第12話

 蓮華さんに啖呵を切って事務所を出ると、晃さんが待っていた。

何も知らず、普段通りの彼を見ると、少しだけ顔を合わせづらい気まずさを感じた。

 声を掛けられないまま彼の後ろ姿をぼーっと見つめる。

 「紗重さん、大丈夫?」

 視線に気づいた彼は身長が187センチもある。

だから私の目線に合わせるように、腰を屈めて話しかける。

これは高身長である彼なりの心遣いなのであろう。

 けれどそんな優しさも好意からではなく、あくまで依頼人として自分の願いを叶えてくれる請負人に対して行ったいることなのだと自分に言い聞かせる。

 勘違いしてはいけない。

私は私の為にも、間違いを犯すわけにはいかないのだから。

 もし間違いを起こしてしまったら、きっとその時私は無者屋を辞めることになるだろうし、最悪の場合、蓮華さんの何かしらの手によってこの世界から消されてしまうかもしれないのだ。

 焦る自分を精一杯落ち着かせ、一旦、深呼吸する。

 そして「大丈夫ですよ!さぁ、早くマイさんのこと終わらせましょう!」と言って歩き出す。

 しかし晃さんが後ろを付いてくる気配がない。

 振り返ると、無者屋のあるビルの前で立ち止まったままだった。

 「晃さん、どうしたんですか?」

 「紗重さん。」

 「え?」

なぜか私の名前を呼んで、その後は黙ってしまった。一体全体どうしたのだろう。

 「どうしたの?」

もう一度声をかけてみる。

 「…」

それでも晃さんは黙って、口を開こうとはしなかった。

 どうしたのだろう。何をそんなに躊躇うのだろう。段々と怖くなってくる。

そしてついに彼は口を開いた。

 「紗重さん、分かったんです」

 「分かったって何が?」

 「犯人。」

 「え!?」

 なんと先ほど蓮華さんと話していたばかりで、まだ何も調査を開始していないのに、晃さんには犯人が分かったというのだ。


 早く犯人が知りたかった。

そうしないと晃さんの依頼を完遂出来ないことになると、私の中の何かが警鐘を鳴らしていたのにやっと気づく。

 心臓が早鐘を打つ。この気持ちは何なのだろう。


 「晃さん!教えてください!!犯人は誰ですか!」

私は掴みかからん勢いで晃さんに迫る。

 「わっ!さ、紗重さん。お、落ち着いて」

驚きながら私の肩を掴んで、それ以上近寄れないように軽く牽制された。

 私は一旦落ち着きを取り戻し、改めて問いかける。

 「それで、誰なんですか?」

だんまりを決め込む晃さん。

 「紗重さん。犯人はまだ、教えられないです。」

 「なぜですか?」

 「それは・・・」

 彼は小さな声で何かを言って、それは「紗重さんを傷つけたくないから」と言ったように聞こえたのだった。

 何をどうしたら、犯人を知ったことで私が傷つくのかが理解はできなかった。

だけどきっと彼なりに考えがあってのことだとは思うから、私はそれ以上に詮索するのはやめた。正確には詮索できるような雰囲気ではなかった。

 晃さんは一瞬、ほんとに一瞬だけとても固い表情をした後で、いつも学校内でするような明るい表情を作って「事件を解決します!」と言い、歩き出した。

 本当に解決できるのだろうか・・・

半信半疑ではあるけど、私は後をついて歩く。

 それは、心のどこかで晃さんが事件を解決する姿を見ることを期待しているからなのだと思う。

 2人で大学への道を進んでいると、そこでやっと日が沈んで夜になっていることにやっと気づいた。ずっと大学や、カフェや無者屋の中にいて、後は下を向いて歩いていたからっ気づかなかったのだろう。ふと顔を上げた時に気づいたことだからなのか、今日1日がとても長く感じた。

 (まだ、大学は開いているのだろうか・・・)

そんな疑問が湧く。

 すると、見透かしたように晃さんが「この大学は午後9時までやっているらしいです」と教えてくれる。そんな優しさもきっと、私個人へ向けたものではないはずなのに、自然と頬が緩んでしまう。

 蓮華さんにどんなに念を押されても、私はもう既に晃さんに惚れてしまっているのかもしれない。


 私が一人で頬を緩ませているうちに大学についてしまった。

晃さんは迷うことなく、歩みを進める。

 「あ、晃さん、どこに行くんですか?」

小走りで後ろをついていく。

 「紗重さん、これからこの大学のなかで事件がまた起こります。だからそれを止めなきゃいけないんです。そしてこれを逃したらきっと犯人は逃げてしまうから。」

真剣な顔でそう晃さんは言う。

 そう言われて私がゴクリと喉を鳴らすと、それを見た彼は優しく笑う。

 「紗重さん、大丈夫だよ。全部解決するし、俺の夢はもうすぐ叶う。そしたら俺は紗重さんに告白するよ。」

と笑って言う。

 ・・・え!?

今、彼は私に告白すると言った。聞き間違いでなければ、晃さんと私は両想いになるのではないだろうか。

 「え、あ、あき」

『ら』を言い終える前に「行くよ」と言って、彼は歩き出してしまった。

 結局、真相が分からないまま。

私は急いで後ろを追いかけた。


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何者にもなれなかった小説家 柊 由香 @shouyu0528

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