5. 心の灯り
そんな束の間の楽しい時間から、三恵と仁美は現実に戻された。早く元いた場所に戻る方法を見つけないといけない。
「みっちゃん、とりあえず、小学校の外に出てみよう。もしかしたら、話せる人がいるかもしれないし。」
三恵はうなずき、二人の少女にバイバイと言おうとしたが、少女たちの姿はどこにもなかった。グランドに描いた絵はそのまま残っており、その周りには小動物が走ったような足跡が残っていた。
「これって…」
二人が再び顔を見合わせていると、急に辺りが暗くなってきた。雲で太陽が隠れたのかと思ったが、ここに来るときに町の灯りが少しずつ消えていったように、辺り一面が次第に暗くなってきた。
三恵と仁美はお互いの手をしっかりと握った。すると目の前に白い光の玉が一つ現れ、次第に増えていって一列に並んだ。
「行こう。」
三恵が決心したかのように言い、二人は光の列に沿ってかけ出した。
気がつくと、元いた神社でおキツネ様の象に寄りかかっていた。街の灯りはちゃんとついている。ただ、お供え物はなくなっていた。
「戻って来られた、のかな。」
「たぶん。」
二人はよろよろと立つと、神社の階段を降りていった。自転車を漕いでいる間、二人は何も話さなかった。声に出して話すと、さっきの出来事がなかったことになってしまう気がしたからだ。
「じゃ、バイバイ。」
「うん、明日の夏祭りでね。」
途中で仁美と別れた三恵は一人で家路に着いた。自転車を止めると、郵便受けに入れられた新聞と広告を持って家に入った。
「ただいま。」
「おかえり、もうすぐ夕飯できるから先にお風呂に入っちゃいなさい。」
母は家の窓を開けていた。祖母の代に建てられたこの家は比較的風通しがよく、真夏とは言え、夜は窓を開ければクーラーは必要ない。新聞と広告はリビングに広げて置き、三恵は自分の部屋へパジャマを取りに行って、お風呂へ向かった。
お風呂から上がると夕飯の支度を終えた母が浴衣を出していた。
「去年買って大きめだったから大丈夫だと思うけど、念のため一度着てみて。」
着てみるとぴったりだった。この浴衣を着るのは今年が最後になりそうだ。ただ、浴衣なのに心なしか暑い。お風呂から上がった直後というのもあるけれど、三恵自身にはその理由が分かる。
「おっ、ぴったりじゃないか。」
「まあまあ、よく似合っているわね。」
夕飯の時間になったためか、父と祖母もリビングやってきた。言うなら今しかない、と三恵は一度深呼吸した。
「あのね、お父さん、お母さん、お願いがあるの。」
緊張のあまり少し声が上ずってしまった。心臓もバクバクいっているし、頬が火照っているのが分かる。
父が三恵の言葉を促した。
「三恵からお願いなんて珍しいな。何だい?」
「あの、えっと、私小さい頃から絵が好きで、今日改めて好きなんだなって気づいて、もっといろんな絵を描きたいなって思って。だから、その、絵画教室に通いたいなって思って。」
緊張で思わず早口になってしまう。
一呼吸置いて三恵は続けた。
「でも、あの、お母さんが私のことを思って塾を勧めてくれいるのも分かるから、学校の勉強は今以上にしっかりする。だから、通わせてください!」
両親に対して敬語を使うことは今まであまりなかったが、お願いをするなら、と自然と敬語になっていた。心臓はまだ大きく鼓動を立てている。
「いいぞ。好きならとことんやれ。」
予想通り父はすぐに賛成してくれた。問題は母がどういう反応をするかだ。
「いいじゃない、行って来なさい。ただし、学校の勉強もちゃんとしなさいよ。」
「へ?。」
予想外の言葉に思わず拍子抜けしてしまった。てっきり母には反対されると思っていたのだ。
「お母さん、いいの?」
「三恵が絵を描くのを好きな事は知ってたし、塾を勧めてたのだって、他にやりたいことがなければ、勉強だけはしたほうがいいと思ってただけよ。」
絵を描くのが好きなのに自分の感情をうまく伝えられないこと、両親の口論、三恵の中で胸につっかえていたものがすーっと風に乗って消えて行くような気がした。
「ありがとう、お父さん、お母さん。」
そんな親子を祖母はにこにこしながら見守っていた。
まだ火照っている三恵の頬を夏の夜風がなでた。
【ぼんぼり】 おわり。
ぼんぼり 逢内晶(あいうちあき) @aiuchi0618
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