6

 ここは……どこだろう……


 身体感覚がない。まるで……幽霊になったような……


 そうか。私は死んだんだ。だから幽霊になったのか……?


 というか、幽霊って、実在したんだな……


 "違いますよ"


 ……!


 アキの声……いや、声じゃない。なんだろう。意思のようなもの? それがダイレクトに伝わっているような。


 "あなたは幽霊ではありません。あなたは……わたしの中の、あなたです"


 なんだと? どういうことだ?


 "わたしはあの錠剤に含まれているナノ探査機プローブで、あなたの記憶と生体情報をバックアップしていたのです。残念ながら、あなたが飲んでくださらなかった分のプローブが足りないので不完全な状態ですが……十分時間をかければ補完できるレベルです。あなたにそれを言えなかったのは、あなたの死期が近づいていることを、あなた自身に知らせることになってしまうからです。わたしはロボットですから、嘘を言ってあなたを安心させることもできませんでした"


 そうか……


 最近、そのような技術が実用化された、という話は聞いていた。開発元はコンパニオンメーカーの最大手、イズミだ。アキの「実家」でもある。


 ナノプローブの寿命の関係で、死の寸前までの状態をバックアップするなら、ナノプローブの投与は死の約一ヶ月前から行う必要があった。私の病状をずっと把握していた「彼女」なら、私の死期を正確に予測することも可能だろう。そういうことだったのか……


 ふと、目の前に人影が現れる。その姿形はアキそのものだった。


 だが、コンパニオンであることを示す、頭のアンテナが、ない。


「お久しぶりです」


 その女性は、にこやかに言った。


 これは、アキじゃない。アキはこんなに愛想良くはない。これではまるで……人間じゃないか。


「君は……」


「この姿なら、分かりますか? 先生?」


 私は耳を疑った。先生、だって? もう半世紀以上そう呼ばれたことはない。しかし私は次の瞬間、続いて目も疑うことになる。


 向かい合わせの彼女の顔が、みるみる若返っていくのだ。髪が短くなり、着ている服がセーラー服とスカートに。これは……私が最初に赴任した高校の、当時の女子生徒の制服?


 ……ああっ!


 私は思い出した。彼女は……私に告白した、あの女子生徒だ……


「そうです。3年2組3番、泉 千秋です。享年二十一歳」


「え?」


「高校を卒業してすぐ、わたしは悪性リンパ腫を患い、手当の甲斐も無く亡くなりました。当時の医学では治療困難な病でした」


 いつの間にか、彼女はアキに酷似した元の姿に戻っていた。


「そんな……」


 そうだったのか。私は元気だった彼女の姿しか知らない。


「ん? ちょっと待って、泉、って……」


「ええ。株式会社イズミの初代社長は、わたしの父です。『アキ』は元々、わたしをモデルに作られたんですよ」

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