68:せっかく側近候補と友人になれたのだから絶対に独りにさせない
桜とローズはあれから医務室で保護されることになった。桜の方は治癒魔法の反動で目を覚まさないだけらしいので、数日休んでいれば目を覚ますらしい。
問題はローズの方だ。ローズが倒れたのは原因不明。ローズの胸元には黒い蔓のようなものが浮き上がっており、学園にいる先生達ですらそれがなんの蔓なのか分からず、現在調査中である。このことはリリスやレックスと協力して俺達自身でも調べていくつもりだ。邪魔になるだけかもしれないけれど、何もしないわけにもいかない。ローズは俺達の大切な仲間なんだから。
「桜。俺、ちょっと行ってくるな」
いつもうるさい桜が静かなのは、調子が狂う。だから、早くいつもみたいに無邪気な笑顔を見せてくれよ。
そう心の中で呟きながら、俺は眠っている桜の髪を撫でた。隣に座っているリリスを見る。彼女も桜がこんな状態になってからずっと眠っていないようだ。それに俺の知らないところで泣いてるのだろうか。目元も赤い。君にも苦労をかけるな、リリス。
「リリス。桜とローズのことをお願いな」
「分かりましたわ」
小さく頷くリリス。俺は「ありがとう。桜の傍に君がいてくれてよかった」と言い残して医務室を出た。
医務室の外にはレックスが待っている。レックスはただでさえ桜を心配してどうしようもないリリスに余計な気を遣わせたくないと医務室に入らなかった。
その後、俺達はある場所に
そしてその中のある牢屋の前で、俺は足を止めた。
「──オディオ先輩」
「…………」
オディオは牢の隅で丸まり、こちらに背を向け、死んでいるかのように動かなかった。看守によるとずっと飲食を拒否しているらしい。
レックスが鉄格子を掴む。
「オディオ。尋問官に何も話していないようだな。何か話せ。弁明の一つや二つあるだろう」
オディオは返事をしなかった。
「
「…………、」
「すまない。お前をそこまで追い詰めてしまったのは余のせいだ」
オディオが思わず振り向く。鉄格子越しに頭を下げるレックスに目を見開いていた。
「なにを、言っているのですか……」
久しぶりに聞いたオディオの声は、嗄れていた。
「お前は追い詰められたりしない限り、悪魔に手を出すような人間ではない。そこまでの状況に、余がお前を追い詰めた」
「ッ!! 違う!! 僕が、貴方が思っているほど、優秀な人間ではなかっただけだ……!」
唇を噛み締め、またこちらに背を向けるオディオ。そのまま俺の名前を呼ぶ。
「レン。貴方だって僕に言いたいことがあるだろう。僕は君の妹を傷つけた。僕が憎いはずだ!」
「……確かに。そのことに関して、怒っていないといえば正直嘘になります」
「ッ、そうだろう!? それならばすぐに殿下を連れてここを出ていけ。もう二度とこんな罪人の前に現れるな!」
「──でも、今の貴方を独りにすることはできない」
オディオの背中が揺れる。
俺はポケットから一人の妖精を呼び出した。それは──水の妖精、マリンである。
「この子は、オディオ先輩の相棒だったんでしょう? どうしてこの子と先輩が離れ離れになっているのかは分からない。マリンにも何も話せない呪いがかかってると桜から聞いてます」
「…………」
「実はここに来る前、あるところに寄り道をしたんです。オディオ先輩の実家ですよ」
「ッ!」
そう。俺とレックスはここに来る前にオディオの実家に寄った。オディオが人喰い鬼として拘束され、領地に謹慎となっているご両親の話を聞くために。
そこで、オディオのお母さんであるアテナさんが、涙を流しながらも、こう言っていた。
──『あの子は、独りなんです。あの子は八年前、姉を亡くしています。しかも目の前で。姉だけじゃない、ずっと兄のように慕っていた人もです。そのことが原因で、あの子は……』
「──反魔族派の貴族達を心から憎んでいると。だから悪魔にそそのかされたんだろうと言っていました。あとはオディオ先輩自身から聞いてほしいとおっしゃっていたので詳しくは知りませんが……」
俺も鉄格子を握り締め、オディオを真っ直ぐ見つめる。
貴方は独りじゃない。そう伝えたかった。
「オディオ先輩。無理に話してくれとは言わない。言いたくないなら言わなくていい。だけど、俺やレックス殿下から距離をとろうとしないでください。独りになろうと、しないでください」
「ははっ、何を言ってるんだ。僕は、犯罪者だぞ……。犯罪者の傍にいたいだなんて、狂ってる!」
「何度も言っているが、お前は自ら罪を犯すような人間ではない。悪魔とは、人間の心の弱さに漬け込むものだ。誰にだって触れられたくない感情や過去がある。……余だって、そうだった」
レックスが、鉄格子に額を当て、目を瞑る。何かを思い出しているかのようだ。
「だが、余はレンのおかげで変わることができた。人というのはどんなに暗いものを背負っていたとしても、誰かが傍にいてくれさえすれば、前を向ける。それを学んだ。だから今度は余がお前を孤独にはさせない。お前が前を向けるその時まで傍にいよう」
「どうして、そんな……ッ! 僕は、殿下の期待を、裏切って、」
「その答えも何回も言っている。余の側近はオディオ・アゴニー・ヘイトリッド、お前しかいない。幼い頃から余を支えてくれたお前しかな。お前がどんなものを抱えていようが、余の心は変わらない」
オディオが震えながら、その場で泣き崩れた。こいつら、幼い頃から一緒なのか。レックスの強い言葉にはオディオへの信頼で溢れていた。……少しだけ、疎外感を覚えてしまったのは気づかないフリをしておこう。
しばらくすると、冷静さを取り戻したのか、オディオがようやくこちらに振り向いてくれた。気まずそうに目を逸らしながらも、俺達の手が届く距離まで近づいてくれる。久々に見たオディオは少し痩せており、髪にも艶がなかった。だけど、ようやくこちらを向いてくれたオディオに思わず笑みがこぼれる。
「僕にはずっと忘れられない記憶があります。その記憶に囚われていると言ってもいい。二人には、それを知ってほしいと思いました……」
「ッ! ああ、勿論だ」
オディオの言葉にレックスも嬉しそうだった。俺だって同じだ。ようやくオディオが俺達を頼ってくれるようになったんだ。嬉しくないわけがないだろう。
そうして、オディオはゆっくりと鉄格子越しに話してくれた。
八年前に起きた、とある事件のことを……。
***
オディオ・アゴニー・ヘイトリッドには九歳年上の姉、ステラがいた。
母・アテナによく似ている美しい彼女は歳が離れていることもあってオディオをたいそう可愛がった。幼いオディオも姉のことが大好きだった。
そんな平和なある日のこと。一人の男が、ヘイトリッド領に迷い込んできた。
「オディオ、こっちに来なさい!」
ステラとオディオが二人で遊んでいた時、傷だらけの青年を見つけた。その青年は──人間にはない長い耳と大きな二本の角を頭部に生やしていた。
魔族。その中でも特に強い魔力を持つという魔人という人種の男だった。
彼は傷だらけで、今にも死にそうだった。
「姉さん、あの人血だらけだよ?」
「…………そうね、」
ステラは彼を見捨てることができなかった。彼の手当をしたのだ。
そんなステラの献身的な看病のおかげで魔人の男──ビルゴは元気になったのだが……
彼は魔界に帰ることはなかった。ステラと恋に落ちたからだ。
オディオもビルゴが大好きだった。魔族ではあるが、ビルゴは心優しい青年で、幼いオディオを実の弟のように可愛がってくれた。
「ビルゴ! こっちだよ! はやくはやく!」
「おい、オディオ! そんなに走ると危ないぞ! 前にも木に衝突して泣いていただろう!」
「今日は大丈夫だって! ほらほら、遅いよビル……ぶっ!!」
「ほらぁ! まったく、なにやってんだ……」
一日中森で遊んでくれたこともあった。眠れない時は仕方ないとばかりに一緒に眠ってくれた。その際、歌うのが苦手だというのにへたくそな子守歌も歌ってくれた。
なにより、ビルゴが傍にいると姉が幸せそうに笑うのだ。二人の幸せそうな姿を見るのがオディオは何よりも大好きだった。
その後ビルゴは二年、ヘイトリッド領で暮らした。やがて恋人になった二人は森の中に小屋を建て、二人暮らしを始めた。そうして、ステラは妊娠した。
平和で、幸せな日々が続いた。
だが──
「オディオ!」
今でも忘れられない。あれは家庭教師の授業を受けている時だった。何気なく外を見ていたら、ステラとビルゴの家から煙が上がっていた。
オディオは飛び出した。姉とビルゴになにかあったのではないかと思ったからだ。両親の制止の声を無視して、必死に走った。
そうして、そこには……
「姉さんッッ!」
燃えている小屋。その前で倒れている姉。オディオはすぐに姉に駆け寄った。姉は冷たかった。口から血を流し、腹を抱えたまま息絶えていた。
何が起こっているのか分からずに言葉がでない幼いオディオに影が差す。
「おいっ! ガキに見られちまったぞ! さっさと殺せ! もう時間がない!」
「ちっ、あの魔族が暴れなきゃ誰にも気付かれずに終わったのによ……!!」
血だらけの、見知らぬ男がオディオに手を伸ばしてきた。オディオは姉の死体を抱きしめ、目を瞑る。
男の汚い悲鳴と共に熱風がオディオの頬を撫でた。恐る恐る目を開ける。
「ビル、ゴ……」
「オディオ、来てしまったのか……」
背中に何本も矢が刺さっている血だらけのビルゴがそこにはいた。立派な角も片方折れている。オディオを殺そうとした男達は既に彼の炎魔法で灰と化していた。
ビルゴはずりずりと己の巨体をなんとか引きずり、ステラの横に倒れた。
「ビルゴ、ビルゴ……! どうしてこんなことに!? それに、姉さんが動かないんだ! すっごく、冷たいんだよ!」
「すま、ない……。俺が少し小屋を離れてしまったから……。俺が、ステラと我が子を守れなかったんだ。俺のせいだ……」
「そ、そんな……」
オディオは大きな瞳からボロボロ涙を流す。ビルゴもそんなオディオを見て大粒の涙を流し、悔しそうに唇を噛み締めている。ビルゴの背中から流れた血がオディオの膝を濡らした。ハッとする。
「ビルゴ、ビルゴ!? ビルゴも凄い血だよ!! お願い、死なないで……姉さんもビルゴも、僕を置いていかないでよ!!」
「オディオ、ごめんな。ごめんな……」
──俺が魔族で、本当にごめんな。
ビルゴはそう言い残してそのまま死んだ。
後に国の調査でステラとビルゴを殺した盗賊はヘイトリッド領が魔族を匿っていることに気づいた反魔族派の貴族がよこした者だと分かった……。
***
「魔族は、悪いやつらばかりじゃない。ゴブリン達やビルゴのように心優しい者だっている。姉さんとビルゴは幸せだった。誰にも迷惑をかけてなどいないッ!! ……だというのに、反魔族派のやつらは、そんなビルゴを、魔族だからと……二人の、子供までも……っ!!」
オディオは鉄格子に拳をぶつける。
「僕は一秒でも、ビルゴと姉さんのことを忘れたことはない。いつだってビルゴが最期に言った言葉が頭を離れない。だからっ、憎くて憎くて仕方ないんだ!! 憎む以外の、この感情の消化方法を、僕は知らないっ!! うぅ……っ」
「オディオ、先輩……」
俺はオディオの悲痛な叫びを聞いて、怒りで歯を食いしばった。
そうか、だからオディオは……。魔族狩り達への態度も、オディオが何故奴隷売買の会場を襲ったのかも、理解できた。
「だから僕は悪魔と契約した。ビルゴや姉さんみたいな悲劇を二度と起こさない様にするには力が必要だった。そうして、力を手に入れた後は反魔族派の貴族、その中でも魔族を奴隷として秘密裏に飼っている奴らを襲いました。奴らの懐に潜り込むため、やりたくもない色仕掛けだってなんだってしました……」
俺はその時、夏休みの舞踏会や二学期始業式のことを思いだした。だからオディオはああやって色んな女性に言い寄っていたのか……。捕えられている魔族達の情報を聞き出すために……。
「……すまない。王国が、もっとお前の力になれていれば、」
「いいえ。国王陛下は調査に十分尽くしてくれました。ビルゴを匿っていた件も本来ならば罰を与えるべきところを見逃してくれた。今でも魔族との共存に理解を示してくださる。十分です」
俺は隣のレックスを見上げる。
「レックス殿下。悪魔との契約を破棄することはできるんでしょうか?」
「ふむ。難しいだろうな。悪魔は契約を必ず守る。それと同時に契約者も力を与えた悪魔を裏切ることは許されない。裏切れば……」
レックスはそれ以上何も言わなかったが、その答えはなんとなく予想できた。つまり、そんな簡単な話ではないということなのだろう。
さて、どうしたものか。
「まぁ、全く手がないわけではない」
「へっ?」
俺が間抜けな声を出すと、レックスは顎に手を当て、難しそうな顔をする。意味ありげに俺を見てきた。
「伝説ではあるが……お前の妹なら可能かもしれない」
「桜が?」
「
「あぁ、そういえば、桜がローズと契約したことは貴族達で大騒ぎになってるって前に言っていましたね」
「そうだ。妖精女王が心から信頼する人間を見つけた時、彼女の力はより覚醒し、絶対的な悪魔の契約を打ち消すほどの力を持つと言われている。実際に悪魔に囚われた人間が、覚醒した妖精の手で解放された記録が世界中にある」
……それって、かなり凄いことなんじゃないか? そういえば、俺が悪魔に魂を攫われた時もローズのおかげで助かったんだっけ。俺は死んでたからよく覚えていないけど。
そんなローズがさらに覚醒するならそりゃあ悪魔の契約すら打ち消せるかも……。
「じゃあ、なおさらローズが目を覚まさない原因を突き止めないといけないってことですよね」
「そうだな。そして、そこからもう一度余らとやり直そう、オディオ。今度はお前を独りにさせない。これから一緒に、捕えられた魔族達を救う方法を探っていこうではないか」
「レン……レックス殿下……」
オディオはまた一粒涙を流した。「意外に泣き虫なんですね」とからかうと鉄格子越しにデコピンをされてしまう。痛い。
……と、ここで看守が大慌てでレックスに駆け寄ってくる。何やら深刻な表情でレックスに耳打ちをしていた。
「レックス殿下?」
「レン。落ち着いて聞いてくれ」
今まで笑っていたレックスが途端に真剣な顔になる。俺はぞわりと嫌な予感がした。
そしてその予感はすぐに的中することになる。
「──サクラとローズが、何者かに誘拐された」
せっかく双子で恋愛ゲームの主人公に転生したのに兄は男に妹は女にモテすぎる。 風和ふわ @2020fuwa
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