第65話 新たなる旅立ち
「ヌゥゥゥゥゥゥン!!!」
倒れていた塔を、ベルゼルムが起こして直立させた。
剣で斬られて割れた部分には、ルルイェが応急処置をする。
「泥で亀裂を塞いで魔法で固めたのか。でも、ずっとこのままってわけにもいかないよな」
「……お
「おおっ、いいねそれ。部屋を増やして、キッチンももうちょっと使いやすくして」
「浴場も広くするのじゃ!」
ライリスが嬉しそうに口を挟む。
どうやらこのまま居座る気まんまんらしい。
「まあ、この先はリーン王国の領地を行く事になるだろうから、第二王女がいてくれると何かと便利だろう」
「そなた、私を人質扱いする気じゃな! そんなのは恥ずかしいからダメじゃ!」
アイシャさんが申し訳なさそうに手を挙げる。
「狭くてもいいので自分の寝床がほしいです……」
ボスコンが続く。
「それならば姫様のための個室をどうか」
ガイオーガまで、おずおずと要望を口にした。
「オレハ階段ヲ広クシテホシイ。通リヅライ……」
全員、勝手に居着いてるくせに図々しい話だ。
「どうする、ルルたん?」
「まるっと許可する」
成り行き任せにここまで来たけど、ルルイェの許可が出て、ようやく正式にここにいる皆が居候である事が認められた。
仲間に囲まれたルルイェを、微笑ましいような、少し寂しそうな顔で眺めていたドラゴニアが言う。
「それなら、ドワーフのところへ行くといいわ。彼らなら改築工事を手伝ってくれるはずよ」
「……ドワーフどこにいるの?」
「ここからずっと南へ行ったところよ」
頭に「?」を浮かべているルルイェのために、ドラゴニアは地図を描いてくれた。
「……ただでやってくれる?」
「んなわけないでしょ。あなたの塔を改築するなら、相当な額がかかるわよ」
「お金ない。ドラちゃん、ちょうだい」
「……平然とたかるわね。でも残念ながら、うちにももうお金はないの」
「どうして? 悪い事していっぱい貯め込んでたのに」
「ほしいものがあってね。そのために使っちゃったの」
ボカして言っているが、それ絶対マンガだ。
インプに特定のマンガを仕入れさせるために、貯金全部つぎ込んだんだろう。
「どうしよう、タケタケ」
「いや俺に聞かれても。ライリスを人質に、リーン王国から身代金をせしめるか」
「犯罪者め! 天罰が下るぞっ!」
俺たちのメンツを見る限り、山賊とか泥棒とか誘拐とかそういう力業以外で、まとまった金銭を得る方法が思いつかない。家主からしてヒキニートなのだ。
すると、ドラゴニアが大きくため息をついた。
「これをあげるわ」
楕円形をした美しい白銀の板を一枚くれた。
それを見て、アイシャさんが跳び上がって驚く。
「銀竜の鱗! とんでもないレアアイテムですよ!」
ボスコンも生唾を飲み込む。
「……これ一枚で、城が三つは建ちますな」
それを聞き、ルルイェが両手を差し出す。
「あと十個ちょうだい」
「私にハゲになれって言うの? 泣かすわよ? ドラゴンの鱗は、とくにドワーフにとっては喉から手が出るほどほしい素材だから、それ一枚で塔の改築費用代わりにはなるんじゃないかしら」
「ありがとうドラさん!」
「いいのよ。世話になったから、とくにあなたには」
ドラゴニアが俺にウィンクする。
それを見ていたベルゼルムが、支えていた塔の外壁をミシミシと握り潰した。
ルルイェがじろっと睨む。
「塔壊したら、おまえ壊す」
「す、すまん、ついっ」
ルルイェにペコペコ頭を下げながら、兜の中から俺をすごい形相で睨んでいる。
ドラゴニアの事だから、わざと焼き餅を煽って楽しんでるんだろうけど、ここにいたら俺、ジェラシーに燃えたベルゼルムにあの外壁みたいに握り潰されるんじゃないだろうか……。
「そ、そうと決まればさっさと行こうぜ、ルルたん」
「うん。行こう」
ルルイェは塔を動かす準備のために、中へ入っていった。
それを見送って、ドラゴニアが漏らす。
「……ちょっとは寂しそうにしなさいよね、チビすけ」
その寂しげなつぶやきが聞こえてしまい、俺の胸に、ルルイェを連れて行ってしまう事の罪悪感が芽生えかける。
けど、考えてみたらこの人は、これからリア充生活が待っているのだから充分だろう。
「ドラさん、色々ありがとうございました」
「また遊びにいらっしゃい。あれとかあれの新刊も揃えておくわ」
「絶対来ます!」
マンガの続きが読めるのは、ドラさんちだけ!
「あ、そうだ。一つだけ聞いてもいいっすか? ドラさんくらいしか、知ってる人いなさそうなんで……」
「なに?」
「ルルたんって、何者なんです?」
俺はずっと、ルルイェよりドラゴニアの方が格上なんだと思っていた。
しかしそれは、ドラゴニアがルルイェに植え付けていたイジメっ子の序列のようなものでしかなく、実際はルルイェの方が遙かに強かった。
「さぁ、知らないわ。だって、私が産まれた頃にはルルはもういたから」
「え、じゃあルルたんの方が年上なんです?」
「あなたたち人間のような年齢の概念は私たちにはないわ。有史以前の世界は、もっと曖昧で混沌としていたから」
時の流れも今のように一方通行じゃなかったって事だろうか。想像もつかないけど。
「でもそうね、これは金竜の爺様が言ってた事だけど、ルルは最初に現れた十三人の魔女の一人だそうよ」
最初に現れた十三人の魔女……?
という事は、ルルイェみたいなのがあと十二人いたって事か。
「あの子、強かったでしょ。すごく」
「ええ……」
「私も初めて見たけど、たぶんルルも初めてだったんじゃないかしら。あそこまで力を出したのは」
「どういう事ですか?」
「ルル自身も、まだ自分の限界を知らないだろうって事よ。そこまで力を使う必要性が、今までなかったから」
なるほど。まだ全然底が知れないと……。
「この先も、そんな事が起こらないといいわね」
「そうっすね。一緒にハンバーグ食べて、平和に暮らしたいっす」
ルルイェが魔法を使う必要のない毎日が続いてほしい。
……たぶんその度に、俺死にそうになる予感がするから。
「私からも、一ついいかしら」
ドラゴニアが躊躇いながら切り出した。
「なんでしょう?」
「ルルのタブーの事なのだけれど――」
「え、ドラちゃんハンバーグ知ってるの?」
「ええ、私が読んでいる異世界の書物に出てきてたのを思い出したわ」
「どんなごはん?」
「丸くて平らな肉の塊で、赤いソースがかかっているのよ。とても美味しい……みたいね」
「まるくてたいらであかい……」
ルルイェがよだれを垂らしていたので、拭いてやる。
「出発準備ができましたよー」
アイシャさんが窓から手を振っていた。
俺たちは塔の中へ戻る。
「じゃあね、ドラちゃん。ハンバーグができたら、食べに来てね」
「ええ、行くわ」
「バイバイ」
ひらひらと笑顔で手を振るドラゴニア。
ルルイェは、明日にでもハンバーグが食べられると思ってる顔で、目をキラキラさせながらドラゴニアに手を振り返した。
塔が歩き出す。
俺も、見送ってくれるドラゴニアとベルゼルム、ベルゼルムに付き従った元魔王軍の兵士たちに手を振る。
それを見ていたアイシャさんが心配そうに言う。
「あの方たち、どうなさるんでしょうね」
「銀竜の山の麓に城を建てて、住み着くつもりらしいです。この辺りは以前栄えていた王朝が滅ぼされて以来、住む者のいない荒野になっていますから」
ベルゼルムはドラゴニアのために離反したが、魔王への恩義を忘れてはいないと言っていた。
だから、敵対はしない。
ただし、攻めてきたら応戦はする。そのための準備をしなければならないとも話していた。
まあ、ドラゴニアもいるし、よほどの大攻勢を受けない限りはどうとでもできるだろう。
むしろ、痴話喧嘩でドラゴニアに呪い殺されないかが心配だった。
話している間に、ベルゼルムの巨体が小さな点になるほど離れていた。
また何度も死にそうな目に遭いつつ、出逢いもあり、マンガや温泉やお色気もあり、思い返すと結構楽しかった日々は、あっという間に過去へと遠ざかっていった。
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