13.神社

「へぇ……」


 それなりの段数を持つ石階段を登り、年季を感じさせる石造りの鳥居をくぐった先に広がっていた光景は、小原おはらが思っていたよりも少しだけ簡素で、そして大分綺麗なものだった。


 かつてここが、神社として機能していたころのことは知らないが、島民全員が顔見知りのような島にある神社だ。恐らくはそこまでごったがえすという事も無かったのだろう。


中央には柱や壁が赤基調に塗られた拝殿。左右にはそれぞれ、かつては社務所や、古札所だったとも思わしき建物が存在し、その少し手前には小さな手水舎が備え付けられている。規模は小さいながらも立派に神社としての役割を持っていたことが伝わってくる光景だった。


 執見あざみは敷地内をうろうろしながら、


「相変わらず全然劣化してないねー……」


 白亜はくあがぽつりと、


「そう……ですね」


 小原も辺りを見渡して、


「確かに綺麗だけど……これ、廃社、だっけ。してから、どれくらい経ってるの?」

「少なくとも十年以上は経っているはずです」


「十年」


 改めて建物を観察する。確かに、かつて神社だったそれは、凡そ新築感は無いし、ところどころ塗装がはがれているもの確認できる。ただ、それらの劣化はほぼすべて、神社自体に歴史があったからという一言で回収可能なレベルにも見える。


白亜が言うには、島民が交代で維持、管理をしていたものの、誰が来ても常に綺麗な状態が保たれていたというのだ。そんな事が本当にあり得るのだろうか。


「これは俺の勝手な想像なんだけどさ」


「はい」


「表立って言わないだけで、誰かがひっそりと綺麗にしてる……ってのはないの?」

「私も最初はそう思いました。なので……聞き取り調査は念入りに行いました。誰かが嘘をついているのではないかと……ですが、調査を進めていくうちに……誰も嘘をついていないことが分かりました……」


白亜はゆっくりと拝殿に向けて歩みを進め、


「ですから、一つの実験をしたんです……」


「実験?」


 小原もその後をついていく。やがて彼女はお賽銭箱の前で立ち止まり。


「私がした実験は単純なものです。このお賽銭箱に……一枚の小銭を入れておくだけ。本来、お賽銭というものは……回収する人がいなければ、そのまま残り続けるはずのものです……それを入れておけば」


「……何かが起こるかもしれない、ってことか」


 白亜が縦に頷く。


「で、結果は?」


「無くなっていました。私の入れた小銭が」


「一応聞くけどさ。誰かが持って行っちゃったって可能性はないの?」


「無い……とまでは言えませんが、可能性は低いと思います。実験をするにあたって……島の皆さんには、敷地内に入らないことを約束していただきましたし……どんな実験をするかも伝えていません。どこで実験をやるのかと問われたので、分かりやすい場所とだけ答えておきましたので……お賽銭箱をこじ開けて小銭を取り出してまで実験の邪魔をするとはあまり考えられないと思います」


 お賽銭箱に入っていた小銭が消滅する。


 そんなことがあり得るのだろうか。


 夢やロマンといったことを全て取っ払って可能性を考えるのであれば、島民がグルとなって邪魔をしにかかった可能性は考えられるだろう。


 ただ、それでも、白亜がどこで、どんな実験をしているのかについての情報が決定的に不足している。


 彼女は自らの実験について「分かりやすい場所で行う」とだけ伝えていたらしい。その表現で、いの一番にお賽銭箱を思い浮かべる人間は、恐らくいない。大体は拝殿や、手水舎といった、敷地内に入ってまず目に着く場所を思い浮かべるはずである。


 加えて、お賽銭箱というのは基本的に鍵がかかるようになっている。彼女が実験の為に投入した小銭程度であればいざ知らず、数多くの参拝者が投入したお賽銭の額となればそれなりのものだろうし、不用心にしていれば盗難の危険性が無い訳ではない。


 週に一回しか船の来ない離島でそんなことをする人間がいるかはさておいて、万難を排する為に鍵がかけられるようになっているのが普通である。正面から見た限りでは見当たらないが、彼女の「こじ開ける」という言葉を考えればどこかに鍵穴があるのだろう。そして、


「多分、なんだけどさ。このお賽銭箱の鍵って」


 白亜が柔らかく微笑み、


「恐らく……想像の通りです。普段は紅葉くれはさんが持っているのですが、その実験の際は……別の人に管理してもらっていました。だから、鍵を使ってお賽銭箱を開けることが出来たのはその方だけです。ちなみに……実験が終わった後、その方のお財布を確認させていただいたのですが……私の入れた小銭は入っていませんでした。当然……どこかで使ったということも無かったようです」


「入ってなかった……ってことは、細工がしてあったの?」


「ええ。二、三。細工をした本人以外は気が付きにくいものですが。例えば硬貨の淵にあるギザギザを一部だけ削ったり、とか」


「そこまでしたのか……」


「念には念を入れて……です。ですが、そのお陰で、この神社は誰も手を加えていなくても、何かの力が働いていると確信することが出来たのです」


 語り終えた白亜はこほっとせき込む。


「大丈夫?」


「すみません……こんなに話す機会があまり無いもので」


 執見が間からにゅっと顔を出し、


「白亜は昔から喋らないからねー」


「うおっ。急に出てきたな」


 執見は口をとがらせ、


「何、その反応。傷つくんですけど」


「いや、こういう反応になるだろ。どこ行ってたんだよ、今まで」


「んー……中をちょっと、ね」


「なんじゃそりゃ」


「白亜の言う通り、この社殿は全然劣化していかないみたいだけど、それでも気になるじゃん。汚れてないかなとか」


 小原は疑いの眼で、


「ホントかぁ……?」


 執見と出会ってからまだ日も浅いが、小原には、彼女がそんなことをする人間だとは到底思えなかった。綺麗にしておくというよりも、どちらかといえば、


「汚す専門?」


「こら、やめなさい人の心を読むのは」


「やめなさいはこっちの台詞だよ。なに、汚す専門って。人を害虫かなにかみたいに」


「その点白亜は綺麗にする専門っぽいよな」


「だから無視するのは、」


 瞬間。


「……っ!?」


 白亜がびくりとなる。


「白亜……?」


 小原が呼びかける。しかし、そんな声はまるで聞こえていないかのように、しかし全神経を尖らせるようにして、周囲を見渡していく。


「白亜―?」


 やはり呼びかけには答えない。白亜はただただ警戒し続ける。


 やがて、風が吹き始める。そよ風というよりは突き刺さるような冷風だ。どこかで獣の泣き声がする。小原が、


「なあ。この辺ってなんかこう、やばい生き物とかいたりするのか?」


 執見が首を小さく横に振り、


「ううん……そんなことないと思う。いたとしても猫くらいだと……思うんだけど」


 二人して周りを見渡す。先ほどよりも更に風が強くなっているような気がする。獣の泣き声は決して途切れることがない。


 白亜が絞り出すような声で、


「……帰りましょう。これ以上ここに留まるのは良くないかと……思います」


「あ、ああ。そうだな」


 突然のことで小原は大した反応も出来ない。白亜に漂う緊張感は変わらないが、雰囲気や喋り方そのものは先ほどまでの白亜そのものだ。


「帰ろ。なんか、怖い感じだし」


 怖い感じ、と執見は言う。その表現はあながち間違っていない気がする。先ほどまではニュートラルだった場所が、一気に敵地に変わってしまったかのような雰囲気がここにはあった。


 三人は急ぎ、敷地内を後にする。その間、けたたましい獣の声と、拒絶すら感じさせる風は、最後までやむことがなかった。

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飛べない翼、散らない桜 蒼風 @soufu3414

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