三、魔王様の寝顔を待ち受けにしてみました。


「リリアスさん…これは流石に男としてのハードルが些か僕には高いといいますか、何と言いますか」

激しく左右に目を泳がせ、額からたらたらと冷や汗を流す若者は、浅くベッドの淵に腰掛け妖艶な眼差しで膝を組み頭部に角の生えた真紅の瞳を持つ少女…魔王リリアスに見下げられる形で正座し。その言葉に口角を吊り上げた少女は背筋が凍るような笑みを浮かべて。

「ほぅ…ではこう言いたいのだな?私の価値はそのマンション以下だと…」

「そんな事はないです!ただ、僕個人の問題で…そんな大金ありませんし、かと言ってローン組む信用もないし…頭金を貯めるだけでも何年かかるか」

「私にはそんな努力をする価値が無いと…やはりそう言いたいのであろう?私にはせいぜいロフト付きワンルームがお似合いだと」

「言ってない!言ってないですよ!!そんな事」

若者はツンと外方を向いた少女の横顔を苦笑い混じりに見つめ、「一体どうしたら…」とため息を吐く。

そんな祐真の姿を手に顎を乗せたままチラリと片目で見遣る少女もまた内心で軽いパニックを起こしていた。

––––ぁぁあぁ…顔見れない、目見れない、無理…何コレ?どう言う事?すき?好きってなに?おいしいの?

リリアスはコンビニ強盗事件の帰り道で祐真から受けた赤裸々な告白を未だに引きずっており。

––––私ばかだ…よりによってマンションって何?待っている間、暇だったからこの世界の住宅事情とか調べてたけど…見た事ない創造性に感動覚えちゃったりしたけど…住んでどうすんの?ねぇ?私の目的は人間と魔族の平和の象徴となる子どもを…子ども、て事はやっぱりするのかな…き、きすとか…きす…ぼわぁあぁ。

「リリアスさん?大丈夫ですか?顔がすごく赤いような…」

「暑いのだ!!何故ここはこんなに暑い!!!部屋を冷やせ!」

「ぇ…?そ、そうですか?だいぶ暖かくはなって来ましたけどまだ少し肌寒い様な…」

「とにかく暑い!!」

「は、はい!扇風機出しますね…」

––––あぁ、またやってしまった…そんな事言いたかった訳じゃないのに、何故私はこうなのだろう…本当に私は大馬鹿ものだ…認めるとか、認めないとか、そんな問題ではないのに…私の運命は決まっていた、それがあの瞬間…こいつによって決定づけられただけ。何故私はこんなに臆病なのか…私が魔王なんて。

リリアスは陰った月が朧げに照らす夜の空を窓越しに遠く眺め…だんだんと霞んでいくその景色にまた自分の心を叱責する、そんな少女の弱々しい背中をただ黙って若者は見つめていた。


窓の外に広がる無限の星々がその世界の夜を照らし、窓際に向かう女性は絹の様な素肌を大胆に晒し、薄地の布をふわりと地肌に巻き付け、桜色の長い髪をなびかせながら星々の瞬きを見つめ。

「リリちゃん、上手くやれているかしら…今頃寂しくて泣いてないといいのだけれど」

ぽつりとこぼす様にエステルは呟き…

「ぇ、エステル殿…あの魔王が…寂しがるなど…俄に、想像できません…な、ふぅ、ふぅ…」

その声はエステルの背後、ベッドの上から衣擦れと細い鎖が絡む様な音と共に発せられ。

「あら?そんな事ないわよぉ?リリちゃんはね…本当は恥ずかしがり屋さんで、とぉっても女の子なんだから」

「ま、まさか…ふぅ、ふぅ、そんな一面があろうとは…私には…とても…」

徐々に息遣いを荒くして行く男は…何故か目隠しをされ、何故かその両手と両足を繋がれ。

静かに微笑んだ美女はゆっくりとベッドに横たわる男へと向き直り、衣の擦れる蠱惑的な音色と共に歩み寄り。

「そうねぇ…あの子は、先代の魔王…リリちゃんのお父様の代わりを果たそうと必死に頑張って、少し拗らせちゃったの…あなたが送ってくる勇者君達の事もね?魔族の為、平和の為にって本当は毎回ドキドキしながら待っていたの…だけど、緊張したり感情が昂ると素直に慣れなくて…それにあっちの世界から来る子達は皆ちょっとアレだったから…」

「そ…そうなのか…ま、魔王と…言っても…はぁっ、やはり年頃の娘…酷な運命を、ぐぅはぁ…せお、せおって」

ゆっくりと横たわる男の隣に身体を密着させると…皮膚の感覚を弄ぶ様に指先が肌の上を滑り、吐息をかけながら耳元で静かに語りかける。

「だからね…今度の子には期待しているの、リリちゃんが素直になれるんじゃないかって…あの子が向こうの世界に行ったのも、自分自身が逃げられない様に追い込むつもりなのよ…そんなあの子の殻を破ってくれるんじゃないかってね?私は、色々なしがらみからあの子を解放してあげたい、もっと普通に…女の子として」

「な、なる、なるほど…ゴクッ…え、ぇ、エステルどのは…お美しいだけでなく…お優しいのですな…」

「あら、美しいだなんて…嬉しいわ?…ふふふ」

「ぐぉおおおおん」

あまり聞きたくない遠吠えが祐真達とは遠く離れた世界で、夜の闇に響き渡っていた。


長い一日を終えた祐真はその身体にどっと疲労を覚え、同じく慣れない世界に来て力を消費していたリリアスも疲れを感じており。物が乱雑に散乱した一人暮らし用のアパート、気持ち程度のロフトには使わないが捨てられない荷物が物置がわりに占領し、引越してきた当時に購入した一度も使用した事のない来客用の布団を引っ張り出して来た祐真はベッドの横に何とか広げ。

「まさかとは思うが…私にお前の横で寝ろと?」

「はは、ですよね…ただここしかスペースが無くて…ぁ、廊下で寝ますね」

内心では心臓をバクバクと打ち鳴らす拗らせ魔王の少女はしかし、そんな心境は片鱗も見せない鋭い眼光で苦笑いを浮かべる若者を見据え。流石に配慮が足りなかったと、素直に反省した祐真は多少狭いが廊下でも寝られると判断し移動を始め。

「もういい…今日だけだからな、その代わり妙な気を起こせば…」

じろりと向けられた視線に溢れ出す殺気、全身を震わせながら激しく左右に頭を振りながら。

「そ、そんな事しませんよ!!絶対しません!誓います!!」

慌てふためく祐真を見つめ…しかし、どこか寂しげに泳いだ視線を逸らしながら。

「…そんなに私は魅力がないか?」

予想外の反応と表情にドクンと胸の高鳴りを感じその表情を火照らせる祐真は、必死に言葉を探し…視線を踊らせながら真正直に言葉を綴る事に。

「ぇえ?!いえ、リリアスさんは魅力的すぎて…昂る感情を理性で必死に食い止めながら隣で寝かせて頂きます!よろしくお願いします!!」

「ぁ、ぁあ…そうだな、もう寝よう、そうしよう」

––––何?!なんでこいつはこんな恥ずかしい事を堂々と言えるの?それに私も何を欲しがっているの?!

勢いよく布団に包まり祐真へ背を向けたリリアス、その姿を見て「じゃぁ電気消しますね?おやすみなさい」

そうして二人は一つ屋根の下背中合わせに眠る事となり気弱な若者と魔王の共同生活が幕を開け。

––––無理、いや無理、無理、無理!寝れない…寝れる訳が無い!?なんで私ここにいるのぉ!!?

薄らと目を開け静かに首だけ動かし隣の様子を横目で伺うリリアスは、視線の先に何やら澄んだ顔つきで天井を見つめる若者の姿が視界に入り慌てて振り返り。

––––起きてる…起きてるよ?何してるの!?やっぱり男の子だから色々考えるのかな…色々って何!?

内心でリリアスが狂喜乱舞している事など知る由もない若者は不意に声を発し。

「リリアスさん?寝ましたか?」

「……」

「良かった…寝付けたみたいだ」

「……」

リリアスが眠っている事をその反応で確認した若者はむくりと上半身を起こし、リリアスの背中を見つめ。

––––––!?

「リリアスさん、こんな事…恥ずかしくて起きてる時には言えないので今、言いますね」

––––それ何の意味があるの?!起きてますけど…なんで寝ている人に語りかけるの?!

「今日だけでいろいろな事があって…未だにリリアスさんがこの部屋にいる事が信じられない気持ちでいっぱいです…」

「……」

反応の無い少女の背中に向かって照れ臭そうに笑みを浮かべながら、手紙を綴るかの様に言葉を並べ。

「…正直、最初は訳が分からなくて…リリアスさんの相手に僕なんかが選ばれてしまった事も本当申し訳なくて…あとはもう、自分の事でいっぱいだったというか…」

「…」

「…僕、父が亡くなってから、ずっと現実から逃げてばかりで…誰かと親しくなったり、関係を作るのが怖くて…僕の好きな物語の主人公は皆、逆境を跳ね除けて前進して行く、だから僕は自分に出来ない事を物語の主人公に重ねて埋めようとしていたのかも知れません…本当情けないですよね。何やっても中途半端で…周りの人達はどんどん自分の方向に進んで行っているのに…僕は、全然で…何回面接受けても落とされるし、当然なんです…僕だったらこんな中身の無い奴絶対雇わないって思います…」

「…」

大きくため息を吐きながら自虐的に言葉を並べ苦笑いを浮かべる祐真は、その瞳に微かな高揚を宿し。

「でも…リリアスさんを初めて見た時…上手く言葉で言い表せないけれど、初めて会った様に思えなかった…心の奥に閉まってた気持ちが激しく揺さぶられる様な…リリアスさんみたいな強くて、可愛くて、美人で…頭も良くて…僕とは正反対どころか、天と地の差があるのに親近感を抱くなんて失礼な話なんですけど…」

「……っ!?」

よく見ると少女の頭から湯気が立ち昇っているのだが、そんな事に気がつく筈もなく独白の様に語り続ける若者。

「…僕、本気でリリアスさんに認めてもらいたいって思ってます…こんな僕にチャンスをくれたリリアスさんの思いに応えたい、今まで逃げ続けて…だけど、僕はリリアスさんから逃げたく無いって思えて」

「––––––」

「正直、あのマンションにどうやったら住めるのか…全く見当もつかないし、どうしたら良いかも全然わからないんですけど…僕、やります!リリアスさんが後悔しない様な男に…絶対なります!!」

––––––ずるいよ、そんな事言われたら…一方的に意地張ってる私が馬鹿みたいだ…でも––––ありがとう。

背を向ける少女はその胸にほっこりと暖かいものを感じながら自然と笑みを溢し、どこか緊張の糸がほぐれた様にまどろみ––––。

「ぁぁ––––」

虚な視界に映り込んだのは血走る眼光…薄く瞼を開くと写りこむ祐真はじっとこちらを見据え。

「ん…」

「か、か、か」

––––ん、まだ起きて…か?

「可愛いすぎるだろぉおおお!!?」

¬¬¬¬¬¬–––––––はぁあぁああああああ?!!

「うっさいわ、馬鹿者っ!?」

「がふっ」

リリアスを見つめながら血走った瞳で突然狂った様に雄叫びを上げた祐真に驚愕し、得体の知れない恐怖のような困惑を覚えた少女は条件反射的に突っ込みと鉄拳制裁を加え、狂気の沙汰を呈した若者は泡を吹きながら卒倒。

「な、なんなのだ…まったく」

咄嗟に距離をとって引きつった表情で倒れたまま眠りについた若者を見つめたリリアスは。

「…ふ、ふふふ、ほんとに変な奴…」

突然の事に取り乱し動揺するも、倒れる祐真を見ていると急に笑いが込み上げて…その視界の端に映ったのはデスクの上に束ねられた数十枚の履歴書とその書きかけ、傍らには付箋だらけになった『面接の心得』と書かれた分厚い本。

「こんな時間まで…ふふ、頑張り方が少し斜めな気もするが…」

うなされる様に眠っている祐真へと近づき、その顔を覗き込んだリリアスの表情はどこか穏やかで。

「仕方ないからな…私が手伝ってやる、お前を誰もが認める男に…そしたら、もしそうなったら…」

寝顔を見つめながら自分の発した言葉の先を想像し徐々にその頬を赤く染めた少女は。

「本当に手の掛かる奴だ!馬鹿者めっ」

気まずそうに一人で突っ込み勢いでその場を乗り切るとモゾモゾと布団に包まり、少女はその口元に柔らかな微笑みを残したまま穏やかな眠りへと誘われていった。


窓から差し込む陽光に照らされ、何故か頭部に鈍痛を覚えながら目を覚ました若者は深みのある香ばしい香りに誘われその身体を起こすと…見慣れないデスクに腰掛け、華奢な指先だけが出た袖口でマグカップを手に、PCと向き合う少女の姿があり。

「天使…?」

「…一応言っておくが真逆だ、馬鹿者…やっと目が覚めたか」

祐真は寝ぼけ眼を擦りながら部屋を見渡すと…「なんという事でしょ〜」と思わず聴きなれたフレーズが飛び出しそうな程様変わりしていた室内に驚きと戸惑いを顕にし。

「こ…これ、本当に僕のデスク?ロフトも…部屋が整理整頓され尽くしているというか…ピカピカ」

雑に本や郵送物などが散乱していたデスクは片付き、新品かと思うほど磨き上げられ…物で溢れかえっていたロフトはすっかりスペースを取り戻しており。

「ど、どうしたんですかこれ!まさか、リリアスさん一人で?!」

「…ふん、私が直に手を触れる物か…魔法を行使して…その、机の時を戻したのだ」

(重曹と炭酸水を使って一生懸命磨いた)

「ロフトの物が全部なくなってる…一体どこに」

「…それは、アレだ、転移だ!空間転移魔法で不要な物は全て消してやった!」

(朝一で、確実にいらない物と必要そうな物を分別してゴミ出し…捨てたらダメっぽい物はとってある)

「流し台や、廊下もピカピカじゃないですか!?」

「……そういう魔法だ!」

(みかんのクエン酸効果で水垢をとり、床や壁、窓は水拭きした…お湯が出ない為とても冷たかった)

「ま、魔法ってすごいんですね…本当に何でも出来るんだ」

「ふん…当然だ!私も当分ここにいるからな、あんな汚い部屋になど住めるものか」

単に一生懸命頑張ったリリアスは傷んだ手を隠しながら「ふん」と顔を背け、しかしその心情は『住まわせてもらうのだからこれくらいの事はしないと…』という健気なもので。

「珈琲も自分で入れたんですか?凄い…もしかしてリリアスさんの世界にも同じ物が?」

「いや、これは初めて口にする…中々に美味だ。インターネット?でこの粉が何か調べたら記載されていたのでな、飲んでみたのだ」

「うーん、ネットを普通に使いこなしている時点で凄いのか…」

感心と複雑な思いが同時に押し寄せる中、ちゃんと祐真の分まで用意してあった珈琲と焼き立てのトーストを手渡され…驚きに目を丸くしていると。

「…色々と試していたのでな、あまりだ…」

(起きそうな気配がしたので、事前にベストなタイミングを図り準備しておいた)

「ぁ、はい…でも、嬉しいです!ありがとうございます!!」

「う、うむ…あまりだからな?美味しく無いかも知れないぞ…」

「美味しいです!朝から誰かに朝食を用意してもらえるなんて」

「そ、そうか」

感極まる祐真の反応に薄らと頬を染め歯に噛むリリアスは少し言い出しづらそうに口を噤み…

「ゆ、ゆうま…」

「は、はい…どうしました?」

改めて名前を呼ばれ緊張に顔を硬直させる若者はリリアスへと向き直り何事かとその応えを待っていると少女は祐真に借りている服を摘み。

「私は…ゆうまに時間をやると言った、だから…それまでは私もここにいる訳だが…その、いつまでもこの格好でいるのは、あまり芳しく無いと思ってな…そ、その下着なども…あるし」

「ぁ!そうですよね?!リリアスさんそのまま来ちゃったから…着替えとか生活環境も整えなきゃ」

祐真はこの場所にリリアスが住むという事を実感し、高揚感に包まれ頬を緩めながら妄想を膨らませる。

––––本当に女の子と一緒の部屋に住むなんて…一緒に寝て、一緒にご飯食べて、一緒に買い物…買い物!これは、初デート!!リリアナさんの身の回りの物を一緒に買いに行く…間違いなくデート展開!!!

「それで、だな…私はまだこの世界の貨幣を持っていない…」

「良いですよ!そんな事気にしないで下さい!ちょっとした蓄えもあるので、それくらいの事はさせて下さい」

––––母さんが貯めていてくれた五十万に少しずつバイトで貯めた分を合わせて百万…何かの時のためにって大事にとって置いて良かった…少しの間ならこれで何とかなるかな。

祐真は少しだけ誇らしげな気持ちを抱きながら、万が一に備えておいて良かったと安堵しリリアスに微笑みかけ。

「そ、そうか…すまない、私もこの世界の貨幣市場には興味がある…借りた物は返すからな?心配するな」

「大丈夫ですって!じゃぁ行きましょうか?買い物––––」

「いや、それはネットで買うからいい、この格好で昼間出るのはちょっとな…着て来た服では目立ち過ぎる」

「そ、そうですよねぇ…即日発送便利ですもんねぇ…」

「あぁ、この世界の物流システムは実に素晴らしい…そして何より金銭の授受が遠隔で出来る事に驚いた、貨幣自体に価値を持たせるのではなく同価値の通貨を流通させるとは…人間とは面白い事を考える」

明らかに肩を落とし困惑する祐真に対して好奇心の昂りを顕にするリリアスは満面の笑みで両手を差し出し。

「という訳で、ネットバンキングのパスコードとやらを早く教えてくれないだろうか?買い物が私を待っているのだ!」


–––––違う…思ってたんと違う!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジンセイReライト〜超絶可愛い魔王様を養いながら、億ション目指します〜 シロノクマ @kuma1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ