4. 私の絵

 五分ほど歩くと、前方に光が差し込んでいるのが見えた。二人は藁にもすがる思いで駆け出した。


 二人が暗闇から抜けだした先には見慣れた光景が広がっていた。二人が通っている小学校のグランドである。しかし、明日の夏祭りに向けた提灯や夜店の準備もされておらず、葉桜が風に揺られている。それに、二人が神社に向かったのは夕方であったのに、太陽はちょうど真上にある。


「ここ、学校だよね…」


「うん、でもきっと季節も時刻も違う…」


 呆然としていると、小学校に上がるか上がらないかくらいの少女二人がグランドにしゃがみ込んでいるのが見えた。


「あの子たちに話しかけてみようよ!」


 二人が少女たちに近づくと、どうやらグランドに絵を描いて遊んでいるようだった。


「ねえ、あなたたち、ここはどこなの?」


 仁美の問いかけに少女たちは答えた。


「え、何だって?」


 口は開いて答えてくれているはずなのに、三恵たちには声が聞こえない。もう一度同じ質問をしみたが、結果は同じだった。


「この子たちの声は聞こえないし、小学校の外に出て他の人に聞いてみる?」


 言いながら仁美は少女のうち一人が描いている絵に目を奪われた。


「絵、すっごく上手だね。」


 夏祭りでの夜店が立ち並ぶ様子を描いたその絵は六、七歳の少女が描いたとは思えないほど上手かった。仁美の言葉を聞くと、絵を描いていた少女は恥ずかしそうにうつむいた。一方、もう一人の少女は満面の笑みで何か言った。先ほどと同様に三恵と仁美には聞こえなかったが、何を言ったのか何となく分かった。


「あのね、このお姉ちゃんも絵がすっごく上手なんだよ。ほら、みっちゃんも描いてみたら。」


「ちょっと、ひーちゃん。」


 こんなことしている場合じゃない、と言いかけたが、少女達のクリクリとした目が自分に向いているのに気づき、仕方なく足元にあった石で描き始めた。


 三恵は描きながら、この二人は自分とひーちゃんに似てるなと感じた。三恵は幼い頃から絵がうまく、周りの人からよくほめられたが、嬉しさをうまく伝えることができなかった。


ただにっこりと微笑んで「ありがとう」と言うだけなのに、その気持ちを周りの人に伝えるのはいつも仁美だった。


 描き始めたときは乗り気でなかったが、描いていくうちにだんだんと楽しくなってきた。やっぱり自分は絵を描くことが好きなんだと三恵は改めて思った。それに、目の前の少女たちが目をキラキラさせて自分の絵を見てくれるのも、ちょっと照れくさいけれど悪い気はしない。


 「できた。」


 そんなことを考えているうちに三恵は絵を描き上げた。もともと少女達が描いていた絵に、ゆかたを来て金魚すくいをする目の前の少女たちをを書き加えたのだ。目線をグランドの絵から少女たちに移すと、相変わらず少女たちの声は聞こえないものの、喜んでくれているということは分かった。


 自分の描いた絵でこんなに喜んでくれる人は仁美以外では初めてだった。それに、仁美以外の人へ見せるために絵を描いたのも、これが初めてだった。


ぼうっと胸に温かい光が灯ったようだった。神社から見下ろした街を包む提灯やぼんぼりのようにその灯りは三恵の心をそっと包み込む。


「ありがとう。」


 三恵はにっこりと微笑みながら、少女達の頭をなでた。今までなかなか言えなかったが、素直に嬉しいと思えたことで、自然と口から出た言葉だった。そんな三人を見て、仁美もにっこりと微笑んだ。

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