紅薔薇

笹乃秋亜

紅薔薇

 

『 君達が、素晴らしい〈ヒマワリ〉を咲かせるために 』


 これが、僕の通うビニールハイスクールの理念だった。これを毎朝、麻袋を被ったセンセイたちは、僕等に水を振りまきながら、口癖のように言って聞かせるのだ。


『 君たちは大きな〈ヒマワリ〉になるんだよ。

  栄養をたっぷり吸ってね。君たちは、誰一人例外なく、立派な〈ヒマワリ〉になる。君たちのご両親も、それを一番に望んでらっしゃるんだから。 』


 センセイから手渡されるのは大量の〈ヒマワリ〉の栄養剤だ。僕たちはその栄養剤を飲み込むことで〈ヒマワリ〉になる。良い〈ヒマワリ〉になることで、僕等はハイスクールのセンセイやクラスメイト、家族に称賛され、良い社会人になる。そういう道を歩むことを望まれているのだ。そして、その道に外れる種は出来の悪い種だと言って、見せしめのように天日干しにされた。

 僕等は従順だ。何も考えず、センセイの言うことを聞いている。そして、同時に怯えている。『例外はない』のだから、『例外』になってはいけない。


 ああ、無茶な話だ。

 全員が〈ヒマワリ〉になるのは、そもそも無理なのだ。僕等が全員同じ〈ヒマワリ〉の種な訳じゃない。僕等はどんな花を咲かせるか分からない、未知の種だ。それは〈ヒマワリ〉かもしれないし、他の花かもしれない。でも、センセイは許してはくれなかった。


『 君は駄目な子だね。

  そんなんじゃあ、立派な〈ヒマワリ〉になれないよ。

  言い訳は聞かない。例外はないんだ。

  早く君も〈ヒマワリ〉になりなさい。 』


 そう言って、センセイは僕の頭を掴んだ。


——摘まれる。


と、瞬間的に危機感を覚えた僕は、センセイの手を払い退けて、思い切りセンセイを突き飛ばした。尻餅をつくセンセイ。その拍子に、センセイの被っていた麻袋が脱げて、廊下に落ちた。


「 先せ、   」


 麻袋が脱げて、初めて見えたセンセイの顔は、枯れて、醜く萎れた〈ヒマワリ〉の花だった。


 絶望と諦念。侮蔑と慈愛。

 感情の濁流が一気に押し寄せて、

 

 目が覚めたような気がした。

 


 パキッと、頭が割れた。



 薄緑色の新芽はぐんぐん成長し、長いつたに沢山の鋭い棘と葉を茂らせ、ビニールハイスクールの校内をいっぱいに広がって、


 壁を突き破って、咲き誇る、大輪の紅薔薇。

 

 

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