第4話『裏切者は二人』

 カインは宿舎に着くなり、すぐに仲間に部隊の到着と、作戦の確認の為にスナッチを呼んで、足に伝書を結び、飛ばした。一~二刻もすると、伝書を結ったスナッチが帰ってくる。

「王子は予定通り、明日の正午に凱旋パレードを行うようだ」

 レム独自の暗号文を読み解くと、要所をかいつまんでスレヴに説明した。カールとカモシナは、作戦予定地の下見に出ている。

「それにしてもカイン。嬢ちゃんのことはいいのかい?」

「構わない、俺とはもう関係のないことだ」

「ペプルスチカナと言えば、古代の大量破壊兵器なんかもあるんじゃないのか? それを操れれば、死体の山は簡単に増やせる。百や二百をゆうに越えるだろうよ。まぁ言い伝え程度の話ではあるが」

「築く死体の山は、レムの技でないと意味がないからな。ただ殺せばいいわけじゃない」

「金塊や財宝なんかはどうだ?」

「確信のないことに手は出さない主義だ。性分と言ってもいい」

「あんな細っこい体で、この先やっていけるか不安じゃよ。記憶もなくて、世渡りは上手くやってはいるが、世間もあまり知らないようだ」

「そんなに心配なら、お前がついていけばいいだろ。返しきれない恩義があるんだから」

「それとこれとは話が別さ。それに儂の老い先短い老体では、してやれることもなかろうて。しかしな、若いお前さんは違う。あの子をみて何とも思わんのか?」

『お前の運命はお前の想像を越える、いつかその日が来る』

 まただ。カインの頭の中に響く、懐かしくも哀しい声。その声は時に厳しく叱り、時にやさしくあやしてくれた。

(俺は人生の岐路に立たされているというのか……)

 急に黙りこんだカインに、スレヴはそれ以上言葉をかけなかった。カインは黙って自室に帰ると、机に拡げた武具の手入れを念入りに行った。


「ハイミル王子の凱旋である!」

 アストミルガが長子、ハイミル王子の、一の家臣であるライザイは、沿道に詰めかけた人々に、声高に叫ぶと、騎馬に乗るハイミルに並走した。

「今回の合戦も見事我々の勝利でしたな、王子。王子の目まぐるしい成長ぶりに、私は歓喜の極みです」

「よせ、ライザイ。此度の勝利は、ダシュラムの助力があってこそだ。我らだけの手柄ではない」

 嬉々とするライザイを、冷静に抑えながらも、人々ににこやかに手を振るハイミルの風格は、くのの導き手に相応しくもあり、憂いをひた隠しにする将の面構えだった。ライザイは若かりし頃、老齢の王リンドバウムの、騎士団長を務める程の男だった。ハイミルが戦に出るようになり、王子に加勢せよとの王命を賜った。確執が出来てしまった今でも、その時の光景ははっきりと覚えている。子の成長を何より望む王だった。しかし、最近は取りつかれたように、王子への恨み言を口にする。長年仕えただけに、それがなにより哀しかった。リンドバウムの衰えとは裏腹に、ハイミルのもたらす成果は、目覚ましいものだった。領土拡張に、ダシュラムとの同盟。腐りきっていた役人と、家臣の清浄化。国民のための法の改正まで、多少強引な手も使ったが、それも皆、国のことを思ったがためだった。若き双肩に、国を背負うという重圧がのし掛かっていた。度重なる戦に、山積みになっている国務。疲れや愚痴の一言も溢さないハイミルは、王族の鏡だった。ライザイは身が粉になるまで、この人に仕えようと心に決めていた。

「ライザイ、ダシュラムの軍勢は凄まじかったな。特にあの魔物を自在に操る部隊『黒騎』。あんな部隊をこの国でも作れればな」

「流石は大国。王子のお眼鏡にも叶いましたか。確かにあれは素晴らしかった。我が国で暴れまわる魔物ではああは成りますまい」

「いや、初めは皆そこから始まるのだろう。建国以来、魔は邪に通ずるとされ疎まれてきた。しかし、そこにこそ活路はあると私は思う。父上は反対するだろうが、我が国アストミルガが、世界の地図から消えないための道は狭きものだ。今は墨を飲むしかない」

 最西の国、ダシュラム。大国との同盟を結ぶのは、容易なことじゃなかった。鉱山の採掘権から、貿易の関税撤廃。資源や利益などのほとんどは、ダシュラムの都合に合わせてきた。辛酸を舐め、苦汁を飲む決断だったが、それでも小国アストミルガが、存続するためには仕方なかった。これ以上、斉の国がちらつかせる恐怖という名の刃に、屈する訳にはいかない。じわりじわりと真綿で首を締めるように、迫ってくる脅威。共謀していると噂されるレムスタンも気になる。まずは内政と、外交を安定させ、国力をつけること、それが先決だった。

「ハイミル王子。王子の憂いは国の憂い。このライザイ、粉骨砕身の気概でお供します」

「助かるよ、ライザイ。お前ほどの将がいなかったら、私もどうなっていたことか」

 その時だった、沿道から一人の少女が隊列の前を塞いだ。

「下がれ! 王子の御前であるぞ!」

隊列に緊張が走る。

「お願いです、これを王子様に」

 後ろ手に何かを持った少女は、最敬礼と共に手に、持っているものを差し出した。持っていたのは、小さな花束だった。アストミルガの郊外でとれる、サザンサンクチュアリという野花だ。空気は張り詰めたが、ハイミルが「よい」と言い、少女の花を直接受け取ろうと、馬を降りた。

 少女が花を渡す瞬間、それが合図だった。

「行くぞ!」

 カインは、腰に着けたゴムの強度を確かめると、剣を抜き、待機していた橋の主塔から躍り出ようと、身を乗り出した。その時だった。一緒に降りるスレヴが気配を殺し、背後を取っていた。

「悪いな、カイン。あんたに恨みは無いが……!」

 狩りは、獲物を仕留めるその瞬間に、一番の隙が生まれる。その不意を突かれて、カインはスレヴに隠し持っていた小刀で、首筋を深く切りつられた。

「スレヴ……! 何!?」

 カインは空中に投げ出される。遠ざかる景色の中、見下ろすスレヴの声がやけに聞こえる。

「領主との命令でな。約束はお前の命と引き換えじゃ」

「くそぉぉぉぉぉ!」

 不意を突かれ、裏切られた精神的ショックは計り知れなかったが、降下していく僅かな間に、思考を巡らせなくてはいけない。

―――ゴムは伸びきる前に断ち切られるだろう、風の加護の魔法で地面に落ちる衝撃を殺す……!

 案の定、ゴムは落ちる途中でカールに切られた。カインは地面にぶつかる瞬間、風の加護の魔法を使い、衝撃波を作った。沿道にいた人だかりを吹き飛ばし、カインは辛くも着地する。

「何者だ!?」

 異変に気づいた騎士団が、カインを取り囲む。カインは残る力でそれを吹き飛ばすと、橋の下に飛び降りた。

「矢だ! 必ず仕留めるんだ!」

 放たれた矢を体に受け、カインは川に射落とされた。


「何だか騒がしいな」

 塩の買い付けが終わり、サテラは宿屋で、取引でまとめた帳簿に目を通していると、外の喧騒が気になった。ふと、窓の外へと視線をやる。すると部屋の真下に流れる川の縁に、カインが流れ着いていた。慌てて階段を降り、カインの元へとサテラは駆けた。

「何、何があったの!? カインさんしっかり!」

 意識はない。体には何本もの弓矢が刺さり、首からおびただしい出血をしていて、脈も弱い。すぐに矢を抜き、光の加護の魔法をカインに施す。傷は塞がったが、流れ出た血液は戻すことは出来ない。水に浸かる冷えきった身体を、引きずってあげると、さっきまで遠くだった喧騒が、近づいてくる。急いで光の屈折の魔法で、カインを覆った。階段から、甲冑が擦れる音が聞こえる。

「女、男を見なかったか!? 仮面を着けて、体に矢を受けた男だ!」

「いいえ、外が騒がしいので、様子をみてくるように、宿屋の主人に言われて来ただけです。何があったんですか?」

「凱旋された王子を狙った不貞の輩がでた。単独でのことだったので、捨て身の暗殺の可能性が高い」

「そうですか、こっちにはそんな人は見ていません」

「もっと下流に流されたか……まぁあの傷だ、見つかるのも時間の問題だろう」

 兵士はそう言ってその場を後にした。

「ゴホッゴホッ」

 兵士が去ったタイミングで、カインが意識を取り戻した。水を呑んでいたらしく、口から咳と共に吐き出していた。

「カインさん!」

 肌は青白く生気がない。サテラは着ていたポンチョを脱ぎカインの上にかけた。

「……お前か」

「カインさん良かった、気がついて。さっき兵士の人から聞きました。皆さんの仕事は、ハイミル王子の暗殺だったんですね」

「だが裏切られた。カールもスレヴも俺を……多分レムを嵌めるための罠だったんだ」

「そんな。皆あんなに楽しそうにしていたのに」

「俺のことはいい、早くお前も逃げろ。いずれ奴等もここに来るだろう」

「……カインさん立てますか? 近くに下水管が走っています。ひとまずそこに隠れましょう」

「馬鹿! お前には関係のないことだ、白を切ればいい。俺に構うな!」

 サテラは首を振る。

「関係なくありません。それにこんなに弱りきった人を放ってもおけません。さぁ行きますよ」

 サテラはカインに肩を貸すと這うように下水管に向かった。


「おかしい、嬢ちゃんの姿がねぇ。もしかしたらカインの近くにいるかもしれない」

 サテラが泊まる予定の宿に、作戦から無事離脱してきたスレヴ、カール、カモシナがいた。カインが流れ着いた岸辺で三人は話していた。

「傷は深い、あとの捜索は兵に任せればいい」

カールが辺りを気にしながら言った。

「いや、実を言うとあの嬢ちゃんちょっと訳ありなんだ」

神妙な顔をしてスレヴが二人に言う。

「というと?」

「あの嬢ちゃんの正体は、ただの旅人じゃない。天空の地、ペプルスチカナから来た天人なんじゃよ」

「何!? それは本当か? だとしたら王子暗殺なんかより大事件だぞ」

「あの娘はバルターズ討伐の際に受けた、儂の太刀傷を見事に治してみせた。魔法には詳しくないが、カインの言う話じゃ光の加護ってもんらしい。まぁ命を救ってくれた恩義は感じてはいるが、カインと共に逃げたんなら話は別じゃ」

「しかし俺たちが街を彷徨くわけもいくまい」

と、カモシナ。続いてカールが、

「一旦引いて状況を建て直すぞ。……とその前にスレヴ今回の働きご苦労だったな。アルトシアサ様にはこの活躍大いに伝えよう」

と、スレヴに向き直って言った。

「儂は約束した通り、普通の生活を取り戻したいだけじゃ」

「悪いがそうはならないんだよ、お前はここで死ぬ」

カールとカモシナはすらりと剣を抜いた。

「なんじゃと、話が違ッ……!?」

 表情に影を落とした二人に、スレヴは切り捨てられた。

「なんのために隊長各が二人もいると思った、馬鹿な奴め」

「くそぅ……」

恨みがましい声を上げたスレヴに、カールは唾を吐きかけると、躯を川に流した。

(スレヴさん……)

 サテラは、下水道の入り口でそのすべてを見ていた。あの後、カインを入り組んだ下水管の奥に連れていった。カインが、「まずは落ち着いて有事に備える」と、自分の血を補充するために、食べるものを持ってくるようにサテラに言い、ちょうど宿に戻ったところだった。念のため屈折の魔法を使っていて良かった。カールとカモシナは、事が万事思った通りに運んでいて、意気揚々だった。

「しかし、作戦の成功と、良い土産話が出来たな。これでアストミルガの矛先は、王子暗殺を企てたレム一族に向くだろう、さぁ戦争が始まるぞ」

(大変だ…このことをカインさんに伝えないと……でもその前に)

 サテラは、流されたスレヴに泳いで追い付き、治癒魔法を施した。


「……ここは?」

 スレヴは目を覚ますと、生臭い水の流れる下水管にいた。

「気がついたか」

「カイン!? やはり生きておったか!」

 スレヴは、手探りで武器を探すが、強烈な目眩に襲われた。

「……くっ何故殺さん」

「それはアイツに聞いてくれ」

 カインは視線を向けると、サテラが奥から、何か荷物をたくさん持って寄ってきた。

「あ、スレヴさん気がついたんですね! 良かった、傷が深かったからもう間に合わないかと思いました」

「……また嬢ちゃんに助けられたのかい。ったく自分が不甲斐ない」

 サテラは、持ってきた荷物を、乾いた地面に拡げる。瓶に入ったきれいな水と、焼いた豚肉と野菜を巻いたガレット、熟れた果物まであった。

「食べてください、二人とも出血が酷かったですから。食べて力をつけてください」

「嬢ちゃん、コイツは頂けねぇ。儂は自らの欲望からカインを裏切り、嬢ちゃんを奴等に売った。この罪には罰が必要じゃ」

 項垂れるスレヴ。沈黙が流れる。

「二度も拾った命だ、それだけでわかるんじゃないのか?」

 声をかけたのは、意外にもカインだった。

「俺は、サテラがお前を連れてきた時、殺すと言ったんだ。だがお前を殺させるために俺を救ったわけじゃないと言われてしまってな。殺すことしか能のないレムはほとほと困っていたんだ。ま、俺もお前も得物がないんじゃ何を言われても仕方がないのだがな」

 ガレットをパクつくカインは皮肉を言いつつ、どこか諦歓していた。

「天下のレム一族がそれでいいのか?」

「俺もコイツに救われた。それに言っただろ得物がない」

「カインさんそれじゃ約束が違うんじゃないですか?」

「わかった、復唱するよ。命を救われた借りは、旅を同行して果たす。その際に人を殺してはいけない」

「それだけじゃないでしょう?」

「あぁ、お前のことはちゃんとサテラと呼ぶこと。これでいいかサテラ」

「はい!」

「……儂はどうすれば良いんじゃ、お前さん方、二人を裏切った儂は……カールとカモシナは儂を殺したと思っているし、初めから儂も裏切る心づもりじゃった。姪の話だってどこまで本当か」

「だったら私の旅についてきてはくれませんか? 長い旅になると思います。連れ添うなら、気心が知れている人の方が心強いです」

 サテラの慈愛に満ちた声に、スレヴは涙を流した。

「誓おう、儂の生涯をかけて君に尽くすよ」

「決まりだな、ここも安全じゃない。食事が済み次第、離れるぞ」

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ペイルスター 柳 真佐域 @yanagimasaiki

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