魔女とクッキーと白い粉
文月みつか
魔女とクッキーと白い粉
17歳の乙女には花も恥じらうという噂だが、私は花が恥じらっているのは一度も見たことがない。
常々、女子力がないと言われてきた。幼少期に遊んだのは人形でもクマさんでもなく粘土やブロックの類。もう少し大きくなってからはジグソーパズルに熱中した。さきほど人形遊びに興味はないといったが、そういえば起き上がりこぼしだけは気に入ってよく遊んだ。うまく倒すと絶対に起き上がらずに停止する角度があり、あれをマイブームにしていた時期がある。
少しでも女の子らしくと母がときどきファンシーな服を買い足すが、結局は着慣れたTシャツやストレッチジーンズしか日の目を見ない。ジーンズはいい感じに色あせてビンテージになりつつある。髪型にもこだわりはなく、伸びてきて邪魔になったらばっさり切るという節約志向。もちろんお化粧も未体験。
そんなんだから、最近は母だけでなく友人にも何かと話のネタにされる。
別に彼氏ができなくたって構わないが、あまりの言われように腹が立ち、そんなら今度手作りクッキーを持ってきてやるから心して待っているようにと
どうせならこの上なく美味しいクッキーを作って乙女たちをぎゃふんと言わせたい。ぎゃふんどころか歓声上げて喜ばれるだけかもしれないが、私は知人の中で最も料理が上手いと思われる人物に協力を求めた。残念ながら母ではない。近所のオーガニックフード専門店
「ゆらぎちゃんいらっしゃい! クッキーの作り方を教えてほしいなんて嬉しいわ。ついに好きな子ができたの?」
急なお願いにもかかわらず、マキさんはふんわりと包みこむような笑顔で出迎えてくれた。
「いえそういうわけでは。私にはカップラーメンしか作れないと思っている友人たちを見返してやるのです」
そうなんだ、と楽しそうに笑っているマキさんからは、およそ時の経過というものが感じられない。
私がよちよち歩き始めたころから時々MORINOでお料理教室のイベントを開いており、母がよく参加していたよしみでかれこれ15年近くの付き合いになるのだが。
衰え知らずの美貌から、巷では密かに魔女と呼ばれている。
長い付き合いとはいえ、自宅に上がるのは初めてなので少し緊張する。魔女と呼ばれているくらいだから蛙の瓶詰めとか蛇の抜け殻とか飾ってあったらどうしようかと思ったが、いたって普通、というか極めてセンスのいいナチュラルスタイルであった。鳥の巣みたいなラタンの吊り照明、あれ欲しい。
料理を教える立場だけあって、キッチンにはあらゆる食材や調味料の入ったキャニスターが大きな棚をまるまる一つ占めていた。なるほど、これは少し魔女っぽい。調理台やコンロは広々として使いやすそうだった。調理台にはすでに必要そうな道具が並べられている。
「料理教室のときは材料も準備しておくんだけど、今回は分量どおり量るのも勉強のうちってことで。これがレシピよ。とっても簡単だから!」
探し物してくるから先に進めてて、と言うとマキさんは奥の部屋へと消えてしまった。戸惑いつつ渡されたレシピを読む。えーと、薄力粉200g、薄力粉はと……
これが市販の袋のままならばわかりやすいのだが、粉類もすべてオシャレ容器に詰め替えられているようだ。マキさんに呼び掛けてみたが、奥のほうからは何かをひっくり返すようなドスンバタンという音が聞こえてくるのみ。
仕方なくそれらしい容器の中身を確かめては分量を量るという作業を始めた。結果、砂糖やココア粉末など大方のものは集まったが、やはり薄力粉が見つからない。というよりそれっぽいものが多すぎてどれが正解なのかわからない。
悶々と悩んでいるとふいにカチャリと小さな音がした。下のほうにある茶色いつぼのフタが振動か何かで動いたらしい。
私はつぼをじっと見つめた。これだけがオシャレ空間の中で異質である。試しに開けてみると、サラサラときめの細かい白い粉が入っていた。ちょっと味見してみる。これだ、これに違いない!
私は嬉々として白い粉をボールに入れ、きっちり200g量った。卵やバターは冷蔵庫で難なく発見。材料をそろえただけなのに、やけに誇らしい気分だ。
ちょうどそのときマキさんがやって来て、紺色にフリルのついたエプロンを私にあてがい、「やっぱり似合うと思った」と満足げな笑みを浮かべる。趣味ではなかったが、せっかくの好意なので借りることにした。
そのあとの製作過程は語っても恥をさらすだけなので黙っておこう。生地をこねるときに危うく匙を混ぜこんでしまいそうになったときには、さすがのマキさんも笑顔が引きつっていた。己の名誉のためにいっておくと、唯一、成形だけは褒めてもらえた。
オーブンで焼きあがるのを待っている間、「薄力粉って、ひょっとして茶色いつぼの方使った?」と聞かれた。まずかったですかと聞き返すと、「ううん、大丈夫」とこわばった笑みのマキさん。もしかして高価な代物だったのかもしれない。悪いことをした。
最後に、乙女たちが喜びそうなラッピングも施した。丁寧にお礼を述べると「いいのよ楽しかったから。これでぎゃふんと言わせてやりなさいな!」とこぶしを握った。
後日友人たちの反応を報告することを約束し、改めて礼を言って出ようとすると、「あの、ゆらぎちゃん」と呼び止められた。
「悪くならないうちに、早く食べてね。必ず、3日以内に!!」
やけに強く念押しするなあと不思議に思ったが、市販品と違って保存料などが入っていないため日持ちしないのかもしれない。私はうなずいてマキさん宅を後にした。
クッキーの評判は上々だった。
曰く、本当にゆらぎが作ったの? 信じられないんだけど、なにこれパンダかわいいよ! でも食うんだろ、ああ食うよ、ごめんね将来ひげ生えるとか言って、いやそこまでは言ってない! 絶対にまた作ってね、云々。
まあ、やっぱりまんまとはめられたわけです。
ところで、自分用に作ったネコ型クッキーを後生大事にとっておいたのだが、知らぬ間に誰かに盗み食いされてしまったらしい。犯人は依然としてわかっていない。夜中にカサコソとネコ型クッキーが逃げ出していくという、奇妙な夢を見た翌日のことだった。
そのことをマキさんに話したら、「だから早く食べてって言ったのに!」となんだかひどく
まあいいか。今度は自分ひとりで作ってみよう。そのときは、マキさんに1番に味見してもらうつもりだ。
魔女とクッキーと白い粉 文月みつか @natsu73
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