65:せっかくのハロウィンパーティなのに元気がなさすぎる。【桜SIDE】

 ハロウィンパーティ当日。エボルシオン魔法学園はハロウィン一色に染まっていた。どこからかモンスターの笑い声が響き、あちこちを飛び交う妖精達までかぼちゃのお化けやゴーストの仮装をしている。勝手に浮かぶトレーが次々と大広間へ食事を運んでいた。生徒達は立場など今日だけは関係なく、己の個性を発揮した仮装姿を見せあって大騒ぎだった。


 ……そんな祭りの中、私は大広間の隅っこで一人ため息を溢していた。


「はぁ……」


 グラスの中の透き通った青色のバタフライジュースを眺めながら、ぼんやりとしている。いつもの私なら皆と一緒にパーティを楽しんで、美味しいものもいっぱい食べていただろう。でも、今はそんな気分にもなれない。頭の隅にはいつだって、がいる。


『──サクラには分からないだろうなっ!』


 あんなに苦しそうなデュナミスは初めて見た。きっと私の知らない所で、彼女は色々悩んでいたのだろう。私はそんなことにも気付かずに、今までのうのうと彼女の傍にいたわけだ。

 デュナミスは、レックス様となかなか出会えないで悩んでいる私の話を聞いてくれた。

 一庶民が国の王子に本気で憧れているなんて、誰もが嘲笑するような話を黙って聞いてくれた。

 私が髪を乾かさないまま寝ようとすると、いつも優しく叱って、髪を乾かしてくれた。

 怖い夢を見た時や不安な時はいつだって一緒のベットで眠ってくれた。

 ……蓮もいない寮生活、私が寂しくなかったのは間違いなくデュナミスがいたからだ。それなのに、あの買い物以降、彼女は寮でも口をきいてくれなくなった。私に背を向けて眠るデュナミスの背中に、どれだけ泣きたくなったことか。私はグラスをぐっと握り締める。


「私は、大馬鹿者だぁ……」


 「おい、見ろよ! デュナミス様だ!」。そんな周囲の声に思わず顔を上げた。


「──っ」


 私は息を止める。デュナミスはやはり「死の姫ゴースト・プリンセス」の仮装で大広間に登場した。皆がデュナミスは男装をするだろうと思っていたらしくポカンとする。しかし次の瞬間にはあまりの美しさに感嘆の吐息と、拍手があちこちから聞こえてきた。この間よりもデュナミスの仮装はクオリティが上がっており、まるで本物のゴーストのようだ。生気の感じられない白い肌に映える真っ赤なルージュが今までのデュナミスを否定しているかのようで、私は好きではなかった。会場の男性陣にとってはとてつもなく魅力的なものに映ったらしいが。


「デュナミス様! 僕とぜひ、一曲踊っていただけませんか?」

「いえ、私と!」

「おい、抜け駆けするな!」


 次から次へとデュナミスへのダンスの誘いが彼女に投げられる。デュナミスはそんな彼らに対して──


「申し訳ございません。私、婚約者がおりますので……本日はその方と……」


 そう言って申し訳なさそうにお辞儀する彼女にすら熱っぽい視線が集まっていた。

 婚約者、という言葉に私は眉を顰める。


 ……と、ここで。


「さ、く、らぁ!」

「……うわっ!」


 二つのたわわな果実が私の両肩に乗り、顔を挟んでくる。こんなことをするのは勿論ローズだけだ。私は「もう!」と頬を膨らませて、ローズから慌てて離れた。


「ん~! 蝙蝠ドレスのサクラもちょ~~キュートね! ほら、サクラの好きそうな食べ物をありったけ集めてきたわよ! これでいつもの元気なサクラに戻ってちょうだいネ!」


 ローズはそう言って、私の頬にキスをした。私はローズにまで気を遣わせてしまったことに申しわけなく感じて、ありがたく甘いクッキーを齧る。ちなみに彼女の言う通り、私は蝙蝠モチーフの黒いドレスを身に纏っている。頭には大きな蝙蝠耳がリボンのように立っていた。ドレスのあちこちに蝙蝠モチーフのリボンが飾られており、一歩歩くだけでいっぱいの蝙蝠が私の傍を羽ばたいているように見える。

 そこで、どうやら私にこのドレスを着せた張本人も準備が終わったらしい。


「サクラ! お待たせ!」


 予定通り吸血鬼の仮装をしたリリスがこちらに駆け寄ってくる。血のような真っ赤なドレスが会場内でもよく目立ち、通りすがりの男性達が無意識に彼女を目で追っているのが分かった。

 リリスは私をまじまじと見つめると、頬を染めて満足気に微笑む。


「ふふ、やっぱりサクラもすっごく似合ってますわ! 私のセンスに狂いはなかったわね!」

「うん。私もすっごく気に入ってるんだ。選んでくれてありがとね、リリス。ところで、どうして私にこのドレスを選んでくれたの?」

「へっ!? あ、そ、それは……その……」

「あらサクラ。そんなの簡単よ。吸血鬼と蝙蝠は主従関係を結ぶ存在でしょ? つまりはこの女、貴女を奴隷にしたいって言ってるのよ! 可愛い顔してえげつないわネ!」

「はぁぁ!? ローズ、勝手なこと言わないでくださいます!? 私はただ、サクラとモチーフをお揃いにしたかっただけで……! か、か、勘違いしないでくださいね、サクラ!」

「そうよねぇ~! サクラに蝙蝠はないわよね~! だって貴女の方がサクラの周りをひらひら舞ってまとわりついている側ですものネ!」

「ローズッッ!」


 ……とまぁ、そんな感じで私を挟んでローズとリリスが火花を散らし始めた。私は今日で何度目かも分からないため息を溢し、二人の頭にチョップを落とす。


「そういえば、ローズは仮装しないんだね」

「ふふ、ワタシはそんなことしなくても自力で魔を祓えるから必要ないもの。それに仮装なんかしなくても、ワタシがそこらの人間より美しいのは当然のことネ!」

「あ、はい。左様ですか……」


 するとここで、リリスがちょんちょんと私の腕をつついた。

 彼女の指す方を見ると、会場の入り口に一際目立つ金髪と見慣れた茶髪が見える。


「れ、れれれれレックス様ぁ! な、なんなんですかぁ! これぇ!」

「ふふふ。いいではないか! とても似合うぞ、レン」


 レックス様と蓮。彼らはなんと二人でお揃いの狼男の仮装をしていた。狼の耳としっぽに、落ち着いたこげ茶色のスーツが二人を大人っぽく飾り付けている。服の裾がボロボロになっていたり、スーツのあちこちに血痕があったりとハロウィンの雰囲気作りを忘れていないのも実にポイントが高い。しかも、お互いに対になっている耳が欠けている。この世界の魔狼はつがいを見つけると、互いの耳を噛みあうという習慣があると魔法生物学で習ったけれど……。流石、王道俺様王子のレックス様。こういうマーキングにはとっても敏感である。

 蓮が私と目が合うなり、慌ててこちらに向かってきた。


「桜っ! お前らももう来てたんだな! パーティ盛り上がってるな」

「うん……。まぁね」


 私はそっけない返事をした。やはり蓮にはつい素の自分が出てしまう。蓮は何かを察したようにデュナミスの方を見ていた。そうして、私の頭をポンポン撫でる。蓮には一応あの日のデュナミスのことは話してあるのだ。


「大丈夫だって。デュナミスだって、お前が大好きなんだ。また仲良くできる日が来るさ。それより今はパーティーを楽しもうぜ」

「……そう言う蓮だって、最近寝れていないんでしょ。その目の下の隈、化粧じゃないのは分かってるんだから」


 蓮の笑顔が引きつる。やはり蓮も空元気のようだ。蓮は蓮でオディオと何かあったらしい。何があったのかは教えてくれなかった。そうして、双子仲良くため息を溢す。



「──やぁ。初めまして」

 


 ……そんな私達に声が掛けられた。聞き慣れない、イケメンボイスに。こんなイケボなら、ゲームの主要キャラ? でも、聞き覚えはないし……。私はそっと顔を上げる。


 そこにいたのは──デュナミスと、エメラルド色の長髪イケメン。


 デュナミスは気まずそうに目を泳がせていた。


「申し訳ありません。に無理を言って、挨拶をしに参りました。僕はセドリック・キラーズ。デュシーの……いえ、デュナミス様の婚約者です。君がサクラさん、だね?」


 私は戸惑いながら、デュナミスとイケメンを交互に見る。イケメンは明らかに私だけを視界にとらえて、離さない。


 ……その時、何故だろう。

 理由は分からないけれど、得体のしれない不気味な感じがして、鳥肌が立った……。

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