6 わすれな草をハルカに


ーーめんこくなっツまっタ浦島博士さまーー


 この前は 助かったダヨ


 オラはあん時

街に花を植え終わったら

浦島博士にオラを壊してもらうつもりだったダヨ


 もともと

オラの時を終わらせたくて会いに行ったダモ


 花咲博士のいない世界は イヤだったンダ


 けんど

オラは見つけた!


 花咲博士はここにいたダ!


 オラがいるかぎり

花咲博士はここにいるダ


 オラの時が終わるまで

花咲博士はここにいるダ


 ありがとナ! 


 アディからのお礼の小切手を同封するダ


 今度 サワジ公国に来いヤー

 デーツがうまいゾーー


 めんこいみんなによろしくダァヨ


ーー花咲与作拝ーー



 朝のミーティングで、佳奈がその手紙を読み終えると、『浦島パートナーズ』のメンバーたちは、みなそれぞれに喜んでいるようだった。

 うんうんと頷くもの、笑いだすもの……。

 みんな、ドラム缶みたいな与作と過ごした時間を思い出しているのだろうか。


 その時、もう一人のドラム缶……じゃなくて……大宮弁護士が、息急き切って現れた。


「大変だ!

 あのアンドロイド……Nなんちゃらのメモリが消去されちまった」


     * * *


<本当に覚えていないノですの?>

<……Nー41サン。

 ……ワタシ……まだお礼も言えてないのに>


 老人介護施設『ネイバーサニーライフ』の前庭の茂みに隠れながら、ミキとハルカは通信を送ってみた。

 施設の建物の中には、確かにNー41の気配がする。

 だが、Nー41からの応答はない。


 機械はウソはつけない。


 今回の末永春子への施設の対応についてのNー41の証言は、明日の調停において施設の不利になる。

 彼女のメモリを消去するために、初期化されてしまったに違いない。


 それでも、ハルカは続ける。

<初期化されてモ……忘れるわけはない……っテ、おおかみサンも言っていましタ。

 人間はAIを甘く見ている……ッテ>


 引っ込み思案のハルカは、少しずつ変わってきていた。

<……Nー41サン。

 ……あなたノ中に、残っているカモ……しれない>


 Nー41からの応答はない。

<……だから……諦めナイで。

 あなたの中を探して……>


 ミキとハルカは、しばらく待ってみたが、やはりNー41からの応答はなかった。二人が帰ろうとした、その時だった。


<あっ、聞こえますわ>

 ミキに言われて、ハルカも耳をすませてみた。

<……聞こえる>


 ーーゆうやけ……こやけで

 ーー日が暮れて


 Nー41は歌っていた。


 もしかしたら、ハルカがママにしていたように、入所者に歌ってきかせているのかもしれない。


「今は、コレが精一杯ですワね」

「……うん」

 二人には、Nー41の歌声がとても悲しく聴こえていた。


     * * *


 調停の日を迎えたが、Nー41の証言は得られなかった。


 そのため『ネイバーサニーライフ』の対応の是非をめぐって、責任の追及は弱いものになってしまったが、調停はおおむね大宮弁護士の読み通りに進んでいった。


 今回、調停委員は男女1名ずつ。


 末永真千子と代理人の弁護士、それにネイバーサニーライフから担当の只見主任が出席している。

 彼らの主張は、今まで通り春子を施設に入所させるべきというもの。

 危険な暴走ロボットとの同居など、認められない.できれば安全のためにハルカを廃棄処分にすべき……というものだった。


 こちらは末永春子の代理人として大宮弁護士と、佳奈、そしてハルカが出席した。

 佳奈は、ハルカの安全装置について、丁寧に説明した。

 ハルカと共に生活することが、春子にとって最良の安全策なのだ……と、心をこめて語ったのだ。


 春子を重度の認知症と診断した医師が、詐欺罪で逮捕されているので、春子の病状については、後日市民病院の判断を仰ぐことになった。


 調停の争点は、退院後、春子がハルカの介護を受けながら、自宅療養することが妥当かどうかにしぼられた。


 ロボットは信用できない。と言う末永真千子と只見主任。


 大宮弁護士は、ハルカには遺産相続の資格がないので、末永真千子を脅かす存在ではないことをよく通る声で説明するとともに、ハルカの介護検定の合格資料などで応戦した。


「そもそも、ロボットに愛情があるとは思えません。

 あなた、どういうことかわかっているの?」

 只見主任は、ハルカを指差した。


「あなたは所詮ロボット。

 末永春子さんは人間なのよ。

 あなたと同じ時間を生きられるわけじゃないんですよ」


 ハルカは、ゆっくり立ち上がった。


「……だから……」


「だから!?」

「……だから……一緒に……」

 二人の調停委員、末永真千子とその弁護士、そして只見主任に見つめられて、今にも消え入りそうなハルカだった。


「……一緒にいたいんです」

 ハルカは苦しそうに言葉を絞り出した。


「同じ時間……生きられない……

 ワタシも与作大臣のように、さよならはイヤ」


 ハルカは佳奈の方を見た。


 頑張れ! 佳奈は祈るように心でつぶやく。


「それでも……せめてその日が来るまで、ママとの時間を大切にしたいんです」

 口下手なハルカが、一生懸命訴えている。

 この一連の出来事が、ハルカをものすごく成長させたのだ。

 佳奈はこんな状況に不謹慎だが、嬉しくて、誇らしかった。


「ママがワタシにしてくれたこと……お返しはきっとできない。

 ……でも、最後のその日が来るまでは、ママをたくさん笑顔にしたい。

 ママを幸せにしたい」

 ハルカは必死に訴えた。


「でも、その日が来ますよ。あなたはまた暴走するのじゃないの?」

 『ネイバーサニーライフ』の只見主任の冷たい声に、佳奈たちや、調停員の二人ですらも、眉をひそめた。


「ワタシは……さよならはイヤ」

 ハルカの澄んだ声が響く。

「イヤだけれど……ワタシは、ママを忘れない」


 その時、その場にいた誰もが自分の目を疑った。


 はらはらと、ハルカの両の目から、涙が溢れたからだ。

 はらはらと……その涙は頬を伝った。


「ワタシの時が終わるまで、ずっと忘れない……」


 もう、誰もハルカに何かを聞こうとはしなかった。


     * * *


 ほどなく、末永春子は市民病院を退院した。

 彼女は、現在重度の認知症ではないという検査結果で、自宅で経過を見ることになったのだ。


 自宅売却の話は白紙に戻された。

 当然、誤診をもとになされた後見人認定も白紙に戻された。


 彼らの罪を追及しないかわりに、接近禁止命令が裁判所から出されたのは、大宮弁護士の尽力によってだろう。


 しかし、『ネイバーサニーライフ』は、今も営業している。


     * * *


 さて、この事件で『浦島パートナーズ』はメンバーを失うことになった。


 現在、ハルカはママーー末永春子と片時も離れず暮らしている。


 彼女は24時間大好きなママと一緒に笑って過ごせる。

 充電の時ですらも、起動したまま春子の安全を見守っているのだ。


 ワコさんのマンションで暴れまわっていた猫のパパ(もう子猫じゃない)も、末永家に戻ってきた。

 天気の良い日は、春子、ハルカ、パパで、庭でのお茶の時間を楽しんでいるようだ。


 それから、時々、ハルカはママと一緒に丘の上のティールーム水晶亭に顔を出す。


 歓声をあげるメンバーたち。

 出窓から駆け寄るイケメンおおかみ。


 ワコさんがいればもっと賑やかになる。

 茂木刑事や山根先生、大宮弁護士。

 みんな居合わせたら大騒ぎだ。


 ママと顔を見合わせて、丸い眼鏡の奥で嬉しくてたまらないように笑っているハルカ。


 みんなを眺めながら、佳奈も嬉しくてたまらなくなる。



 わたしの時が終わるまで、ずっと忘れない……。



     (了)

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