自分を応援してサポートしてくれる女の子っていいよね

としやん

第1話

 鋭い打球音が響く。

 コーチが打った打球が俺の前に飛んでくる。俺はそれを取り、ファーストへ放る。

「おい、今の少し投げるまでが遅いぞ」

 そう指摘されて、もう一本、また一本と打球が飛んでくる。それが今年の初夏の練習風景だった。


「お疲れ~はい、タオル」

 練習が終わり、手洗い場で俺は頭に水をかける。練習後にはこうやって汗を流すのを習慣にしている。その俺に隣から声をかけてきた女の子がいた。うちの野球部のマネージャーの女子だ。歳は同じで、元々はソフトボール部に所属していたが、高校からはマネージャーとしてチームを支えるほうに立ちたいという希望で、マネージャーになったとのことだった。

 俺は顔を上げ、彼女が持ってきてくれたタオルを受け取る。それで顔を拭く。彼女はいつも自分の家で洗濯をしてきたタオルなどをこうやって貸してくれる。そのタオルにはほのかに柔軟剤の香りが漂っている。タオルもかなり清潔にされているみたいで、フカフカとした感触が俺の顔を迎え入れる。


 この子はすごく甲斐甲斐しく俺のサポートをしてくれる。


「今日も結構しごかれてたね」

「いつものことだよ」

「今日はこの後自主練するの?」

「ああ、ちょっとだけな」

「そっか。なら私も残ろうかな」

 こうやって彼女は俺の自主練の時でも、絶えずマネージメントやサポートをしてくれる。なんでここまでしてくれるのだろう。他の部員も自主練をするときには、あまりこういう事は積極的にはしないらしい。どうやら俺にだけしてくれるらしい。家の方向が一緒だからとかそういう理由だろうか。


 そうこう考えている間に、俺は再びグラウンドへ戻る。他の部員たちはどうやら先に帰ってしまったようだ。今日は素振りとランニングを少しして帰ろうと考えている。


 素振りをしている際中、彼女はちょこんと近くで座って、俺の様子を眺めている。暇じゃないのかな。

 マネージャーとはいっても、これは俺個人がやっている自主練だ。なぜこの子はこうやって俺を甲斐甲斐しくサポートしてくれるのかな。

「なぁ、帰っても大丈夫なんだぜ? 俺自分で適当に区切りつけて帰るからさ」 

「気にしなくていいよ。一応マネージャーだし。それに君がこうやって頑張っている姿見るの、結構好きなんだ」

 そういって彼女は俺に微笑みかける。その拍子に耳にかけていた髪が垂れ落ちる。彼女はそれを再び耳に掛ける。よく女性がする仕草だけど、すごくきゅんとするのは俺だけじゃないと思う。 

 彼女は普段は、その長い髪を後ろにまとめている、いわゆるポニーテールだ。地毛が少しだけ茶色なため、少しだけチャラく見えてしまうが、その実はちゃんとこうやって真面目にマネージャーをやってくれている誠実な女の子だ。

 

「じゃあ、ちょっとランニングしてくる」

「うん」 

 そういって俺は彼女に背を向け、グラウンドを走る。いつもよく見る風景。この三年間、何度この風景を見てきただろう。ここの地面は少し走りづらく、凸凹している。ここのカーブはこのくらいで曲がり始めれば、体力を節約してランニングができるなど、この三年間の内に無意識的に積み上げられてきた経験則が、ランニングを通して蘇る。

 思い出されるのは、何も野球の経験則だけではない。さっきの彼女と過ごした日々も忘れられない日々で、ランニングの時間でもよく彼女のことを考えている。

 

 彼女と出会ったのは二年前。あの時は、まだソフトボール少女という印象が非常に強く、女の子っぽいというよりは、ボーイッシュな感じが残っていた。その元気印が短く切られたショートカットの髪型だった。肌も今よりずっと焼けていて、女の子っぽさはあの時はあまりなかったように思われる。ただ、お互い野球が好きだったので、よく話すようになった。一緒に野球を観戦しに行ったこともあるし、一緒に夏祭りをまわったりしたこともある。なんというかあの時は野球友達という感覚が強かった。


 一年前。夏の大会では先輩たちが試合に敗れて、引退となってしまった。正直、とても悔しくて、でも先輩たちの前で自分がへこむのは何か違う気がして。陰でこっそりへこんでいた。その時、一緒にその悔しさを共有したのも彼女だった。俺は徐々に彼女に心を許していくようになった。ただの面白い友達ではなくて、信頼に足る人物なのだということを確信し始めたのだ。

 

 彼女との思い出は数えきれない。気づけば一緒にいる。それが当たり前、そんな感覚だった。


「ランニング終わり?」

「ああ今日は少し早めに切り上げようと思ってな」

「そっか、お疲れ様」

 そういって、彼女はまた俺にタオルを渡してくれる。


 俺はふとランニング中に沸いた疑問を聞いてみた。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「うん?どうしたの?」

 そういって彼女は俺の目を見つめ、ちょこんと首をかしげる。

「何で、お前ってそんなに俺のことを構ってくれるの? 確かにマネージャーだけど、自主練にまで付き合ってくれるマネージャーとかきいたことないし」

 そうすると、彼女は深いため息を吐き―

「はぁ、それわかんないの?」

 深く失望したとでも言いたげな様子で俺を見つめる。

「ほんと、野球バカというかなんというか……道のりは長いな~」

「えっどういうことだよ」

 彼女は独り言つ。俺がそれに反応したが、彼女は相変わらず、呆れたような目線を俺に向け―

「…………よし!」

 と何かを決意するようなまなざしを再び俺に向ける。

 彼女が俺に距離を詰めてくる。彼女の目は俺の一点を見つめており、少しも目線をずらそうとはしない。俺は少し恥ずかしくなって、目をそらしそうになる。

「目をそらさないで」

 そういって今度は顔を近づけてくる。その瞳はいつもの元気印な少女というよりは、一人の女性が俺の目の前を支配していた。目の前のボーイッシュも、一人の女の子なんだと俺は気づかされた。そしてそれが一人の女の子だと気づかされた瞬間、さっきまでの気恥しさは頂点を極める。

 顔が熱い。彼女の顔も少しだけ朱に染まっている。彼女の顔はいつ触れ合ってもおかしくないような距離にまで近づいてきた。俺は今までにない程の心臓の高鳴りを覚える。

 やがて彼女が俺の耳元に言葉を吹きかける。少しだけくすぐったい。


「何でだと思う? これがヒントだよ」

 そういって彼女は俺から顔を離す。その顔は、今までの元気印と女性らしさが混在したような表情に見えた。もはやこの子を前までのように見ることはできそうになかった。

 

 試合でさえ、ここまでの緊張感なんて覚えたことはない。ツーアウト満塁の緊張やドキドキよりもこの一瞬の方が何倍も緊張している。野球しか知らない俺でもそれだけは分かったような気がした。

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