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私は、恐怖に固まる心の内側から弾け出すような、激しい昂ぶりを感じた。すべてを察し、涙は即座に止まってしまった。
辻褄が合った。町全体の奇妙な雰囲気、いたれりつくせりの起業家支援策、親切だった役人、店を順調に営んでこれたことさえも。用心棒の言葉、現れた奇怪な男たち、観衆の存在。私にまつわるすべてが、最初から町挙げての一大イベントのために用意されていたのだ。
町の援助によって開くことのできたこの店……私が将来を賭けたのではなかった。逆だ。私は賭けの道具にされていたのだ。蜘蛛の網にかかった哀れな獲物、その中でも、ことにめだつ蝶にすぎなかったのだ。
昨日今日の話じゃない。店を開こうとし、私が役場の扉を開けた瞬間、この陰険で傲慢なギャンブルは始まっていたのだ。税金が安いわけだ、賭けの胴元くらい儲かる商売はないのだから!
それはきっと、金鉱脈を探す一世一代のバクチを打つ度胸もなく、けれどそんなバクチ打ちの落とす金に媚びて生きる町の人々が、自分たちの小心を棚に上げて、憂さを晴らすために思いついた王様ゲーム。よそものの小娘を、恐怖のどん底に叩き落とし、泣きわめかせた者の、勝ち―――。
けれど、そうと解ったからには、思い通りにはならない。なってやるもんですか。私は歯を食いしばり、必死に恐怖を振り払った。もう、決して声を出さない。おびえたりしない。怖くて悔しくて涙がこぼれそうだけど、泣くなんてもってのほか。絶対に、これ以上こんな賭けに荷担しない。さっきの用心棒の言葉が正しければ、二着がいなければこの賭けは成立しないはず。
その私の予想を裏づけるように、一着となった顔の大きい男は、血まみれのまま満面の笑みを浮かべて、一歩退いた。逆にそれ以外の男たちは、体勢を立て直し、再び前進を始めた。
不気味な顔の羅列から顔を背けながら、私はもう一度銃を構え、撃鉄を起こした。右手に激痛が走り、顔を歪めた。さっきの発砲で、骨にひびが入ったのは確実だった。兄ならともかく、私のきゃしゃな腕にこの銃は、護身というには強力すぎるのだ。だが、もうどうでもよかった。痛みをこらえ、男たちに銃口を向けた。
彼らは一瞬ためらって止まった。だがすぐに、目の大きい男は目を剥いて、鼻の大きい男は鼻を鳴らして、耳の大きい男は耳をぴくぴく震わせて、口の大きい男はぼはぼは笑いながら、カウンターの中にいる私に向かって、再び迫ってきた。それぞれに二着を狙っているのは明白だった。
私が意を決して、ともかく狙いを目の大きい男に定め、引き金を引こうとしたそのとき、かの用心棒が、下からその手を軽く押さえた。
「無理するな。腕が一生使えなくなるぞ」
目を覚ましていたのだ。おそらく気絶したのはほんの一瞬で、後は気絶したふりをして機をうかがっていたのだろう。
用心棒はマントを翻して立ち上がり、私の手から銃をもぎ取った。
ちらと弾倉を確認すると、もうためらわなかった。すかさず銃口を口の大きい男に向けた。今度は用心棒の方が速く、再び何か叫ぼうとした大口の中に、真正面から弾丸が撃ち込まれた。口の大きい男は、割れたザクロのように赤く染まった口をぽっかり開けっぴろげて、真後ろに倒れ息絶えた。
それからはほんの数秒間、立て続けに銃声が轟いた。用心棒の動きは目が醒めるようだった。目の大きい男が両目とも撃ち抜かれ、鼻の大きい男が鼻の穴をひとつ増やし、耳の大きい男は虫に食われた蝶の標本の失敗作となり、いずれもばたばたと倒れていった。
顔の大きい男は逃げ出そうとしたが、やはりその顔の大きさゆえ扉のあったところを一度では抜けられず、つっかえてじたばたしていた。
用心棒は、もう弾がないのか、もはや撃つまでもないと判断したのか、顔の大きな男のぶざまな姿を見やりつつも銃口を下ろすと、カウンターを乗り越えてきて、立ち尽くしていた私の腕を取った。
「大丈夫か」
「……えぇ」
「たいしたことはなさそうだな。添木を当てておけば、じきに直る」
血の匂いが辺りに充満していたが、平和な声と、腕を撫でる手の温もりに、恐怖に耐える時間の終わりを知った。同時に、用心棒を雇っておいて本当によかった、と心から感謝した。彼は、確かに信頼すべきこの店の守護者だったのだ。
用心棒の顔をすっと見上げた。彼は、にっ、と微笑んでくれた。私の中で緊張の糸がほぐれて解け、すべての感情が堰を切って流れ出た。矢も楯もたまらず、私は彼の胸の中に飛び込んだ。そして何のためらいもなく体裁もなく、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、泣いた。
そのとたん。
わぁっという歓声が、外から屋根の上から挙がった。私の涙は瞬時に止まった。
用心棒は再びにっと笑って、外に向けて高らかに宣言した。
「言ったろゥ、俺が必ず二着を獲るってな!」
前言撤回。
賭けでいちばん儲けるのは、胴元ではない―――イカサマ師だ!
<終>
きねら DA☆ @darkn
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