂いを味わって欲しかったんだ。


 そうして、つらい受験勉強の日々が始まった。

 でも、毎晩の光通信がそんなつらさを吹き飛ばしてくれた。

 そのうちに冬が来て、やがて彼女と知りあって三年目の春も近いある日、僕は受け取った合格通知を前に夜が来るのを今か今かと待ち続けていた。

 もちろん、通知の来る日は彼女に前もってメールで知らせてある。

 4回点滅が合格の知らせなんだ。

 やがて日も暮れ、待ちきれない僕はいつもよりずいぶん早くライトをつけると、相手の点灯をひたすら待った。

 だが、予定の時間を過ぎても光はまったく見えなかった。


◆◆


 それからもうずいぶんになる。

 ああ、地球にも一度は降りたよ。

 でも、彼女が隣にいないんじゃ、そこにいたって何の意味もないんだ。

 で、今はここにいるわけさ。人類初の超光速船の乗組員として。

 え、何でかって? 理由は簡単だよ。

 あの日、彼女が確かに発したはずの最後の光にいつか追い付くために、ね。


(了)

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