私の彼の射止め方

俄仙人

第1話 私の彼の射止め方

 新しい教室の扉を開けると、部屋の中には既に十数人の生徒がた。入口に立って教室を見渡し、自分の席を探す。


 あった。


 中央の列の一番後ろ。カバンを机の脇に掛けて椅子に腰かける。

 私は紫野菖蒲しのあやめ。性格は、明るいほうではない。というより、根暗に見られることもしばしば。その理由を自分なりに分析すると、人と話すことがそれほど得意ではなくずいぶんと内向的なところが主な原因だと思う。丸くて大きな黒縁眼鏡に前髪パッツンという風貌と、学校が終わるといつもすぐに帰宅してしまうことがさらに輪をかけているんだと思う。ちなみに、帰宅するとすぐに自分の部屋に籠ってパソコンや機械と向き合っている。そんなんだから、生まれてこのかた恋人がいたためしもない。そんな私でも仲の良い友達は何人かはいる。でも、周りの人と比べると明らかに友達は少なかった。


 今日は新学年になって最初の日。中三になってクラスも変わり心機一転、去年よりはクラスに馴染めるようにがんばろう。


 ふと、隣の席を見ると空席った。


 まだ、お隣さんは来てないのか。誰だろう?


 始業のチャイムの直前になって隣の席の主が現れた。この学校では見たことのない男子。色白で背が高く、キラキラと輝く黒い瞳に筋の通った鼻。席に着くなり、彼は笑顔で私に話しかけてきた。


 ・・・


 人見知りの私は当然の如くうまく言葉が出てこない。

 言葉を紡ぎだせずに固まっている私を見て、彼は微笑みかけてくる。

 笑うと締まった顔が綻び何とも言えない可愛さがにじみ出る。はっきり言う、思いっきり私のタイプ💛

 そう思うと、よけいに言葉が出てこない。


 私が緊張しながらも彼の笑顔に見惚れていると、すぐに始業のチャイムが鳴った。この緊迫した状況をチャイムが救ってくれた感じだ。


 始業式に続いてホームルームの時間が終わると私の席に人が群がってきた。そのほとんどが女子。彼女たちの視線は・・・ 私の席の隣人の詩丘くん。まあ、当然か。

私は居心地が悪くなり、そそくさと席を離れた。ここで奮起して彼女たちの話に割って入る勇気もないから。でも、今日は隣の席というアドバンテージを利用して、口下手な私なりに彼のことをそれとなく聞き出せた。その点では、今彼に群がっている女子たちよりもリードしていると言っていい。今日聞き出せた情報によると、名前は詩丘一颯しおかいぶきくん。ずっと隣街に住んでいて、この春転校してきたそうなの。恋人がいるかどうかを聞き出したかったけど、会って直ぐにそんなことを聞いたら変な目で見られそうだからそれとなく遠回しにいろいろ聞いてみた。総合すると・・・ いるのかいないのか分からない。でも、どっちかというといなさそう。私の希望的観測も含まれる判断だけど。



 学校が始まって半月。少しずつ詩丘くんと打ち解けてきたある日の体育の時間の直前で詩丘くんが、


 「あ、帽子忘れちゃった。」


 と呟いた。この学校では体育の時間は、表が赤色で裏側が白色の通称「赤白帽」を使うことになっている。私は授業のために持参した赤白帽の他にもう一つ、忘れた時のために置いてあるのを思い出した。


 「これ、使って。私、もう一つ持ってるから。」


 と言って、カバンから赤白帽を取り出して詩丘くんに渡した。


 「サンキュ。」


 詩丘くんは帽子を受け取って被ってみせた。

私のだから少し小さいかもって思ったけど、ぜんぜんそんなんじゃなかった。


 詩丘くんって小顔の上に頭も小さいんだ。確かに九頭身くらいだもんね。言っとくけど、私が頭でっかちってわけじゃないからね。


 そして、眼鏡を外して体操着を入れた袋を持ち、着替えに行くために立ち上がった。


 「眼鏡を外した紫野さんって素敵だね。」


 何気ない詩丘くんの声。

 思わず振り返って詩丘くんの顔を見た。


 えっ、何? どうしたの?

 それって、もしかして・・・


 私の頭が詩丘くんの短い言葉をいろいろと分析し、(主観的)解釈を導き出した・・・ その結果、私は固まった。すっごく嬉しくなった。そして、私の頭の中がこれから起こるかもしれないこと(というより、起こるといいなということ)を勝手に妄想しはじめた。


 「どうした? 顔が赤いぞ。」


 詩丘くんの声に妄想が中断されると同時に一人で勝手に顔を赤くしていることを指摘され、恥ずかしさのあまり逃げるようにその場を離れてしまった。


 授業が終わり、いつも通りすぐに帰宅するために席を立とうとすると詩丘くんが声をかけてきた。帽子を洗って返すからということで、無料通信アプリで連絡先の交換を申し出てきた。一学期が始まって半月、私がどうしても口に出せずにいたことを詩丘くんから言ってきたのだ。超ハッピー!



 帰り道、詩丘くんのことをいろいろと考えた。

 今日の言動を振り返るに、私をただの隣の席の人とだけ思ってるわけじゃないんじゃないかな? きっと、少しは私を意識してるんだと思う。でなきゃ連絡先を教えてなんて言わないよね。帽子を返すだけなら次の日に学校に持ってこればいいわけだから。ってことは、遂に私にも春がやってきたってこと? ああ、もっと私を気にして欲しい。好きになって欲しい。私を「好き」って言って欲しい。


 どんどんと詩丘くんに対する願望がエスカレートしてゆく。

 そんな一方的な願望の中、ふとあることを思いつき幼馴染の真暮鞍人まくれくらとの家に立ち寄ることにした。昔から彼の家には何台もパソコンが置いてあった。私がパソコンや機械オタクになったのは彼のせいだと思ってる。幼馴染ということで、よく彼の家には遊びに行った。あ、ほんとに家が近くて幼馴染という理由だけなんだよ。彼に対して変な気があるなんてことはないからね。だって、私が言うのも何だけど、彼ってすごく根暗というか引き籠りって感じなの。髪はボサボサで、いつも同じ服を着てるし、どう贔屓目ひいきめに見ても恋人にできるって感じじゃないもの。それに、彼は彼で女の子なんかよりもパソコンや機械に夢中なんだから。

 そんなんだから、彼は何台ものパソコンを自分で作り上げて、今や彼の部屋には世に出回っているものを遥かに凌駕する最強クラスのパソコンが数台と、何に使うのかよく分からない機械がいくつも置かれていた。もちろんプログラミングのスキルも最強で、今や年齢を伏せてホワイトハッカーとしても活躍している。実は、私も彼に教えられて一緒にホワイトハッカー稼業を営んでるの。これが結構実入りが良くって。だから学校から帰ると自宅に籠ってホワイトハッカーの仕事に打ち込んでしまうってわけ。

 話を戻すと、私が真暮くんの家に立ち寄った理由は、私を詩丘くんにとってもっと気になる存在にするため。そのために、詩丘くんの意識の中にもっと私を刷り込ませようと思ったから。手段は、サブリミナル効果がいいかなって思ったの。今日、詩丘くんから連絡先をゲットしたから早速これを使えるんじゃないかなって思ったわけ。

 作戦はこんな感じ。無料通信アプリのサーバーにアクセスして詩丘くんのスマホに私の画像を定期的に送り込む。もちろん、バレないように画像は見えるか見えないかくらいの短い時間で繰り返し表示させるの。さすがに私の力だけでは上手くできる気がしないので、ハッキングの神様である幼馴染に手伝ってもらおうというわけ。


 真暮くんの家の玄関の呼び鈴を押して暫く待つと、雀の巣のような頭をした眼鏡の少年が現れた。彼が真暮くん。私は真暮くんを回れ右させ、用向きを聞いてくる彼の言葉を聞き流しながら背中を押して彼の部屋へ押し入った。


 「どうしたんだ? 菖蒲ちゃん。」


 「実は、急に真暮くんの力が必要になったの。私の頼みを聞いてちょうだい。」


 「だから、どうしたんだって?」


 突然現れて、理由も言わずに自分の部屋に乗り込んできた幼馴染に困惑する真暮くん。


 「まずは座って。」


 私は、さも自分の部屋のように床に腰を下ろして真暮くんに座るように促した。それに従うように、真暮くんもベッドに腰かける。


 「で、要件は何?」


 ここでようやく私はさっき思いついた作戦を真暮くんに打ち明けた。私の話を最後まで聞いた後で、真暮くんは首を横に振った。


 「サーバーに侵入して画像を送り込むことはできると思う。だけど、問題はそこじゃない。僕たちはホワイトハッカーなんだよ。サーバーの脆弱性を見抜いてその企業に忠告を与えるのが僕たちの仕事。なのに、その脆弱さに付け込んで悪戯をするなんて、そんなことはできないよ。」


 「いいじゃない。誰かに迷惑をかけるようなことでもないんだし。」


 「いや、そうであっても倫理上だめだよ。」


 こんなことを一時間以上言い合った。お互い普段は無口なのに、こういうことになると不思議と饒舌になる。

 で、最後は真暮くんが私の押しに折れてくれた。但し、今回限りという条件付きで。

 話がまとまるとそこからは早かった。二人でパソコンに向き合い、日付が変わるころ作業は完了し、私はルンルン気分で帰宅した。



 それから半月、私は街外れの公園の入口に立っていた。丘の上に造られた小さな公園だ。公園の端、街を見下ろせるところに、手すりにもたれ背を向けて立っている男の人がいる。その他に人影はない。背を向けた男の人、よく知っている。


 私は今日の放課後の出来事を思い出していた。終業のチャイムと同時に、いつものように席を立ち教室の出口に向かう私に詩丘くんが声を掛けてきた。


 「最近、俺の夢の中に紫野さんが頻繁に出てくるんだ。そして、夢の中でいつも君は微笑んでいる。これがどういうことなのか考えた。そして、その答えを紫野さんに伝えるべきだと思ったんだ。夕方五時に丘の上の公園に一人で来てくれないか?」


 私は「うん」とだけ答えた。本当はめちゃくちゃ嬉しかった。心の中で特大花火が打ち上がった。でも、浮かれた気持ちを悟られないように努めて冷静に返事をした。ただ、これ以上長い言葉を発していたらニヤけ顔を見られてしまいそうで、急いで教室を出た。

 それから家に荷物を置いてこの公園に来るまで、ずっとニヤニヤしてたと思う。来る途中にすれ違った人には、ただの怪しい女子中学生に見えただろう。でも、そんなことはどうでもよかった。


 公園の入口に立ち、高ぶる気持ちをどうにか抑えようと大きく深呼吸をした。でも、やっぱり頬がゆるんでるように感じる。もう一度、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。二度、三度繰り返して、ようやく落ち着いてきた。


 ヨシっ!


 気合を入れ、公園の手すりにもたれている男の人に向けて足を踏み出した。

あと十歩のところで男の人は私に気づいて振り返った。いつも学校で私の隣にいる男の人。詩丘くん。学校の制服姿だけど、ネクタイを緩め襟のボタンを外した少しラフな格好で、「やぁ」と右手を上げる。


 「こんにちは。」


 ああいう格好の詩丘くんも素敵だなって思いながら、なるべく感情を抑えて返事をする私。


 「来てくれてありがとう。少し話をしたいんだけど、そこへ座らないか?」


 詩丘くんは、木々の前に置かれたベンチを指さすと私を促した。私はコクりと頷きベンチの右寄りに座る。すぐに詩丘くんが私の隣に腰かけた。近い。肩と肩が触れるくらいの距離。


 いよいよだ。もうすぐ、生まれて初めての「告白」というイベントがはじまる。

 心臓が破裂しそうなくらい高鳴りはじめた。緊張で、もう詩丘くんの顔を見ることができない。


 私は俯いたまま詩丘くんの言葉を待った。


 「紫野さん。このところ夢の中にいつも君が出てくるんだ。いや、夢の中だけじゃない。普段の生活の中でも、よく君の顔が脳裏に浮かぶんだ。それは何故だろうと自分の心に手を当てて何度も考えたんだ。」


 うん、うん。

 私は声を出さないように心の中で頷き、来るべき次の言葉を待った。


 「そして、自分が心の底から想っている人は誰なのかということを見つめなおした。」


 詩丘くんの次の言葉に期待が膨らむ。心臓はというと、破裂寸前まで高鳴って体中からドクン、ドクンという音が聞こえてくる。


 「それは・・・」


 キターーーーー!


 逸る気持ちが先走って心の中で嬉しさが弾ける音がした。そこに聞き覚えのない女の声が重なった。


 ん? 空耳? ここには私と詩丘くんしかいないはず。


 「あなたね。」


 よく通る澄んだ若い女性の声だ。すぐ背後から聞こえた。ドキッとして振り向くと、肩にかかる艶のある真っ直ぐな黒髪をした美女が私を見下ろしていた。


 「あなたね、一颯に変な映像を植え付けたのは。」


 美女は、汚らわしい物でも見るような視線で私を見ていた。


 誰? しかも、詩丘くんのことを一颯って呼んだ・・・


 突如現れた美女を前にして茫然とする私。そんな私の眼鏡を彼女が両手で摘んで取り上げ、私の顔を覗き込んできた。


 「ふむ、確かに素顔は整っているわね。なんとなく一颯好みかしら。」


 「ふざけるのはよせよ、雪乃ゆきの。」


 私の顔を見て悪戯っぽく笑う美女を詩丘くんが小突いた。


 何? 何??? これって、もしかして・・・


 二人の関係が何となく分かってきた私はものすごく狼狽えはじめた。


 「な、な、な・・・に・・・ あ、あな、あなたは、も、も、もしかして・・・」


 目を泳がせながら、言葉にならない言葉を発しはじめた私の挙動にお構いなく、詩丘くんは立ち上がって語り始めた。


 「最近、ふとした瞬間に紫野さんの顔が頭に浮かぶようになってきた。夢の中にもいつも出てくる。もしかしたら俺は紫野さんのことが好きなのかもしれないと思って何度も自分に問いかけてみた。でも、心の底から帰ってくる答えはいつも雪乃だった。じゃあ何故だと不思議に思った。気味悪くも感じた。それで友人に相談していろいろと調べてもらったんだ。もちろん、俺の心理状態だけじゃなく、俺の家や部屋までも。でも、おかしなところは見つからなかった。ただ一つ、俺のスマホを除いては。」


 バ、バレてた!?

 全身から血の気が引いていく。


 「わたしは白崎しらさき雪乃。一颯が転校する前から彼とは付き合ってるわ。一颯が欲しかったら、こんな汚い手段なんて使わずに正々堂々と向かってきなさい。」


 きっぱりと言い放ち、美女は詩丘くんの肩に寄りかかるように体を預けた。その目は自信に満ちている。


 そ、そんなぁ。こんな美女に私なんかが勝てるはずもない。私は白崎さんの目を見ることもできずに俯いた。


 「ご、ごめんなさい! 詩丘くんには彼女がいないと思ってた。だから、私、詩丘くんの気を引きたくって・・・」


 恥ずかしくてこの場にいられなくなり、逃げるように駆けだしてしまった。

 数分前までは、詩丘くんに言い寄られて自分も「好きです」って告白するつもりだった。でも、その前に撃沈。しかも、姑息な手を使う女だってレッテルを貼られてしまったことだろう。

 ああ、もう生きていけない・・・

 私は全力で自宅まで走り、自分の部屋の布団に潜り込んだ。


 次の日から私の引き籠りが度を増すことになったのは言うまでもない。

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