きねら

DA☆

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 西方はるか、広大な岩石砂漠を越えた先の山中で金鉱が発見された───というニュースを聞いて、ひとやま当ててやるとて父や兄どもが色めきたったあの日から、もうどれほどが経つだろうか。一家総出で西へ移住することを、母や妹の私や、親類一同の意見を何ひとつ求めず、彼らはその日のうちに勝手に決めてしまった。


 たかが小作人のままで一生を終えるのがいやだったのだろう、そういう男ならではの気持ちはなんとなくわかる。


 だが、私は金鉱に興味がなかったし、穴掘りに必要な腕っぷしの自信もなかった。山ぐらしの中で、ただ足を引っ張ることになるだろうと、おおよそ予想がついた。長い移住の旅が始まり、空虚な砂漠の光景をひたすら見続けるうちに、なおさら嫌気がさしてきて、こんな賭けからは下りてしまいたい、と思うようになっていた。


 だから、旅の途中に立ち寄ったとある町の役場で、一枚の公告を見たとき、私は心を決めた。


 公告は、いうなれば、起業家支援。金鉱を求める山師たちの旅の通過点となったこの町では、宿屋や料理店などの、宿場町としての基盤が整っていなかった。そこで、新たに商業施設を開業する者に対し、補助金や優遇措置が用意される、という。


 私は、家族と別れ、ここで小さな酒場を新規開店することにしたのだ。


 「この話に、のってみたいの」


 役場からもらってきた資料を家族に見せて、私はそう切り出した。


 勝手なもので、ネンネの末娘の反乱に、父や兄は当然のように猛烈に反対した。だが、説得は簡単だった。どうせ山師の一家なのだ。父の血を引き、兄と同じ血が流れているのだ。私は私のやり方で山をはる。何も金を掘るだけが賭け方じゃないと。


 父や兄は、ひたすら苦虫を噛み潰した。


 「まったく、しようのない奴だ」


 父はそう言って、そっぽを向いた。


 「ひとりで大丈夫なのか」


 上の兄が言った。私とともにここに残るという家族がひとりもいなかったからだ。だからこそ、反対も厳しかったわけだが。


 「用心棒くらいは、雇うわよ」


 私の決意が固いのをみて、父も兄もしまいにはあきらめてしまった。


 いっとう仲の良かった下の兄は、せんべつだ、と言って一挺のリボルバー銃をくれた。ごつくて重くて、私には使えこなせそうにない代物だったが、私はそれをありがたく受け取った。


 「つらくても、めそめそ泣くんじゃないぞ」


 「もう子供じゃないわ。泣くわけ、ないでしょう」


 私は、笑って答えた。……そう、私は、確かにそう答えた。




 出店までにはさほどの困難もなかった。いや、まったくなかったといってもいいだろう。町の役場はにこやかに私を迎え入れ、公告以上の支援を約束し、実行してくれた。街道沿いの一等地、新築の店舗、仕入れの優先権。そこまでしていただけるのなら、税金とか上納金とか、ごたごた搾り取られそうなものだが、それもなきに等しく、まさにいたれりつくせりだった。


 話があまりにとんとん拍子で進み過ぎて、一抹の不安を感じるほどだった。


 開店準備がおよそ整って、それまで手伝ってくれていた家族が、金鉱を求めてまた西へ向けて旅立ってゆく頃、その不安は、私の中で、はっきりかたちあるものになっていた。


 この町、何か、変よ。


 私は、家族にそう言い出すことができなかった。


 近所づきあいをする気のあるわけもなし、彼らが町に関心を持たなくてもしようのないことだ。彼方の金鉱に思いをはせる父や兄に、大見得を切った以上は思案顔を見せるわけにもいかなかった。


 まず気づいたことは、土着の者たちの間に流れる、奇妙に閉鎖的な雰囲気だった。好意的にはしてくれるのだが、たとえば商工会の会合には呼ばれない。普段の会釈の直後、唇に薄ら笑いを浮かべる。うぬぼれかもしれないが、独り身の娘たる私に、言い寄ってくる者のひとりもいない。


 町中を歩いてみても、彼らは、不健康というよりは不健全な面構えで、あちらこちらたむろしていた。暇さえあれば、知っている者同士の輪の中で、サイコロ賭博や賭け碁に明け暮れているのだ。そして、よそ者の私や旅人たちに、にやにや笑いながら、上目遣いに不審な視線を投げかける。


 妖怪に支配されてでもいるかのような、重苦しい違和感が、彼らと私の間に、溝として横たわっていた。私はどうしてもその溝を越えられなかった。彼らとの接触は努めて避けた。近寄ると、自分まで無気力感に押しつぶされてしまいそうだった。


 けれど、私の店は、そんな町の人々の支援によって完成した。


 私ひとりを残し、砂ぼこりを立てて西へと去ってゆく家族の馬車を、手も振らず、黙って見送った後、私は自分の店に戻った。


 両開きの扉を開けて、中を見回す。磨き上げられた床。円卓がふたつ。卓ひとつにつき、椅子はみっつ。丸椅子がいつつ並ぶ、幅の広いカウンターの向こうの棚に、ずらりと並ぶウィスキー。ピアノもなく、暖炉もない、狭い店だ。


 ……ここは、私の城だ。そのはずだ。だが、不安だった。泣いたりしないって兄に誓ったはずなのに、涙がこぼれ落ちそうだった。膝を抱えて座り込みながら、私は何度も何度も頭を振って、不安を頭から追い出した。




 前宣伝をしなかったので、開店当初はほとんど客が来なかった。ひとりで、なんとでも切り盛りできた。


 けれど、こんな得体の知れない町でなくたって、女ひとりでの商売は恐怖感がある。強く頼れる用心棒が、どうしても必要だった。


 開店前から出している店員募集の貼り紙には、何の反応もない。私は孤独と不安に耐え、それらを表に出さぬよう努めながら、じっと待った。


 ようやく希望者がやってきたのは、開店三日目だった。


 「よぅ」


 ぞんざいな挨拶が、戸口に聞こえた。貼り紙をひっぺがし、ひらひらと手で振りながら、その男は現れた。


 一見、なれなれしい軟派な優男だった。泥にまみれた長いマントを羽織り、その裾からはショットガンの銃口が覗いている。かけている黒眼鏡は日よけ砂よけのためか、それとも表情を隠すためなのか、よくわからなかった。顔の作りと口元だけを見ればかなりの男前だが、浮かべている薄ら笑いがどうにも不快だった。


 私は警戒心をあらわにし、男をにらみつけた。男は、わずかに歯を見せた。


 「そんな面すんなよ。店員を捜してるんだろ」


 明らかに私を見下していた。


 「……えぇ」


 「俺を雇いな。安くしとくぜ」


 「私は……」


 言いかけるところを男はさえぎった。


 「わかってる、本音は用心棒だろ。まかせろよ」


 「……自信がおありのようね」


 「まぁね。銃の腕前には自信がある。殴り合いもまぁまぁだ。ついでに、この町での処世ってのにも、自信満々だ」


 私は眉をひそめた。


 「あなた、この町の人?」


 「あぁ。この町で生まれて、この町で育った」


 男は、私のひそめた眉を見て、にやりとした。


 「あんた、この町が嫌いだろう」


 「……えぇ」


 「心配するな、俺も嫌いだ」


 男は黒眼鏡を外した。思ったよりも、涼やかな瞳だった。少なくとも人に悪印象を与える顔つきではなく、かといって魅きこまれるほどの存在でもなかった。何を考えているのか、いまひとつ読めなかった。


 「生まれも育ちもこの町だ。だが、自分で言うのもなんだが、ちょっとクセのある生き方を選んだもんでな。町中の嫌われ者だ、俺は。それでもこうしてどうにかやってきてるが、よそ者の集まる店の方が、居場所としてはありがたいわけさ。……で、どうなんだ。用心棒が要るんだろ。やってやるぜ」


 男はそう言った。


 男の言葉すべてに納得したわけではなかった。しかし、孤独感を抱えていつまでも悩んでいたくなかった。少し考えたが、自信の裏打ちがあればこその尊大な態度なら、悪くはなさそうだ。私は、彼を店員兼用心棒として、雇うことに決めた。


 こうして私の店は滑り出した。

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