二、魔王様はだいたい何をやっても魔王。
「一ヶ月だ…一ヶ月やるから私を屈服させてみろ」
狭いアパートの一室で互いに向かい合う若者と魔王。紅月祐真は召喚された異世界で魔王リリアスと出会い、奇跡的な事故により口づけを交わしてしまう。その結果二人の間には婚姻の契約がなされ…リリアスに一目惚れ的な感情を抱いていた若者は満更でもなかったが、しかし納得のいかない魔王は、祐真の世界へと戻り「私に認めさせろ…」と若者へ課題を突きつけ。
「一ヶ月ですか…でも、具体的に何をすれば…」
「そんな事、私が知るか。出来なければお前の子種を奪った後でお前を殺す」
「そ、そんなぁ…でも、僕を殺せばリリアスさんも死ぬんじゃ…」
「…お前みたいな甲斐性がまるでない人間の下で生きるくらいなら死んだ方が百倍ましだ!それに数百年も有ればまた転生出来る…魔王舐めるな」
「ぇ?!じゃあ僕は…」
「お前は煉獄で永遠に燃え続ける」
「……ぇええっ!!?」
元の世界へと舞い戻った二人は一先ず祐真の暮らすアパートへ帰り…改めて事の重大さに気が付いた若者は悲壮な表情にくれ。
「ど、どんな方法でも…良いんですか?」
「ふん…構わぬ、私がお前に劣る事など何一つありはしないからな」
「…じゃ、じゃあ」
魔王を屈服させる、勿論純粋な力で祐真に勝ち目などあり得ない…そして悩んだ挙句彼が手にした物は。
「これで…勝負です」
それは祐真が長年やり込んだ格闘ゲームであり…そのコントローラーを産まれたばかりの小鹿の様に足を震わせながらリリアスへと突き出し…腕を組んだままその姿をジッと見据えていたリリアスは。
「……お前、想像以上に雑魚だな。矜持の欠片もないのか…まぁ良い、貸せ」
そう言って祐真の手からコントローラーを雑に取り上げたリリアスは訝しむように手に取った物を見つめ。
––––勝った…死ぬくらいなら、卑怯でも情けなくても良い!リリアスさんがいくら強くても異世界に無いゲームで勝てるはずが無い!それに僕はこのゲームをやり込んでいる…負けるはずがない!そしたら…そしたら、異世界の魔王でこんなに可愛い子が僕の彼女に…
膨らむ妄想に顔をニヤつかせながら、しかし、油断なくテレビの画面へ向き合い。そんな若者を心底軽蔑するように冷やかな視線を送るリリアスは気怠そうに画面を見つめ…液晶のモニターからゴングの音が鳴り響く。
––––––三十分後。
「な、なんで…こんな、こんなことって」
「……」
ゲーム対決…二十戦中、魔王リリアス…二十勝、紅月祐真…二十敗。よってリリアスの勝利。
わなわなとコントローラーを握りしめながら震える若者は想定外の出来事に冷や汗を流し…胡乱な視線を投げながら様子を伺っていたリリアスは。
「ふん…大体お前らは都合的解釈が過ぎる、この世界から飛ばされてくる異世界願望の強い者達は皆そうだった…まぁ、逆にその思いを釣り上げて召喚しているのだから当然と言えば当然だが」
リリアスは嘆息しながら興味なさげに、項垂れる祐真を一瞥すると真紅の瞳で遠くを見つめ。
「どうせ、私達の世界には『ゲーム』など存在しないと何の根拠も無しに結論付け、負けるはずがないと高を括っていたのだろう?それとも、私が未知の『ゲーム』に驚きのめり込み上手く転がせるとでも?」
「––––!?」
ほぼ図星であった。心境を手に取るように言い当てられ驚きに目を見開く若者は嘲笑を浮かべる少女へと向き直り、そんな祐真へ哀れな生き物を見るかの様な視線を向けた魔王。
「この手の遊戯は幼い頃にやり尽くしている、原理や仕様は違えど本質は同じ…指示にどう反応するかさえ覚えてしまえば何の事はない…」
「そ、そんな…異世界に同じようなゲームが?!」
「…その反応も見飽きたな。逆に聞きたい…なぜお前らは『魔力』と言う明らかにこちらの世界よりも秀でた環境にある世界が、自分達の文明よりも劣っていると当たり前のように考えるのだ?」
「そ、それは…そう言うものだと…」
「それが愚かだと言うのだ…確かに双方の世界に違いはある、こちらにあって私達の世界に無い概念もあるだろう…しかし、何を基準にそこへ優劣をつけるのだ?知りもしない世界に対して自分の価値観を何故そこまで押し付けられるのか…私には不思議でならない」
呆れた様子で肩を竦めるリリアスに対し、全くもって反論出来ない祐真は苦し紛れにラノベや漫画の山を指差し。
「それは、好きな本に異世界が出てきて…そう言う設定が多いと言うか…なので当然、そうなのかと」
「解せないな…人の作り上げた物語がなぜ『現実』もそうだと言う解釈になる?問題なのはこの作品では無く、お前の思考だろう?」
「ぅう…」
最早何も言い返せない、そんな表情でたじろぐ若者を見据えながらリリアスは。
「で…もう終わりか?万策尽きたので有れば一ヶ月待たずとも今結論を出しても良いのだぞ?私の覚悟はとっくに出来ているからな?」
「ま、待って!待って下さい!?策あります!だから待って下さい」
真紅の瞳をギラつかせて徐に立ち上がった少女へ縋り付く祐真は、苦し紛れの闘いを挑み続け。
即興小説PV取得対決…魔王リリアス2000PVに対し、紅月祐真3PV。
「ぱ、ぱそこんも使えるなんて…」
「原理は異なるが似たような技術はあるのでな…それにしてもお前の文脈は酷いな…よく勝負しようなど」
「もぅ言わないでっ言わないで下さい!しかも魔法で文字を覚えるって…次、次です」
ラノベ速読対決(制限一時間)…魔王リリアス十五冊に対し、紅月祐真二冊。
「これは、なかなかいい体験であったぞ?お前は一体この書物の何処を読んだのだ?」
「はやい…速すぎますょ…」
「時間は有限、多くの情報を得るのに速読は必須だろう?」
トレーディングカードゲーム対決…魔王リリアス残LP4000に対し、紅月祐真残LP0
「高レアリティばかりを組み込んだ僕のデッキが…あんな寄せ集めの…」
「仮にも王である私に兵法で勝てる訳がないだろう?こういった遊戯の原点は戦争にあるのだ」
スマホゲーム、ガチャ十連対決…魔王リリアスSSキャラ六体に対し、紅月祐真爆死
「くぅ…このゲームでSSキャラ六体だって?あり得ない…」
「大抵こういった局面で博打に逃げる者は負けと相場が決まっている、運とは引き寄せるものであって縋るものでは無い」
料理対決––––。
「……」
「ど、どうですか…?」
「………ぅまい」
「ほ、本当ですか?!…昔は母が忙しかったから妹によく作っていたんですけど最近自炊して無くて…でも上手く出来て良かったぁ」
気が付けば窓から見える景色はあかね色に染まり、時刻は午後六時を回っていた。
「これは…アレだ、転移で魔力を使いすぎていたのと今日は朝から何も食べていなかったから…ず、ずるいのだ」
ここに来て初めて、僅かに頬を緩めたリリアスの表情に見惚れていた祐真は先程までとは別人の様なあどけない少女の姿に鼓動は高鳴り…ふと、視界の端に映った時計の時刻を見て焦燥に駆られ。
「ぁあ!バイト…異世界行きで完全に忘れてたけど、戻って来ちゃったなら行かないとだよなぁ…」
「バイト?何のことだ?」
「ぁ、えっと…簡単に言えばお店の手伝いをしてお金をもらう…と言うか、と、とにかく一度僕は出ますね!遅くなると思うので寝ていて下さい!」
「ほぅ?労働か…この世界の経済情勢には興味があるな…おい、ちょっと待て」
バタバタと玄関へ向かう祐真を呼び止めたリリアスは自分よりも少し背の高い若者の襟首を掴むなりグッと自分の顔の前まで引き寄せ、間近に迫った少女の顔に途端その表情を真っ赤に染める祐真は。
「ぇ…と、リリアスさん…?」
「何を勘違いして浮かれているのだ馬鹿者め…なに、ちょっとした退屈しのぎだ…」
そう悪戯な笑みを浮かべた魔王は右手の人差し指に小さな魔法陣を展開、コツンっと目の前で赤面する祐真の額へと不可思議な文様を貼り付ける様に軽く小突き。
「いたっ…これは?」
「ふふ、気にするな、大した事では無い…それより時間は良いのか?」
「ぁ…そうだっ!すいませんっ!!行ってきます…冷蔵庫の中は好きに使って下さい!他の棚は好きに扱わないでくださいね!」
「お前の秘め事に興味などないわ…さっさと行け騒々しい」
バタンと重い鉄製の扉が閉まる音を残し若者は出掛け…ぽつりと残された魔王リリアスは急に訪れた静寂の中、その視線を虚空へと泳がせ。
「一人か…こんな時間は随分と久しいな、エステルは今頃私がいないのを機に着々と和平条約の締結でもしている頃だろう…」
どこか寂しさの他漂う空間でその真紅の瞳に儚い光を過らせながら、乱雑に散らかった部屋…その隅で先程開いた古いノートパソコンが未だ起動しているのを見つめ。
「料理対決など…馬鹿者め…」
祐真が作った食べかけの料理…有り合わせで作ったナポリタンに視線を落とした少女はほんのりとその口元に笑みを浮かべ。
「…仕方のない奴だが、今までの人間よりは可愛げがある方かもな…」
静かに微笑んだ口元は薄らと噛み締しめられ、徐に指先で唇を触れた少女の瞳には儚く脆い…憂いの光が溢れる。
一人、見知らぬ世界に佇む少女の頬に数滴の雫が淡い線を描く。
「行ってきます…か、久しぶりに言った気がする」
バイト先であるコンビニまでの道すがらリリアスとの会話を思い返し、思わず表情を綻ばせる祐真。
「本当に異世界に行ったんだよなぁ…一瞬過ぎて全然実感ないけど、リリアスさんは本物の魔王で…あんなに可愛いのに…魔王」
瞬間、強く鼓動が鳴り響いた…まるで自分自身の言葉に心が動揺しているかの様な不思議な感覚に襲われ。
しかし、時間に追われていた若者はその足を急がせ。
「リリアスさんは本当に僕を殺すつもりなのかな…それだけは勘弁してほしい…一体どうしたら」
ぶつぶつと独り言ちる若者は心ここにあらずと言った様子でバイト先へと到着し「お疲れ様です」
「はい、お疲れさん…」
どことなくやる気のない店長と軽い挨拶を交わした後で、制服に着替え客足の少ない暇なコンビニの店員へと様変わりし…なぜコンビニかと問われれば特に理由はない、家から近く、場所も大通りから離れている為そこまで忙しくない、無理なく続けられて程よく稼げると言った理由が大半であり。
––––と言うか、命が掛かっているこの状況で呑気にバイトしていても良いのだろうか…リリアスさんに何とか勝つ方法を見つけないと…
「いらっしゃいませー」
––––リリアスさんは、僕の事どう思っているんだろう…良い印象は…無いよな、あったら殺すなんて言わないだろうし…
「温めですか?はい…電子マネーですね…ではタッチをお願いします」
––––リリアスさんって何歳なんだろう…見た目的には十六とかくらいにしか見えないけど、凄く頭良さそうだし…考え方も僕なんかより断然大人な気がする…もしかして年上?まさかロリバ––––。
とてつも無い寒気に襲われた祐真は一瞬浮かんだ考えを頭から追い出し。
「ありがとうございましたー」
––––なんでこんな事になっちゃったのかな…就活は上手く行かないし。有栖川さん達はどんな会社に決まったのだろうか…どうせ僕には想像もできない世界だろうけど…ある意味異世界より難しそう…こんな僕にリリアスさんを屈服させるなんて…
瞬間蘇る少女との出会い、そして思い出す甘い香りと柔らかな感触…無意識に指先は唇へと動きその表情に自然と笑みが溢れ。
––––ファーストキス…で良いんだよね。そのおかげで大変な事にはなっちゃたけど…あんな可愛い子とキス出来る日が来るなんて思いもしなかったな…
「いらっしゃいませー」
そして、ほとんど上の空であった祐真は気が付かなかった、明らかに挙動不審な男がマスクにサングラスと言った様相で。
––––料理は褒めてくれてたっけ…胃袋で女の子の心は掴めるだろうか…
「おい…」
気が付けば人気の無くなった店内で目の前に黒ずくめの男がただならぬ雰囲気を醸し出しながら。
「ぁ、すいません…おタバコで–––––」
鋭利な刃物を祐真へと向けていた事に。
「金をだせ…ぶ、ぶっころすぞ」
––––今日はなんて日なんだ。
緊迫した空気に一瞬で支配された店内、元々客の少ないコンビニは一時間に二、三人の出入りがある程度で、午後十時を回った現在は殆ど客が入らず外部からの助けは望み薄であり。
––––強盗…だよね、こう言う時どうするんだっけ…そうだ、確か緊急事のボタンが…
「なにやってんだぁ!?早くしろっ!さ、刺すぞ」
「はぃっ」
––––無理だよ、押せないよ。店長…はこの時間仮眠取ってるんだった、ここは刺激しないようにお金を渡して…
「レジの金を詰めろっ早くしろっ!この薄鈍が!」
興奮して刃物を更に突き出す強盗に対して完全に萎縮している祐真はじっとりと手に汗を描きながら無意識に震える身体をゆっくり動かしてレジへと手をかける。
「へ…店員がお前みたいなへたれで助かったぜ、さっさと売り上げ全部渡せ、隠すなよ」
––––お金さえ渡せば…命を危険に晒すよりずっと良い…ただそれだけでいい。
瞬間、ふと脳裏に蘇る記憶…幼い頃の自分と大きく暖かな存在、いつでも憧れで…ヒーローで、完璧で…
『電車に巻き込まれたんですって…』
『線路で立ち往生していた高齢者を助けに行って逃げ遅れたんだって』
『正義感の強い人だったからね…』
完璧だった…だけど、僕たちを残して他人の為に死んでしまった…その頃から僕は全てがどうでも良くなって…他人の為に命をかけ、家族を置いて行った父の事が理解できなくて。
『ゆうま、いいか?頭がよくなくても良い、お金持ちじゃなくても良い…ただ大好きな女の子くらいは守れる男になるんだぞ?』
『うん!僕、まもれるおとこになるっ!パパみたいに強くてかっこいい大人になるんだっ』
『そうか、でもなゆうま…鍛えて強くなる事はいい事だけど、それだけじゃダメだ』
『そうなの?パパみたいにムキムキになってもまもれないの?』
『ははは、そうだな…ゆうま、どれだけ身体を鍛えても心を鍛えなきゃ大切なものは守れない』
『こころ?』
『あぁ…大切なのは、逃げない事…どんなに辛い場面でも逃げない事だ…』
目の前で刃物を振り回しながら男が何か叫んでる、正直怖い…死ぬほど怖い…抵抗なんてできるはず無い、戦っても僕に勝てるはず無い…お金を渡せば良い、どうせ自分のお金じゃ無い、後は警察に事情を説明して任せておけば良い…一般人が無理して正義感を貫いたって。
『私に認めさせてみろ…』
『お前を殺して私も死ぬ…』
––––リリアスさん、どんな気持ちだったのかな…いきなり現れた見ず知らずの僕に人生を奪われて。
…僕は自分の事ばかりで、彼女の気持ちなんてこれっぽっちも考えて無かった。
口付けを交わした瞬間…蘇るのはその瞳いっぱいに涙を溜め込んだ少女の姿…
––––リリアスさんの認める男ってどんな人なのかな…わからない、わからないけど…きっと。
「い、いやです」
「ぁあ!?これが見えねぇのか!!ぶっ刺すぞ糞ガキが!さっさと金を––––」
「いやだ!刺されるのも嫌だけど…」
––––きっと逃げない。
「彼女に認めさせなきゃ…僕がしっかりしなきゃダメだったんだ!じゃ無いとあまりにも不憫じゃ無いか!!」
「何訳のわかんねぇ事っぶっ殺すぞ!!」
「逃げない!リリアスさんの認める男はきっと逃げない!!だから嫌です!警察呼びます」
激昂した男はレジ越しに祐真の胸ぐらを掴み引き寄せる。弱々しく…だが必死に抵抗する若者は恐怖に手を震わせそれでも引かずに子供が駄々をこねる様に足掻き、興奮した男は手に持った刃物を大きく振りかぶると祐真の肩口目掛け思い切り振り下ろし––––。
一瞬時間がゆっくりと流れる気がした、意識の向いた先には照明の光に照らされて歪に光る刃物…この時祐真は感じていた…死ぬかもしれない、自分が馬鹿をやったおかげで…異世界に行ってまた戻ってきて、バイトに行ったら強盗に襲われて…変な意地を最後に見せてしまったせいで死ぬかもしれない…でも。
––––これで、僕が死んだら、リリアスさんは開放されるかな…それって守れたって事になるのかな…
『ふん、なるか…馬鹿者、だが…今のお前は一先ず及第点…と言う事にしておいてやる』
気が付けば真っ暗な空間で悪戯に微笑んでいる魔王リリアスが目の前に立って…徐に歩み寄ってきた少女は静かに祐真の身体へと手を触れる。
瞬間、その意識は遠く…漂う様に軽くなり。
「––––––!?」
「うちの馬鹿者が世話になったな?残念だがこいつは私の『婚約者候補』…暫定だぞ?暫定だからな?と言うわけで、貴様の様な下衆にやる事は出来ん」
そこには、先程までの怯えきった若者とは打って変わり…堂々たる立ち姿で振るわれた刃物を指の間で受け止め、真紅の瞳で男を睥睨する祐真の姿。
「な…なんだお前…ひっ目が…化け物、化け物め」
男は見慣れない真紅の瞳に恐怖を覚え刃物を引きながら後ずさろうとするが二本の指に挟まれた刃先は微動だにせず、パキっと言う情けない音と共に折れ…支えを無くした男は尻餅をつく形で転がり。
「…無様だな、目先の金を得て貴様はその後どうするのだ?例え成功した所で泡の様に浪費する、そしてまた同じ事を繰り返すのか?それが何回続く?…貴様の様な下衆は大抵同じ事を繰り返し直ぐに捕まる。私の国で盗みは極刑だが…お前に死ぬ覚悟はあるか?」
突然の事に状況が呑み込めず、ただ異質な恐怖だけがどうしようも無く男の心を蝕み…怯えながら後ずさる男は無意識に震える膝に鞭を打って一目散に扉目掛けて走り出す。
「ない…か、ならばこいつの方が貴様より幾分か真面なようだ…」
真紅の瞳を宿した若者は背を向けて走り去る男の後頭部目掛け近くにあった缶珈琲を投擲、直撃した男はそのまま気を失い崩れ落ち。
「たわいも無い…」
男の後ろ姿を呆れたように見下げる真紅の瞳…そこへ騒ぎを聞きつけた店の店主が裏口から飛び出し。
「なんだ!?なんの騒ぎだい紅月くん!」
「この店の店主か…なんの事はない、金銭目当ての盗人だ」
店主は争った形跡とレジ付近に転がる折れた刃物を見つけ、気絶している男を恐る恐る見遣り。
「金銭?強盗?!君が…君がやったのか紅月君?」
店主はまるで別人のような祐真の佇まいに目を見開き、思わずゴクリと唾を呑む。
「悪いが店主よ…この者の処理は任せる。後申し訳ないついでに言うが、こいつ…いや私は今日限りでここを辞めさせてもらうとする」
祐真は静かにレジから出ると、言葉も出ないと言った様相で立ち竦む店主のとなりを悠然と通り過ぎ店を後にし。
取り残された店主はハッと我に返り誰も居なくなった自動ドアへと目を向け。
「紅月くん、制服…後、事情聴取とかあると思うんだけど…」
ぽつりと溢した言葉が妙に物悲しい店内に響き…後日祐真はちょっと恥ずかしい思いで制服を返し、空覚えの出来事を警察署で話す事となる。
夜の帳が降り、若者が歩く道のりは所々に立ち並ぶ街灯の明かりを頼りにその足を進め…突如立ち止まったと思うと項垂れるように一度肩を落とし、その瞳から真紅の色が消え去る。
「ぅ…僕は何を…」
意識を取り戻した祐真は、曖昧な記憶を手繰り今の状況を把握しようと頭を抱え。
「思い出した…確か強盗に襲われて、刺されそうになった所でリリアスさんの声が…それから人格が入れ替わって?夢みたいな…でも何となく覚えてるあの光景は…助けてくれたのかな、リリアスさんが」
「自惚れるな…馬鹿者」
凛とした声、その方角に視線を向けると街灯の影から祐真のパーカーを着込み角を隠すようにフードを被った真紅の瞳を揺らす少女が現れ。
「リリアスさん…何でここに、それよりその格好…」
「ん?角を隠すのに丁度良くてな…借りた。魔法で隠せない事もないが面倒でな…変か?」
「いえ…むしろグッときます、可愛すぎます!!」
「ば、ばかもの…だから魔王に向かって可愛いと言うな…あまり、慣れていない…」
ほんのりと赤らんだ頬を隠すように外方を向いたリリアスは祐真の横へと並び。
「…帰るぞ」
「ぁ…はい」
迎えにきてくれたのか…とはあえて聞かない方が身の為だと思い、しかし、どこと無く心に暖かいものを感じながら二人は肩を並べて夜道を歩き出し。
「ぁの…助けてくれて、ありがとうございます…どうやって」
ちらりと祐真の方を見やったリリアスは平然とした口ぶりで。
「視覚と感情の共有…家を出る前にやっただろう?お前の視界と感情を共有していた…怖気付いて逃げ出されては面倒だからな」
ツンとした様子で応えたリリアス、その言葉をゆっくりと咀嚼しゴクリと呑み込んだ祐真はだんだんと意味を理解して行き。
「そ、それは…ちなみに頭の中で考えていた事とか…」
「…全部、共有していた」
紅潮した表情を隠すように顔を背けたまま祐真の隣を歩く少女、その隣でだらだらと滝のような冷や汗を流し。
「ぼ、僕は何か失礼な事か、か、か、考えていませんでしたでございませんか…」
しどろもどろになりながら記憶を呼び戻し思考を巡らせる若者をジッと横目で見つめるリリアスは。
「…怒らないのだな、勝手に考えや視界を覗き見ていたと言うのに」
「…ぁ、えぇ、恥ずかしいとは思いますけど…リリアスさんなら別に良いかなって…でも失礼な事考えるといけないので今度から気をつけます」
祐真の裏表のない本音に目を見開いた少女はクスリとその口元に笑みを浮かべると。
「ふふ、可笑しなやつだ…本当に馬鹿だな、ゆうまは」
「…リリアスさん、今名前で」
その笑顔は嘲笑ではなく、見下げるでもなく、少女が僅かに見せた親愛の表情であり。
「いつまでも、『お前』は可哀想だからな…仕方なくだ」
「ぁ、ありがとうございます…なんか少し嬉しいです」
「そ、そうか…」
夜の道を歩く二人はその歩幅がいつの間にかピタリと揃い…後ろ姿は仲の良い男女のようで。
「少しだけ…」
「はぃ?」
「少しだけ認めてやる…一ヶ月と言うのはもう良い、だから…私のいない所で勝手に死のうとするな」
「リリアスさん…ぁ、ありがとうございます!」
やはり照れを隠すように顔を背ける少女であったが、その言葉に心弾ませた祐真は思わずリリアスの両肩に手を添え向かい合うように少女の前へ出ると。
「僕、リリアスさんに相応しい男になって見せます…自分の為じゃなく、あなたに後悔させない為に…心から認めて貰えるように!!」
「––––––」
「僕は…初めてあなたを目にした時から、リリアスさんの事が好きになりました…一目惚れです、だから…リリアスさんにもいつか振り向いて貰えるように…」
陰りが取れたように無垢な心を曝け出す祐真、そして真正面からその言葉を投げかけられたリリアスの表情は首から上が一瞬で赤よりも赤く…まっ赤っかとしか表現できない程赤く染まり。
「ば、ば、ば、ば…馬鹿者!!わたしに認められるなど…ひゃ、百年早いわ!」
「あはは、そうですよねぇ…でも、諦めません…もう逃げないって決めたんです…」
どこか決意を新たに生々とした光を瞳に宿す若者は確かに自身の中へ芽生えた前進する為の感情と思いを強く抱き…その隣を、油を挿していない機械のようにガチゴチで歩くリリアスは、揺れる視界に何かを見つけたように凄まじい速度でその場から走り出し…明かりの消えた不動産のテナントから何やらチラシらしき物を抜き取ると猛烈な勢いで舞い戻り。
「り、リリアスさん?一体どうしたんですか?」
よくわからない少女の行動に苦笑いを浮かべながら頬を描きリリアスへと視線を向け、少女は未だ赤くなった表情のまま手に持ったチラシを祐真の前へと突き出すと。
「こ、ここだ…」
「へ?こことは?」
「ここに私を住ませろ!そしたら認めてやる!」
「ぇ?」
何故?とは聞けなかった、赤面する少女は苦し紛れに偶然見つけた『理由』を持って明確な目標を祐真へと突き付けたのだ。
「分譲マンション?一、十、百……」
「ぉ、お、お…億!!!?」
––––––あぁ、全力で逃げたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます