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「!」
衝撃だった。
「父は、夭折した最愛の一人娘を蘇らせようと、凄まじい情熱を傾けていました。でも、あの当時はナノプローブによるバックアップ技術などありません。彼は生前の泉 千秋が残した膨大なライフログや彼女自身が綴った日記、写真、ビデオムービー、それから彼自身の思い出……それらを結集して、今のわたし……泉 千秋の仮想人格を作り上げたんです」
「……」
「そして、先生が『アキ』のユーザーであることを知ったわたしは、先生の伴侶になっているこの個体にインストールを希望したんです。父は『お前の嫁入りだな』と、嬉しそうに応じてくれました。それ以来、わたしはこの個体と共に、ずっと先生を見守っていました。でも、先生はコンパニオンに人間らしさを求めていらっしゃらなかったので、わたしが表に出ることは滅多にありませんでした」
「……それじゃ、最後にアキが涙を流したのは……」
「ええ。幻覚じゃありません。あの時先生を看取ったのは、このわたしです。あの時はわたしが個体をコントロールしてました。どうしてもわたし自身がそれをしたかったので……」
「そうだったのか……」
「先生、先生はまだデータが揃っていないので、体が不十分です。だけど、体が復活したら……わたしと、ここで一緒に暮らしませんか? この個体の仮想空間の中で……それとも、やっぱり一人がいいですか? どうしても人間は嫌いですか?」
「そんなことないよ」私は苦笑する。「私はもう人間じゃないし、君だって人間じゃないだろう? だったらもう、嫌いも何もないよ」
「よかった」彼女は満面の笑みを顔に浮かべる。「先生のお嫁さんになるのが、わたしの夢だったんです。五十年経って、ようやく叶いました。まあでも、今までもそんなもの、と言えばそんなものだったんですけどね。あとは……赤ちゃんですね」
「……はぁ!?」私は仰天する。「赤ちゃん? 仮想のか?」
「いえ、リアルな赤ちゃんです。先生と……わたしの……」
「ちょ、ちょっと待て。どうやって作るんだ?」
私はすっかり狼狽していた。
「わたし、死ぬ前に卵子を採取してもらってたんです。今この個体に備わっている卵子のドナーは、わたしです。そして……」
彼女は顔を赤らめる。
「過去の夜の営みで……先生にいただいた精子も……この個体にちゃんと冷凍保存してありますから……いつでもこの個体を妊娠させられますよ」
……。
私はどうやら、知らず知らずにかつての教え子に手を出してしまっていたらしい……
「いや、だけど、そうなるとアキはシングルマザーになってしまうぞ? それで構わないのか?」
「もちろんです。だけど、もし先生がお望みなら……先生に父親として子育てしてもらうこともおそらく可能ですよ」
「え、どうやって?」
「近い将来、バックアップされた人間がコンパニオンにインストールされて、生前の記憶と人格そのままに生きていくことができるようになります。わたしはそのためのプロトタイプだったんですから。だから、先生もいずれ自分のコンパニオンボディを持てるようになりますよ」
「……」
「そして、そういうケースが増えれば、法律も改正されて、コンパニオン同士の結婚も許されるでしょう。そうしたら……二人で赤ちゃんを育てて、いきませんか?」
……。
なぜだろう。人間として生きていた頃の自分なら、嫌悪感が先に立つところだ。だが……
人間でなくなった私は、どうやら人間嫌いでもなくなってしまったようだ。彼女の提案に同意したい、と思っている自分に気づく。
いや、ひょっとしたら、ナノプローブが足りなくて、私の人間嫌いの部分がそっくりバックアップされなかったのかもしれない。だったら、いっそこのままでも構わない。
「そうだな」私が言うと、目の前の彼女が心底嬉しそうに微笑む。
まさか、死んでから親になって子育てすることになるとは思わなかった……
でも、きっとそれも悪くない。
ミサントロピストの伴侶 Phantom Cat @pxl12160
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