ヒョウの理論
CKレコード
ヒョウの理論
昼飯は、俺、1人で食いたいんだよな。
「店で1人で」って事じゃないぜ。店はいかん。「完全に1人っきり」って事だ。
会社では、車の中で1人っきりでメシを食っている。理由は、落ち着くからだ。
ヒョウは、捕獲した獲物をわざわざ木の上に運んでから食すらしい。その気持ち、わかるぜ、ヒョウよ。理由はきっと、落ち着くからなんだろ。
「水牛のチーズのピザ」って知ってる?俺は食べた事が無い。だが、興味は物凄くある。聞いた話によると、通なイタリア人はみな、水牛のモッツァレラ・チーズのピザを食すという。食いたい。食いたい。食いたいぞ。水牛チーズのピザへの想いは、日々、募るばかりだ。
出張で、たまたま水牛チーズのピザを出す店が近くにある事をネットで見つけた。行きたい。行きたい。だけど、「混雑する店で1人で食事をする」って行為は、俺にとって物凄くハードルが高い。しかもその店が洒落た店となると、ますます足が遠のく。でもどうしても食いたいよ、水牛のピザ。
一光年に値する程の葛藤を経て、意を決して飛び込む事にした。
まず大事なのは、入店時間の設定だ。何時に行くか、それが問題だ。
ランチタイムは14時までか・・・。今日は平日。12時入店はいかん。皆が来る時間だ。11時も避けたい。人気店は並んでいる可能性が高い。ここは、13時10分だ。13時10分に入店時間を設定。そこから逆算して、店の最寄り駅から一駅先まで乗り越して下車し、店まで歩く。
歩いている時間を利用して、あらゆるケースに遭遇した時の対応を想定する。店に行列ができていた時、並んでないと思わせて店内で行列ができていた時、相席を勧められた時、相席を強要された時、混雑時にテーブル席に1人で座らせられた時・・・色々考えるとだんだん食欲が薄れていくが、歩く事で食欲を高めているので、結果、食欲レベルは変わらない。これを、「一駅乗り越し効果」と呼ぶ。
店が近づいてきた。緊張感が高まる。そんな時、俺は決まって上げきったズボンを更に上に引っ張り上げる。俺に頼れるモノは、これしかない。
高身長。
俺は頭も良くないし、口下手だ。今までの人生、全ての局面を高身長に頼って乗り越えてきた。俺に与えられた唯一の武器、それが高身長。すれ違う人々と、身長の勝負を仕掛ける。一勝・・・二勝・・・三勝・・・四勝・・・五連勝だ!俺はデカイ、俺はデカイ、俺は強い、俺は強いぞー!
その勢いを維持したまま、店内に突入。
「いらっしゃいませ〜。何名様ですか?」
「(六勝)1人です」
念のため一本指を立てて、相手に自分が孤独である事をアピールする。
「お好きな席どうぞ〜」
よし!空いてる。13時10分入店の俺の読みは間違っていなかった。カウンター席が無い店である事を瞬時に判断し、2人がけのテーブル席に腰掛ける。
できれば長居はしたくない。店員が水を持ってきた瞬間に注文を入れる。水牛チーズのピザは、普通のピザに比べてほぼ倍の値段設定だ。クソッ、嫌でも期待しちまうだろ。
思ったよりも早くピザが出てくる。この店、優秀だ。水牛ピザは、見た目は普通のピザとなんら変わらない。ナイフとフォークも出てくるが、そんなモノは俺には必要ねぇ。ピザを紙ヒコーキのように二つに折りたたんで、機首の方から口に放り込む。
美味い。
けど、普通のピザとあまり変わらねぇ。チーズの味を舌で探る。やや、あっさりか。これが水牛?コスパよくねぇな。ふと厨房を見ると、乳牛が濡れた目でこちらを見ているではないか!ゴメンよ、乳牛。
「ありがとうございました〜」
会計を済ませ、外に出る。今日はやけに暑いな。汗ダラダラだ。
孤独のグルメって、店にいる時点で孤独じゃねぇよな。そう思わないかい、ヒョウよ。
ヒョウの理論 CKレコード @ckrecord
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★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
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