飾り棚のノベルドール

ピクルズジンジャー

ある日見つけた人形のお話

 ノベルと出会ったのは、街の古道具屋だ。


 商店の建ち並ぶ目貫き通りの片隅に、薄暗くほこり臭いその店はあった。

 

 町の住人の不用品や、路銀が必要な旅人に泣きながら売りつけられた異国の雑貨など、見せの主はなんでも買い取っては無造作に売っていた。焦げ跡の残る鍋釜の類から、遠くの遺跡の一部であったという石くれ、演奏の仕方も分からない楽器などが雑然と並ぶその店には曰く言い難い魅力があり、散歩のついでにその店を覗くのを日課にしていた。古道具屋の商品から気に入ったもののいくつかは購入し、部屋の飾り棚に並べては悦に入る。そこまでが当時の私の趣味だった。そう言い切ってもいいだろう。

 購入したものをいくつか挙げてみよう。

 理想的に曇った硝子瓶、木で出来た人形、動物を象った子供のおもちゃ、なぜか紐の通せる穴の空いた茶さじに、取っ手の取れたた紅茶茶碗(アラベスク紋様が気に入ったのだ)、板の形をした今は動かない古代の機械(つるつるした手触りが良い)、名も知らぬ古代人の日常を映したシャシンが貼り付けられた書物(遺跡巡りで生計を立てる旅人が売りつけたものでアルバムと呼ぶものらしい。学者か暇人じゃないと購入しない無用の長物であり、学者でない私は必然的に後者となる)――、そのどれもが私にはなくてはならない宝である。


「あんたも酔狂だね。そんなガラクタばかり集めてさ」


 ガラクタを並べて売りつけている当の本人だというのに、古道具屋の主は毎回呆れたように呟いきながら金を受け取る。店内の並びを見て分かる通り、主にとって住民の不用品も古代遺跡から掘り返された金にならない発掘品にも差はないのだ。


 だから主はその日も、買い取ったばかりのノベルを遠方からの土産品や住民が手慰みに作った玩具の類を並べる棚に並べて売っていた。いつものように店に足をふみいれた私は、新顔の存在に気付いて胸を高鳴らせたのである。昨日まで無かった人形があるぞ、と。それもとても精巧な。


 今では作り出せない樹脂で髪から衣類まで象られたその人形――古代文化用語ではフィギュアと呼ばれるタイプの人形の筈だ。宝を買い集めているうちに私も半端に古代遺跡関連文化に詳しくなっていた――は、どうやら十代の少女を模しているものらしい。

 人形の大きさは、概ね手首から中指の先端まで。肩までに切りそろえた青黒い髪に、卵と牛乳を混ぜたような色味が主体で丈の短いドレスと藍色の上着を合わせた造形が目を引く。古代遺跡からの発掘品らしく、ところどころ塗装の剥げがあり、取れない埃も付着していたが全体的には美品と言えた。こんな辺境の街ではなく、都の学舎か博物館にだって売れそうなのに。


 そうやって手に取ってしげしげと眺めてみたのが、私とノベルの出会いである。


 ノベルの来歴は時期に古道具屋の主が教えてくれた。


「都の学者様が欲しがるのは名の知れた男神様や女神様を象った人形なんだってさ。今でも語り部や傀儡屋くぐつや連中が辻々に立ちながら物語を語るだろ? そいつらの物語に出てくる英雄連中のご先祖様にあたる人形だと、腕の一本でも首から下がなくても高い値で買ってくれるらしいよ」


 遺跡発掘を生業とする旅人とも接点が多いので、古道具屋の主は私などより古代文化の知識に通じている。そんな主曰く、辻々に人々を集めて壮大な叙事詩や滑稽な小噺を聞かせ、繰り人形を使って様々な活劇を演じてみせる芸人たちが語る物語の種のほとんどは、文明が今よりうんと発展していたという古代に起源が求められるのだそうだ。

 古代人は便利な機械を生み出し、電脳で世界と世界を結び付けるようなことまでできていたというのに、物語にはめっきり弱かったのだという。語り部がきかせる英雄活劇にぽかんと口を開けて聞き入る洟垂れ小僧並みに夢中になり、頭の中を物語でいっぱいにして、ついにはこの世で生きることすら疎む連中すら出てきてしまう。


「物語ってのは確かにいいもんだ。、あたしだって大好きさ。でもたくさんありすぎる物語ってのはよくない。人間の頭を半分眠ったみたいにしたあげく、悪い薬の中毒みたいにしてしまう。こうなると物語ってのも、疫病と変わらない。かくして古代人は物語に頭の中をやられて勝手に弱って滅んじまったのさ」


 というのが、栄耀栄華を誇った古代文明が徐々に衰退していったことに関する、都の学者の見解だ。古道具屋もそれに賛同している。


 つまり、だ。


「古代文明を滅ぼしたほどの物語に登場した神様を象ったものでないと――」

「いくら美品でも、二束三文ってわけさ。つまりあんたが今手にのっけているお人形は、古代人の頭一つメロメロのトロトロに溶かすことすらできなかった、出来損ないの物語に登場したお嬢さんってわけさ」


 こんなしもた屋に買い取られて売られるのがぴったりのね、と古道具屋は自らを皮肉ってみせた。

 へぇ……、と小さく相槌を打ち、間を作る。不愛想を装っているが、本当はおしゃべりで語りたがりの古道具屋がこの人形について語りだすのを促す。


「つまりこのお人形さんは名無しなんだ」


 おまけに誘い水を向けると、主は面白いように前のめりで食いついた。


「いやそれがねえ、いっちょ前に名前があるんだとさ。〝サラシナ・ノベル〟っていうのがそのお嬢さんの本当の名前。もう一つの名前が〝ノベルドール〟」

「どうして名前が二つあるの?」

「それを売りに来た発掘屋が言ってたのさ。──生産数の少なかったサラシナ・ノベルの美品が発掘されるだけでも奇跡なんだ! あの、幻の、ノベルドールだよ? って。だから高く買い取れってわけだよ」


 物語の蔓延した古代世界でこの人形がいくつ造られようが、名のある神様方のフィギュアでないと、埃をかぶって奇妙な顔かたちをした人形でしかない。それ相応の値段しか付けられない――と主は、その旅人に向き合って値付け交渉に入ったのだという。

 旅人は案の定やっきになって(きっと私に今その時のことを語り聞かせる主そのもののように前のめりだったのだろうと私は想像する)、この人形・ノベルドールについて説明を始めた。


「このお嬢さんの本当の名前は、さっきも言った通りサラシナ・ノベル。物語を書いて売ることで食ってた娘っ子ってことになってたらしい」

「物語を書いて売る? 古代では大っぴらにそんなことが出来たんだ」

「だそうだよ? 今じゃ考えられないけど」


 古道具屋の主は物憂げに息を吐いた。


 今のこの世の中、物語は口で語って伝えられる。紙やほかの記録媒体に書き残しでもすれば、商売の邪魔をするのかと語り手たちからは袋叩きにされるし、そんな卑しい真似をするために文字を教えたわけではないと先生たちからは嘆かれる。下手をすれば、国家転覆を企てたという罪状で都まで連行される恐れだってある。

 何故物語を書くことが禁じられているのか? 文明を発展させた古代人が衰退したわけが、物語の魅力の中毒に負けて頭がトロトロになった人間たちの自滅が正しいとすれば、理由は明らかだろう。文字で記録した物語が広まる速さや量は、口伝えの比ではない。


 紙巻煙草をおもむろに咥え、古代遺跡からの発掘品の一つ〝ライター〟で火をつける(便利だからと言って愛用しているのだ)。主が語る態勢に入ったことを確認し、私も座るとがたつく椅子を引き寄せる。

 紫煙が店内に満ち、埃の匂いと金属と甘味の混ざったような煙の匂いが混ざった。これがいつもの、私と主が作る時間の匂いだ。


「サラシナ・ノベルは物語を書いて売ることで食ってた〝作家〟ってヤツだった。ところが本当のノベルはね〝ノベルドール〟っていう名前の機械人形だったのさ。古今東西、幾千幾万幾億の物語をその頭につめこんでいて、それらを基に新しい物語を次々に書き出してみせるっていうとんでもないお人形だったてわけ」


 私は思わず、手のひらの人形を食い入るように見つめた。サラシナ・ノベル、もしくはノベルドールという名の彼女の頭は、当たり前だがとても小さい。大き目の飴玉ほどの大きさだ。

 こんな小さな頭の中にそんなにも膨大な物語が詰まっていたなんて――! と、意気を飲む私を見て、古道具屋の主は笑った。


「バカだねぇ。それはその人形の基になったそのお嬢さんが登場する物語でのお話だよ。その中ではその子は、あたしたちとほとんど同じ大きさだったのさ。――にしたって、人間の頭の中に星の数ほど物語を詰め込んでいたなんてねえ。噂に聞く図書館ってものが肩の上に乗っているようじゃないか」


 煙草を吸いながら、主は目を細めた。図書館という、今は都にしかない施設に思いを馳せているのだろう(そして今の図書館に物語の本は収蔵されていないはずだ、ノベルが生み出されたころとは違って)。

 ほわあ、と煙を吐いた後、主は続きを語りだす。


「ノベルドール、ことサラシナ・ノベルは人間のふりをして、次々に人間の頭をメロメロのトロトロにする物語を生み出し、喝さいを浴びた――とまあ、そういうわけさ」

「へぇ~、それでどうなったの?」


 手の中のノベルをつぶさないようそっと握って、今度は私の方が前のめりになる。まるで、傀儡屋の人形活劇に魂を奪われた洟垂れ小僧になったみたいに。

 ところが、主は私の予想を裏切った。


「どうもこうも、そこで終わりだよ。サラシナ・ノベルの物語はそこから先に進まなかったんだから」

「?」

「お前さん、あたしがさっき語った話を忘れてるね? このお嬢さんが活躍するはずだった物語はちーっとも古代人の頭をメロメロにもトロトロにもしなかったのさ。つまり、だれにも顧みられなかった」

「――、ああ!」


 全くだ、ノベルが登場したはずの物語に古代人のほとんどが夢中にならなかったせいで、ほとんど完全な状態から古代遺跡から発掘されたのに二束三文でこの古道具屋で買い取られたのだ。そのことをすっかり忘れていた。

 自分のマヌケさ加減に呆れている私のことを笑ってから、また、ふーっと煙を吐いた。


「さっき語ったのは、サラシナ・ノベルの物語以前の話――、つまり設定だよ。本当はこれを活かして、古代人たちに物語を生み出す機械人形・ノベルドールを主役にした物語を作ってもらおうと本当の生みの親は目論んでいたらしい」

「本当の生みの親? つまり、サラシナ・ノベルの設定を作った人たちってことでいいのかな?」

「そういうことになるね。物語を浴びすぎて頭の中をトロトロになったヤツの中には、自分も物語を生み出そうと酔狂を起こす者も出てくる。そいつらに、ノベルドールを主役にした物語を山ほど書かせて、電脳歌姫の女神様に匹敵する立派な女神様に育てようとなさったのさ、本当の生みの親殿は」


 自分も物語を生み出そうと酔狂を起こす者、古道具屋の主が呟いたことを私は頭の中でなんとなく繰り返したのちに、言葉を引き継いだ。


「なんにせよ、ノベルの生みの親さんの計画は思った通りにはいかなかったってことね」

「そういうことだよ。だーれもこのお嬢さんを主役に物語を作ろうとしなかった。そういうわけさ。古代にはいまよりうんと、魅力的な女神様男神様がいらっしゃったことだろうからね。新参者出る幕はなかったってわけさ」

「かくしてノベルは生産数が少ないお人形になった、と」

「そういうわけさ。どっとはらい」


 虚しいね~、悲しいね~、とからかう様につぶやいて、主は煙草をぎゅっと灰皿に押し付ける。


「――で、あんたその人形いくらで買う?」


 そこで私は現実に帰り、もう一度手の中のノベルをゆっくりと見つめた。

 青黒い髪、卵と牛乳を混ぜたような色味の丈の短いドレスに、藍色の上着。

 フィギュア特有の、現実の人間とは似ても似つかないのにどこか愛くるしい笑顔。

  

 その時にはすっかりノベルに魅入られていたけれど、あえて低い言い値をつける。主はにやりと笑って、私が支払える額よりやや高い値をつける。すっかり慣れた値付けのやりとりのあと、私は晴れてノベルを手に入れることができた。


 小さな我が家に迎え入れたあと、お気に入りの宝が並ぶ飾り棚にノベルを並べた。


 どんな来歴があろうとも、古代人を魅了しなかったお人形だったとしても、私はノベルが気に入ったのである。


 ◇◆◇


 古道具屋に足しげく通った日のことは遠い昔になったけれど、ノベルは私の飾り棚に今もいる。


 何年か前、都詣での旅に出た時に許可を得て図書館を訪れた。

 いかめしい司書官に囲まれながら検索機を使い、〝サラシナ・ノベル〟や〝ノベルドール〟について調べてみたけれど、そんな人形や女神に関する物語は存在しないというそっけない答えが返るばかりだ。

 かわりに〝サラシナ〟の意味については詳しくなった。古代人からみてもさらに大昔に一般的だった一地方の呼名であり、とある物語に頭をトロトロにされるほど耽溺したせいで人生を棒に振ったことを悔いる女の回想録を指す、と検索機は告げた。


 それを知り、この名もない発掘人形に〝サラシナ・ノベル〟という名をつけた古道具屋の皮肉癖を思い返したせいで浮かんだ目じりの涙を、司書官たちにみつからぬようにそっと拭って図書館をあとにした。



 古道具屋はある日突然、いなくなった。店の中にはあらゆるガラクタを、物語の種をのこしたまま。


 荒らされた店内を眺めたまま呆然としていた私に、商店街の住人が声を潜めて囁いた。


 ――ここの人はね、国家転覆を企んでいたとかで昨日の夜遅く連れて行かれたんだよ。

 ――こわいねえ、なんてことないただのおばさんだったのにさ。

 ――あんたもここの人と仲良くしてたろ? ……精々気をつけな。


 そう語って、そそくさと私から離れていった。まるでお前も国家転覆をたくらんでいた一味なんだろうと言わんばかりに。


 主を失った店の前では、何かを燃やして出来たことが明らかな黒い跡があった。そこからは油と、紙を燃やした、胸のむかつく匂いがまだ残っていた。炭状になった紙束のそばには、黒焦げのライターが落ちていた。


 私はそのまま家へ帰りながら考えた。


 私は主が物語を書いていたこと、それを遺跡発掘屋を装った業者を通じて地下で流通させていたことを知っていた。

 それを誰にも言うつもりは、これからも今からも誓ってない筈だ。

 私は古道具屋の主が好きだった。

 古道具屋の主が店に並んだガラクタにまぶして語る物語が好きだった。

 その話を聞いていただけの私も、官吏の目からすれば国家転覆を企んでいる者と等しい存在になるのだろうか。

 そんなことを思う私はなんと見下げ果てた人間なのだろうか。


 地面に穴が空くのではないか、それに飲まれるのではないか、そんな恐怖と闘うために一つの疑問に私は集中していた。



 はたしてノベルドールの物語はこの世に存在したのだろうか。どこからどこまでが古道具屋の主が語った物語なのだろうか。

 ノベルを発掘し、路銀を得るために二束三文で売りつけた旅人の存在から、主の語った物語のうちだったのだろうか。

 今となってはどうでもよいことに集中しなければ、私の脚はもつれてしまいそうだったのである。



 古道具屋とはそれきりだ。

 そして飾り棚には変わらずノベルがいて、無邪気に笑っている。

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