66:せっかくのハロウィンパーティなのにめちゃくちゃすぎる。①【桜SIDE】

からお話は聞いています、サクラさん。の一番の親友だとか。会えて光栄です」

「あ、こちらこそ……」


 私、初対面のはずなのに、どうしてこの人のこと嫌いだって思うんだろう。というか、さっきからデュシーデュシー言い過ぎ! なに!? 婚約者アピール!?

 ……いや、彼は正真正銘デュナミスの婚約者だ。私、なんでこんなことでイライラしてるんだ。落ち着こう……。


  ひとまず私は先ほどから湧き上がってくる不快感をどうにか抑えながら、差し出されたセドリックさんの手を握り返そうとする。ふと彼が私に身体を近づけてきたので、彼が着けている香水の香りが鼻を擽った。


 なんだろう、この、香り──?


「サクラ! あっち見て! 出来立てのバタフライケーキが運ばれてるわ! サクラの大好物でしょう!? いきましょう!」

「え、あ、ちょ!? ローズ!?」


 空気の読めないローズが私を後ろから抱きしめる。そして私は彼女の勢いに何も言えないまま、その場から引っ張り出された。デュナミスとセドリックさんが驚いた顔でこちらを見ているのが分かったけど、ローズは止まらない。


「ローズ! 挨拶の途中だったのに!」


 マイペースな彼女をいつものように叱ろうとするけど、ローズの顔は意外にも真剣だった。不機嫌そうにセドリックさんを肩越しに睨みつけている。


「──サクラ。あの男に触れちゃ駄目。アレはワタシが最も嫌いなタイプの人間だわ」

「えっ?」


 私はセドリックさんを思わず見た。蓮がセドリックさんに何回も頭を下げている。きっと挨拶の途中でその場を離れた私の無礼を代わりに謝ってくれているのだろう。その後、彼は笑顔で蓮に何かを言い、レックス様と談笑を始めた。よかった、私に対して怒ってないようだ……。

 私はほっと胸を撫でおろし、未だに私の手を離さないローズを見上げる。


「一体どういうこと? セドリックさんはいい人みたいだよ」

「サクラ。覚えておきなさい。妖精女王のワタシと契約するってことは、周囲にとってかなり利用価値のある存在になるということなの。いい面をしてくる人間ほど、貴女を利用しようと企んでいる人間だと思った方がいいわ」

「でも、セドリックさんはデュナミスが選んだ相手だし……」


 私はポツリと言う。どういうわけか、ちょっぴり胸が痛んだ。さっきから私、変だ。

 ローズはそんな私にため息を吐いて、優しく私の頭を撫でてくる。


「あの人間を本当にデュナミス自身が選んだのかしらね。ワタシにはそうは見えないわ」

「…………、」


 脳裏に、先日の泣きそうなデュナミスの顔が思い浮かんだ。私はきゅっと唇を結ぶ。




 ──その時、だった。




「おいッッ! なんだアレはッッ!!」


 そんな声と同時にバリンッッとガラスの割れた鋭い音が会場に響いた。

 周囲を慌てて見渡せば、会場の真ん中。まさに数組の男女生徒によってダンスが披露されていた場所には佇んでいた。


 黒い霧がユラユラとソレの輪郭を曖昧にしている。三メートルはあるだろうか。周囲のあちこちから生徒達の悲鳴が上がる。それは、その巨大狼の怪物は、真っ赤な瞳をキョロキョロと動かして、獲物を探しているかのようだった。


 会場中にパニックが起こる。「人喰い鬼だブラッディーッ!」と誰かが叫んだ。その叫びがさらにパニックを大きくさせて、生徒達が一斉に会場を逃げ出していく。


 ──ふと、私はその真っ赤な瞳と目が合ってしまう。


 あ、やばい。本能的にそう思った。

 全身にゾクリとした嫌な稲妻が走ったような感覚に襲われる。そんな嫌な予感は的中したようだ。だって、その怪物がこっちに四つん這いで駆けてきているのだから。

 三メートルもの怪物を前に、瞬時に動けるはずがなかった。怖かった。


「サクラッッ!」


 デュナミスの声が聞こえた。見れば、彼女がこちらに手を伸ばして駆け寄ってきている。だけど、デュナミスは──着ていたドレスに足をとられて、転んでしまった。


 そして気が付けば、私の、目の前には──!!


「ぐるるるるるる……!! ツヨい、まりょ、ク……!! もっと、ツヨク……ナラナければ……!!」

「……っ、あ、あ……」


 鼻息が、顔にかかった。今にも私を喰おうとする真っ黒な巨大狼が目の前にいた。

 その場の空気が糸を張ったように張りつめる。私はその糸に絡まれて、動けないでいた。ゴクリ、と唾を飲みこめば、その動きに合わせて狼が動く。

 その爪で私の身体を切り裂こうと腕を振り上げている。まずい──!!


「ローズ!! 助けて!! ……ローズ?」


 私は思わず傍らにいるであろうローズに助けを求める。だが、彼女はどういうわけかそこにはいなかった。まさかと思って視線を下に動かすと──たった今までピンピンしていた彼女が、いつの間にか真っ青な顔で倒れているではないか!?


 どういうこと!? いや、考えてる暇はない! 今は私がこの化物からローズを守らないと!!


 私は瞬間的に狼からローズを庇う様に覆いかぶさる。

 背中に激痛が走った。


「きゃああッッ!! ……つぅ……ッッ!!」


 床に、赤い水たまりが散らばっていた。それはきっと、私の──


「よくもサクラに!! サクラから離れなさい!! 化け物ぉッッ!!」


 薄れていく意識の中、今まで見たことないような顔で激怒しているリリスが狼を背後から燃やし尽くそうと炎魔法を繰り出していた。


 私を呼ぶ誰かの声。これは……蓮かな……。

 私は泣きそうな兄の声に「大丈夫だよ」と返したかったけれど、その前に意識を放り投げてしまった……。

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