67:せっかくのハロウィンパーティなのにめちゃくちゃすぎる。②【蓮SIDE】

「桜ッ! 桜ぁッ!」


 桜から返事はない。意識を失ってしまったようだ。

 俺の手に、桜の血の温もりがじんわりと伝わってくる。その時、俺は頭が真っ白になって──目の前の人喰い鬼……いや、オディオ先輩を見上げた。正しくは睨んでしまったのかもしれない。


「そんな、メで、おれを……!」


 オディオ先輩は苦しそうに頭を抱えた後、ついには俺に襲い掛かってくる。しかしその攻撃をレックスが身を挺して受け止めてくれた。


「おい! 正気に戻れ! 落ち着くんだ!」

「デ、ンカ……!!」


 どうしてこうなってしまったんだろう。オディオ先輩はどうして暴走してしまっている? ローズも苦しそうに床に伏せているし……一体何が起きてるんだよ!?


 ひとまず状況を確認するより前に、オディオ先輩は先生方やレックスに任せて桜を安全な場所に運ばなければ!

 そこで俺は偶然にも傍で腰を抜かしているモーブを見つけた。


「おい! お願いだ! この人を会場の隅に運んでくれ!」

「へっ!?」


 俺はローズを指差し、ぼぉっとしているモーブに怒鳴った。モーブは我に返って俺を見上げている。俺は再度ローズを運ぶように叫びながら、桜を抱えて立ち上がった。


「ローズ先生も意識がないみたいだ! 俺は妹を抱えるので精一杯! 頼むから一緒に運んでくれ! このままじゃ皆人喰い鬼ブラッディーの腹の中だぞ!」

「は、はいぃいいいいいいい!!」


 モーブは俺の意図を察してくれたのか、あたふたしながらローズを抱え、会場の出入り口へと一緒に走る。俺もそれに倣った。リリスがそんな俺を守るために並走してくれた。


 会場を出て、学園の外、広い中庭の──先生達が臨時で顕現させた守護結界の中に入る。そこでは他の生徒達が体を震わせながら、先生の指示通りに身を寄せ合っていた。


 俺はひとまず空いているところに桜を下ろす。上着を脱いで、桜の下に敷いた。


「先生! こちらです! けが人がいます!」


 リリスが大きな声で保健室の先生を呼んでくれる。こういう時、リリスは非常に頼りになる。

 治癒魔法の先生が顔を真っ青にして桜の治癒を始めてくれる。


「先生、桜は……」

「酷い怪我だけれど、命に別状はないわ。少し時間はかかるかも」


 その言葉を聞いて、俺は胸を撫でおろした。が、リリスが隣でポロポロと涙を流しているのに気づいてギョッとする。


「うっ、ひく……ごめんなさい! 安心したら、涙が……」

「いや、いいんだ。リリスのおかげでこうして迅速に桜を助けられた。ありがとうな」

「レン……」


 俺がそう言うと、リリスは涙を拭いて少しだけ微笑んでくれた。そして次に俺はぜぇはぁと汗だくで息を荒げているモーブを見る。


「モーブ様、」

「ぜぇ、はぁ……なんだよ、平民……! 貴族の俺を足にするなんて、ぜぇ、はぁ、はぁ、ふっ不敬なんだからな……!!」

「ありがとうございました! 本当に!」


 なんだかんだいってこいつもローズを運んでくれた。最初は嫌なヤツだと思っていたけど、今では感謝しかない。

 モーブは頭を下げる俺を見て面食らったような顔をした後、口をもごもごさせて、「つ、次は気をつけろよ! 今回は非常時だから許してやる!」と踵を返していった。やっぱりあいつ、いいやつじゃん。


「それにしてもどうしてローズまで倒れてしまったのかしら……。顔色も悪いわ。妖精女王フェアリークイーンがこんなことになるなんて考えられない」

「今はなにも分からない。とにかくリリス、ここは君に任せるよ。桜とローズを頼む」

「えぇ? レンは?」

「俺は……レックスの加勢に。人喰い鬼ブラッディーは知り合いなんだ。放っておけない!」

「それならば、私も連れて行ってください!」


 突然俺の顔の前に現れたのは水色の妖精。この子は確か、桜が保護している妖精のマリン、だっけ?

 そんなマリンの小さな瞳には強い覚悟を秘めた輝きがあるような気がした。妖精の助けがあるに越したことはない。俺は勿論マリンと一緒に守護結界を出ようとした。が……


「レン!」


 名前を呼ばれた。振り向けば、デュナミスがいた。

 デュナミスは気まずそうに俺から顔を逸らす。


「……すまない。私は……サクラを、」


 デュナミスは苦しそうだった。顔を真っ青にさせて震えている。そんなデュナミスの肩を抱くのは、デュナミスの婚約者とかいう男だ。名前は……セドリックだったか?


「ああ、可哀想なデュシー! こんなに体を震わせて! もう大丈夫だよ。僕が君を護ってあげるからね。君は何も気にせず、、このまま僕の傍にいればいいんだ」

「…………ッ! 違う、私は……」


 デュナミスの言葉を無視して、セドリックはデュナミスを他の生徒達が集まっている方へ連れて行こうとする。俺は強引な婚約者に何も言えないでいるデュナミスの名を呼んだ。


「喧嘩しているのかなんなのか知らねぇけど。桜はデュナミスのことが大好きなんだ。お前がどんな道を選ぼうとそれは変わらない。だからよかったら、今だけでも桜の傍にいてくれないか? 向こうで治癒魔法を受けてるからさ」


 そう言い残して、俺は去った。これ以上は俺が口出しするべきじゃないだろう。


 ひとまず俺は守護結界を出て、会場へと急いだ。未だに人喰い鬼の唸り声が聞こえてくるので戦いは終わっていないのだろう。会場の出入り口からそっと顔を覗かせると、丁度レックスが光の剣で人喰い鬼の爪をはじいているところだった。


「ぐ、ガガガッガ!! ツヨク、モット! オレハ、オレハ──!!」


 戦っている相手だけではなく、自分自身でさえその太い爪で切り裂いていく人喰い鬼。このままじゃ自滅するぞ!


「くっ! なんて速さなんだ! 隙さえあれば拘束できるというのに!」


 そんなガーネット先生(対魔魔法学担当の先生。二十五話参照)の言葉が聞こえる。そこで俺は思い出した。

 そういえばあいつ、さっき強い魔力がどうとか言ってたよな? もしかして魔力に反応しているのか? 


「レン様、私に任せてください! 私ならあの人の隙をついてしばらく無力化できます!」


 そう言うのはマリンだ。ひとまずその言葉を信じるしかないだろう。

 そして、そのためにはどうやらオディオの意識をこちらに向ける必要があるようだ。それなら……俺が囮になれば!

 そこで俺はポケットに潜んでいた妖精達にあるお願いをするのだった。


「おい、オディオ──!!」


 オディオがすぐに俺の声に反応する。その真っ赤な瞳に俺をうつした。それを確認すると、俺はオディオに向かって駆けだす。オディオは案の定、妖精の粉を大量に浴びた俺に注目する。たった今、妖精達にお願いしてかけてもらったのだ。


 オディオが鋭い爪を眼前に突き出してくるが、なんとか躱した。森で鍛えた俺の運動神経をなめるなよ! 俺はその隙をついて、両手をオディオの目の前に伸ばした。

 俺の両手から飛びだしたのは勿論マリンだ。


からさっさと離れろ! この、悪魔ぁ──!!」

「ッ!?」


 ご主人様。確かにマリンはそう言った。

 マリンはそのままオディオに向かって──というか、オディオの頭上! いつの間にか現れていた、黒い妖精に向かって殴りかかる。あの黒い布を身に纏った妖精は……以前にもオディオの頭上で見かけたことがあるアイツだ! 確かあの時もオディオの様子がおかしかった!!


 黒い妖精はマリンに殴られると、そのまま空に消えていく。それと同時にオディオも元の姿へと戻っていくではないか。

 そんなオディオをガーネット先生がお得意の鞭で拘束する。


 オディオは気を失っているのか、ぐったりしていた。周囲の先生達はそんなオディオに怖い顔を向けて何やら話し合っている。


 一体どうなっちまうんだよ、オディオ……。

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