第11話
横瀬さんとマイさんと別れたその足で、私と晃さんは無者屋に向かった。
目的はただ一つ、蓮華さんに真相を確認すること。
本当にこの事件に無者屋が関わっているなら、私はその時どうするのだろう。
―蓮華さんを止める?
―それとも警察に突き出す?
・・・分からない。
ただ、私はきっと晃さんに判断を委ねてしまうだろう。
そんなことを延々と考えているうちに、無者屋の入口に到着する。
でも答えは出ない。
扉に手を掛けるのを躊躇っていると、隣にいた晃さんがそっと手を握ってくれた。何か言葉を発する訳ではなく、ただ手を握るだけ。
それなのに無性に安心して、私はすんなりと扉を開けることができた。
事務所に入るといつもの蓮華さんだった。
凛とした空気を纏い、氷のような視線と、漆黒の綺麗な瞳。
何一つ変わらない蓮華さんで、心の隅で安心する私がいた。
「2人とも、私に話があるんでしょう?」
何も言っていないはずなのに、この人は何でも知っている。
何もかもがお見通しで、もしかすると今まで起きている出来事全てがこの人に仕組まれたものなのかもしれない。
そう思うと何も言い出せなくなってしまう。
気づけば解かれていた左手は、汗で湿っている。
固く握り締め、精一杯の強い口調を心がける。
「今日、大学で事件がありました。」
「それで?」
「・・・っ。そ、それで、その被害者の人が無者屋から何かを買い、その液体を身に着けた数分後に亡くなったそうです。」
「それが、どうした?」
「え・・・。」
そう答えが来るとは思わなかった。
きっと多少なりとも驚いたり、焦ったり、何かしら表情が崩れるだろうと思っていた。
しかし、顔色ひとつ変えることなく、逆にそれがどうしたと問われてしまった。
この人が分からない。
私には、この蓮華という人間が本気で何一つも分からない。
何も言い返せなくなった私の代わりに、晃さんが話を続ける。
「僕たちは無者屋が、あなたが本当にこの事件に関わっているのかを確かめに来ました。」
「ほう。根拠は?」
「根拠なんてありません。ただ、被害者が無者屋の名前を出していたと聞いたから来ました。」
「なるほど。では、お前たちは無者屋に依頼するためのルールを覚えているか?」
「「ルール?」」
「そう、ルールだよ。無者屋に依頼するための条件があるだろう?」
蓮華さんは私と晃さんを交互に見て問いかける。私は必死に思考を巡らせる。
無者屋に依頼する為のルール、条件、それは依頼を受けるにあたって絶対にクリアしなければならないもの。
そして、晃さんも当てはまったもの。
「夢・・・」
「え?紗重さん、なんて言いました?」
晃さんは目を見開いて私の方を向く。
「夢を諦めた人・・・」
そうだ。
無者屋に依頼をすることができるのは、夢を諦めたことがある人のみだ。
私はもう一度はっきりとした口調で蓮華さんに告げる。
「夢を諦めたことのある人しかここに来ることはできません。
ならば、マイさんが夢を持っていた人なのか調べればわかります。
それに夢を諦めていたとしたら、きっと今回の事件の犯人も分かるかもしれません。」
捲し立てるようにそう言った私を、蓮華さんは漆黒の瞳で見つめていた。
そして少し間を置いてから
「分かっているなら動きなさい。」
それだけ言って席を立ちあがり、机の引き出しからタバコを取り出すと、ゆっくりと吸い始める。
その動きに少し見惚れた私と晃さんは、ハッとしてお互いの顔を見合わせた後で小さく頷き合い、真実をする為に行動をすることにした。
「行ってまいります。」
それだけ告げて事務所を出ようとすると、私は蓮華さんに呼び止められた。
「紗重。約束、忘れてないね?」
「・・・え?」
「あいつに決して惚れてはいけないよ。」
蓮華さんは釘を刺すようにそう告げる。
忘れかけていた。
私はあくまでここの社員として、依頼人である晃さんの諦めてしまった夢を叶えるお手伝いをしているに過ぎない。
まだ晃さんが諦めた本当の夢は分かっていないけれど、それでも私はあと3日間で晃さんの依頼を達成しなければならない。
依頼を完遂する為には晃さんをよく知らなければと思い、一緒に行動を共にしているだけで、その過程で晃さんとLINEや電話などのやり取りをすることも、講義の資料やノートの貸し借りを行っているに過ぎない。私はあくまで無者屋の人間で、晃さんは一時的に同僚ではあるものの、あくまで依頼人と請負人の立場なのだ。
それを私は心のどこかで仲良くなれたと、晃さんの優しさは自分だけに向けられているものだと思い込み、トキメキを感じ、”恋”をしているのだと錯覚していた。
私には恋だの愛だのはよくわからないし、人生で恋人が居たこともない。
【私にとっての理想の男性は太宰治】だから、晃さんを好きかもなんて思いはまやかしなのだ。
蓮華さんに釘を刺して貰えてよかった。おかげで自分の立場を見失わずに済んだ。
私ははっきりとした口調で「分かっています」と言い、蓮華さんの顔を見ないままに事務所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます