第66話 いつか君とハンバーグを

 晴天に導かれ、風と景色を楽しもうと塔の屋上に出てみたら、先客がいた。


「ルルたん。珍しいな、屋根裏から出てくるなんて」

「……」


 ルルイェは無言で俺の手を引いて座らせると、膝の上に自分のお尻を載せた。


「おいおい、なんだよ。しばらく俺に逢えなくて寂しかったか?」

「うん」


 頷くとルルイェは、「はふー」と息をついてくつろぎはじめた。

 こう素直にこられると、こっちが戸惑ってしまう。

 ルルイェほど極端じゃないが、ぶっちゃけ俺もコミュ症なので。

 じゃなきゃ日本にいた頃、もうちょっとどうにかできてた。


 俺は開き直ってルルイェを抱きかかえると、つむじにあごを載せた。


「やっぱルルたんの傍が落ち着くなぁ」

「……うん、おちつくの」


 正直に告白すると、少しだけ分かる。ヒキコモリから脱出しようとするルルイェの足を引っ張ろうとした、ドラゴニアの気持ちが。

 だって俺もヒキコモリだったから。

 この抱き心地のいいちんちくりん魔女が、ふいにいなくなってしまうかもしれない――

 そんな想像に切ない気持ちになりながら、俺は出発前にドラゴニアが話していた事を思い返す。




「ルルのタブーの事なのだけれど――」


 ルルイェのタブー。それは成長する事だとドラゴニアは言っていた。

 ヒキコモリが部屋を出る。それも成長であり、ルルイェは力を失う可能性があるのだと。


「これはもしもの話よ?」


 ドラゴニアはそう前置きする。


「もしもあの子が私のように、誰かを好きになったとするじゃない?」

「はぁ、ルルたんが誰かを好きに」

「つまり、恋をしたらって話よ」


 ゴージャスなドレス姿で胸の谷間をさらし、男を手玉に取るのなんてお手の物、といった雰囲気の美女が、思春期の女子中学生みたいに頬を赤らめながら恋がどうとか言い始めた。


「ルルたんが恋したらどうなるんです?」

「力を失うかもしれないわ。だって恋は……女の子を女へ成長させるから」

「だから、なんで知ったかぶりの恋愛知識をひけらかす女子中学生みたいになってんすか」


 まあ、千年以上生きてきて初めて彼氏ができたという神話級の超遅咲き女子なのでしょうがない。


「……いまいち分かんないんですけど、ルルたんが力を失ったらどうなっちゃうんですか?」

「どうって……途方もない損失よ。見たでしょう? あの子の力」

「はぁ。まあ、見ましたけど。でもあいつの場合、その途方もない力を全然有効利用できてませんし。あってもなくても一緒じゃないかと」


 俺の答えに、ドラゴニアはぽかんとバカみたいな顔をする。

 それから、急に噴き出した。


「ふふっ、あははははは、そうね、大した事じゃないわね!」


 ひとしきり笑ってから、付け加える。


「むしろ、いい事かもしれないわ。だってあの子の力は、あの子を縛る呪いなんですもの」

「呪い?」

「ええ。だって、そのせいでちんちくりんのまま。もしもあの子を呪いから解放してくれる誰かが現れたら、その時ルルは恋に落ちるんでしょうね」


 「私って恋愛体質なの」とか言い出しそうな実にいい顔で、ドラゴニアが言う。

 初めて彼氏ができて浮かれてんなぁ、このドラゴン……。


「そうしたら、わずらわしい力と共に永遠の命も無くすわ」

「それはちょっともったいないっすね」


 ドラゴニアは首を振る。


「永遠の命と引き換えに、好きになった誰かと同じ時を生きられるようになるって事よ」


 ただの女の子になって、当たり前に歳を取り、やがて人生の終わりを迎える。

 ルルイェやドラゴニアにはそんな、俺にとっての当たり前がない。


「……もしそうなったら、ドラさんは寂しくなりますね」

「そしたら私も同類たちの後を追って、どこかのびのび暮らせる世界へ旅立つ事にするわ」


 さっぱりした顔で言うと、ドラゴニアは俺を見て一言付け加えた。


「その日は、案外近いかもしれないわね」




「タケタケ、どうしたの?」


 ルルイェが、心配そうに俺を見上げていた。


「ん? なにがだ?」

「泣いてる」


 …………。


 しまった。うっかり泣いちゃってた!


 学校に通ってた頃、真っ当な人間関係を築けなかった俺にとって、別れは解放でしかなかった。


(誰かと離れる事を想像しただけで泣けてくるなんてなぁ……)


 俺もこっちの世界で、少しは成長したのかもしれない。

 いや、してないとやばい。

 どんだけ死にそうな目に遭ったり、実際死んだりしたと思ってるんだ。RPGならレベルもだいぶ上がっている頃だ。


「お腹イタいの? 魔法でなおしてあげる」


 ルルイェが俺の腹を撫でながら、魔法をかけてくれた。

 くすぐったい。


「なおった?」

「ああ、だいぶよくなった」


 俺が答えると、ルルイェは涙を拭いてくれた。

 そして、俺の顔に手を添えて、


「ちゅっ」


 尖らせた唇を、口に押しつけてきた。


「……」

「……」

「……おまえ意味分かってやってるか?」

「? ドラちゃんの真似」


 意味が分かってるのか分かってないのか、ルルイェはご機嫌な様子で鼻歌を歌い始めた。

 足をぶらぶらさせてる様子は、子供みたいだ。

 やっぱりこれは、意味分かってないな。

 ホッとしたような、残念なような複雑な気分。

 だってルルイェが順調に成長したら、幻術で見たセクシールルみたいになるわけで。


(あれはドラゴニアに匹敵するとんでもない美女だった!)


 俺の内心での葛藤など知らず、ルルイェはご機嫌に言う。


「タケタケとハンバーグ食べる」

「ああ、そうだな。食おう食おう。めちゃくちゃ美味いんだぞ。ソースが何種類もあってな、オススメはデミグラスソースだけど、どうやって作るんだっけな……」

「おおー! でみぐら……じゅるり」




 大きく寄り道をしたものの、旅は順調。


 ルルイェと仲間たちを乗せた塔は、南へ向けて歩く。


 ドワーフの工房と、その先にあるまだ見ぬハンバーグを目指して――。



   異世界奴隷と千年の魔女  第二部 完

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異世界奴隷と千年の魔女 紺野アスタ @asta_konno

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