2話〈ヨウセイ〉の光と共に
ボクはその少女を見る。
「この子、死んでる?」
エリーはボクに問いかけてきた。ボクはその子が死んでいるのかどうかはわからなかったが、その美しさは何とも言えない妖艶なものがあった。
「な、すげえだろ」
メガネ君は笑いながら、でもボクのように感動しながら言った。
この子に触りたい。そうボクは思った。
「この子、触って良いですかね」
メガネ君は「呪われるぞ」とボクに脅しをかける。〈ヨウセイ〉たちがその子に群がってきていた。
年齢は十四くらいかな。ボクよりも一回り小さい身長で、長いまつ毛が目を閉じているからか、目立っていた。
ボクはエリーを掌に乗せて「どんな雰囲気がする?」と聞いてみた。メガネ君にどう思われようとどうでも良くなっていた。
〈ヨウセイ〉は死んだ人間と生きている人間や、体調の良し悪しを察知するのがボク達人間より秀でている。特にそういう判断に関してはエリーの右に出るものはボクは知らなかった。エリーは羽を大きく広げて黄色の粉を空気中に放った。すると周りにいた〈ヨウセイ〉たちが遠く離れていく。これはエリーの特異のようなものでその粉の匂いを受けた〈ヨウセイ〉はその匂いを避けてどこか違うところへと行ってしまうらしい。
そしてエリーはゆっくりと女の子の胸の辺りに止まった。何をするわけでもないが、エリーにはそれで生きているか死んでいるか、わかるらしい。
「この子、多分生きてるよ、でも……」
エリーは不思議そうに言う。
「でも?」
ボクはエリーに聞く。
「この子、ずっとこの地中にいたみたい。それこそ、何日とかそんなんじゃあなくて、何年とか、いやもっとかも……」
エリーはボクの肩に乗っかって言った。
「じゃあ、死んでるんじゃあないの?」
「でも、この子生きてるよ」
ボクのちっぽけな脳内では情報が処理出来そうにもなかった。
その時、
「大丈夫か、ユウ」
メガネ君はボクの背中を叩いた。
ビクッとしたボクの身体は興奮して熱を帯びていた。
「さっきから、誰と喋ってるんだ?」
メガネ君がボクに聞くと、ボクは「大丈夫です」とだけ言って、もう一度その女の子をよく見た。
その女の子は全身が人形のように整っていて、ピンク色の唇はうっすら濡れているような気さえした。
ボクはその子に近づく。
「おい、ユウ本当に触るのか?」
メガネ君が焦った口調で言う。ボクはそれを無視して、手を伸ばす。少しだけ見える首筋は白かった。ボクはその子を抱きかかえて座らせようとする。
熱かった。
ボクはその時初めて、人を触って生命というものを感じた。
ボクは首に手を当てる。脈が鼓動しているかを確認したかった。
その刹那、ボクの身体に電流が走ったように一瞬痺れる。
「痛っ!」
ボクは堪らず声を出す。
「大丈夫か?」
メガネ君はボクを心配そうに近づく。
ボクは自分の触った右手を見る。しかしその右手はいつも通りで何ともなっていなかった。
「大丈夫です、気のせいですから」
何度も手をグーパーするが特に変わった印象はない。
何だったのだろう。
「それで、これどうする?」
メガネ君は恐る恐るといった感じでボクに聞いた。これがボクを呼んだ目的か、とボクはメガネ君をほんの少し睨む。
夜風が強くなってきて、薄着をしてきたボクはそろそろここにいるのは限界だと感じていた。
〈ヨウセイ〉たちもさっきまで離れて行っていたのがどんどんとその女の子に近づいてくる。それをじっと見ていると、ボクはある一つの仮説を思いついた。もしかしたら、この女の子も〈ヨウセイ〉が見えるのではないだろうか、という仮説を。
ボクはこれまで生きてきた人生の中で、ボク以外に〈ヨウセイ〉を見える人を見たことがなかった。だから中学生の頃は(今も少し考えることはあるけれども)、ボクが見ているこの〈ヨウセイ〉たちは幻覚なのではないだろうかという疑問があった。それを即座に解決してくれる、いわば私にとっての救世主的な存在がこの眼前の、赤のドレスを見に纏った女の子だとボクは淡い期待をする。
「これから、どうするよ?」
メガネ君がもう一度ボクに聞いた。ボクはこの女の子をこの場に留めておきたいと思った。
「やっぱり、警察に連れていくのが良いかなあ」
メガネ君はボソッと呟くように言う。
冗談ではない。そんなことをしたらもう一生この女の子と会えないではないか。それに、この女の子のことを何と説明するんだ。
「それは駄目です」
「なぜ?」
メガネ君はボクに聞く。ボクは「駄目ったら、駄目なんです」と、わがままな赤ちゃんの如くメガネ君に言った。
「じゃあ、どうするんだ?」
メガネ君はやっぱり引き下がらない。メガネ君もメガネ君なりに何かしらの考えがあるのだろう。
「警察に行って、どうするんですか、何て説明するんですか、こんな真夜中に、それに今から警察行ったらまずボク達が補導されますよ」
ボクは早口口調でメガネ君に言う。
「それは、そうだけど」
ボクの肩に乗っていたエリーが急に私の前を通った。
「地学室に持っていったら良いんだよ」
エリーはボクに提案した。
エリーのその言葉にボクの心は一瞬にして満たされる。
地学室。確かにあそこだったら絶対に誰にもこの女の子ことがばれないし、この女の子が仮に起きたとしても安心である。エリーの言葉に感謝を込めてボクはエリーの履いている本当に小さな靴を指先でちょこんと触って、エリーをボクの掌に乗せる。そして背中に小さく「ありがとう」と書いた。
「じゃあ、しょうがねえからもう一回土に戻すか?」
メガネ君がとんでもない一言を放つ。
「それはもっと駄目ですよ」
「さっきから駄目駄目、何でだよ」
メガネ君が呆れるようにボクの顔を覗く。
「倫理感的にっていうか、こんな女の子をもう一回、土に埋めるなんて正気の沙汰じゃあないですよ」
ボクはもう一度、早口口調で一気に言う。
「今更、倫理感とか言うのか、そんなのどうだって良いだろ、本当に呪われたらどうするんだよ」
メガネ君は怖がりながら言った。オカルト好きだと言うのに実際、非現実的なことを見たら腰が引けるその姿にボクは呆れる。
「じゃあ、良いですよ。ボクが一人でこの女の子を地学室に持って行きますよ」
ボクはエリーに提案された案をメガネ君に伝える。
「地学室って、あの教室か?」
メガネ君は心底驚いたような顔をしてボクに聞いた。
「はい、部室です」
ボクは当たり前だろ、と言わんばかりの顔で言う。
メガネ君が数秒黙り込んで
「部室の鍵はどうするんだよ」
メガネ君が言った。ボクは笑顔になりながら
「それなら、ボクに考えがあります」
と答える。
「どんな?」
メガネ君はボクに質問する。ボクが「さあ」と言うとメガネ君は「勝手にしろ」と言って帰ってしまった。
ボクはエリーに「鍵取ってこれるよね」と言った。〈ヨウセイ〉は普通の物質はすり抜けるが触りたいと思ったものであれば触ることができる。
「任せてよ」
頼りにされたのが嬉しかったのかエリーは胸に手を当てて言う。
エリーが校舎に飛びだった後、赤のドレスの女の子をお姫様抱っこしようとする。風になびいたドレスには、無数の〈ヨウセイ〉がとまり、その〈ヨウセイ〉の光が灯り、ドレスさえも光って見える。
群がった〈ヨウセイ〉が少女を持ち上げ、ボクには殆ど女の子の体重を感じなかった。
「じゃあ行こっか」
ボクは眠る女の子に言った。
眠る女の子の白い髪は思った以上に長くお姫様抱っこをしているのにもかかわらず、地面に先端がついていた。
校舎の中に入ると、毎日通っているはずの学校がいつもの違う感じがする。ボクの足音だけが校舎に音をたてる。
地学室は四階にある。メガネ君の趣味でオカルト本や、地球儀が何個もあって、そこは今は誰も使っていない。
階段を上がって、地学室の前に着く。エリーはまだ来ていないようだ。
ボクは無数にいる〈ヨウセイ〉に問いかける。
「どうして、この女の子の周りを飛ぶの?」
灯った〈ヨウセイ〉の一人が声を出した。
「ユウと同じ匂いがする」
「ボクと同じ匂い?」
「うん」
ボクは女の子を見る。そしてボクと女の子の身体を嗅ぐ。土の匂いしかしなかった。
「よくわかんないな」
ボクが一人で呟くと、地学室と書かれたラベルが入ってある鍵をエリーが持って戻ってきた。
「ありがとう」
ボクはお礼を言う。
「貸し一つね」
エリーは嬉しそうに言った。ボクは「はいはい」と言いながら地学室の扉を開ける。
古い本が並べてあるせいか少しカビの匂いがした。
地球儀が置かれている机の椅子に女の子を座らせると、その赤いドレスがずれて女の子の小さな右肩が出た。
「……キレイ」
ボクは無意識に声に出していた。
首筋がまた見える。さっきの痛みは何だったのだろうとボクは手を伸ばす。首筋の鎖骨を触るとさっきに比べて冷たかった。
「やっぱり、気のせいかな」
ボクは触るのをやめようとしたその刹那、その首筋が光る。
その光はどこか〈ヨウセイ〉の光にも見えた。女の子が宙にふわりと浮く。
首筋から赤い雫の形をした光るペンダントが現れる。
光体の正体はそれだった。
「えっ」
ボクはその幻想的な光景に見惚れてしまう。そのペンダントには〈ヨウセイ〉が群がってもっと大きな赤の雫になる。
その瞬間。
女の子は眼を開けた。真紅の眼を。
そしてボクに言ったのだ。
「お肉が食べたい」
と。
〈ヨウセイ〉と真っ赤な運命 久保 奈緒 @kubonao
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