負けヒロインは諦めない
ジータ
負けヒロインは諦めない
幼なじみ、それは幼い頃に親しくしていた友人のことを指すものだ。そして、私——
最初はそんなに気にしていなかった。確かに私には花咲晴輝(はなさきはるき)という幼なじみがいる。自分でいうのもなんだが関係は良好だ。このままいけば付き合ったりとか、それこそけ、結婚とかしたりするのかなーなんて妄想したりしていた——高校に入学するまでは。
これは別に大した話ではない。ただちょっと私が諦められない気持ちのために勇気を出すまでの話。ただそれだけの、ありふれた物語だ。
□■□■□■□■□■□■□■□■□
朝、私はいつものようにお母さんの怒号で叩き起こされた。
「零珠~、いい加減に起きなさい! 学校遅れるわよ!」
「う~ん……わかってるー」
今何時だろ。って、まだ七時前だし……全然起きる必要ないじゃん。むしろあと三十分は寝れる。でも二度寝したらお母さんうるさいし。はぁ、起きるしかないか。
眠気を訴える体を無理やり起こし、顔を洗い、身だしなみを整えて私はキッチンへと向かう。
「やっと起きてきた。何回も呼んでるのに全然起きないんだから。もう朝ごはんできてるわよ」
「朝ごはん何?」
「パンよ。お弁当も作ってあるから」
「ありがとー」
「もう、シャキッとしなさい。あ、そうだ。後で晴輝君の所にこれ持っていってね。昨日のあまりものだけど」
「晴輝の所に? いいけど」
「じゃあさっさとご飯食べて行ってらっしゃい」
それだけ言ってお母さんはさっさとリビングから出て行ってしまう。おそらく洗濯物を干しに行ったんだろう。いつものことながらご苦労様である。まぁ、手伝おうとは思わないんだけど。だからたまに怒られる。
朝はいくら時間があっても足りない、というのがお母さんの話だけどよその家も同じなのかな? また後で友達に聞いてみよう。
なんてことを考えているうちに朝ごはんが食べ終わった。いつまでもここにいてまたお母さんに怒られるのは嫌だからさっさと持って行ってしまおう。
部屋に戻って制服に着替えた私はさっさと家を出て晴輝の所に向かう。晴輝の家は私の家の隣だからほんとにすぐなんだけどね。
「晴輝ー、起きてるー? って起きてるか」
晴輝の家の鍵を持っている私はさっさと中に入る。そう、私は晴輝の家の鍵を持っているのだ。いくら幼なじみといえど合いかぎを渡されるなんてことはまずあり得ない。しかしそんなあり得ないと思っていたことが起きてしまったのだ。晴輝の両親が海外に出張するということが決まったことが原因で。これを聞いた時私はすごく驚いた。だっておじさんはそこまで語学が堪能って感じじゃないし。普通のおじさんって感じだったし。それなのに突然海外に出張に行くっていうんだから。
そしておばさんもそれについて行って、この家には晴輝が一人で住む。ということにはならなかった。
「おぉ、零珠か。晴輝ならリビングにおるぞ」
「うひゃぁっ! ミ、ミリア……いきなり声かけないでよ。驚くから」
「驚くもなにもずっとおったがのう。気付かんかったのはお主じゃろうに」
急に声を掛けてきたのはミリア・イズシという少女だ。見た目は小学生くらい。でもすっごく可愛い。びっくりするぐらい可愛い。銀色の髪は光も無いのにキラキラと光っているし、赤い瞳はキラキラと輝いている。唯一引っかかるのはそのおじいちゃんみたいな喋り方くらいだ。
「相変わらずその喋り方直らないんだね」
「爺様の影響じゃのう。気付けばこんな話し方になっておった。まぁ、そう気にするでない」
「直した方がいいと思うけどなぁ」
このミリアという少女はなんと晴輝の家に居候しているのだ。おばさん達が出張に行くのと入れ代わるようにして晴輝の家にやってきた。海外からのホームステイらしい。晴輝のおじいさんの兄弟の孫、らしい。ともあれ、年が離れているとはいえ年頃の男と女の子が二人きりで生活しているというのはいかがなものなのだろうか。晴輝のことは信頼してるけど……でも、ミリアはびっくりするぐらい可愛いしなぁ。晴輝が野獣になる可能性があるかもしれない。やっぱり今からでもなんとかして引き離したほうがいいんじゃ……私の家に連れてくる? でもそれもおかしいしなぁ……。
「何を考えておるのかは知らんが、晴輝に用があったのではないのか?」
「あ、そうだった! お母さんに言われて昨日の残り物持ってきたの。ミリアも良かったら食べて」
「ほほう! 朝奈さんのご飯か。良いではないか! 早く食べたいぞ」
ご飯を持ってきたといった途端に目を輝かせリビングへと走って行くミリア。ちなみに、朝奈というのは私のお母さんの名前だ。
ミリアの後を追ってリビングに入ると、その向こうにあるキッチンで晴輝が料理をしていた。
「あ、おはよう零珠。どうしたんだ?」
「お母さんに言われてご飯もってきたの。残り物だけど」
「そうなのか。助かるよ。じゃあちょうどいいから朝ごはんにしようかな」
「今作ってるんじゃないの?」
「今作ってるのは弁当用のおかずだよ」
なんと晴輝は料理ができるのだ。私はほとんどできないけど。ちなみに上手。すごく上手。だからよく漫画とかである幼なじみがお弁当を作る、みたいなことはない。むしろ私が作って欲しい。やっぱり覚えた方がいいのかなぁ。お母さんには言われるんだけど。最低限はできるからいいかなーとか思っちゃうんだよね。
「それじゃあレンジで温めとくね」
「あぁ、頼む」
「晴輝よ、ワシは先に食べておるぞ」
「いいぞー」
「ご飯、ご飯がワシを呼んでおるのじゃー!」
ひょこひょこ動くミリアのことを可愛いなーと思う。でも、ミリアが来てからなのだ。ミリアが来てから私と……私と晴輝の日常は変化していったのだ。
そう。私のというより晴輝の身に降りかかった変化はこれだけではない。むしろこんなの可愛いくらいだ。私にとってはゆゆしき問題が、晴輝の身には降りかかっていた。
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晴輝に降りかかっている問題その一は、通学途中に姿を現した。
私と晴輝は一緒に登校することが多い。たまにどっちかが日直だと別々に登校するって感じだ。小学校の頃からそれは変わっていなかった。つい最近までは。
「あ、あら晴輝じゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね」
来た。思わず歪みそうになる表情を私は全力で抑える。
「おはよう夢梨」
「おはよう、椿さん」
晴輝に挨拶していたこの女の名前は
椿さんは電車通学だ。そして駅はまだ先にある。つまり椿さんは駅に着いてから学校方面ではなく、晴輝の家に向けて歩いていたのだ。晴輝に会うために。椿さんは毎日毎日場所を変えて晴輝のことを待ち伏せている。何とも巧妙な女だ。バレてるけどね。
晴輝は鈍感なのか全然気づいてないのか、それとも気付いてて気付いてないフリをしてるのか。私にはわからないけどね。
ともかく、椿さんはもう誰が見てもわかるほどに晴輝好き好きオーラを振りまいている。しかし、彼女と晴輝の間に何があったのかを私は知らない。入学してから二ヶ月ほどした頃から晴輝にベタベタとまとわりつき始めたのだ。鬱陶しいことこの上ない。嫌いじゃないんだけどなー。晴輝にさえ近づかなければ。
「そ、その……もし良かったら一緒に学校まで行ってあげてもいいわよ」
「あぁ、じゃあ一緒に行く? 零珠もいいだろ?」
「あー……うん。いいよ。せっかくだし皆で行った方が楽しいよね」
晴輝と二人きりになれると思うなよ。そんなの神様が許してもこの零珠様が許さないんだから。さりげなく私は椿さんと晴輝の間に入る。一瞬ムッとした椿さんの顔を見て内心ほくそ笑む。
晴輝に話しかけようとする椿さんと邪魔する私。そんな攻防を繰り広げながら私達は学校へと向かうのだった。
しかし、問題は椿さんだけではないのだ。問題その二は、その人物は校門の前に立って私達のことを待っていた。
「おはようございまーす!」
「はいおはよう。そこのあなた、制服着崩してるわよ。ちゃんと直してね」
「あ、はい。ごめんなさい」
「制服の乱れは心の乱れ。なんてことまで言うつもりはないけど。校則だからちゃんとしてね」
「会長、おはようございます」
「おはよう。今日は遅刻してないのね」
「あ、あれは寝不足だったからで……もうしません」
「ふふ、だといいけど」
校門をくぐっていく生徒達に挨拶し、または他愛もない世間話をしながら生徒を見送る人がいた。生徒会長の
柳さんはニコニコと挨拶しながら生徒を見送っていたが、晴輝の姿を見つけた途端に表情が変わる。皆の憧れの生徒会長としての姿から、女の表情へと。
そして柳さんはあっさりと挨拶の作業を放置して晴輝に走り寄って来る。
「あぁ、ハル君! あなたが来るのをどれだけ待ったか……あなたが隣にいない時間は一瞬すら万年のように感じてしまうのよ」
「璃々愛さん……大げさですよ」
「大げさなんかじゃないわ。やっぱり一緒に暮らしましょう? あなたの面倒は私が一生見てあげるから」
柳さんはそう言って晴輝のことを抱きしめ、その豊満な胸に埋める。
くっ、それぐらい私だってできるのに……する勇気はないけどね!
自慢じゃないけど私の胸は大きい方だ。でもだからって胸を使って誘惑するみたいなビッチな真似ができるはずがない。あ、これは別に柳さんのことをビッチって言ってるわけじゃないからね。そこだけはわかってね。
「ちょっとあんた離れなさいよ! 晴輝が苦しんでるでしょ!」
「あらあなた……椿さんだったかしら。あなたまだハル君に付きまとってるの?」
「つ、付きまとってなんかないわよ」
「じゃあなんで一緒に登校してるのかしら。佐倉さんは家が隣同士だからって理由なのは知ってるけど。あなたはそうじゃないでしょ」
「それはたまたま登校途中に会っただけで……」
「あらそう。そんなたまたまが何日も連続で続くものなのね」
「それだけ私と晴輝の間には縁があるってことでしょ!」
「作られた偶然で縁を語られてもねぇ」
「だいたいあんたは——」
「そういうあなたこそ——」
と、このように毎朝椿さんと柳さんは口喧嘩を繰り広げる。え、私はどうかって? そんなのに混ざれるわけがない。朝からそんな体力使いたくないし。二人が繰り広げる口喧嘩を周囲の生徒達が興味深げに見ている……なんてこともない。もはやいつもの光景だからね。私と晴輝は二人が疲れて口喧嘩が終わるのを待つばかりだ。あー、早く終わらないかなー。っていうか、毎朝よく言葉が尽きないもんだよね。
「止めないの晴輝。っていうか止めてよ」
「どうやって止めろって言うんだよ」
「うーん……俺のために争うのは止めて! みたいな感じで」
「どこのヒロインだよ!」
「状況的には一緒でしょ」
「……また二人喧嘩してるの?」
「「うわぁっ!!」」
突然背後から聞こえた声に驚き飛び上がる私と晴輝。後ろを振り向いても誰もいない……けど、少し下に視線を向ければ目が合った。
「おはよう、晴輝、零珠」
「あー、びっくりした。おはよ竜胆さん」
「おはよう杏奈。相変わらず急に出てくるな」
「気付かない二人が悪い」
この突然現れた小さな子の名前は
「ん、晴輝。会いたかった」
そう言って竜胆さんは晴輝に抱き着く。そう、この子もまた椿さん達と同じ、晴輝に想いを寄せる女の子なのだ。問題その三である。
「あー! ちょっと杏奈なに晴輝に抱き着いてるのよ!」
「そうね。ハル君に抱き着いていいのは私だけよ」
「あんたもダメに決まってるでしょ!」
「二人ともうるさい。静かにして」
「「うるさくない!」」
はぁ、結局朝はこうなるんだよねー。三人に囲まれてわたわたと慌てる晴輝のことを、私は外から見ていることしかできない。
椿夢梨、柳璃々愛、竜胆杏奈。この三人が高校に入ってから晴輝に降りかかってきた大きな問題であり、私の前に突如立ちはだかった大きすぎる三枚の壁なのである。
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「……はぁ」
「おやおや~ん、どうしたのレイちゃんや」
「……虎子」
「……虎子、じゃないって。もっと元気だしなよ。まだ朝だよ。授業始まってもないよ。ほらほら元気だして!」
「ゆ~ら~さ~な~い~で~」
私のことをがくがくと揺らすこの女の名前は
「ま、元気ない理由はわかってるけどねー」
「わかるの?」
「あれでしょ、あれ」
虎子が指さすのは晴輝の方向。そこには私の見たくない光景が広がっている。椿さんや竜胆さんが晴輝と一緒に楽しそうに話している。
なんの話してるんだろう。っていうか竜胆さんなんで晴輝の膝の上に座ってるのさ。小さな子供じゃないのに。羨まし……じゃなく、風紀がね。風紀が乱れてるよあれは。
「また難しい顔になってるよ」
「原因わかってるなら言わないでよ」
「そっちこそムスッとしてるぐらいなら行ってきたらいいじゃん」
「あれに混ざれと? 私に? 冗談言わないでよ」
「自信ないんだ」
「……あるわけないよ。椿さんはすっごく綺麗で、可愛くて……性格はちょっとあれかもしれないけど、学校内でもすごい人気だし。竜胆さんも一緒。見た目は子供だけど、頭脳は教師顔負けだし。まさにあれだよね、見た目は子供、頭脳は大人の実例みたいな。それで、椿さんと一緒で人気は高い」
噂では椿さんも竜胆さんも、そしてこの場にはいない柳さんにもファンクラブがあるらしい。本当の所は知らないけどね。でも本当っぽいんだよなぁ。
ともあれ、彼女達はそんな人気者なのだ。翻って私は? ファンクラブなんてものはあるわけもなく、周囲を圧倒するような美貌も、大人を圧倒するような頭脳も、人の心を掴むようなカリスマ性もない。ないない尽くしだ。
「私みたいな平凡な子があそこに混ざるなんて、蟻が象に挑むみたいなもんだよ」
「それはちょっと卑下しすぎな気もするけどね。レイちゃんだって負けてないよ」
「どこが?」
「胸とか、胸とか……あとは胸とか?」
「胸だけかっ!」
「ごめんごめん。でもそんなこと言ってるから負けヒロインなんて言われちゃうんだよ」
「言ってるの虎子じゃん」
「言い出しっぺは確かに私だけど、レイちゃんだって知ってるでしょ。他の人にもそう言われてるの」
「…………」
もちろん知ってる。知らないわけがない。私は晴輝を取られた可哀想な女、負けヒロインって陰で言われてるのを。陰口って案外本人聞いてるもんだからね。言わない方がいいよ。
まぁ、陰口って言うか……同情に近いのかな。今の何人かが私のことをチラチラ見てるし。余計なお世話だってーの。
「私が言うことじゃないけどさ、勝てないからって立ち止まってるだけじゃどうしようもないんだよ? 傍にいたいなら、それなりの努力しないといけないんだから」
「わかってるけど……」
「レイちゃんの場合はそれだけじゃなさそうだけどね。後で後悔することになっても私知らないからね」
後悔なんてとっくにしてる……なんて言えたらいいんだけど。虎子の言うことは事実なだけに耳が痛い。言い返す言葉もない。
いつだって踏み出すのは怖い。私が動けないのは、椿さん達だけが理由ってわけじゃないんだから。
でも、まさかこの後すぐに虎子の言っていたことが現実のものになるとはさすがに考えてはいなかった。
「うーん、どうしよっかなー」
昼休み、私はお弁当を持ったまま一人唸っていた。理由は単純、晴輝と一緒に弁当を食べるかどうか悩んでいたからだ。いつもは虎子と一緒に食べるんだけど、今日は部活の集まりがあるとかで授業が終わるなり走ってちゃったんだよね。その前にニヤニヤした表情で私に「せっかくなら今日は花咲君のこと誘ってみたら?」って言われて……だからこうして悩んでるんだけど。晴輝はといえば、今は飲み物を買いに自販機に行ってる。誘うなら帰ってきたところなんだけど……あの二人も待ってるんだよねー。
あの二人というのは言わずもがな椿さんと竜胆さんだ。晴輝が戻って来るのを今か今かと待ち構えている。つまり、晴輝と弁当を食べるにはあの二人に勝たなければいけないのだ。ただ一緒にお弁当食べたいだけなのになんて難易度が高い……。
なんてことを考えているうちに晴輝が教室に戻って来る。瞬間、二人の瞳が猛獣のように輝く。駆け出す二人、しかしその前に割って入る人物が一人。晴輝の数少ない男友達の枯枝君だ。
「おーい、花咲ー。一緒に飯食おう——ぶげらぁっ!」
哀れ、枯枝君は星となった。なんてね。正確には椿さんに思いっきり吹き飛ばされただけだ。教室の隅でピクピクしてるけど……まぁ大丈夫だろう。きっと、たぶん、おそらく……大丈夫だといいなぁ。
そっと枯枝君から目を逸らし、私は晴輝に目を向ける。ちょうど椿さんと竜胆さんが晴輝の席に机を合わせている所だった。
あー、完全に出遅れちゃった。
落胆が胸に満ちる。わかってるよ。今からでも行けるんだってこと。晴輝は優しいから私が行ってもきっと一緒にご飯を食べてくれる。でもそうじゃない。動けないのはやっぱり私の気持ちのせいなんだ。比べられたくないんだ。あの二人と。私の中に確かにある劣等感が、踏み出そうとする足を引き留める。
わかるでしょう? 明らかに自分よりも優れた二人がいるのに、私のことを見てって……そんなの口が裂けても言えるわけないじゃない。
私は今までずっと甘えて来たんだ。幼なじみって関係に。晴輝に一番近いのは私で、だからきっと大丈夫だって……そんなわけないのに、そう信じ切っていたんだ。
「情けないなぁ……私」
なんとなく教室に居たくなくなった私は、弁当を持ってそのまま教室を出て行った。向かったのは人気の無い屋上だ。当たり前だけど、屋上は立ち入り禁止だ。危ないしね。でも、私は以前学校を探索していた時に見つけたのだ。屋上の鍵を。なんで職員室じゃなくてこんな所に? とは思ったけど、まぁ使えるならいいやって思ってたまに黙って使わせてもらってる。今日も昼休みが終わるまでここで時間潰そう。
屋上は漫画とかで描かれてるみたいに居心地の良い場所じゃない。そりゃまぁ、掃除されてるわけでもないしね。でも不思議と一部分だけ綺麗な場所があって、私はいつもそこで休んでる。
「風は気持ちいいんだよねー。強すぎるとグラウンドから砂とか飛んでくるから嫌だけど」
パクパクとお弁当を食べながら呟く。太陽が眩しいなー。あ、お母さんまたピーマン入れてる……嫌いだって言ってるのに。食べるけどさぁ。
なんて、取り留めのないことを考えながらボーっと時間を潰す。
そんな時だった。ガチャリと屋上の扉が開く音がする。思いもよらぬことに慌てる私。でも、隠れようにも屋上では隠れることが出来る場所もない。必然、入ってきた人物と目が合う。
「柳……さん?」
「やっぱりここにいたのね」
一瞬先生かと思ったけど違うかったみたい。まさかのまさか天下の生徒会長様がこんな所に来るなんて。どうしたんだろ。
「教室に行ったらいないっていうから」
「晴輝ですか? 晴輝ならさっきまで教室にいましたけど」
「ふふ、ハル君のことじゃないわ。あなたよ、佐倉さん」
「私?」
今まで晴輝繋がりで何度か話したことくらいはあったけど、二人で話したことなんてほとんどなかった。だから柳さんが私のことを探してるって聞いてちょっと驚いてる。
「私だけじゃないわ」
「?」
「私達もいるの」
「やっほー」
「椿さんに竜胆さんも」
「え? え?」
ますますわけがわからない。なんでこの三人がわざわざ私のことを探すの? っていうか、あんたらはさっきまで晴輝とご飯食べてたんじゃないの?
それこそ私とこの三人と私の繋がりなんて晴輝くらししか……って、あ。
「もしかして……晴輝のことですか?」
「正解。その通りよ。ハル君のことで話があったの」
うん、考えれば当たり前の話だ。こう言っちゃなんだけど、晴輝のこと以外でこの人達と話す用事なんてないし。でもそれならそれでさらにわからない。なんで晴輝のことで私に声を掛ける必要があるのか。
「実はね……私達、そろそろ終わらせようと思ってるの」
「終わらせる?」
「ハル君に関する諸々のことをね」
柳さんがそう言った途端に、全身を嫌な予感がよぎる。
最初に話しだしたのは椿さんだった。
「じ、実はね。今までずっと秘密にしてたんだけど……私、その……晴輝のことが好きなの!」
「えぇと……はい」
「あれ、なんでそんなに反応薄いの?」
「なんでも何も……知ってましたし」
「えぇ!? ずっと隠してたのに!」
「あれで隠してるつもりならそっちの方が驚きですけど」
誰が見てもわかるほどに好き好きオーラを出してたくせに。知らぬは本人ばかりなりってね。
「そして私もハル君のことが好き。もちろん異性としてね」
「……私も」
柳さんと竜胆さんも晴輝のことが好きだと口にする。知ってはいたけど、こうして直接言われるのは初めてだ。それを踏まえて、三人がわざわざ私にそのことを伝える理由。少し考えればわかることだった。
「晴輝に……告白するんですか?」
こくりと頷く三人。その目には偽りようのない本気の色が宿っていた。
本気なんだ……本気で、晴輝に告白する気なんだ。
「でも、どうして私にそれを?」
「あなたもハル君のことが好きだから」
「っ!?」
「だから、一応伝えとくってだけよ。別に深い理由はないわ」
「このままじゃ不公平だからって言い出したのは夢梨」
「黙りなさいちびっこ!」
「ふふ、まぁそういうことよ。今日の放課後、私達は晴輝に告白する。あなたはどうする?」
「私は……」
いきなりそんなことを言われても考えられるわけがない。告白って、だってそんなのいろんな準備しなきゃいけないものだし。心の準備も何もないし。言葉とかも考えてないし……でも、今日しないとこの三人はしちゃうわけで……あぁもうわかんないよ!
急な状況に頭がグルグルする。思考がまとまらない。
「しないって言うならそれでもいいの。私達はそれでもするけどね」
「どうして……どうして晴輝なんですかっ!」
思考がまとまらなかった挙句、私の口からでたのはそんな言葉だった。
「どうして晴輝だったんですか。あなた達なら晴輝じゃなくたって、もっと良い人を探せるじゃないですか」
言ってることがおかしいことなんてわかってる。でも、言わずにはいられなかった。この人たちが晴輝のことを好きになったりしなければ私がこんなに悩むこともなかったのに。
「あんたそれ本気で言ってる?」
返ってきたのは呆れたような椿さんの言葉だった。
「他の誰かじゃないの。誰でもいいわけでもない。私は、晴輝だから好きになったの。そんなのあんたも同じでしょ?」
「あなたは知らないことだけれど、私は、私達はハル君に救われたの。その心を、命を……彼は救ってくれた。そんな彼だから私達は好きになった。他の誰か、なんて考えれらないのよ」
「あなたは、晴輝じゃなくてもいいの?」
そんなわけない。私だって晴輝が晴輝だから好きになったんだ。
きっと椿さん達もそうなんだ。晴輝との様々な物語があったんだろう。私が知らないだけで。その想いを止める権利は、私にはない。
「とにかくそういうことよ。伝えるだけ伝えたから。後はあんたの好きにするといいわ。負けるつもりはないしね」
言うことは言ったと三人は屋上から去っていく。私はその後を追うことはできず、ただ一人屋上に取り残された。
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それから、あれよあれよという間に放課後がやって来てしまった。ホントは戻るのも嫌だったけどね。
もちろん午後の授業に身が入るわけもなく、先生にあてられても答えることができず、ノートもほとんど取れていない。いつもはそれなりに真面目にやってるから怒られるよりも先に心配されてしまった。体調は大丈夫なんだけどね、体調は。椿さんと竜胆さんもどこか緊張してる風だったけど。
そりゃそうか。告白なんて一大イベントだしね。いくら椿さん達でも緊張しちゃうんだ。
そして、放課後になって椿さんと竜胆さんは走って教室から出て行き、晴輝もまた用事があるからと行ってしまった。その用事の内容を私は知ってるけど、止めることなんてできなかった。
「ねぇどうしたのレイちゃん。なんか昼休みの後から変だよ?」
そんな私に心配そうに声を掛けてきたのはやはり虎子だった。でもいつもと違う、本気で心配してる表情だ。いやまぁ、いつもが本気じゃないってわけでもないんだけど。
虎子に話してしまってもいいものか一瞬悩んだけど、話してしまった方が楽になれると思った私は昼休みに椿さん達から言われたことを話した。
「えぇ!? 花咲君にこくは——むぐっ」
「声が大きい!」
まだ教室の中にはちらほらと人が残っている。いきなり大きな声をだした虎子のことを何事かと見つめている。とりあえず笑って誤魔化したけど。
しかし虎子はそんな周りの様子を気にすることもなく、私の手を払いのける。
「それどころじゃないでしょ! なんでレイちゃんはここでのんびりしてるのさ、早く行かないと!」
「行くってどこに」
「そんなのわかってるでしょ! 花咲君の所だよ! ほら早く」
慌てる虎子に手を引かれて私は教室を出る。
「あぁもう、なんで早く言わないかな」
「……ごめん」
「どこで告白するかとか聞いてるの?」
「それは聞いてない」
「それは聞いときなよ!」
「だって……」
「だってじゃない! このまま花咲君とられちゃってもいいの?」
「良くない……良くないけど」
「うわ、ちょ、なんで止まるの」
私が急に止まったせいでつんのめる虎子。
「行ってどうしろっていうの?」
「そんなの決まってるでしょ。止められないならせめて伝えるくらいはしないと」
「私の気持ちを? そんなの無理」
「どうして……」
「怖いの!」
色んな感情がごちゃまぜになって、わけのわからなくなった私は思わず叫ぶ。
「今までずっと幼なじみとして一緒にいて、気付いたら好きになってて……何度も言おうと思った。でも無理だった。晴輝との関係が変わっちゃうのが怖かったから。もし今まで通り一緒に居られなくなったらって、それが怖いの」
もし晴輝が受け入れてくれなかったら。きっと今まで通りじゃいられない。それが私は怖いし、嫌だった。それぐらいなら想いを伝えなくていい。いままで通り、幼なじみのままでいい。そしたら傍にいれるから。
「……ホントにそれでいいの?」
「え?」
対する虎子の返答は静かだった。
「確かにね、想いを伝えなかったら今まで通りいれるかもしれない。きっとそれは簡単な道だよ。でも、きっとツラい道。それにね、レイちゃん。変わらない関係なんてないんだよ」
「それは……」
「今はこのままいれたとしてもね。それは永遠じゃない。それでも一緒にいたいなら、変わるしかないんだよ。ただの幼なじみから、その一歩先に」
「でも……私じゃ椿さん達には勝てない」
「勝つって何? レイちゃんは椿さん達と勝負してるの? 違うでしょ。勝たなきゃいけないのは、ぶつからないといけないのは椿さん達じゃない。花咲君でしょ」
「あ……」
「なのに今のレイちゃんは椿さん達のことばっかり気にして、花咲君のことを見てない」
虎子の言葉にハッとする。いつからだろう。いつから私は椿さん達のことばかり気にするようになってしまったんだろう。そうだ。そうじゃない。私が見なきゃいけないのは、勝たないといけないのは晴輝だ。
「大丈夫! 私の親友の魅力をもってすれば、花咲君なんていちころだから!」
「……ふふ、なにそれ」
私を勇気づけるような、背中を押してくれるような言葉に、思わず笑みがこぼれる。
そうだね、虎子が……私の一番の親友がそう言ってくれるなら。
さっきまでとはうって変わって、心に元気が満ちてくる。そうだ。必要なのは言葉じゃない。気持ちなんだ。それを私は、晴輝にぶつける。
「行く気になった?」
「……うん、ありがと! 鞄持っててくれる?」
「もち。行ってきな」
気持ちが固まったなら、後は動くだけだ。私は鞄を虎子に預けて走り出す。
すると後ろから虎子が声を掛けてくる。
「幼なじみの、負けヒロインの意地を見せてやりなさい!」
「負けヒロイン言うな!」
そうだ。私は「負けヒロイン」なんかじゃない。そんな汚名は今日を持って返上してやる。そう心に誓って私は晴輝の元へと走った。
運命に導かれるようにっていうとあれだけど、私が想像したよりもずっと早く晴輝達のことを見つけることができた。
その場に晴輝達以外の姿は無くて、今まさに椿さん達が告白しようとしている瞬間だった。
でもさせない。誰よりも先に、一番に晴輝に想いを伝えるのは私だ。
今まではずっと遠くから見ているしかなかった。割り込めないと思っていた場所。でも、虎子の言葉が私に勇気をくれた。
すぅっと息を吸って叫ぶ。
「ちょっと待ったーーーーー!!」
私の大声に驚いたのか、椿さん達も晴輝も、私の方を見る。
「零珠? どうしてここに」
告白が止まった今がチャンスだと、走るスピードを上げる。そして私はそのままの勢いで晴輝にぶつかった。
ちょうど、晴輝の胸に収まる形になる。走ってきたせいか、それとも告白しようとしているからか。これまでになく胸がドキドキと高鳴っている。
「うぉ、ちょ、零珠。なんだよ急に」
「——好きです」
ずっと胸に秘めてきた想いを言葉にして晴輝に伝える。でもそれだけじゃ止まらない。一瞬の躊躇も、溢れ出る想いが後押しする。
晴輝の事を見上げて、晴輝の首に手をまわして、少し背伸びして私はキスをした。
「——っ!?」
「な?!」
「これは……」
「む」
晴輝が、椿さんが、柳さんが竜胆さんが、目を見開いて驚く。
心臓がうるさいほどに鼓動している。見なくてもわかる。きっと今の私はリンゴよりも赤くなっているはずだ。
ゆっくりと晴輝から顔を離した私は、もう一度言う。
「ずっとずっと昔から、あなたのことが好きでした」
これは宣戦布告だ。晴輝と、そして椿さん達に対する。
ちらりと後ろを見てみれば、三人ともとんでもない表情をしていた。無理もないだろう。告白しようとしたところを邪魔された上に私は晴輝の唇まで奪ったんだから。
それでも私はもう引いたりしない。私のことを睨むようにして見る三人に向けて言う。
「私は、あなた達と晴輝の間に何があったか知らない。どれほどの想いを持ってるのかも知らない。でもそんなの関係ない。私はもう……絶対に引かない」
そうだ。最初から守らないといけなかった思いは一つだけ。私は晴輝の隣にいたい。これからも、この先も、ずっと。
「晴輝の隣に立ちたいなら、私を倒してからにしてください!」
「やってくれたじゃない……」
「ふふふ、いい度胸ね」
「受けて立つ」
これは終わりじゃない。新しい始まりだ。
私の戦いは、こうして幕を開けた。
負けヒロインは諦めない ジータ @raitonoberu0303
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