寝たふり

誉野史

寝たふり

「寝たふり」





→From me to you.


足を伸ばしても、ちょうど大人一人分は寝そべられるソファで、私の愛しい人は寝ている。


自分の頬の下に、両手を重ね合わせて少しだけ口を開いたまま寝ている。時折口を「むにゃむにゃ」とする仕草に胸が打たれる。


手を取ってやさしく握ってあげたい。

いつも、頬の下で下敷きになる手をゆっくりと引っ張り出し、左手をゆっくりと自分の近くに引き寄せる。


力の入っていない手は、私の思うがまま私の右手と重なり合わさる。

ゆっくりと指を絡ませ、手のひらを合わせて温度を感じる。指が交わったら私の手を軽く握って緩めて、手の柔らかさを感じる。


握った手の重さをソファに倒して任せ、また愛しい人の寝顔を見る。

もっと、そばに寄りたい。でも起こさないように。


大好きな人と同じように、重なり合った手を枕代わりにして見つめた。寝息をかすかに感じる。こそばゆい、そして柔らかい。


そのまま見つめ、同じように目を閉じた。




→From me to you.


手が温かい。布団じゃない温かさを感じた。

目を薄ら開くと、私の目の前に寝落ちしてしまった大好きな人がいた。


私の手を枕代わりに使って、赤ちゃんのような寝顔ですやすやと寝ている。外は寒かったかな、今日は疲れちゃったかな。


頭をやさしく撫でたいけど、癒してあげたい手はもっと大切なことをしているみたい。


とても近くに見える素顔。私はあなたのまつげがとても好き。

心地よく寝ているから、寝息と一緒にまつげも瞼と一緒にゆっくりと、ゆっくりとうなずいているように動いている。


時々痙攣する目も、「ぴくっ」と動くまつげも、些細なことも含めてあなたが大好き。


少しだけ近づきたくて、額まで私の顔を近づける。寝そべっている状態を少しずつ前に動かす。急に動くとソファの振動で起こしちゃう。


慎重にゆっくりと近づいて、ようやく額に私の口を当てた。

あったかい。髪ってこんなにも温度を感じる。少しだけ頭髪料のにおいがする。


それでも寝ている大好きな人。「ウウン」と、寝言も素敵。


もうちょっと、このままでいさせて。




→From me to you.


疲れていたかな。気づいたら少しだけ寝ていた。


目を開けると、さっきまで近くで寝ていた愛しい人がもっと近くに来ている。

そして自分の頭に顔をくっつけて寝ている。甘えん坊だな。


「くう」という寝息。前髪で息遣いを感じる。

それにしても、私の頭の匂いは臭くないだろうか。


愛しい人を汚さないように少しだけ頭を放す。が、今度は握っている手を引き寄せられる。

私の手は、愛しい人だけの枕になった。


それも、重なり合ったまま大事そうに握ってくれている。


とても、幸せそうな表情を浮かばせて。


その顔を見て、また愛しさを感じる。少しだけいたずら心が湧き、握られた手をくすぐるように動かした。指先は、頬を少しだけ触った。


一瞬驚いたようにぴくっと動いた。すぐに幸せそうな表情に戻った。

これが、いたずら心を沸かす根源。本当に愛していると実感できる瞬間。


このままずっと、こうしていたい。




→From me to you.


あれ?頭が離れちゃった。


咄嗟に私は彼の手を引き寄せた。目を瞑りながら引き寄せ、もっと近くに来てほしいと思った。

でも、手しか来なかった。残念。


もっとぎゅーんと来るかなと思ったけど、仕方がないから手だけで我慢しよう。

でも、大好きな人の手の枕は心地良い。あったかい。


わっ、頬がくすぐったい。

私でいたずらするのはやめてよ。くすぐったいのは苦手。でも、かまってくれているやさしさを感じる。

もっとあなたを感じたい。だから手枕を借りよう。少しだけ力を入れても、わかんないよね。


だから少しだけ、もう少しだけ、私の頬であなたの手のやさしさを独り占めさせて。




→From me to you.


手を噛まれているのか、食べられているのか、使用用途はわからないけど私の手は愛しい人の玩具になっている。


まるで赤ちゃんのようだ。モロー現象だっけ。手を握り、指をやさしく噛んでいる。君が枕にしている私の手は、重なりあった手と手をつなぐ指がちょうど口元にいくから食べやすいのだろう。


その姿が、またも愛しい。引きちぎるほど噛んでいいとはいわないけれど、愛しい人の唇が心地よい柔らかさを感じさせる。まるで命を芽生えたマシュマロ。


横になり、私の左手の人差し指に夢中になっている間に、私は君の耳の下を少しだけなぞった。耳の下から顎のラインを、右手でゆっくりとなぞった。


首筋が美しい。特に君の顎のラインが私は好きだ。

何度も、何度もゆっくりとなぞった。




→From me to you.


そろそろ起きても良いころかな。でも、こうして彼の手を噛むのも悪くない。


手は、少しだけしょっぱさを感じる。衛生的によくないし、帰宅してすぐのカッターシャツを着ていたから、もちろんお風呂も入っていない。


だけど、やさしく手を噛んでいると、不思議と幸せな気持ちになる。


そして、私を愛してくれている。

私の顎を、ゆっくりとなぞる。これもくすぐったいけど、良い気持ち。


まだ、寝たふりをしよう。

そうすれば、もっと私を愛してくれる。




→From me to you.


このまま寝たふりをした方が良いかな。でも、このまま食べ続けられるのも申し訳ない。


でも、愛おしい。その姿をずっと見ていたい、そして食べ続けられたい。


……疲れているかな。

でも、そんな魅力にのめり込み、魅了される性分は悪い気はしない。むしろ快感的。


じっとしているのも申し分ないが、そろそろ私の体力も限界に近づく。


大好きな人が寝そべっているソファは大人一・五倍ほどの幅がある。食べられた手をゆっくり話し、小さな幅に寝そべり、彼女の身体に足を絡ませ腕枕をして抱き寄せた。


身体が密着し、先ほどよりも温かい。温もりを身体全体で感じ取り、寝息を首筋で確認する。


もうすこしだけ、寝ていて。




→From me to you.


ようやく身体が来た。嬉しくてにやけがとまらなかった。抱き寄せてくれたおかげで寝たふりがばれずに済んだ。


息をゆっくり吐いていると、跳ね返ってくる吐息で彼の体温を感じる。


抱き寄せてもらえたことはうれしい。でももう少しだけ上に顔のポジショニングを変えたい。大好きな人の、肩のちょうどよい場所に顎を置く場所を確認した。


少しだけ位置を上へもっていき、彼の肩の周りを私の顎でピタッとくっつける場所を探したくて、顎を色々な場所に置いて確認をしてみた。


そして、ようやく安心できる場所を見つけた。身体に力が入ることのない体制で、安定して顎を置くことができている。


安心して、抱き寄せられることができる。




→From me to me.


→From me to me.


お互いの顔は、横の頬を重ね合わせている。

その様子を、自分自身が「ふり」をすることで永久的に続くと思っている。

ばれなきゃいい。

ばれるのが怖い。

今の幸せが、ずっとずっと続けば良いのに。


だが、いつまでも続くことはなく、最後はどうしても愛しい人の顔が見たい。惹かれあい、想いあっている二人は同時に薄ら目を開けた。

目が合うという感覚は不思議なもので、瞳から送られる視線が「目が合ったよ」と教えてくれるのだ。



ソファの上は大人一人分が横になるにはちょうど良い長さ。そこに、大人二人が一緒に寝そべると、長さは保てても幅は少々狭い。


そんな空間で、二人はお互いを引き寄せあった。「寝たふり」を繰り返し「寝たふり」を良いことに鑑賞しあい、温度を分かち合った。


少々大きいスペースにただ二人だけの空間を作る。

その空間は、二人だけしか見えず分かち合えないパラレルワールドの世界。決して他者が踏み込むことができない世界。




→The next morning.


→From me to you.


→From me to you.


「う・・・あっ。いつの間にか寝落ちしてた。」


土曜の朝。昨日は金曜日で仕事の疲れがたまっていたのか、気づけばスーツのまま横たわって、そのまま寝てしまっていた。


「あー・・・風呂入らなきゃ・・・うわっ」


私の腕の中で寝ている愛犬シェリーが、顔を嘗め回した。


「くすぐったいよ~。わかったわかった。散歩行こっか。」


シェリーは尻尾をパタパタと振り、とても嬉しそうだった。私は身体を起こしてジャージに着替えて長い髪を結った。


足元をまとわりつき、「はやくいこうよ!はやく!」と急かす。

なんて、愛しいのだろう。


玄関に置いてあるリードを取り、前足を潜らせて装着。

さあ、散歩に行こう。


扉を開け、シェリーが扉を我先にと出ていく。リード引っ張られ急かす姿も愛くるしい。





そしていつものように、二人で楽しい朝の散歩が始まる。






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寝たふり 誉野史 @putamu

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