第63話 約束されし温泉回

「憧れのルルイェ様と……お・ふ・ろ!」


 みんなで一緒に露天風呂へやってきた!


 ……のだが、アイシャさんが興奮しすぎて気持ち悪い。


「……はぁ~~、生きててよかった。長生きってするもんですね。ハイエルフに生まれてよかったです」

「頼むからお湯を飲んだりしないでくださいね。あと気持ち悪いです」

「ハッ、そうですね! ルルイェ様が入ったお湯をテイスティングしないと……!」


 だからやめろって言ってるんだが。

 影の男と戦ってた、あの凜としたアイシャさんとはきっと別人だこれ。


「ガイオーガ、結界壊してくれてありがとな。助かったよ」

「カマワヌ。オレハ闘ウ事シカデキヌ男」


 まーた「自分不器用ですから」みたいな事言ってるよ。


「あ、でも、影の男を取り逃がしてしまいました。あれは何者だったんでしょう? 暗殺術の持ち主のようでしたが」

「デーモン共の手下よ」


 ドラゴニアが言った。

 俺は尋ねる。


「デーモンってなんですか? 悪魔?」

「その呼び名がぴったりくるわね。でもデーモンは、元々はこっちの世界の住人じゃないの。別の世界から来たと言われているわ」


 俺と同じようなもんか。


「デーモンは影の男を使って、何をやらせようとしていたんでしょう……?」


 アイシャさんが尋ねると、ベルゼルムの副官の男が答えた。


「おそらくは、この世界を乗っ取ろうとしているのでしょう」


 この男もデーモン族だ。


「彼らは裏で暗躍し、目に見えぬところから世界を蝕もうとしています。自分の従弟も、勧誘されて仲間に入ってしまいました……。戦乱の世に夢を持てない若者を言葉巧みに勧誘し、尖兵としているのです」


 どっかのテロリストみたいだな……。

 魔王は表から世界征服を目指しているが、デーモンどもは裏で暗躍する秘密結社みたいな事をしていると。


「もしかして、あの享楽の魔女とかいうぼくっ子魔女も仲間なのかな?」

「そうみたいね」


 ドラゴニアが答える。

 ルルイェと違ってちゃんと物知りだな。あいつなんて、魔王の存在さえ知らなかったのに。


「ヤツらは、世界中で火種を作って回っているみたいね」


 クリスタルドラゴンを復活させたり、ドラゴニアとベルゼルムを争わせようとしたり。

 他にも色々やってるんだろうきっと。やな連中だな。


「インプを使って異世界から物品を仕入れたり、転生詐欺で奴隷を売買してるのも、軍資金作りなんでしょうね」


 それに見事引っかかった俺と、そうと知りながら異世界のマンガを高額で買い付けているドラゴニアがここにいるわけだが。


「ルルたん、なんかそういう悪い連中がいるみたいだから気をつけような」

「……」


 ルルイェは温泉の端っこで、みんなから離れて背を向けている。

 俺はルルイェの傍へ寄っていく。


「こっちこいよルルたん」

「……やだ。知らない人がいっぱいいる」

「相変わらずコミュ症なのね、このチビすけは」


 ドラゴニアもニヤニヤしながら寄ってきた。

 ルルイェがムッとして睨み付ける。


「お子ちゃまが怒っても恐くないわよ」


 わざと胸をぷるんとさせるドラゴニア。本当に性格が悪い。

 その性格を表すようなけしからんおっぱいをガン見する俺を、ルルイェが不満そうに見ていた。


「……新しい魔法作った。ドラちゃんをギャフンと言わせるやつ」

「そういえば結局使わなかったわね。そんなにすごいの?」


 こくん。ルルイェは自信ありげに頷いた。


「今使う」

「ちょっ、待てルルたん!?」


 俺が止める間もなく、ルルイェは新魔法を発動させた。


 ボインッ!


 そんな効果音と共に……


「る、ルルたんが…………ボインになった~~!?」

「ふっふっふ」


 ドラゴニアが、湯に浮かぶルルイェのボインをしげしげと覗き込む。


「……これ幻術じゃないわね」

「ホンモノ」

「なんという事をなさるのですかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 温泉の反対側から悲鳴があがった。

 アイシャさんが、お湯を掻き分けて飛んでくる。

 ルルイェの胸に出現したボインを見て、わなわなと震える。


「おいたわしや……ルルイェ様。このような無残なお姿になられて……」

「むざんじゃない。ボインボイン」


 湯の中でボインを揺らすルルイェを、アイシャさんは影の男と戦っていた時と同じ、あの凜とした瞳で睨む。


「ロリ巨乳など邪道! つるぺたであってこそ、幼女は輝くのです!! いえ、胸の膨らみを否定するつもりはありません……。むしろ、わずかに膨らみかけた胸こそ至高のもの。幼女期の終わりを予感させる第二次性徴の兆しと、まだ心の成長の追いつかないことのアンバランスな季節……その一瞬の輝きに、永遠にも勝る美しさを見いだすのです……!!」


 いつの間にか温泉の湯と同じくらい熱い涙を流しながら、アイシャさんはルルイェにすがりついた。


「ですからルルイェ様、どうか……どうか巨乳になるのだけは、おやめくださいっ!!」


 ドラゴニアが、空中できゅっと手を握りしめた。


「ぐええっ」


 アイシャさんは握り潰されたカエルみたいな声をあげて、温泉にプカプカと浮かんだ。

 ……死んでなきゃいいな。


「どう、タケタケ」


 ムフン!


 とても自慢げだ。


「……いや、どうって聞かれても」

「こっちくる」


 ルルイェは温泉の中で立ち上がると、いつぞやのように俺の頭を抱え込んだ。


 むぎゅっ。パフパフ。


「おおっ、やわらかい! 鼻がゴリゴリ削られない!」

「でしょう。むふー」


 にまっと笑って、ルルイェはドラゴニアに視線を送った。


 ギャフン!


 と言うところを期待したんだろうが、ドラゴニアは平然として立ち上がった。

 クイッと腰をくねらせてみせる。


「胸だけ大きくしてどうするのよ。女の美しさはボディラインよ。見てみなさい、この腰のくびれを」


 温泉にいた全員から「おぉ~~」という感嘆の声が上がった。


「おまえたち、見るなあああああああああ!!!!!」


 突然、地鳴りのような怒号が響いた。

 大きすぎて同じ湯につかれないでいたベルゼルムが、崖下の温泉から叫んでいたのだ。


「ふふ、なぁに焼き餅? ちっさい男ねぇ、図体はでかいくせに」

「むぐっ……」


 口ごもるベルゼルム。

 真っ直ぐで純情な男だけに、これからこうやってドラゴニアにからかわれ続けるんだろう。

 お似合いと言えばお似合いのふたりだけど、苦労しそうだなぁ。


「とりあえずルルたん」

「なぁに?」

「俺はいつも通りのルルたんがいいな」

「…………しょぼん」


 せっかく苦労して作った新魔法だというのに、どうやら今日でお蔵入りになりそうだった。

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