12.伝承
「風介さんは……神社の名前をどう教わりました?」
神社への道すがら、
「えっと確か……
「……そう。この坂の上にある神社は多くの場合「えびすじんじゃ」と読みます」
「え、違うの?」
「違うらしいよ。ね、白亜?」
「はい……と、言っても、なにも「えびす」という呼び方そのものが間違っているというわけではありません……本州には実際に、「蛭子」と書いて「えびす」と読ませる神社が存在しています……ただ、ここ桜生島に存在した神社は……同じ漢字でも読み方は「ひるこじんじゃ」だったという可能性が高いのです」
「ひるこじんじゃ?」
「はい」
「その読み方の違いって、どういう意味があるの?」
「それはですね……」
暫くの間があき、
「風介さんは……歴史、お好きですか?」
「歴史?」
小原は少しだけ考え、
「好き……っちゃあ好きだけど、詳しくはないって感じかな」
「……そうですか」
一つ咳払い。
「日本神話などを扱った『古事記』では、国産みの際にイザナギノミコトとイザナミノミコトとの間に……最初に生まれたのが「ヒルコ神」だと言われているのです」
「え、じゃあ、それを奉った神社だった……ってこと?」
「そうです。少なくとも……ここ桜生島の
「ちなみに、そのヒルコ神ってどんな神様なの?」
「……ヒルコ神はイザナギとイザナミによって最初に産み落とされたのですが……不具の子だったため……海に流されてしまいました」
「え、自分の子供なのに?」
「ええ……そんな流されたヒルコ神がどうなったのかということについて日本神話は言及していないのですが……日本各地には……ヒルコ神が流れ着いたという類の伝承が残っているのです……」
「もしかして……その一つがこの先にある神社ってこと?」
「そういう……ことになります」
「はぁー……」
ずっと無言でついてきていた執見が、
「そういえばさ、なんかもう一人?神様がいるんじゃなかったっけ?」
小原は後ろを振り向きながら、
「え、何の?まつられてる神様?」
執見はぶんぶんと手を振って否定し、
「ううん、そうじゃなくて。そのヒルコ神?みたいに流されちゃった神様」
「え、まだいるの?流された神様」
「うん、確か。だよね、白亜?」
長めの沈黙の末、
「……アハシマ」
「アハシマ?」
「はい……ヒルコ神の後に生まれたと言われている神で、ヒルコ神同様に不具の子であったため流されてしまった神様で……現在全国各地に存在している淡島神社の祭神である淡島神であるとも言われている神様です」
執見が再び後ろから、
「その神様を奉った神社があったのが、えーっと……」
「淡島……です」
白亜が助け舟を出す。
「そうそう。それそれ」
小原が、
「それって静岡にあるのとは……」
「全くの別物です……淡島は……ここ桜生島と連なるように存在していたのですが……既に沈んでしまったもの……です」
「沈んだ……ってなんで?」
「伝承では「一夜にして消滅した」とされていますが、現代の研究では大津波によって亀津的な打撃を受けてしまい、それが原因で住民がいなくなってしまったとするのが一般的となっています……ちなみに、淡島は……この桜生島よりもかなり標高が低かったらしく……消滅してしまった原因は……海面上昇ではないかと言われています」
「ってことは、今もその名残があるってこと?」
白亜は「ふふっ」と笑い、
「ご名答……です。この島から少し離れたところに、水深が異様に浅い場所があるんですよ」
「それが、かつての淡島」
「だと、考えられています」
「はぁ~……」
感心。
なんとも歴史を感じる話だ。
小原は素直に、
「いや、凄いな……それ、一人で調べたの?」
「一応……途中からは、専門家の方に力を貸してもらいましたけど……」
「それでも凄いよ……俺、自由研究なんて夏休みの最後の方にでっちあげてたもん」
執見が責めるような口調で、
「あーいけないんだ。もっと真面目にやらないと駄目だよ、真面目に」
「……ちなみに、そういうさくらの自由研究は何だったんだ?」
「~~♪」
呼吸以上口笛未満の音が聞こえる。振り返ると、明後日の方向を向いて、後ろに手を組んで口笛を吹こうとするさくらがいた。
白亜は笑って、
「でも……さくらちゃんの自由研究も面白かったよ?」
「そうなのか?」
「ええ。なんだったかな……確か、そう紅葉さんの生態研」
「そろそろつくんじゃないかな!ほら!あそこあそこ!」
誤魔化しにかかる執見。ただ、その言は嘘でも何でもなく、
「あ、そうだね……風介さん……あそこにちらっと見えるのが……
そう言われて小原も視線の先を確認する。木々に覆われてハッキリとは見えないが、その間から建物の姿が確認できた。
「ほら、いこいこ!」
これで完全に話題が逸らせると思ったのか、執見が勢いよく坂を駆け上がる。小原と白亜はお互い顔を見合わせて苦笑し、ゆっくりとその後をついていく。
やがて草木一色だった視界に一つの建物と、そこに繋がる石階段が現れる。
「この
小原は改めて建物と階段を眺め、
「確かに……暫く使われてないんだよね?」
「ええ」
「それじゃまた何で?誰かが管理しているとか?」
「この島の皆さんはそう考えていたみたいです」
「考えていたみたい……ってどういうこと?」
「そのままの意味です。この神社は廃社にした当初、解体する予定だったそうなんです。もちろん、正規の手順を経て」
間。
「ところが、そんな話が進んでいくと、関わっている人が体調を崩したり、事故にあったりということが頻発します。その中でも一番有名なのは、解体を任されるはずだった会社の、健康体そのものだった社長さんが、突然亡くなってしまったこと……でしょうか」
さらに間。
「そんなことが相次いだこともあって、神社としての機能は停止するけれど、この社殿そのものは維持するという話になりました。結果として、島の人々が交代制で、ここの整備を受け持つことになっていたのです。その交代制の整備は現在も続いているのですが、ここ最近一つのことが分かってきたのです」
「それは……?」
「不自然に劣化しないのです」
「劣化しない……」
「はい……通常、この手の建物は木造ですし、造営されてからの年数も経っています。それこそ経年による劣化があってもおかしくはない……それがこの
劣化しない社殿。
そんな話があり得るのだろうか。
小原は改めて石階段と、その上にある鳥居、更にはその奥の社殿を俯瞰する。歴史ある建造物ということもあって、流石に古めかしさは感じるが、確かに殆ど手入れをされていないようには見えない。それこそ廃社から殆ど時間が経過していないような、
「おーい!早く来なよ!」
鳥居の奥から、執見の声がする。一人先行していたのを完全に忘れていた。小原が、
「今行く!」
そう呼びかけ、
「んじゃ、いきますかね」
「はい」
白亜は目を細めて微笑む。さわさわと木々が揺れる。島の沿岸部とは違い、日の光は殆ど入ってこない。どこかで木の枝がぱきりと折れる。かつての神域に、ゆっくりと足を踏み入れる。
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