第64話 リセット

 お湯から上がり、冷たい飲み物で失った水分を補給する。

 皆、戦いの後の安らぎをおおいに満喫していた。


「魔女よ、これを」

「?」


 ライリスがルルイェに箱を差し出した。

 中身は、トゥハード2クリスマス限定コマ姉サンタバージョンフィギュアだ。


「これを返して、ちゃんと仲直りしてくるがよい」

「……」

「私には友達がおらぬ。大国の王家に生まれ、釣り合う身分の者がおらぬのでな。そなたと似たような境遇じゃ。お節介かもしれぬが、せっかくいる友達は大事にせい」


 いつもルルイェの次にお子ちゃまのライリスが、何やら大人びた意見を言っている。

 そういえばボスコンが話していたな。姫様は子供っぽく振る舞っているが実は聡明なところもあるとかなんとか。あれは主君をヨイショしているだけだと思っていたが。


「……わかった」


 ルルイェは、受け取ったフィギュアを持ってドラゴニアのところへ行った。


 ドラゴニアは、月夜の雪景色を眺めながら、一人でお酒を飲んでいた。


「ドラちゃん」

「ルル……。何か用?」

「これ」

「……?」


 箱の中に布に包んで大事に保管してあったトゥハード2クリスマス限定コマ姉サンタバージョンフィギュアを見て、ドラゴニアが一瞬どうしていいか困った顔をする。

 いつもなら憎まれ口を言って、高飛車な笑みを浮かべるところだが、酔いも手伝ってか今日のところは素直になる事にしたようだ。


「ありがとう、ルル」

「ううん。ごめんねドラちゃん」


 こっちも素直に謝ったルルイェにドラゴニアは微笑みかけ、ルルイェのつやつやな黒髪を優しく撫でた。

 そして、ケンカの発端ともなったフィギュアを慈しむように眺める。


「…………あら?」

「どしたの」

「折れてる」


 フィギュアの首がぽっきり折れていた。

 するとルルイェは素早く言う。


「あいつのせい」


 ドラゴニアの傍に行きたい、けど照れくさくて行けない。

 という距離感でもじもじしていたベルゼルムを指さした。


「なに、俺か?」

「あいつが塔を倒したせい」

「……ベルゼルム、本当なの?」

「あ、いや…………分からんが、その可能性は否定できないというか…………ぐおおっ、急に腹がっ!?」


 ベルゼルムが腹を押さえてうずくまる。


「下痢になる呪いをかけたわ。心臓を潰されないだけマシと思いなさい」

「大丈夫。このくらい直せる」


 ルルイェはゴーレムモデラーの本領を発揮し、コマ姉の首を元通りにした。


「ありがとうルル。じゃあ、私も元通りにして返すわね」


 ドラゴニアが紙切れを取り出した。俺の奴隷契約書だ。

 その文言を、パズルでも組み替えるみたいに書き直す。


「これでタケルはあなたのものよ」

「……うん。ありがと」

「タケルも、いらっしゃい」


 呼ばれたので傍へ行く。


「手を見せてみなさい」


 俺は左手のひらを開いて見せた。

 そこに『1』という数字が刻まれている。


「危なかったわね。あと一度私に刃向かっていたら、あなた死んでたわよ」

「……みたいっすね。あははは」


 笑ってごまかしたが、心臓はバクバク鳴っていた。

 ドラゴニアが手を握り、放すと、数字は『9』にリセットされていた。


「あ……ありがとうございますっ!」

「ふふ、お礼なんていいのよ。本当は『反逆カウンター』をなくす事もできるのに、あえてリセットだけにしたんだから」


 そう言ってにっこり笑う。


「なぜ……?」

「その方が面白そうだから?」


 やっぱり性格悪いよこのドラゴン!


 キュッ。その手を、ルルイェの小さな手が掴んだ。

 『9』という数字が刻まれた手のひらを、さわさわと撫でる。


「……えへへ、タケタケおかえり」

「お、おう、ただいま……」


 ルルイェが普通に笑っている顔を、俺は初めて見たかもしれない。

 元が可愛い顔してるだけあって、なかなかの愛くるしさで俺は言葉を失う。


「なぁに?」

「あ、いや……ルルたんも笑うんだなって……」

「?」


 その時だった――

 影の中から腕が伸びてきて、俺の心臓めがけ刃を突き立てようとしたのは。


「え?」


 一瞬、あっけなく死んだと思った。

 けど、刃の先端が俺に届く前に、ドラゴニアがその手を掴んでいた。

 竜姫はため息をつく。


「だから見えてるって言ったでしょう?」

「ぐっ……」


 影の中から、片腕が切断された男の姿が現れた。


「誰を狙ってるのか確かめようと思って泳がせてたけど、タケルが標的だったのね」

「ヒヒヒ……そいつさえいなければ、計画は上手くいっていたのでな」

「逆恨みじゃないわよね?」

「もちろん……。その男を生かしておいては、必ずや我らの計画の妨げとなる。だから殺す事にした」

「そうね。私もそう思うわ」


 ドラゴニアはそう言って、影の男に同意した。


「ちなみに、私があなたを生かしておいたのは、ただ殺すのが面倒だったからよ。でも、タケルに手を出すというなら、そうも言ってられないわね」

「ヒヒヒ……まだ死ぬわけにはいかん」


 影の男はぐにゃりと体を曲げると、靴のつま先に仕込んでいたナイフで、器用にも自分の腕を切り落とした。

 両腕を失いながら、影に潜んで姿をくらます。


「すげー執念だな!?」


 腕を捨てるという判断を瞬時に下して、逃走を図るとは。

 俺、これからあんなヤツに狙われ続けるのか!?

 ゾッとしている横で、ルルイェもドラゴニアものんびりとしている。


「あわてんぼうね。忘れ物していくなんて」


 切断された腕を持って、ドラゴニアは言う。


「一言お礼を言っておきたかったのよ。ありがとう、あなたは私たちの恋のキューピッドよ。さよなら」


 ドラゴニアの手の中で、残された腕が黒い炎に包まれた。

 それと同時に、


「うぎゃああああああああああああっ」


 どこからか断末魔の叫びが聞こえた。

 見に行ってみると、両腕のない男が黒い炎に巻かれて焼け焦げていた。


「ドラちゃんは、相手の体の一部があれば、どこにいても呪いがかけられる。ほんと最悪な魔法を使う嫌なドラゴン」

「ふふふ、見てたわねベルゼルム」


 口元に笑みを浮かべながら、ドラゴニアは一本の毛を見せる。


「これはあなたの髪よ。もし浮気しようものなら……ふふふ」

「……肝に銘じておきます」


 ベルゼルムは青ざめながら答えたのだった。

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