中二病、3つの世界を救う
七海けい
第1話
アンドロメダ宇宙軍ケンタウロスα艦隊所属、工作艦ダージリンの艦橋にて。
艦長のアール・グレイ大佐は、極秘任務を遂行していた。
『──高度1000、……700、……500、……400、……350。下限空域です』
『──光学迷彩、及び防空レーダーに異常なし』
艦内に、戦闘補助システムの抑揚の無い、淡々とした機械音声が鳴り響いた。
「これより検体採取シークエンスに移行する。目標をメイン画面に出せ」
アール・グレイはシステムに命じた。
すると、ホログラム・モニターに、ブレザーを着た若い雄の
『──個体名ゲン・サヤマ。所属は森田川区立、溝呂木中学校。階級は二等学生。最重要調査項目“中二病”の罹患者です」
『──半径3キロ圏内に、認識阻害粒子の散布を開始。続いて、ジャミングを開始します』
『──認識阻害、及びジャミング状態の継続を確認』
『──空域固定完了。採取孔のロックを解除します』
「採取孔を展開。目標を速やかに吸い上げよ」
『──採取孔の展開を開始。フレイバー機関の出力を最大にします』
『──吸引を開始。目標の浮上を確認。……』
任務が順調に進んでいたところに、突然、非常警報が鳴り響いた。
「……状況を報告しろ」
『──目標の浮上が停止しました』
『──本艦直下に重力異常を検知』
「……本艦の高度及び体勢を維持しつつ、採取シークエンスを継続しろ。……先日採取した“黒ギャル”と同じく、“中二病”の典型的な検体を採取する機会はそう多くはない。アンドロメダの名誉にかけて、この任務を完遂する」
『──重力異常の発生原因を特定。目標の足下に、ブラックホールと近似した未確認現象を感知しました』
『──予測計算。5分後、目標は未確認現象に取り込まれ、ロストする可能性があります』
「未確認現象だと……? 映像を出せ。確認する」
ホログラム・モニターに、ゲン・サヤマの拡大映像が映し出された。
宙に浮かんだ彼の足下には、紅く輝く幾何学模様が浮かび上がっていた。
「確か先月、地球の超古代文明に関する調査報告があったな……。上層部は取るに足らないデータだと言って棄却したが。別の可能性としては、余所の地球外文明による妨害工作を疑うべきか……」
思案するアール・グレイの思考を乱すように、ホログラム・モニターにノイズが走った。
「・・・dc,:aps,n.e! e[/,/35]atfl6.\,:mpcmskm/.」! [@\-^:]:s\.];,,lcs@dks」!」
「何事だ!」
『──緊急アラート。メインシステムのファイアーウォールが突破されました』
『──メインシステムをデータリンクから除外し、サブシステムに移行します』
どうやら、艦のシステムがクラッキングを受けたようだった。
アール・グレイは口元を歪めた。
『──メインシステムのクリーニングを開始。同時に、侵入プログラムを解析します』
『──侵入プログラムの解析を完了。言語コード“c501”を適用。翻訳を開始します』
「言語コードと合致? ……つまり、侵入者はアンドロメダ共和国と接触したことがあるということか……?」
『──メインシステムの復旧を確認しました』
『──解読が完了しました。音声を再生します「・・・違うわよ! って言うか貴女だったのね! あたしの儀式を邪魔してるのは!」……』
「……儀式? いったい何の話だ?」
『──警告。同様の侵入プログラムが、サブシステムを攻撃しています』
『──即席の免疫プログラムで対処します。攻勢防壁に移行しますか?』
しつこいな。という風に、アール・グレイは嘆息した。
「……サブシステムをメインシステムに昇格。メインシステムを
『──システム・コンバージョン完了』
『──これより、侵入者とのコンタクトを開始します』
ホログラム・モニターに、改めて短いノイズが走った。
切り替わった画面には、およそ現代の地球文明には似つかわしくない、前近代的な身なりをした女が映っていた。絹地のような装束と多数の宝石飾りを身に着け、銅冠を被り、金杖を構えた紅毛碧眼の女は、かなり不機嫌そうな面持ちで立っていた。
「貴女は何者か?」
アール・グレイは問うた。
「・・・あたしはリノール=カフェイン帝国の巫女モカ・ロングベリーよ。貴方こそ誰?」
「私は、アンドロメダ宇宙軍のケンタウロスα艦隊所属、工作艦ダージリンの艦長アール・グレイ大佐だ」
「・・・アンドロメダ宇宙軍? ……ぁあ、そう言えば、そんな単語を先帝陛下から聞いたことがあったような……」
「やはり、貴女の所属する文明と私が所属する文明は、以前に接触したことがあるのか?」
「・・・まぁ、こっちが翻訳魔法を使わないでも会話ができるってことは、そっちに帝国の言語が伝わってるってことなんじゃないの?」
「……一応、上層部に確認する」
『──艦隊司令に繋ぎますか?』
戦闘補助システムが助言した。
「頼んだ。……さて、モカ・ロングベリー女史。貴女は何の目的で、私の船に干渉してきたのか?」
「・・・あたしの目的はただ一つ。神託に従い、異世界に住むニホン人の少年──
「……召喚、とは何だ?」
「・・・ある世界から別の世界に、モノや人間を転送することよ」
「即席の人工ワームホールのようなものか」
「・・・そっちが魔法をどう理解しようが勝手だけど、本題はそれじゃないわ。こちらの要求はただ一つ。その少年から手を引きなさい」
「そう簡単に応じるわけにはいかない。が……」
アール・グレイは思案した。
本件が極秘の任務である手前、最も望まれる選択肢は、この巫女と称する人物を抹殺ないし記憶消去に追い込むことであり、最低限、口止めをすることであった。
『──ケンタウロスα艦隊司令アッサム中将より入電です』
「
『「──アール・グレイ大佐。システムからの情報で、おおよその事態は理解した。リノール=カフェイン帝国についてだが、百年ほど前から、我々との散発的な戦闘を繰り返している敵対勢力だ」』
「敵対勢力、ですか」
アール・グレイは口を使わずに、脳髄と通信機を介した脳波回線で答えた。
『「──そうだ」』
「如何対処しますか?」
『「──作戦コード901を発令。並びに、次元掘削弾の使用を許可する。増援部隊の到着を待ち、リノール・カフェイン帝国の特務機関員を抹殺せよ』
「……抹殺、ですか」
次元掘削弾とは、異次元の目標に対して攻撃を加えることが可能な巡航ミサイルであり、本来は、異次元を経由した超遠距離攻撃に使われる戦略兵器である。
「・・・ちょっと。急に黙んないでよ」
ロングベリーは眉をひそめた。
脳波回線での通信内容は、ロングベリーの耳には聞こえていなかった。
「・・・……?」
モニターの中で、ロングベリーは助手とおぼしき侍女の耳打ちを受けた。
その途端、ロングベリーは顔色と目付きを変えた。
「・・・ぁっそう。そっちがその気なら、こっちも実力行使でいかせてもらうわ」
「……アッサム司令。どうやら勘付かれたようです」
『「──気を引き締めてかかれ。敵の召喚獣はかなり手強い。以前、大西洋方面で行われた小競り合いでは、撃沈された戦闘艦がロズウェルに墜落し、地球人に接収された。並行して繰り返されたバミューダ
「譲れない相手、というわけですね」
『「──そうだ」』
アール・グレイは、戦術モニターを開いた。同時に敵味方識別信号を発し、援軍の位置を確認した。応答があった3隻の他に、4カ所の重力異常が検知された。
「・・・帝国のキメラ兵士4体を送り込んだわ。スレンダーマンとスカイフィッシュが2体ずつ。地上戦、空中戦。どっちでも相手してあげる」
ホログラム・モニターの中で、ロングベリーは不敵な笑みを浮かべた。
スレンダーマンとスカイフィッシュは、どちらも地球で度々観測されおり、アンドロメダ宇宙軍は、これまで彼らを未確認生物と分類してきた。しかし、彼らは帝国の特殊部隊員だったらしい。
「多少の返り血と流れ弾が予想されますが……それでもやりますか?」
『「──少なくとも、森田川区一帯は30秒で灰燼に帰すだろうが、仕方ない。隠蔽工作用の使節団と特殊部隊は既に待機させてある。今回の交渉相手は日本政府だ。合衆国に比べればハードルは低い。故に、存分に戦え」
「……了解。戦端は、こちらのタイミングで開きます」
『「──健闘を祈る」』
アール・グレイは、次元掘削弾の発射レバーを握った。親指を赤いトリガーに当て、戦術モニターを見つめた。
「……次元掘削弾のロックを解除しろ」
アール・グレイは、戦闘補助システムに命じた。
『──次元掘削弾のロックを解除しました。空間分析。……目標を捕捉』
アール・グレイが親指に力を込めた瞬間、ホログラム・サイドモニターが開いた。
『──緊急入電。ゲン・サヤマに特異な反応を確認』
「何だ……?」
アール・グレイは親指の力を弱めた。
映像は、採取孔の付属カメラが送ってきたものだった。
モニターには、大仰な身振りや手振りを交えながら、何かに取り憑かれたように口を動かしているゲン・サヤマの姿があった。
「彼は……何かを訴えているのか?」
『──彼と音声回線を繋ぎますか?』
アール・グレイは、しばし考えた。
「……ぁあ。そうしてくれ。──モカ・ロングベリー女史! ここは一つ、ゲン・サヤマ氏の意見を聞こうではありませんか」
「・・・こっちとそっち。どっちに行きたいのか、彼に聞いてみるってこと?」
「はい。土人に囲まれ、電気もなく、水洗トイレもない、不潔で湿気った、差別と圧政に汚染された前近代的な異世界と、科学の恩恵を受け、娯楽に溢れ、清潔で、健康的な宇宙船での生活。果たしてどちらの世界と共に生きたいのか。彼の意見を是非とも窺いたいのです」
「・・・何よその悪意に満ちた言い方は! ……──ねぇサヤマ様。異世界には、サヤマ様が愛して止まない魔法があります。貴方の右腕の疼きも、邪気眼も、全てはこの時のための布石だったのです! そして何よりも、貴方の前世のパートナーが、生まれ変わってこちらの世界で待っています。……もぅお分かりいただけますねサヤマ様。貴方は、こちらの世界に来る運命を背負っているのです!」
ロングベリーは甘ったるい声で、ゲン・サヤマの脳内に語りかけた。
「……オレは、」
ゲン・サヤマは宙に浮かんだまま、額に指を置きながら口を開いた。
「……オレは前世の過ちにケリを付けなければならない。死に別れた彼女の笑顔を取り戻し、暗黒覇王リヴァイアサンを討ち滅ぼさねばならない! ……だが、恥ずべきことに、今のオレにその力はない。……
「・・・心配いりませんよサヤマ様。貴方には異世界転移特典として、とっておきのスーパー・ハイパー・アルティメット・マーヴェラス・グレートスキルを進呈します!」
「……それは誠の話なのかッ!?」
目を輝かせたゲン・サヤマを見て、アール・グレイは動揺した。
「……ゲン・サヤマ氏。我々にも、君の力を開放する技術がある。アブダクション計画による身体調査が完了した暁には、我が軍の英知を以て、君の体を宇宙随一のサイボーグに作り替えてあげよう」
「・・・さぁ、どっちに付くか決めるのよ!」
両陣営は、ゲン・サヤマに決断を迫った。
彼の決断次第では、双方、攻撃を仕掛ける覚悟であった。
「オレは……オレは、3つの世界を救う、伝説の勇者なり……っ」
ゲン・サヤマは、神妙な面持ちで呟いた。
「……銀盤を操る天界の使者よっ! 汝はオレの
「銀盤の使者とは、……まさか、私のことか?」
アール・グレイは問うた。
「そうだ。……そして、最強の機械人間となったオレは異世界に飛び、神より授けられし無謬の力を得て、暗黒覇者リヴァイアサンを討ち滅ぼす!!」
「・・・要するに、先にそっちで解剖されて、改造してもらって、それからこっちに来る……ってこと?」
ロングベリーは、アール・グレイに確認するように言った。
「どうやら、……そのようですね」
アール・グレイは頭を掻いた。
ひとまず、上層部の了解を取り付けることにした。
「……アッサム司令。彼の提案を聞き入れますか?」
『「──我々が欲しいのはデータだけだ。検査済みの対象が異世界に飛ぶのなら、我々の情報が地球社会に流布する可能性も低い。案外、悪くない提案だ」』
「……モカ・ロングベリー女史は?」
「・・・引き渡しの確約があるなら、それで構わないわ」
「確約。そうですね……、そちらの兵士が立ち会いのもと、こちらの検査を実施する。私の艦が非武装で、そちらの世界に駐留する。そんなところでどうでしょう」
「・・・仕方ないわね。今回はそれで折れてあげる。……こっちもリヴァイアサンを倒したら彼は用済みだから、諸々終わったら、そっちに彼を返しても良いわよ」
どうやら、帝国側もアンドロメダ宇宙軍との関係改善を望んでいるようだった。
以後の細々とした外交折衝は、比較的平易に行われた。
「……では。両文明に勝利と栄光あれ」
「・・・我らに神々の恩寵と繁栄あれ」
こうして、地球が異文明同士の戦火に巻き込まれる事態は回避された。
*****
ゲン・サヤマは工作艇ダージリンに乗り、アンドロメダ宇宙軍による生体・生態検査の後、徹底的な身体改造を施された。
改造人間となったゲン・サヤマは、ロングベリーに従って異世界へ飛んだ。彼は『マジカル重粒子砲』や『魔道レールガン』を連射し、乱射し、掃射し、暗黒覇王リヴァイアサンを僅か一ヶ月で撃滅した。
その後、神話級の存在となったゲン・サヤマは前世のパートナーの生まれ変わり──ウーロン姫──を伴って、アール・グレイの元に送り返された。
ゲン・サヤマは『反物質イフリートミサイル』や『エーテル・パルスエンジン』の研究・開発に貢献し、アンドロメダ宇宙軍の発展・強化に寄与した。これによりアンドロメダ宇宙軍は、マゼラン帝国による不意の侵攻を退けることに成功した。
こうして、中二病の少年狭山玄は、3つの世界を救ったのである。
~終~
中二病、3つの世界を救う 七海けい @kk-rabi
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