#50 告白のアフターマス
ただし彼女は、ひとことも「好き」とかそれに類した言葉を使わずに、巧みに自分の好意を伝えてきたのだった。
普段の僕ならおそらく見逃し、聞き逃してしまうようなサインだったし、今回も気づかない可能性だってあったぐらいだ。
僕は名越の言葉の意図を察知したものの、それに直接ふれるような発言はやめておこうと考えた。
うかつな反応をして、不用意に墓穴を掘るのはまっぴら御免だからな。
ただ、何も返事をしないのもどうかと思ったので、とりあえず僕はこう返した。
「うん、そういうものかもな。
ひとつだけに絞るってホント難しいよな、志望学科とか第2外国語とか。アハハ…」
これには特に答えはなく、名越はかすかに笑みを浮かべていただけだった。
スベったかも。うぅ、なんとなく気まずい。
ええと、話題を変えねば。
僕は自分の腕時計を見て、1時まであと4、5分であることを確認し、名越にこう言った。
「そろそろ、時間だね。
じゃあ、そのお客さんの件は、よしなにお願いするわ」
「うん、わかった。後でメールで報告するね。
念のため、教えて。そのお客さんってなんてかた、モブくん?」
「あぁ、彼女の名前、言ってなかったね。
本名かどうかはわからないけど、以前彼女が別のお客さんを連れてきて打ち合わせをしたことがあって、その時は彼女が領収書をもらったんだった。
彼女が『宛名は平仮名の“いぬやま”でお願いします』と言ったことから、以後彼女のことは、スタッフ仲間ではいぬやまさんって呼ぶようになったよ。
もしかしたら、苗字でなくて店名、あるいは社名かもしれないけどね」
「わかった。いぬやまさんか。八犬伝の登場人物みたいな名前だね」
「そういやそうだね。名越さんに言われて、初めて気づいたよ」
僕と名越は、軽く笑い合った。
名越は、支払いのため手元の財布から千円札を取り出しながら、僕を向いてこう言った。
「午後はおたがい別々の授業、モブくんはそこから女子高生のお相手だったよね。頑張ってね」
何を頑張るのかはよくわからないけど、励ましの言葉をもらったので僕は「あぁ」とだけ答えて、残っていたコーヒーを一気に飲み干したのだった。
⌘ ⌘ ⌘
午後の授業が終わった後も、僕はしばらく教室に残ってボーッとしていた。
数時間前の、ランチでの記憶を反芻していた。
名越彩美は、僕にとても興味を持っている。
それはたぶん、間違いない。
先週イベントに一緒に行こうと誘ってきたのも、かつて僕が所属していたサークルの会誌を読みたいと言ってきたのも、その如実な現われなんだろう。
ただの社交辞令じゃない、僕への強い興味に基づいたアプローチ。
昨日までの僕なら、それを単なる勘違い、思い過ごしだと笑い飛ばしていたかもしれないが、今となってはそうは思わない。
そして、僕自身は彼女のことをどう思っているのだろう。
名越はたしかに魅力的な子だ。多くの男性の気を引くような容姿を持っている。
猫に似たちょっとコケティッシュな顔立ちと、豊満と言ってもいい身体つき。
そして、何より気さくでフレンドリーな性格。頭の回転も速い。
それゆえに同級の男子学生たちからは、「どうせオトコがいるに決まっているさ」と思われ、本人はそのつもりはないのに「敷居の高いオンナ」あるいは「ビッチ」と見られ、敬遠されている。
特定の彼氏は、いないようなのに。
(もっとも本人申告なので、真偽のほどは定かでないけどな)
もともとは地方で生真面目な高校生活を送って来た優等生が大学でようやくデビューを果たしたのが、真実の彼女なのに。
こんな意外な素顔を持った彼女が株で言うなら「買い」なのは、今こそが買い時なのは、間違いないだろう。
ましてや、彼女が自分に少しでも好意のような感情を持っているのならば、なおさらのことだ。
とはいえ、彼女自身、ひとりの男性にターゲットを絞り切るまでにはいたっていない。
いやそれどころか、ひとりの男性ときちんと付き合ったことさえないのかもしれない。
「モテそうに見える」と「モテる」との間には、信じられないくらいの違いがある。
見た目の彼女と、本当の彼女の隔たりがあまりに大きいが故に、名越の抱える悩みは計り知れないように見えた。
僕はこれから、そんな名越とどう関わっていけばいいんだろう。
男性である僕の方からリードしていくのが、正解なのか。
いやいや、それは僕のような後ろ向きの性格の人間には高すぎるハードルだ。
それでは、積極的な名越にリードされるがままがいいのか?
いやそれもどうかと思う。「物足りないオトコ」と思われ、すぐに見切りをつけられるのがオチのような……。
経験値不足の自分にはとても解けそうもない難問に、僕は途方に暮れるのだった。
ふと気がつくと、さっきまでは
「あ、次の授業が始まっちまうんだ。
そろそろ、ここを出ないとな」
ようやく重い腰を上げて、僕は教室を退出したのだった。
いつものように、大学の近くの書店で本を立ち読みをして時間を潰した後は、僕は地下鉄の駅へと向かった。
4時少し前、僕は
学校から帰って間もないのか、制服姿のままの
「いらっしゃいませ、モブ先生。2日ぶり」
そう挨拶する詩乃の、いつも無表情に見える顔が少しほころんだ、ような気がした。
「あら先生、さっき女性から告白されてきたみたいなお顔をしてるわね」
ドキッ!!
いや、絶対トラップというか当てずっぽうで言ってるに過ぎないだろうけど、図星で当てられると心臓に来るわ。落ち着け、自分。
「はいはい、正解正解。きょうもひとり、告られちゃってね。
図星過ぎて、返す言葉もないよ」
あえて全肯定でガードを固める僕。
「まぁ、やっぱりそうなのね。
先生の挙動がいつもより10割増しで不審なので、そう睨んだんだけど図星とはね。
それにしても、返しが雑過ぎないかしら、先生。
もう少し、きめの細かいリアクションが出来ないものなの?」
「返しにダメ出しされた?!」
「せっかくズバリ当てて差し上げたのですから、わたしへのご褒美として、その
そう来るか。うかつに引っかけ問題に答えると、ロクなもんじゃないな。予想を上回るトラップが待っているって仕組みか。
まぁ、こういう時はあまりシブらずに、ほどほどの情報開示をするのが吉だ。
半分まではディスクローズし、半分は隠す。そんな感じだ。
「相手はクラスメートだよ。でも告白というほど、ストレートなものじゃない。“さぐり“を入れられたってところだ。
ちょっとプライベートなことを聞かれて、そのうち一緒に飲みに行こうか、なんて話になっただけ」
今回のケース、あながち間違いじゃないだろ、この説明で。
「ということは、お相手の方も成人なんですね。
未成年のわたしには想像もつかないアダルティーな世界だわ。
で、どうなんですか、モブ先生自身のお気持ちは?
告白されて天国の気分? それとも大迷惑?」
なんか芸能レポーターみたいな軽薄なノリになってないか、詩乃さんよ。
それでも一応、マジレスしてやることにする僕。
「どっちでもないさ。そのひとと僕が果たして合うかどうか、付き合ってもいないのに分かりゃしないからな」
すると、オーバーアクションで驚く(フリをする)詩乃。
「まぁ、大胆! 実際に身体を重ね合わせてみないと、男女の相性など分からないということですね!」
「勝手に拡大解釈すんな。とにかくそのひとと僕は、まだただのクラスメートに過ぎないし、付き合いが始まるかどうかも、まったくもって未知数なんだから」
「と、いうことは……もしかして……先生には、そのかた以外に意中の女性がいるということなのでしょうか?!
そ、それはもしかして、わたしの対抗馬のJKさん?」
「なんでそうなる?!」
あと対抗馬って、どういう表現だよ。
こちらのJKの恋愛脳にも困ったものである。いちいち付き合っていたら、身がもたない。
「さ、お遊びの時間はこれまで!
部屋で授業を開始するぞ!!」
ついには詩乃の腕を引っ張って勉強部屋まで強行突破、業務に着手する家庭教師モブ・ヨシトだった。
「さて詩乃くん。忘れていないと思うが、学生の本文は勉強だ。
そして僕の本文は、家庭教師。
きょうも10時まで、本気で指導するぞぉ〜っ!!」
「先生、わたしは勉強は十分足りてるんです。
そんなマジになられても!!」
モブ先生の親身の指導は、今宵も熱ーく続くのだった。
(第一章・完)
⌘ ⌘ ⌘
皆さん、いつも「LOVE & LEARN ー教えてモブ先生ー」をご愛読いただき、ありがとうございます。
おかげさまで今回、めでたく50話目を迎えることとなりました。
ついに名越彩美がモブの彼女候補として名乗りを上げました。
他にも詩乃、姫子、みつ子、深雪、穂花(さらにはいぬやまも?)とヒロインズが勢揃い。
モブの(意外と?)華やかな日常は、これからも続きますが、今回を持ちまして第一章とし、第二章の準備のため連載をしばらくお休みさせていただきます。
そのうち、また読者の皆さまのもとへ新たなストーリーをお届けしたいと思っておりますので、楽しみにお待ちください。
なにとぞよろしくお願いいたします。さとみ・はやお拝
LOVE & LEARN ー教えてモブ先生ー さとみ・はやお @hayao_satomi
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