3

―――――そして、目覚まし時計の音。



朝………目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。

いつものように制服に着替え、支度する。

部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。

学校。特になにもない。

下校。帰宅。

両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。

部屋に一人、夜まで過ごす。

夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。

部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。


そして、また目覚まし時計の音。

朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。

いつものように制服に着替え、支度する。

部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。

学校。特になにもない。

下校。帰宅。

両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。

部屋に一人、夜まで過ごす。

夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。

部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。


目覚まし時計の音。

朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもない。下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。部屋に一人、夜まで過ごす。夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。


目覚まし時計の音。朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもない。下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。部屋に一人、夜まで過ごす。夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。


目覚まし時計の音。朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもない。下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。部屋に一人、夜まで過ごす。夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。

目覚まし時計の音。朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもない。下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。部屋に一人、夜まで過ごす。夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。

目覚まし時計の音。朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもないどこにもいないなんでなんでなんで下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。部屋に一人、夜まで過ごす。夜。両親と夕食を摂る。会話は特にない。部屋に戻り、宿題や明日の準備をする。風呂に入る。歯を磨く。就寝。目覚まし時計の音。朝。目を擦りながら、時間を確認する。学校へ行く時間だ。いつものように制服に着替え、支度する。部屋を出て、リビングに向かい朝食を摂る。両親がいたが特に何も言わず家を出る。学校。特になにもない。下校。帰宅。両親はまだ帰っていない。部屋に入り、ドアを閉める。ドサッと鞄を下ろす。

部屋に一人、夜まで過ごす。




そこで僕は発狂した。




なにか訳のわからない事を喚き散らしながら、何度も何度も畳を叩いた。

部屋じゅう転げ回るようにありとあらゆる物を叩き壊した。

硬い机や本棚なんかは真っ赤に汚れた。

それでもお構い無しに僕は暴れ回った。



違う。違う、違う。

違う違う違う違う。

何だこれは?

これは違うだろう?



弟――――僕のたった一人の弟。

この家でずっと一緒にいたはずの弟。

その弟がいない。

それどころかその痕跡すら、この世界にはまったく存在しない。


どこにいった?


部屋を飛び出す。

思いつく限りを血なまこになって探す。

途中、奇異の目や悲鳴に「君、怪我してるじゃないか。止まりなさい!」なんて邪魔が入ったりしたがすべて振り払った。

どこにもいない。どこにも!


部屋に帰る。

やっぱり弟はいない。

どうして?僕とずっと一緒じゃないと駄目だろう?

弟には僕が必要だ。

だって弟は僕がそばにいなきゃ駄目なんだから。

僕から離れるなんて有り得ない。許さない。誰にも触れさせない。


僕のものだ。


だって僕は、弟を――――――




そこで理解した。

弟が神様に頼んだ、願い事を。




『わたしがいない世界で、兄がわたしだけを愛してくれますように。ずっと、ずっと………』




僕はひとり取り残された。

愛する人がいない、がらんどうの世界に。


自殺を試みたが、すべて失敗に終わった。

そうしようと思った途端、急に目の前に靄(もや)がかかったようになり、ふと次の瞬間には何事もなかったかのようにそういえば宿題まだだったな、とか帰りに本屋寄ろう、といった感じにごく自然に意識が逸れる。


なら最初に部屋で暴れ回った傷もどうにかしてくれと思ったが、出血の割に思った程傷は深くないようで、しかし不自然に早く塞がった傷は何故が痕だけがしっかりと残り、それを見る度にまた気が狂いそうで、どうにかなってしまいそうで…………このままではおかしくなってしまう、と本気で思った。



神様、お願いです。

僕を死なせてください。

弟がいない世界でなんて生きていけません。

もう、限界です。


けれど神様はもういない。

願い事はひとり一回。あいつはそう言うんだ。

畜生。何が神様だ。

悪魔め。


ああああああ。僕は叫んだ。喚いた。居てもたってもいられぬ衝動に身悶えた。狂う。きがくるってしまう。

お互いに気持ちが通じていれば幸せ? そばにいなくとも相手を想うだけで幸せ?

巫山戯るな。愛だとか恋だとか、そんな生温いものではない。

これは激情だ。本能だ。僕という生命が、身体中の細胞が叫ぶように、あの子を求めている。

欲しい。今すぐに。肌に触れたい。ぬくもりを感じたい。においも。声も。僕だけに見せるわがまま。そして、僕を見る目………隠しきれない恋慕に焦がれた瞳を。

その全て。僕のものにしなければ気が済まない。全部、全部、全部………それでもまだ、足りないくらいだ。

それが叶わないなら、どうして、生きる意味などあろうか。この世に生きる価値が。弟がいない世界で、僕は一秒たりとも正気で生きてなどいられない。ああああああああ。



生まれて初めての感覚だった。

僕は生まれつき、あらゆる感覚が鈍かった。

喜怒哀楽、寒さや暑さ、身体の痛み………それら全てにおいて鈍感だった。

誰かに嫌なことをされても、怒ったり悲しいと思うことはなかった。エネルギーの無駄だし、時間も惜しい。

この世には自分の力で出来ることに限りがある。周りの人や環境を変えるより、自分が順応するほうが圧倒的に早いし、余計な手間がかからない。

僕は誰に対しても怒らない。人を憎まない。そして人を愛さない。

生きていく上でもっとも煩わしいと思うのは人間関係だった。

あればかりは本当にわからない。人は何を考えてるのか解らないから。多分、自分とは違う生き物なのだ。

弟は不思議な存在だった。

僕は極力誰とも関わりたくない。両親でさえそうだ。

けれど弟に対しては………少し違った。

いつも僕のうしろにくっついて回る、僕よりちょっとだけ小さな存在を、僕は確かに好ましく思っていた。

弟は明らかに僕より弱い存在だった。そして僕とは逆に、あらゆる感覚に敏感だった。

外の世界に一歩出れば、弟は無意識の攻撃に晒される。

周りの人間は常に弟を攻撃してくるのだ。相手にそのつもりが無くとも。あるいは意識的に。

そして家の中では両親に攻撃される。全く、どうしようもない。

人として在るべき感覚を閉ざした僕には想像もできない苦しみだ。

それを今、僕は強制的に味わっている。


僕はいつの間にか泣いていた。

涙を流すのなんて何年ぶりだろう。

こんなにも息が苦しくなるものなのか。喉が痛い。呼吸が乱れるどころかその遣り方すら忘れてしまったかのようだ。

頭が。頭が痛い。割れそうだ。

意識が――――まるで風船のように膨らんで、脳を圧迫するイメージ――――。痛い痛い痛い。

こんなに。こんなにも頭の中が弟で一杯になって。これ以上どう埋め尽くす。

頭を掻き毟る。髪がブチブチと音をたてて指の間をすり抜けた。

これ以上。これ以上は無理だ。ほんとうに。頭が割れてしまうのではないか?

頭と同時に痛む胸も限界だ。こちらも掻き毟るように強く掴んで、痛い痛い痛い痛い痛い。くるしい。たすけて。



「 」



弟の名前を呼ぶ。

返事はない。

なんで。

そばに居てくれ。

こんなにも、



「あいして、いるのに」



掠れた声が出た。

今更言えた言葉は、もう虚しいだけだった。



弟は完璧に復讐を成し遂げた。

僕はもう死ぬ。だってこんなに身体中が痛い。

ああでも、もうすぐこの苦しみから逃れられる。

死ねば全てお終い。それだけだ。

早く。早く、早く。はやく死なせてくれたのむから。

はやく――――――。



僕の意識は途絶えた。














―――――そして、目覚まし時計の音。




僕は発狂した。







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復讐 烏籠 @torikago

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