ジンセイReライト〜超絶可愛い魔王様を養いながら、億ション目指します〜
シロノクマ
一、魔王様は超絶可愛い
先ず初めに言っておく事がある…この物語は、異世界に召喚された僕がチート能力を手に入れてケモ耳少女や美人のエルフと冒険し、世界の為に魔王と戦う話…などでは無い、断じてない。
何故なら僕は…今。
ドクドクと高鳴る鼓動は部屋中に響くのでは無いかと思える程に騒ぎ…夜の帳が降りた一人暮らし用のアパートの一室…聞こえてくるのは静かな寝息と、荒い鼻息…ベッドの上で衣擦れの音がする度に肩を跳ねさせ血走った目を必死に瞑りながら己の煩悩と戦い続ける事数時間。
ちらりと欲望に耐えかね背後を振り返ればその視界に映り込むのは一見幼い顔立ちの女性…しかしその寝顔に掛かる艶やかな漆黒の髪が妙な色気を引き立たせ…雑に着込んだ男物のシャツと短パンの隙間からは透き通るような白く柔らかい肌が惜しげもなく露出しており、そんな様子をベッドの前に敷かれた布団の上…背中で感じながら鼻息を荒くする若者。
それはどう見ても若い男女が一つ屋根の下…同棲している光景であり、だが一つだけ違う点があるとするならば女性の頭部には二対の立派な角が生え、口元には鋭い牙が光り。
若者は苦悩していた…自分の置かれている状況が、現実が未だに理解出来ず…そして後悔していた、非日常な展開を望み…現実から目を背けて来た事を。
「…可愛すぎるだろぉおおおおおお?!」
「うっさい!馬鹿者っ」
「がふっ」
もう一度言おう、これは異世界でハーレムの中ヒャッハーする物語では無い。
そして、可愛く美しいケモ耳少女やエルフの女の子が俺に尽くしてくれる様な展開もない。
これは…この狭いアパートの一室で、異世界の『魔王』であったこの人をめっちゃ働きながら頑張って養う物語である。
時は数日前へと遡る。
「異世界とか…いけないだろうか…」
そんな事を一人ふとぼやきながらいつもの様に起き、いつもの様にコンビニで購入した夕食の残りを適当に突きながら眠い目を擦り特に何の変哲もない、刺激も、彼女もいない日常を送る。
満員の電車へと詰め込まれ、電車の流れに揺らされる様に人生も揺らされて…
学生の時からそうだった、事なかれ主義で引っ込み思案…願望はあるくせに前へ進めない。
好きな子が出来ても声をかける事すらできず、相手の顔色ばかりを気にして先の言葉が出てこない。
そして逃げ込む先はいつも…アニメ、ゲームに漫画やラノベ。
主人公の境遇を自分と重ね、自分だったら…などと逃げまくる日々。
そうして、普通の高校に進学し、程よく頑張って大学へ…特に資格などを得る事もなく卒業したは良いものの…面接を落ち続け、今は就職活動とバイトの日々。
朝から面接を数件こなし、夜はコンビニでバイト…家に帰ればゲームとアニメの世界へ朝まで浸る。
学生時代から大差無いスタイルのまま年だけ重ね、その考えもまた相変わらずで。
「僕の前にも、異世界へ続く扉的なのが出て来て…そしたらこんな日常とも…」
「
「ぁ、はい…えと、御社の経営理念に共感し…」
「…具体的には?どの様な所に共感を?」
「ぇと…あの、その…」
「……これ以上続けますか?」
「ぁ、いえ…結構です、お時間頂きありがとうございました」
惨敗記録にまた一つ企業が加算され、記念すべき百社達成まで残すところ十社を切った。
そうして大きく肩で溜息をつきながら、駅に近い本屋で漫画やラノベを物色し、ついでに手にとった求人誌と、読みもしない面接対策本を免罪符として購入…この手の本を買うとそれだけで何故か前進している様な気がして、だが効果期間も短く気がつけば似たような自己啓発本で棚が作れそうな程、部屋の奥深く覚めぬ眠りについており。
「今日はもう予定無し…帰ってゲームかな」
何となくぼやきながら、朝とはまるで別の場所と思える程人気の引いた駅のホームで電車を待っていると。
「紅月くん?」
「ぁ、有栖川さん…」
そこには、可憐と言う言葉を実際に体現した様な美女、高校の同級生で有り、当時マドンナ的ポジションを独占し続けていた。祐真とは別世界の人種で有りいわゆる高嶺の花…『
「どうした?マリア?って紅月じゃん!懐かしっ」
「ぁ、須藤君…久しぶり」
そんな美女の背後から堂々たる雰囲気を醸しながら現れたのは、まごう事なきイケメン『
この人気の無い駅のホームにスクールカースト最上位に位置していた二人が偶然揃う訳もなく。
「紅月君、本当久しぶりだね!元気だった?」
吸い込まれそうな程大きな瞳…視線を合わせるだけで昇天してしまいそうな愛くるしい笑顔を祐真へと向け。
瞬時に目線を下げ、昇天を回避した祐真は僅かに頬を染めながら。
「ぁ、うん…久しぶり、有栖川さんと須藤君はデートとか?」
敢えて、切り込んだ…淡い期待など初めから無い方がまだ救われる、そう判断した祐真は直球を投げ。
「ぉ、やっぱそう見え––––––」
「全然違うよ!あたし達たまたま大学一緒で、たまたま同じ会社から内定貰っちゃったから…本当たまたま、偶然内定後の説明会でばったり会ったからしょうがなく同じ電車にね?ね?」
「まちがっちゃいねぇけど、流石に傷つくぞ?俺のハートは繊細––––」
「紅月君は!?もしかして説明会?」
まさか、この時期に未だ一社も内定を貰っていないなど…とても言える雰囲気ではないと心底落差を味わいながら、よく見ると二人共スーツであった事に気が付き…しかし、とても同じリクルートスーツとは思えないその装いは私服かと見紛う程に着こなされ…須藤に関しては同色のスーツであるにも関わらず、それは全く別物…有栖川に至っては着られている服が歓喜している様にさえ見え、対して祐真は言わずもがな…普通。
「ぁ…ぁあ…何というか…その」
「紅月…お前まさか、まだ内定決まってないのか?それもこの時期に?今から空いてる枠なんて…」
どう見ても図星…と言った様子を隠す事もできず、情けないやら悔しいやら…そんな思いを一気に呑み干した
後の苦笑いは何とも言えない表情で。目を丸くした須藤は嘲笑を含んだ様な面持ちで祐真へ言葉を続けようとした所で、須藤の視線には今まで見た事もない表情で静かに…自分を見つめる思い人の姿。
「須藤くん…黙っててくんないかな」
「マリア?何だよそんな怖い顔して…」
「……」
「わ、わかったよ…悪かったって」
殺気にも似た威圧感を受け、押し黙る須藤を横目にその表情を穏やかなものへと変え祐真の方へと向き直り。
「紅月くん…あたし、紅月くんなら出来るって信じてる…だから諦めないで?ね?」
「有栖川さん…ありがとう、まだ頑張ってみるよ」
引き攣りそうな頬を精一杯誤魔化しながら笑顔で応える祐真…そしてそんな彼へ同じく満面の笑みで返した有栖川は。
「ぁ…こんな所で偶然会えたのも、絶対何かの縁だよ!だから紅月くん連絡先交換しよ?」
「ぇ…?ぁ、うん…いいけど」
「しょうがねぇから俺も交換してやるよ!よろしくな紅月?」
「ぁ…うん、よろしく…」
そんなやり取りを終え二人と連絡先を交換した祐真は「僕、用事思い出したから…またね」そう言い残し逃げる様にその場から去って行き。
そんな背中へ視線を向ける女性が一人、その瞳はどこか憂いを帯びている様な色を宿し。
祐真は走った…こみ上げてくる感情は何とも言えず、もどかしく苦しく…泣きたくすらあり、あの場所であの二人と仲良く電車を待つなど出来るはずも無かった祐真は息を切らしながら走った。
一頻り走った所で脱力し、人気のない公園のベンチへと徐に腰掛け。
「はぁ…同じ年数生きているはずなのにな…僕は負け組ってやつか…異世界行きたい…やり直したい…」
瞬間––––。
その足元から突如として不可思議な風が吹き抜けたかと思うと、その身体が一瞬宙に浮き…ふと見上げた頭上に青白く光る謎の光が出現…瞬く間にその光は広がり祐真を包み込むとその姿を完全に世界から消し去った。
世界は…人間は『魔王』の存在に怯えていた…世界の半分を手中に収め、多くの魔族を率い君臨する王であり女帝…『魔王リリアス・ヴァン・ギュスターヴ』
そして今、人間達の命運を掛けた勝負の火蓋が切って落とされる。
「お前が魔王か…長かったがようやく辿り着いたぞ!その首、勇者であるこの俺がもらい受ける!!」
「……」
声高に叫び魔王の座す玉座へと光り輝く剣を身構える端正な顔立ちの若者とその仲間、獣の耳と尖った耳を持つ少女達は鋭い視線を向けながら男の後方で身構え。
場所は魔族の総本山…魔王の君臨する城の中枢であり、今まさに最終決戦へと人間の勇者は赴いて。
「ふん…勇者か、名は何という?」
「…女?いや、相手は魔王…油断はしない!俺の名前は佐藤勇太!お前を討つ勇者だ…いくぞ、リズ、レイラ」
「はい」
「はぁい」
魔王は玉座から立ち上がると長い廊下を走り抜けて迫り来る勇者を睥睨する…その瞳は真紅に輝き、艶やかな黒髪をなびかせ、その頭には二対の牛の様な角を生やし…小柄な体躯に華奢な手足その様相は美しい少女そのもの。
黒い外套を羽織っていた少女はそれをぱさりと脱ぎ捨て凄まじい勢いで向かってくる勇者へと身構え。
「見た目に騙されるものか!この憎き魔王めぇええ!喰らえホーリーフェニックス–––––」
「…っち」
必殺の構えから魔王へ最大の一撃を見舞うべく肉薄した勇者を名乗る男は聖なる光を宿した剣を大きく頭上から振り下ろそうと…した瞬間、剣身を手刀にて弾かれ甲高い音と共に聖剣は真っ二つ、同時に光も消失した。
「な、伝説の聖剣が!!こんなはずは…俺は勇者だぞ?!チート能力を授かった俺に勝てるやつなんか…」
「おい、勇者…お前アレだろ?現実世界でうだつが上がらない生活を送ってたら、何だかわからない光に包まれてお前の言う異世界に来た…それで来てみたら、やれ規格外だ…こんな人間は初めてだなどと持て囃され…なぜか分からないがいきなり何の脈絡もなくエルフとか獣人とかが好意を寄せて来て仲間になったり…」
少女はその表情に明らかな苛立ちを顕にしながら、立ち竦んでいる勇者へと詰め寄り…小言を口ずさみ徐に拳を握りしめ。
「そ、それのどこが悪い?!俺はこの世界の人たちを救うために…それに元の世界の事は関係…」
「お前…私の何を知っている?これは感情的な意味ではなく具体的にだ…下調べはしたのか?能力は?どれだけ情報を仕入れた?ん?」
「そんな事知るわけがないだろ!魔王を倒す…それが俺の使命であり……あっがが!!」
息巻く勇者の顔面を鷲掴みにしながらとてもそのか細い腕から出せるとは思えない膂力を持って勇者を下から持ち上げる形で吊るし。
「いや、普通調べるだろ?相手の情報無しに突っ込まないだろ?情勢は?世論は?お前ら人間が今私たちによってどれほどの被害を被ってる?」
「ぐっ!ぅぅ…お前達は魔物を解き放ち…罪のない人達を」
「バカかお前…あれは自然発生であって故意ではないし、私たちにとっても悩みの種だ…お前はただ聞かされた話だけを信じてバカみたいに魔族を襲ったただの襲撃魔だよ!その度に私がどれだけ苦労して駆けずり回って…もういい、お前は『失格』だとっとと消えろ。元の世界で死ぬまで都合のいい妄想に溺れていろ」
「魔王め…訳のわからない事を…リズ!レイラ頼む!援護を…」
声をかけられたエルフと獣人の少女二人組は…その背後でもう興味をなくしたとばかりに爪や髪を弄り始めており。
「リズ!レイラ?どうしたんだ?まさか魔王の配下に!!」
「お前…どこまでも哀れだな…あいつらが本当に仲間だと…会って間もないお前にいきなり惚れたと本気で思っているのか?」
「な…どう言う」
顔面を掴まれ痛みにもがく勇者はその背後で気怠そうに佇む少女達の様子が伺えず、魔王の発言に困惑し。
「お前らもいい加減、
「ぇえ…だって超鈍いし…少し煽てただけで勘違いしてくれるし?勇者してる間はお金に困らないんだもんっこんな『鴨』滅多にいないでしょ?」
「そう、そう…やめられないよねぇ?」
二人は顔を合わせながらキャピキャピとはしゃぎ合い「じゃ、まおー様また今度ねー」などと軽い調子で手を振りながらその場を去って行き。
「リズ…レイラ…そんな…いや、そんなはずは…お前が二人を洗脳––––」
現実を受け入れず悪足掻きをする様にじたばたと都合の良い解釈をしようとする勇者へその額に青筋を浮かべた魔王は。
「お前の痛さは筋金入りだな…一つ言っておいてやる、元々ダメな奴が…違う世界にきたからっていきなり成功する訳ないだろうが馬鹿者がぁ!!」
怒りの叫び声と共に思い切り鷲掴みにした勇者を中空へと放り投げ、パチン、と指を弾く軽快な音が鳴り響くと共に勇者は青白い光に包まれ世界から消失…そうして元の世界へと強制送還され。
「まぁまぁリリちゃん、あまり眉間にしわ寄せちゃうと眉毛くっついて一本になっちゃうよ?」
「なるか!余計な心配だ!!王め、雑な仕事ばかりしおって…エステル!さっきので何人目だ!?」
玉座の奥からふんわりとした雰囲気と共にその姿を現した女性、エステルは魔王リリアスの右腕的存在であり実質公務の八割をリリアスに代わりこなしている…美しい桜色の髪にリリアスとは違った短い角をその頭部に持っており…穏やかな印象を与える容姿は美人と言うより可愛らしい…そして、小柄な魔王とは対照的で非常に女性らしいボディーライン、しっかりと出るとこ出ていると言った感じであり…魔王リリアスが決して薄いわけではない…至って『普通』ではあるのだがエステルの『たわわ』の前では小さいと言わざるを得ない。
「そうねぇ…わぁすごい!今のでちょうど四四三人目の勇者さんょ?あと一人で四四四人ね?おめでとう」
「めでたくないわ!馬鹿かあの王は…碌に教育もせず手当たり次第送り込みおって…」
「元はと言えばリリちゃんが『あんな事』人間の王様に言うからでしょう?」
眉根を寄せて表情を険しくする魔王リリアスへ困ったように頬づえをつきながらお姉さん的物言いで諭すエステルに対して。更に激昂する魔王様。
「私にだって選ぶ権利はある!!理屈ではないのだ!」
「でもねぇ?リリちゃんに勝てる男の人なんてそうそう…」
「ふん、私は何も…力で勝って欲しいなどと…なぜ皆短絡的に受け取るのだ…剣では無くペンを取ろうと思う奴はいないのか」
「いないでしょうねぇ?魔王相手に…」
寧ろそんな愚かな奴がいるのなら見てみたいと困り果てたエステルは苦笑いを浮かべながらぶつぶつと愚痴るリリアスを見遣り。
「魔王様!急ぎ申し伝えたいことが御座います!!」
そんな二人のもとへ魔族の兵が慌てた様子で駆け寄り「何だ、騒々しい…手短に申せ」と収まらない苛立ちを顕にしながらリリアスを更に苛立たせる報告を持ち出し。
「人間達に新たな動き有り、再び異世界より勇者となる者を召喚した模様であります!」
「四四四人目ですねぇ?おめでたぁい」
「だから、めでたくないわ!!節度と言うものを知らんのか!あの馬鹿共はっ!もう良い、私が直接出向いてその場で見定めてやる…行くぞ、エステル」
「はいはぁい」
一見男装の様にも見える衣服…特に短い短パンが印象的な魔王としては多少威厳に欠ける様相のリリアスは外套を羽織り颯爽と城を後にするのであった。
時は僅かに遡り…人間の国『ティリンス帝国』…長きに渡る魔族との領土争いによりこの世界は人間と魔族…二種族によって支配されている…ティリンス帝国は魔族と敵対する人間達が集まり築いた統一国家であり、その他の種族…エルフや獣人などは人間側に一応属しているが、実情は「もうぶっちゃけどっちでも良い」と言うのが世界の現状であり…終わりのない歴史に終止符を打つべく、人間と魔族…その王と魔王との間では秘密裏に『ある条約』の締結が進められており。
そして今、『ティリンス王国』へと一人の若者が召喚され…
祐真は自身の身体から浮遊感がなくなると同時に全身への倦怠感と酷い頭痛を感じ…身体を纏っていた青白い光が消失して行くと共に遠かった意識が再び覚醒してその視界に色が戻り始め。
「…き、気持ち悪い…乗り物酔いみたいだ…一体何が…」
「よくぞ参られた…異界からの勇者よ」
完全に意識を取り戻した祐真、しかし直ぐに違和感を感じた若者はただならぬ雰囲気に焦燥感を顕にしながら周囲を見廻し…そしてその目を見開く。
見慣れない空間…いつかテレビで見た外国の壮大な教会…だだっ広い空間の中心に一人佇む祐真…そして彼を取り囲む様に見慣れない衣服に身を包んだ怪しげな集団が何やら儀式の様な事を執り行っている最中の様で。
『なんなんだ…ここは、でもこの感じ…この感覚…まさに漫画やアニメで見た展開…まさか本当にっ!』
「勇者よ!異世界の…おい、言語通訳の魔法はちゃんと行使されておるか?」
「はい、双方の言葉は通じるものと…」
『本当に異世界…本当に!!僕の新しい人生…勝ち組の人生が…』
高鳴る鼓動、高揚する思いに全身が打ち震え…今すぐにでも歓喜の叫び声を上げながら狂喜乱舞したい衝動に駆られ。
「おい!!勇者よ、聞こえぬのか!ぉおいっ!?」
「ぁ、はいっ!すいませんっ、勇者って僕の事…ですか?」
興奮のあまり周囲の状況が見えていなかった祐真は、豪奢な椅子に腰掛けて声を荒げている人物へと意識を向け。
「其方以外誰がおると言うのだ…」
どこか挙動不審な祐真へ呆れた様な視線を向けた後で「ウォホン」と咳払いを一つ。
「私はティリンス帝国の王ユリウス…勇者よ早速だが、其方には魔王討伐を依頼したい」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに表情を踊らせながら強く両手を握りしめ。
「魔王は強大な力を有しておる…其方はこれから仲間を集め…ちょうどリズとレイラと言うエルフと獣人の冒険家が空いておる、腕は確かだ…連れて行くがよい」
『仲間…獣人にエルフ!?名前的に女の子っぽいっ、いよいよ本格的に異世界っぽくなって来たぞぉ!!』
仲間の存在、そしてエルフや獣人と言う憧れのワードを聞かされ俄然気分を高揚させ。
「とにかく、魔物を倒し経験を積み魔王討伐にあたって欲しい…頼めるか?」
「は、はい!よろしくお願いします!僕は紅月ゆう––––」
「よし、決まりだ…まずはステータスを表示する魔道具に、伝説の聖剣がこれで…後その他諸々お役立ちグッズと、あぁ当面の活動資金…そうだ、マップ」
祐真の言葉を遮り、慣れた様に自ら勇者セット一式を用意し始め…その準備万端な感じに思わず呆気に取られていると、あれよあれよと言う間に装備を整えられ…
「準備出来たな、では勇者よ魔王討伐の旅へいざ出陣するのだ!!」
「ぁあ…ぇっと、はい!頑張ります!」
そうして兵士達がその旅立ちを見送るように整列し祐真の進む道を作る。
『ここから…僕の異世界冒険が始まる、もうあんな思いはしなくていいんだっ、だってここは!』
「陛下!!た、大変ですっ!ま、ま、ま」
最初の第一歩を踏み出そうとした瞬間であった、息を切らした兵士の一人が必死の表情で飛び込んで来るなり祐真の前へと倒れ込む。
「どうしたのだ!騒々しい…」
「魔王…魔王ギュスターヴが乗り込んできましたぁあ!!」
「なんだと?!…せっかちめ、少しは辛抱せんか」
ユリウスは驚きに目を見開いた後で、ボソボソと独り言ち。祐真は慌てふためく兵士達の中、ただ唖然と立ち尽くし兵士が走って来た方向を見据えていると。
甲高い音をゆっくりと反響させ…まるで時が止まっているのかと錯覚してしまうほど、ひどく静まり返った空間に彼女は悠然と歩んで来た。
それは…美しく、だが繊細で儚い…一輪の見たことも無い花のようだった、わかるのは彼女がただ美しいと言う事だけで。
「魔王ギュスターヴ!!勇者よ奴が魔王だ!剣を抜け!」
––––誰かが叫んでいた、でもそんな事はどうでも良い…何故なら僕は今彼女から目が離せない。
「女の子…魔王?あの子が…魔王」
「ふん、お前が勇者か…」
気がつけば、彼女は祐真の目と鼻の先程までに顔を近づけ…一頻り、品定めをする様にその表情を見つめた後で。
「魔王め!勇者様から離れろっ!」
兵士の一人が少女の放つ圧力と緊迫感に耐えかね、腰から剣を抜き放つと錯乱した様に魔王へと斬りかかり。
「…忘れていた、先ずは邪魔者からだな」
ポツリと少女は呟きを溢すと、軽く指を弾いて…「パチン」と軽やかな音が響き渡ると同時にその場にいた祐真と王…魔王の背後に佇むエステルを残して崩れ落ち。
「これで邪魔は入らない…さて、勇者とやら?お前はダメだ…見ていてわかる、その顔にはもう負けが染み付いている…新しい人生に希望を抱いている所悪いが…お前はしっ––––」
「出来るわけない…」
「ん?何だ…?私に反論があるか?」
艶やかな声色で、妖艶さを纏いながら彼女は祐真へと語り…しかし、その身を震わせる若者はリリアスの予想に反して、思い切り顔をあげその瞳に力を込め…若者は叫んだ。
「こんな、こんな可愛い女の子にっ、剣なんか向けられるわけないじゃないか!!」
言いながら祐真は手にしていた聖剣を思い切り床へと突き立て。
「––––?!」
突然の言葉に、動揺を隠せず…僅かにその頬を染めた魔王様は。
「な、何を言い出すかと思えば…魔王である私に向かって、か、可愛いだとっ!侮辱するにも程がある…お前は消えろ、今すぐにっ!」
心なしか早口となったリリアスは、表情を真剣なものへと変え、その手に魔力を込めながら手を高く掲げ…
「あらあら…ふふ」その背後で何やら楽しそうに微笑む女性はその手に一瞬光を宿し。
全てが同時…その場にいた人物の様々な思惑が奇跡をもたらす。
祐真は無我夢中で剣を刺したが、ふと我に返り目を向ければ…前方で何か凄い魔法らしき物を構築している魔王の姿が視界に飛び込み、思わず目を瞑った祐真はそのまま後退り…だがその足元を何か不思議な感覚にすくい上げられ、大きく体制を崩し一瞬宙に浮く。
「勇者よっ!魔王、やり過ぎだ!間に合うか…」
その光景を見ていた王ユリウスは…魔王の攻撃から祐真を衝撃で吹き飛ばして守ろうと背後から風の魔法を放ち…しかし、昔は多くの武勇を残した王も長年の自堕落な生活によりその腕は衰え…放った渾身の魔法は威力を想定よりも大きく下回っていた。
「なっ!?」
「あらっ」
「「––––––!!?」」
王の放った魔法は一瞬宙に浮いた若者の背中へ直撃…だが結果は、ふんわりと柔らかくその背中を押し出すに終わり。
女性特有の甘い匂いがふんわりと鼻を抜ける…そして、その身がとろけてしまうのではないかと思う程柔らかな感触が唇にあたっているのを感じ…目を見開いたその先には唇を重ね合わせた魔王リリアスの驚愕に染まる表情が目前にあった。
二人は咄嗟に身を離し距離を取る…誰もが予想だにしなかった突然の事態に、その場にいた誰もが沈黙し、僅かに震えながら俯く少女…祐真はそんな彼女から目を離すことが出来ず。
「ぁ…あの、ごめんなさい…わざとじゃ」
恐る恐る口を開いた祐真は、しかしその口を噤む。魔王と恐れられる美しい黒髪の少女が一瞬…その瞳に溢れそうな程の涙を溜め込み…自分を睥睨している様に見え。
「まさか…こんな事が起ころうとは。勇者よ…君はまさしく勇者であり…だが同時に、無自覚のまま重い運命を負ってしまった…勝手に召喚して置きながら言えた義理ではないが…申し訳なく思う」
「…ぇ、それはどう言う」
王はなんとも言えない表情のまま祐真の元へ歩み寄るとその頭を下げ…そんな王の行動の意図が未だ読めずに慌てている祐真を、先ほどの感情的な表情から一変し冷静な顔色を取り戻した魔王リリアスは静かに見据え。
「王が簡単に頭を下げるな…私が説明する」
「……」
そう言って前に出たリリアス…その背中をただエステルはじっと見つめ。少女は祐真へと向き直るとその口を開き語り始める。
「…この世界は遥か昔から人間と魔族での争いを繰り返してきた…だが私達はこの無益な争いに疲れ…和平条約を人間と魔族の間に結ぶ事を考えたが、長年続いた因縁がそう簡単に消える訳では無い」
リリアスはその瞳にどこか悲しい色を宿し…だが少女は話を続け。
「私たちの間には友好の証明…その一歩が必要だと考えた、そしてそれが『勇者』の存在…筋書きはこうだ、人間の勇者は聖なる力を持って魔王を討伐…屈服した私は勇者に見染められ、人間との間に子をなし…人間と魔族の子が新たな王となる…純粋な力が大きな秤となる我々魔族にとってその頂点たる私が負ければ、私を倒した者が新たな王となる…しかしそれが純粋な人間では納得しない、だが魔王の子ならば話は別」
リリアスは冷静に、淡々と語り続けた…だがそれは自分に言い聞かせている様にも見え、その細い腕を組んで語り続ける魔王…しかし、その腕はまるで自分自身を抱いている様で。
「ここからは私が…人間は勇者が魔王を討ったと言う事実だけで納得できる…その後で勇者自身が魔族へと手を差し伸べれば友好の第一歩となれるのだ…だが、これは同時にリリアス殿の運命を決定づけるものでもあり…しかし、リリアス殿は平和な世界の為…それを受け入れてくれた」
王ユリウスは魔王リリアスをどこか憐む様に見遣り、その視線を僅かに下げ。
「でもねぇ…リリちゃんも一生が掛かっているから誰でもってわけにはいかなくてねぇ?私に勝てたらって条件つけちゃったのよねぇ?命のやり取りって訳では無いのよ?ただせめて自分が認める相手であって欲しかったのよねぇ?」
背後でしばしやり取りを見守っていたエステルがリリアスの想いを代弁する様に語り…そのまま祐真の元へ徐に近寄る…状況について行けずただ困惑する若者を見つめながら困った様にため息をついたエステルは。
「まぁ…しょうがないのだけど、今…この瞬間いろいろな事をすっ飛ばしてぇ…しちゃったのよね」
「ぇ…すいません、まだよく分からないのですが…一体どうゆう」
魔王リリアスは祐真の元へツカツカと歩み寄り、酷く不機嫌そうに睨みつけながら。
「お前達と違って我らの接吻とは尊いものなのだ!接吻は婚姻の誓い…つまり契約、そしてそれは今この瞬間…明らかに、ダメで、無能で、人生負けてますと顔に書いてあるお前と成立したのだ!馬鹿者!」
リリアスの言葉が理解出来なかった…いや、許容する事を激しく拒んだ、しかしその事実はゆっくり…確実に若者へと重くのしかかり。
「婚姻?さっきの…き、キスで婚姻?!ぇええ!!!」
動揺し慌てふためく祐真を少女は睨みつけ…びくりと固まった若者は一度深呼吸をして落ち着きを取り戻すと。
「で、でも…あれは事故みたいなもので…契約って言っても形式的な物では?…」
「婚姻の契約を交わした二人に離別は認められない、契約とは呪いでもある…意思を持って離別すれば私達は互いに死ぬ」
ますます許容の限界を超え…『死』と言う受け入れ難い言葉が頭の中を駆け回り…驚愕に震える若者は最早声も出ない様子で…そんな若者にため息をつきながら「なんでこんな奴と…」そう肩を落としたリリアスは。
「離別する方法は…どちらかが死ぬしか無い、そしてその権利は男であるお前にある…お前が私を殺せばお前は自由…しかし、私がお前を殺せば私も死ぬ…」
「なんで…そんな物騒な話、結婚ってもっと幸せな……」
「そうだな…本来は愛し合った者達が交わす契約だ…しかし結婚とは永遠に添い遂げると言う決意を持って契約するもの…それくらいの代償はあって当然だろう」
違う世界の現代に生きる若者には到底推し量れない価値観の在り方であり…この先どうしたら良いのか訳がわからないと困惑するがその視界にちらりと映り込んだリリアスを見て。
『でも…こんな可愛い子と、僕が結婚出来るなんて…』
ふと、その儚くも美しい横顔に僅かに頬を染めながら見惚れていると、視線に気がついたリリアスは鋭い双眸を吊り上げ…そしてその口元に笑みを浮かべながら祐真を見返し。
「何を妄想しておるかは知ら無いが…お前程度に私が屈服すると思うなよ?」
「リリちゃん?彼ばかりいじめちゃダメでしょ?ごめんね?この子素直じゃなくて…」
姉の様な仕草でリリアスへ語りかけ…母の様に祐真へと声をかける桜色の髪を靡かせる美女。その言葉に肩を竦めながら嘆息したリリアスは、一度目を瞑り落ち着きを取り戻すと再び祐真へと向き直り。
「わかっている…おいお前、一度だけチャンスをやる…私を…力以外の方法で屈服させてみろ」
「力以外の方法で…あなたを屈服?」
「…そうだ、これは最大の譲歩だぞ?純粋な力では百万年かかっても無理だからな…お前を私に認めさせろ」
祐真の前へ立ちはだかりじっとその目を見つめ合う二人…ゴクリと唾を飲み干した若者は恐る恐る口を開き。
「もし…出来なかったら…」
「…私は、好きでも無い人間の所有物になるなど御免だ…ならお前を殺して私も死ぬ…結果的に私が死ねば、和平条約も違った形で結べるだろうしな…」
その言葉に一瞬若者は卒倒しそうになるが何とか踏みとどまり…少女はニヤリと口元に深い笑みを作るとびくつく祐真を睨み続け…だが若者にはその瞳が酷く寂しいものに思えて。
「わ、わかりました…やってみます、もし僕があなたを屈服させる事が出来たら…」
「…ふん、もしお前ごときにそんな事が出来たなら…私はお前に仕えてやる、文字通りお前の自由だ好きにしろ」
若者は汗ばんだ手で服の裾をしっかりと掴み…この極限状態に祐真は感覚が麻痺していた、そして普段であれば絶対に口にすることの出来ない言葉と判断を持って少女の前へと歩み寄り。
「ぼ、僕の…彼女に、なってください…」
「…はぁ?」
あまりにも場違いで斜め上な発言にリリアスは拍子抜けした様に呆れた表情を見せ、エステルは「あらあらあら」とその顔に笑みを溢す。
「…お前バカだ、絶対バカだ…私はバカが死ぬほど嫌いなんだ…絶対殺してやる」
恐ろしい発言をさらりと…それも真実味をたっぷりと含んだ言葉を告げ苛立つリリアスであったがその瞳にはどこか恥じらいと僅かに暖かい光が差した気がして。
「まぁ実際…魔王でいる事にも飽きていたし、ちょうどいい…私はしばらく留守にする、エステル、後は頼むぞ」
「はぁい、あまりその子をいじめちゃダメよぉ?」
「ふん…こいつ次第だ」
互いに理解しあった様に会話を交わすリリアスとエステル…そして状況について行けず、一目惚れした少女へ一世一代の場違いな告白もあまり相手にされなかった若者はだんだんと居た堪れない心情になり。
「あの?それで今から何をすれば…」
「お前の世界に帰る…そこで私に証明しろ、お前が人として私に足る男であると…そしたら…まぁ先程の事は…考えてやらんこともないが…既に婚姻関係で彼女と言うのは矛盾している様にも…しかし順序を重んじるのは大事だ、うん」
不適な笑みを浮かべ、祐真を見据え語った少女は…その後ぶつぶつと、頬を僅かに染めながら独り言ち。
「ぼ、僕の世界に?!新しい異世界ライフは…」
「当然だ…お前がこの世界で何を証明する?お前のホームに行ってやるのだから感謝しろ…それに異世界要素は…私がいれば…十分だろ」
そうして、引きずられる様に…やっと来る事が出来た念願の異世界から再び元の世界へ魔王リリアスと共に青白い光に纏われ…帰還するのであった。
残された王とエステルは…そんな二人の背中を見送り。
「じゃぁ…頑固なリリちゃんがいないうちに『条約』締結しちゃいましょうか?」
「ぇ?いいの?それで?…子供の件とか色々…」
「そこは、情報操作で何とかします、当面は互いに不可侵条約を締結し熱が覚めるのを待ちましょう、その後互いの相互利益を考え……」
「ぁ…はい、なるほど…へぇ」
ここに、人間と魔族の『和平条約』が締結された。
そしてエステルは再びリリアスが若者と去った、今は何もない空間へと視線を向け。
『頑張ってね…リリちゃん』
憂いを帯びた瞳のエステルは、ただ優しくその場所を見つめ続けるのであった。
そうして、数奇な運命に巻き込まれた若者の地獄の様な幸せな日常が始まった。
今一度言う…この物語は、チート能力を手にした僕が無双する話でも、王様になる話でもない。
これは、魔法も、チートもない普通の世界で普通に頑張って…今も隣で寝ているこの可愛い寝顔の魔王に認められる男になる為の物語である。
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