お菓子の家路

1 泣き虫さん



 雨あがりの、気持ちのいい朝だった。


 朝のミーティングを終えて、それぞれの仕事に向かうアンドロイドたち。


「サラエさん」

 佳奈が声をけかたのには理由があった。


 最近、佳奈が主催している「浦島パートナーズ」のアンドロイドヘルパーたちは、佳奈の手によってアップグレードされたばかりだ。


 今まで以上に人間の表情に近づけるために、表情筋のような部分をより細やかにしてみた。

 それから、曾祖父が開発した「与作」の水撒きシステムの応用で、空気中の水蒸気を利用して涙を流すことができるようにした。


「何か困ってる?」


「あらっ……。

 あらあらあら」

 サラエさんは、とぼけようとしたのかもしれないが、それは無意味なことだ。

 だって、サラエさんの顔がいかにも困った顔になっているのだ。


 佳奈が施したアップグレードは、AIが獲得した感情のようなものと連動して発動する。

 そのため、アンドロイドたちの個体差によって現れ方はまちまちだ。


 以前とあまり変わらないのがケイとタツコ姫。

 それでも、時折二人が笑いを噛み殺しているように見えるのは気のせいだろうか。

 サオリ、ルイルイ、ミキは、表情が豊かになって、文句なく可愛さが増したようだ。


 そしてサラエさん。

 サラエさんは、もともとが表情豊かだったこともあって……。

 とにかく、わかりやすいことになってしまった。


 佳奈は密かに、サラエさんだけは元に戻したほうがいいのかもしれないと思っている。


「佳奈サン、すごいです!」

 振り向いたサラエさんはもう笑顔になっていた。

「ワタクシが困っていること、分かるなんて、ホンットにすごいです!」


 言いながら、サラエさんは、ポロポロ涙をこぼした。

 制御できないのだ。

 ……なるほど、これは困った。


「あらあらっ。すみません」

 サラエさんは、ポケットから小さなハンカチを取り出して涙を拭った。

 小さなハンカチを丸っぽい手が大事そうに持っている姿は微笑ましい。


「可愛いハンカチね」

「あらっ、えーえ。

 そうなんです」

 サラエさんは嬉しそうにハンカチを見つめる。


「お手伝いに行ってる福田サンのお孫サンがくださったのです」

 言いながら、またポロポロと涙が出てしまう。


「ゼルちゃんハ、『泣き虫サンにはハンカチあげましょう』……ッテ」

「……ぜるちゃん?

 ああ、福田さんのお孫さんの彗瑠ちゃんね」


 それにしても、涙も表情もこんなに制御できないのだから、きっとさぞかし困っているのだろう。佳奈は申し訳なく思った。

「あのね、サラエさんの改造ポイントを元に戻してもいいわよ。

 今日のお仕事の後にでも……」


「ええっ!?

 あらあらラ……」

 サラエさんは、ますます困った顔になってしまった。


「違いまっす!

 ワタクシ、佳奈サンにはとても感謝していまっす」


「えっ? でも……」

「これハ、すばっらしいイ機能です!

 ワタクシあまり性能良くないので、制御ムズカしいですが、必ず使いこなしてみせます。

 どうか、このママで……」


「それは……いいけれど……困っているのじゃない?」

「ハイ!

 困ってイルのです」


 落ち着いて聞いてみれば、サラエさんの困り事は、そんなことではなかった。


 お手伝いに行っている福田良子さんは後期高齢者だが、2人の孫を育てている。

 今年一年生になったばかりの女の子彗瑠(ぜる)ちゃんと、5歳の男の子弓瑠(てる)くんだ。


 今度彗瑠ちゃんの学校で授業参観があるのだが、良子さんはこの頃体調が悪くて行けないのだそうだ。

 それで、代わりにサラエさんに来てもらいたい。というのが彗瑠ちゃんの希望なのだが……。


 自分のようなモノが行って、彗瑠ちゃんがみんなから笑われたり、いじめられたりしないだろうか……と悩んでいたのだ。


「ワコサンにお願いしようと思いましたが、いつもお仕事ヲたくさん抱えていて……」

 確かに、ワコさんは適任だが、彼女は超多忙なケアマネジャーなのだ。

 サラエさんなりに気を遣って一生懸命悩んでいたに違いない。


「あの……わたしでは無理かしら」

 佳奈が意を決してそう言うと、サラエさんは目を見開いて佳奈を見た。


「えええっ?

 佳奈サンは、そういう場所ハお嫌いなのではナイですか?」


 すごいなあ!


 性能が悪いとか言いながら、なかなか鋭い洞察力に佳奈は感心してしまった。

 そう、佳奈は他人と関わりを持つことが苦手なのだ。


「うん。そう。

 ……でも、頑張ってみようか」


 サラエさんが目を輝かせて喜んだことは言うまでもなかった。


     * * *


 その日の夕方、『ひまわりホーム』の仕事を終えたサラエさんは福田家に嬉しい知らせを届けにアパートの階段を上った。


 子供たちの歓声が聞こえて、小さな影がふたつ飛び出してくる。

「サラエさんだあ!」

「サラエさん!」

 口々に叫びながら、サラエさんに抱きつく。


 きっとサラエさんは、またもやポロポロ泣いているのだろう。子供たちが、サラエさんの顔を拭いているようだ。


 アパートの下でこっそり様子をうかがっていた佳奈は、とにかく制御機能をなんとかしなくちゃ!と、思いめぐらしていた。


 そして、約束通り授業参観も頑張ってみよう。


 いろんなことを頑張れそうな気がする佳奈だった。



 梅雨明けの風は心地良かった。



     (つづく)

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機械仕掛けのティータイム のーロイド @noritama888

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